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トイレのミネルヴァは何も知らない  作者: 加瀬優妃
おまけ ~後日談の後日談~
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お化け屋敷に行こう(後編)

 新川透が連れてきてくれたのは、『暮夜の嘆き』という謎解き要素ありのお化け屋敷だった。西洋風のお屋敷の中をうろつく様々なお化けを躱しながらミッションをクリアし、外へ脱出する、というもの。

 私はてっきり決められた通路をただ歩くだけだと思ってたからびっくりした。ただ見せられるんじゃなくて自分で動いて手掛かりを探すって、何だか面白い。


「この『檻も割る尾根』って、どういう意味だろ?」

「んー、どうだろうねぇ」

「あ、ひょっとしてもう解いた!? 早すぎ!」

「割とよくある手法なんだよね」

「もうー……ひゃっ、足音!」


 新川透の手をぐいぐい引っ張ってバタバタとクローゼットの中に隠れる。お化けがヒタヒタと歩いてくる足音とかは本物だから臨場感があるし、怖いんだもん。

「ふふん、全然平気だし」

とかすまして言ってやるつもりだったけど、想像よりずっと怖くて終始新川透の左手を握りしめたままだった。

 こうして隠れるときはどうしたって密着する訳だし……。


 そして新川透はというと、終始笑顔だった。暗闇に浮かぶその笑顔の方がよっぽど怖いときが何回かあって、かなり不気味だった。


「な、何で笑ってんの?」

「莉子がペタペタひっついてくれるから嬉しくて」

「だ、だってはぐれたら困るもん!」

「はー、ヤバいなこれ……」

「ちょ、耳元で囁かないで!」


 ……と、新川透の方がよっぽど怖かった。何をするかわからなくて。

 私は物音にドキドキしたり、謎解きでうんうん考えたりとても忙しかったんだけど、新川透は暇だったのかもしれないな。だから私に隙あらばちょっかいをかけたのかも。

 何にも無いところで

「わっ!」

とか声を上げたりさ。

「ひゃあ!」

と私の方が驚いて腰を抜かしそうになった。


「もう、意味なく叫ばないでよ! 無駄に驚いちゃったじゃん!」

「ああ、うん」


 尻餅をついた私の手を引いて起こしてくれたのはいいんだけどね。自分は怖くないからって私を脅かすのはやめてほしいです、ホントに。



 どうにかミッションをクリアして外に出てきたときには、私は手の平やら額やら背中やらにいっぱい汗をかいていて、ドッと疲れていた。自分で思ってた以上に叫んでいたのか、何だか喉が渇いている。


