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鬼がいる町  作者: SIN


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ゴリラの弟

 高校3年の体育祭前、俺は騒がしい学校内で比較的静かに過ごせる図書室にいる。

 俺だけじゃない、参考書を持参した生徒たちも図書室内に集まっていて、それぞれが進学に向けた勉強をしていた。

 友人であるレオとモリヤは就職組だから、今頃は体育館か教室で応援合戦のためのダンスレッスンを受けている頃だろう。

 まじめに取り組んでいるだろうか……。

 レオは面白いと思った方に流される傾向があるし、モリヤは重度のブラコンだから、ふいに弟クンが視界に入ったら練習とか放って行ってしまいそうなんだよ。

 そんな時のレオは間違いなくモリヤを止めるんじゃなく、一緒についていく。

 ハァー……。

 そんな友人2人が可愛いくてしょうがない。

 だから重度のブラコンであるモリヤが弟クンと喧嘩中と聞いた時には、びっくりを通り越して安心感さえ覚えたよ。

 そしてその兄弟喧嘩の終息方法が”決闘”ってのが、ゴリラなんだなぁと再確認。

 弟クンもさ、あんな細腕でモリヤに勝ちたいだなんて大きな夢を見たものだよね……強くなりたいって気持ちは分かるんだけど、人には向き不向きってのがあると思うんだよ。

 いいや、余程の命知らずではない限り勝負をしたいとは思わない筈で、弟という立場なら俺よりももっとモリヤのゴリラっぷりをまじかに感じてきた筈。

 それなのに敢えて勝負に挑む理由はなんだ?

 はぁ……まいったな……。

 勉強が全く手につかないや。

「でさー、弟クンが機嫌悪かった理由に納得いかないんだよなー」

 放課後図書室に移動した俺の隣には、特に勉強する気もないレオがいる。

「モリヤより強くなりたいって理由でしょ?確かに不機嫌になる要素はないよね……どうしても強くなれないことへの苛立ちにしたって、それを前面に表すのはあまりにも幼稚だし」

 かなり丁重に愛情を注がれておきながら、不機嫌をアピールして心配かけさせるような態度を取るなんて、余程の理由がない限り可笑しい。

「体育祭の後、弟クンにも話を聞きに行かないか?」

 あぁ、それは名案だ。

 こうして体育祭の当日、全てのプログラムを終えた後弟クンの教室にレオと走って向かった。

 幸いモリヤは体育祭の途中で現れた親父さんを見てから上の空で、HRが終わるとそのまま帰って行った。

「やぁ、弟クン。モリヤとのことで話があるんだけど一緒に来て」

「え……あ、はい……」

 意外なことに大人しく付いてきた弟クンは、俺の疑問についても教えてくれた。

 兄弟喧嘩の本当の理由について。

 小宮家の後継者が弟クンに決まってるとは聞いたけど、モリヤが呪いで縛られて従者として一生こき使われるなんて想像もしてなかった。

 呪いとか従者とか全く現実味のない話しではあるけど、小宮家は祓い屋だからあり得そうで嫌だ。

 そして弟クンはそれを良しとは思わず、モリヤを従者にしなくても戦えることを証明するため、決闘を申し込んだらしい。

 モリヤが勝ては呪いで縛られる運命のままで、弟クンが勝てばモリヤは自由になる……。

「作戦を立てよう」

「そうだな、俺達は全力で弟クンをサポートするよ」

 3対1で正面から戦っても勝てる確率はほぼ0に近いけど、モリヤの性格を考えれば勝算がないわけではない。

 それにしてもだ、勝敗の褒美が逆だろ?

 モリヤが勝利したら予定通り呪いにかけられて、弟クンが勝利したらモリヤが自由になるなんてさ。

 これじゃあまるで呪いにかかりたいと言ってるようなものじゃないか……確かに究極的なブラコンではあるが、それでも縛り付けられるってのは違うだろ。

 具体的にどんなことになるのかは分からないけど、良くない状況になるってのは分かる。

「あ、あの。俺はなにをしたら良いですか?」

「今日この後勝負をしてもらうから、親父さんに合わせてくれない?」

 試合のジャッジは親父さんがするというので、俺達は応援係として勝負に参加する許可をもらいに行った。

 ドシリと存在感の物凄い親父さんは、あまり表情を崩さないまま俺達の話を最後まで聞き、それから少し視線を上に向けてから軽い溜息を吐いた。

 駄目か?

「……勝てるんだな?」

 お?

 結構な時間無言だったからどうかと思ったけど、いけそうだぞ。

「正々堂々という訳にはいきませんけど、勝算はあります」

「……分かった、4対1を認めよう。必ず勝ってくれ」

 4対1?

 どうやら親父さんもモリヤのことを縛り付けたくないみたい……なら、なぜこんな勝負が必要になってるんだ?

