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トイレのミネルヴァは何も知らない  作者: 加瀬優妃
おまけ ~後日談の後日談~
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お化け屋敷に行こう(前編)

「莉ー子。お化け屋敷に行かない?」

「は?」


 大喧嘩したゴールデンウィークから月日は流れて、6月中旬。ぽかぽか陽気の昼下がり。

 大学の中間試験が終わってホッと一息ついたところで、ひさびさに新川透のマンションに遊びに来た。

 二人でソファに並んでボケーッとテレビを見ていたはずなんだけど、新川透がまた唐突に妙なことを言いだした。

 いまそんなCMやってたっけ? 違うよね。


「えーと、お化け屋敷? 限定?」

「そう。行ったことある?」

「うーん、子供の頃に行ったことがあったかなあ……」


 確か小3かそこらで、デパートの屋上にある期間限定のしょぼーいお化け屋敷だった気がする。

 別に怖くは無くて、ただ友達ときゃーきゃー騒いで終わったような。


「何で、急に?」

「急でもない。『莉子とやりたいことリスト』にあるから、調べてたんだ。試験が終わったら行こうと思ってた」


 だから人のスケジュールを勝手に決めるんじゃない!

 ……と言いたいところだけど、なぜ『お化け屋敷限定』なのかが気になるなあ。

 だいたいその『やりたいことリスト』の中身ってどうなってんの? 何基準でリストアップしてるんだろう……。


 思わず考え込んでると、新川透が「ん?」と呟き首を傾げた。


「お化け、苦手だった?」

「いや、えーと……どういう意図かと思って」


 新川透トリセツ第3条、『迂闊に「うん」と言ってはいけない』!

 この人はとにかく言質をとるのが非常に上手。契約はその内容をちゃんと確認してから。じゃないと、高確率で詐欺に遭います。


 ……って、仮にも『彼氏』と名のつく人とのやりとりでこんなに頭を使ってるの、私ぐらいじゃないだろうか。

 そしてどうやら、そんなグルグル考える私を新川透は面白がっているフシがある。ムカつく。


「意図? デートの一環だけど」

「それなら遊園地とかショッピングとかいろいろあるでしょ」

「遊園地は行きたいけど、それは夏休みになってからかな。某有名テーマパークもいいけど、乗り物重視なら他県の方がいいしね。もうちょっとリサーチしたい」

「リサーチ……」

「莉子はジェットコースターって大丈夫?」

「リサーチって、私の!?」

「そりゃそうだろ。得手不得手があるだろうし」

「別に……」


 私の意向ばかり気にしてデート場所を選ばなくてもいいんだよ、と言おうとしてゴックンと唾を呑み込んだ。


 じゃあ新川透の意向だったらどうなる? 何かとんでもないデートになりそう! いきなり海外に連れて行かれたり!

 何しろまわり中と結託した挙句、何も知らない私を拉致して山奥の温泉旅館に連れ込んだ人だからなあ……。

 あぶない、あぶない。この人の思考回路がマトモじゃないってこと、忘れるところだったよ。


「別に、何?」

「ううん、何でも。高所恐怖症とかじゃないから大丈夫じゃないかな。ジェットコースターは乗ったことないからわかんないけど」

「乗ったことないの!?」

「遊園地、行ったことないもん」


 確か高3の春の遠足が隣県の遊園地だったけど、退学しちゃったから行ってないんだよね。

 小さい頃はお母さんと二人暮らしで、そんな余裕は無かったし。


 淡々とそう答えると、新川透は

「ええっ!?」

と叫び、なぜか嬉しそうに笑った。

 可哀想、みたいな同情じゃないのはいいけど、何だその顔は。


「何で笑顔?」

「こんなところに莉子の『初めて』があったなんて、嬉しくてね。新発見!」

「は?」

「莉子の『初めて』はぜーんぶ俺が貰うつもりだから。それはもう、ありとあらゆるものを……」

「妙な言い方をしてからかわないで!」

「そのまま本気の台詞なんだけど」

「なおさら悪い!」


 何でこの人ってこうなの!? すぐアワアワする私が悪いの!? 慣れろって!?