「莉子、そこのベンチで座って待ってて。飲み物を買ってくるよ」

「え、やだ」

「ん?」

「一緒に行く」


 まだ緊張から抜け出せないし、ひとりぼっちにされるのは何か嫌。

 しかもここはお化け屋敷の目の前で、こんなところにいたらいつまで経っても安心できない。


 きゅうっと新川透のシャツの左腕を握ってじっと見上げると、新川透は珍しく大口を開けて顔を歪ませ、

「ぐはー……」

という謎の声を上げた。


「何、何なの。可愛すぎ。俺をどうしたいの、莉子?」

「へ?」

「俺のチョイスが大正解すぎる。自分のインプリメント能力が怖い。しかしここまでハマると俺の方がおかしくなりそう。あー、悩む……」

「何でもいいから喉が乾いた! 早く行こうよ!」


 お化け屋敷の前からさっさと離れたくてシャツを持つ手を引っ張ると、新川透はますます深い溜息をつきながら、どうにかのろのろと歩きだしてくれた。

 その隣にぴったりとくっつきながら、私はぷんぷんと擬音語が出そうなぐらい頬を膨らませる。


「もう、すっごく疲れた。自分だけ涼しい顔してさー」

「まぁ、何となく予想がつくからね。ストーリー展開に」

「それじゃ全然楽しくないでしょ? 暇そうだったもんね」


 自販機の前に着き、お茶を買ってもらう。蓋を開けてこきゅっと一口飲むと、カラカラの喉に冷たいお茶が流れ込み、じいんと染み渡った。

 同時に、少し火照っていた私の身体も治まった気がする。ああ、疲れた。


「もう、行かない……」

「えー、そんなこと言わずに」

「やだよ。何か余裕で見下ろされてる感じがしてちょっとムカつくんだもん。つまんなかったんじゃない?」

「そんなことはないよ。莉子を観察するのは楽しい」

「楽しみ方が変だから!」


 ゴキュゴキュとお茶を飲んでいるうちに何となくいつもの調子が戻って来た。

 フン、と鼻息を漏らし、ジロリと新川透を睨みつける。……というより、睨み上げる。


「だいたいさ、暇だからって変なちょっかいをかけるのもどうかと思うんだよね」

「変なちょっかい?」

「私がアワアワするのを楽しむ癖は、本当に直してほしい。急に『わっ!』とか言って脅かしたりしてさー」

「……ああ、あれ」


 一足先にブラックコーヒーを飲み終わった新川透が、自販機の横に備え付けられていたゴミ箱に缶を投げ入れる。


「あれは違うよ。本当にいるからさすがに驚いてね」

「何が?」

「お化けが」

「…………へっ!?」


 最後の一口を飲もうとした手がピタリと止まる。そのままポタタッとお茶が地面にこぼれて、慌ててペットボトルの口を上に向けた。

 新川透を見上げると、腕を組み右手で顎をさすりながら何かを考え込んでいる。


「あの場所にお化けを配置する必然性が全く無いんだよね。何の謎解きにも関わってなかったし。……となると、あれは本物だな、と」

「え? え?」

「髪の長い女がフラッといてね」

「えっ!」

「まぁ、お化け屋敷にはよく本物が紛れ込んでるとは聞いていたけど、本当にいるとは思わなくて驚いたよね」

「…………ええっ!?」


 え、何!? あそこに幽霊がいたってこと!? なーんにも無かったけど!


「う、嘘でしょ!?」

「いや、本当。莉子には絶対に嘘をつかないって言ったでしょ」

「だっ……」


 だからって何でもかんでもバカ正直に言えばいいってもんじゃない――!


「やだー! もう二度と行かない!」

「いや、ああいうのは気にしなければいいことで」

「無理だよ! 何でそんな冷静なの!?」

「何でだろ。莉子がずっと傍にいてくれたからかな」


 新川透が私の手を握り、それはそれは素敵な笑顔で私を見下ろす。

 いや、間違ってるから! 今はそんな甘い雰囲気を醸し出す場面じゃないから!

 この人、霊能スキルもあるの!?


「もう、やだー!」

「え、何が? お化け屋敷が?」

「それもあるけど、いつも余裕なのが嫌! ねぇ、新川透に弱点ってないの!?」


 面と向かって怒鳴ってはみたものの、本人に聞いたところで教えてはくれない気がする。

 ああ、大失敗~~。


 もう何にイライラしているのかもよくわからず、ビキビキとお茶のペットボトルを握りしめる。

 ああ、まだあとちょっと残ってたけど、飲めなくなった……。


 へなへなと肩を落とす私に、新川透は肩をすくめ、困ったように首を傾げた。


「もう、これだもんね。だから莉子はいつまで経っても俺に執着してくれないんだよなあ。関心が無いっていうか……」

「あるよ、すごくある! だから聞いてるんじゃない!」

「ちょーっと意味が違うんだよね」


 わかるか――!

 とちゃぶ台をひっくり返したくなるぐらい叫びたかったけど、新川透の表情が妙に寂しそうで。

 急にいつもの華やかオーラが消えそうな感じになったから、不安になった。


「……もう、帰ろ」

と言って、つんつんとシャツの腕を引っ張る。

 途端に笑顔になって何だか元気になったので、ホッとしたけど……。


 とりあえず、お化け屋敷にはもう二度と行かない。

 あと、どうにかして新川透の弱点を見つけよう。

 と、内心意気込みつつ。


 人込みでも目立つ新川透は、目が眩むし色々と困ることも多い。

 ……だけど、オーラが無くなった新川透は見たくない。

 そんなことも考えて、私にしては珍しくぎゅうっと新川透の左手を握りしめた。


 ただでさえ浮世離れしてるから、ある日突然どこかにフラリと行ってしまいそうだ。身体はここにあっても魂だけ、とか。

 だから……「ちゃんとここにいてね」という、想いを込めて。


 その想いが伝わったかどうかはわからない。だけど、その手を握り返して微笑んでくれたから。

 ようやく緊張がほぐれて肩が軽くなって、私もほっと自然に笑顔を返すことができたのだった。



不意に

「ウチのバカップルはどうしてるっけな」

と思い、書いた短編です。

 答え→相変わらずだった。d( ̄▽ ̄;)


現時点でこれが最終話となります。

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。m(_ _)m

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加瀬優妃はかつて「リサイクル活動」というものをやっておりました。
よろしければ活動報告を読んでみてくださいね。作品の紹介をしております。
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