 まさか呪いで縛られる当人だけがノリノリなのか?

 だとしたら……なにがなんでも勝たないとな!

 モリヤが夕食を作り終えるのを待ち、この後すぐに勝負を始めることを伝えた。

「モリヤには悪いんだけど、俺達2人は弟クンの応援するから」

 安全第一ヘルメットを被って庭に出ると親父さんもすでにそこにいて、2人の準備が整ったと判断したのか大きな声でゆっくりと説明を始める。

 2戦目は絶対にないこと、どちらかが「まいった」と言うか戦闘不能になるまで続くこと、のみ。

 なので武器や防具の使用や逃げ出すことも厳密に言えば違反行為ではないし、応援係が手伝うことだってルール違反には当たらない。

「始め!」

 開始の合図と同時に行動を開始したのはモリヤの方で、弟クンは竹刀を構えてもいない。

 どうしよう?と考える間もなく、レオの足が弟クンの前に動き、その結果

「カハッ!」

 腹を押さえて蹲ってしまった。

「レオ!?」

 モリヤの手元をよく見れば拳ではなく平手、そのことから本気の攻撃ではないってことが分かってゾッとする。

 流石だな……弟クンだけじゃなくて、俺達も胴体にプロテクトを仕込めば良かった。

 しかし俺達の作戦は弟クンの代わりに攻撃を受けることじゃなく、モリヤが俺達に気を取られている隙に弟クンが攻撃するという若干せこい戦術だ!

 気の引き方は簡単で、弟クンがオーバーに竹刀を振り回してわざと俺とレオが被っている安全第一ヘルメットを攻撃し、そしてオーバーに俺達が痛がるリアクションするというもの。

 開始早々予想外の攻撃を受けはしたけど、その後は中々順調で弟クンの攻撃がモリヤにも命中している。

 まぁ、ダメージが通っている感じは見受けられないが、同時にオレ達を攻撃するかもしれないという可能性から、モリヤの攻撃には威力がない。

 ガンッ!

「うわっ!いっ……」

 ジリジリと後退するモリヤの姿に弟クンは好機と見たようで、大きく竹刀を振り回して突っ込み、その軌道上にいた俺の安全第一ヘルメットを吹き飛ばした。

 ガツンと鈍いような衝撃は平衡感覚を失うには十分な威力を持っていて、2打目が来る様子は見えているのに体が動かせない。

「ノブユキッ!」

 もう駄目だと思ったところで視界いっぱいにモリヤの胸筋が映り、ギュっと頭部を包み込まれるような感覚がした食後、鈍い音が少し上から聞こえた。

 視線を上げればモリヤの顔があるんだけど、その米神からは赤色の液体が……。

「モ、モリヤ!?大丈夫か!?血、血が出てる!」

「これくらい大丈夫。それより2人は大丈夫なのか?」

 いや……それは確実にこっちのセリフなんだけど?

 まずは流血してる自信を顧みて欲しいんだけど?

 ガンッ

 俺達に注目して防御態勢も全く取れていないモリヤに向かって、弟クンは竹刀を容赦なく振りおろした。

「ん……」

 え?

 なに、ちょっと!?

 ついさっきまで血を流しながらではあるもののなんでもなさそうにしていたモリヤが、軽く息を吐いた後気を、失った?

「モリヤ!?え?え?レオ!きゅ、救急車!」

「わ、分かった!」

 レオが慌ててスマホを取り出して119番通報しようとした手を親父さんが止めさせた。

「その必要はない」

 その必要はない?

「はぁ!?兄貴をこのまま従者にする気かよ!」

 今の今までモリヤを攻撃していた竹刀を、今度は親父さんに向けた弟クンは俺達が止める間もなく突っ込んで行き、全く手加減している様子もなく攻撃を開始させている。

 モリアなら軽く避けていたであろうその攻撃だが、親父さんは避ける間もなくバシバシと当てられていて、防御態勢のまま動けないでいる。

 まずいぞ、親父さんは戦闘向きじゃないんだ。

「止めるぞ!」

「おう!」

 俺は……俺達は今の今まで弟クンは弱いと思っていたし、実際モリヤに比べると赤子のようだったし、攻撃を当てられても安全第一ヘルメット越しではあったけど、大した衝撃はないと思っていたし、素手の親父さんが防具もなく防御しきれているから、本当に弟クンの強さってのは大したことないと思っていたんだ。

 それなのに……。

 2人がかりで押さえつけているのにそれを諸共せずに竹刀を振り回す弟クンと、その攻撃を素手で受け続けている親父さん。

「弟クン一旦落ち着いて!」

 俺は今日分かったんだ。

 モリヤはゴリラではなくて、ボスゴリラだったんだって。

「モリヤ頼む、一瞬で良いから起きてこのゴリラを止めてくれ~!」

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