 無理だよ! どう返すのが正解なのか、誰か教えて!


「やっぱり他県の方がいいかな。うんと遠くの……」

「何でわざわざ僻地に行きたがるの……」


 かつてはアメリカに行きたがってたしなあ。

 逃避癖があるのかしらこの人、と思いながら聞くと、新川透は少しだけ眉を下げ、息をついた。


「莉子がのびのびできるだろうから。俺と一緒に街を歩くのが好きじゃなさそうだしね、莉子は」

「え」


 新川透が少し寂し気にそう言うのを見て、ハッと胸を突かれる思いがする。

 私、そんな態度とってた?


「そんなこと……」

「でも嫌がってるでしょ。ちょっとその辺歩くときも、手を繋いでくれないし。俺の斜め後ろで隠れるようにしているか、まるで他人のように早足でどんどん歩くかのどっちかだし」

「えーと、それは……ほら、視線がね」


 メイクも洋服も好きだし、日々可愛くあろうとはしてます。

 してるけど、とにかく超絶イケメンの隣を歩くのは勇気が要るんです。

 何か目立つのよ、この人。華があるって言うのかなあ。

 あああ、東京駅の悪夢が蘇る。


「莉子は気にしすぎだよ。人はそんなに他人のことを見てないもんだって」

「そんな顔でそんな一般論を言われても……」


 はぁ、脱力する。

 この人いつになったら自分がフツーじゃないって気づいてくれるんだろう。

 ……無理かな。


 思わず溜息をつくと、そんな端正な顔をわずかに歪ませた新川透も、同じように溜息をついていた。


「――莉子はいつになったら、ちゃんと俺を莉子の物にしてくれるんだろうね」

「はぁっ!?」


 また訳のわかんないこと言い始めたぞ。

 しかも『俺の物』じゃない、『莉子の物』って言った! 意味わかんない!


「何それ!?」

「まぁ、気長にいくよ。莉子の傍で待つなら苦じゃないから」

「は……」

「それでね、莉子がいろいろ気にするというのはよーくわかってるんで、お化け屋敷なら人目もないし、気にせず手を繋いでくれるんじゃないかな、と。そういう淡い期待がある」


 あ、話がお化け屋敷に戻った。しかも理由が結構しょうもない。

 ……とは言っても、どうやら私の態度で何だか淋しい思いをさせていたらしい。それは申し訳ないな、と思った。


「こういうのいちいち言わせないでほしいけどね」

とブツブツ言う新川透は、少しだけ拗ねたような顔をしている。


「えーと、何かごめん」

「まぁ、莉子は言わないとわからないからね」


 その割に言われてもわからないことが多すぎるんですが!


 ……とは思ったけれど、何となく私の態度がよくなかったところもいろいろあったっぽい。

 そう言えば、恵も言ってたっけ。『莉子は新川センセーを彼氏扱いしなさすぎる』と。

 あんまり意味がわからないけど、多分二人が言っているのは同じことだ。


「いいよ、お化け屋敷。一緒に行こう」


 お詫びの意味も込めて精一杯の笑顔でそう言うと、新川透が

「莉子ー!」

と言いながら抱きついて押し倒そうとしてきたので

「真昼間から冗談じゃない!」

と鳩尾に思いっきりグーパンを入れた。


「ぐふっ、ちょっとはしゃいだだけなのに」

「子供か!」

「いやいや、これからするのは子供には絶対無理なオトナな……」

「しません、昼間っから!」

「わかった、じゃあ夜ね、夜。楽しみー」

「やめて、そういうのをあからさまにするの!」

「ところで、莉子の『夜』はどこから? 日が暮れたら? 夕ご飯を食べたら?」

「はぁっ!?」

「だから、リサーチ……」

「おかしなリサーチをするな! 決まってない!」

「困ったなあ……」


 困ってるのは私の方ですがー!

 と大声で叫びたい私、仁神谷莉子に、絶対にみんなは一票を投じてくれると思う。

 ね、そうだよね!?

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加瀬優妃はかつて「リサイクル活動」というものをやっておりました。
よろしければ活動報告を読んでみてくださいね。作品の紹介をしております。
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