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第八十三話 提案

 先日自決した大神官長の後任がようやく決まった。

 選ばれたのは誰あろう、あの〈丘の聖堂〉のネズミ顔の堂主である。

 それも、陛下の干渉による就任だという。

 どうしてそんなことができたのかは、俺にはさっぱり分からない。

 近頃は仕事もせずに姉君に甘えてばかりいたものと思っていたが、やるべきことはきちんとやっていたらしい。

 まことに恐ろしい少年である。


 だが、それにしたって神殿には他にもっとましな人材はいたはずである。

 先の大神官長はどうしてなかなか立派な人物であった。

 あの小悪党めいた男にその後任が務まるとはとうてい思えない。


 後任人事が決まったと陛下から聞かされた折に、そのような不満を俺が漏らしたところ、

 陛下は「務まらぬからいいのだ」等と訳の分からないことをおっしゃった。

 俺が首をひねっていると陛下が得意気に説明してくれた。


「あれが大神官長にふさわしい器でないのは百も承知だ。

 はかりごとをめぐらし、小さな利益をついばむことに長けている。

 そうやってコツコツと上り詰めた男だ。

 だが人望がまったくない。当然だな。

 その上、成り上がるまでの過程で多くの敵を抱えてしまっている。

 本来なら先の地位でアガリだ。先代の大神官長も恐らくそのつもりだったろう。

 当面は分不相応に得た地位を政敵どもから守ることで精一杯。

 先の大神官長に親しかった者たちも、まずはあれを引き摺り下ろさねば動けまい。

 神殿は当分の間、我々に干渉するゆとりを失うはずだ」


 なるほど。

 神殿を内部のいざこざで機能不全にし、その隙に対オーク戦略の方針転換を推し進めようということか。

 このような時、既成事実は強いのだ。

 旧い慣習を変えることが難しいのと同様に、一度出来上がった流れを変えることもまた難しい。


「なにより、脛に傷のある男は操りやすい。

 勇者殿、あのジョージとかいうオーク使いの男、くれぐれも大切にするように」


 そう言って陛下はニヤリと笑った。やはりお見通しであったらしい。

 現在、花子の世話として雇っているジョージ君は、本来の名を「先のケレルガースの盟主ウォーガンの子ギルス」という。

 あのネズミ顔の男はケレルガースの内乱を煽って甥っ子のギルスを盟主に据えようと企み、失敗したのだ。

 もちろん表に出れば大変な政治的汚点である。

 彼の政敵がこの事実を知れば、瞬く間に彼を大神官長の座から引き摺り下ろしてしまうだろう。

 ジョージはそのカギとなる重要な証人である。

 陛下はどこからかその事を把握したうえで、これをネタにして彼を、そして神殿を操ろうと目論んでいるのだ。

 まことに恐ろしいお方である。


 さて、陛下が使い物になってきた今日この頃、俺は王都を離れて〈竜の顎門〉に詰めていた。

 表向きは、強引に「オーク討伐」に出ようとする諸侯を抑止するため、ということになっているがもちろん本当の目的は違う。

 〈黒犬〉からの連絡に迅速に対応するためである。

 ジョージと花子を〈顎門〉の近くの村に待機させたながら、南に狼煙が上がりはしないかとひたすら目を皿にして見張る毎日だ。

 ところが〈黒犬〉は一向に姿を見せなかった。


 俺たちの計画は失敗した可能性がある。


 計画が失敗するパターンは大きく分けて二つあった。

 一つ、〈黒犬〉たちが完全に敗北した場合。

 二つ、〈黒犬〉たちが完全に勝利した場合。


 前者のパターンが最悪だろう。

 俺たちはオークとの交渉の伝手を失ったまま、これまで通り奴らと対峙することになる。

 後者は後者で厄介だ。

 〈黒犬〉一派が主導権を握っているのだから、交渉によってある程度は人類の安全を確保できる。

 ただし、その場合オークに対する略奪はできなくなる。

 この世界の人類経済は、その一部を略奪に依存している節がある。

 その不足分を巡って、俺たちは人間同士で争うことになるだろう。


 いずれにせよ人類の平和と繁栄は遠い。


 今後の方針について、陛下と相談しておいた方がいいだろう。

 もっともあの陛下のことだから、既に何らかの手立てを考えているかもしれない。


 そんなことを考えながら悶々としていたある日、とうとう狼煙が上がった。


 *


『一年分の平和を黄金で買いたい』


 〈黒犬〉の申し出を要約するとそういうことになる。

 まさに破格の条件と言っていい。

 人類としては願ってもいない申し出である。


 同時に分かることもある。

 〈黒犬〉たちはまだ勝利も敗北もしていない、俺たちの計画はまだ失敗してないということだ。

 少なくとも彼らはまだ南側に敵を抱えており、こちらに軍を向ける余裕がない。

 だからそれ以外の方法で背後の安定を図ろうとしているのだ。


「詳しい事情を知りたいと、そう伝えてくれ」


 花子にそう指示を出したが、〈黒犬〉はなかなかあちらの事情を話してくれなかった。

 無益な殺し合いを続けるぐらいなら金で解決したほうが良い、というようなことを繰り返すばかりだ。

 まあ当然だろう。

 だが、それだけであるはずがない。

 オークと人類の力関係を考えれば、要求を突きつけるのは本来あちら側なのだ。

 足元を見られたくないのだろうが、こんな交渉を持ちかけてくる時点で語るに落ちている。


「先日引き渡したあの幼女、あれは相当に高貴な身分の御方であったはず。

 この点については既に確認が取れている、と伝えてくれ」


 俺の指示を聞いて、花子が少しだけ気まずそうな顔をした。

 あの幼女がこの地方を取り仕切る大領主――この世界の人間の言葉で言えば「盟主」が近いだろうか――の血縁者であったことは、他でもない花子から確認を取っている。

 それを聞いたのは交換交渉がすべて終わった後のことだった。


 あの幼女の価値を知って俺たちが必要以上に値を吊り上げることを危惧して黙っていたのだという。

 いじらしいことだ。

 しかし、〈黒犬〉たちがリアナ姫を手に入れるためにしたことを知ってようやく話す気になってくれたらしかった。


 花子がこちらの言葉を伝えると、〈黒犬〉の顔に微かに動揺が走った。

 ような気がする。

 なにせ異種族だ。

 よく見知った花子ならともかく、微細な表情の変化までは確信をもってつかみきれない。

 だが、俺はさらに追い打ちをかけた。


「貴殿らが、あの幼女を巡って南に敵を抱えていることも知っている。

 間もなく戦が始まる。あるいはもう始まっている。

 そうだろう?」


 花子がまた俺の言葉を伝える。

 すると、今度は見るからに〈黒犬〉の顔が厳しくなった。

 答えを聞くまでもなく当たりと分かる。


「貴殿らの置かれている状況を知りたい。

 詳しく説明してほしい」


 そう伝えたが、〈黒犬〉は小さく唸り声をあげただけだった。

 その反応を見てふと思い当たった。

 ひょっとして彼は、こちらが彼らの窮地に付け込んで値段のつり上げを目論んでいると考えているのではなかろうか。

 そうであるならばとんでもない誤解である。

 俺はできる限り誠意を伝えるべく、膝をついて視線を合わせた。

 オークの身長は人間の胸ほどの高さしかないのだ。

 通訳越しとはいえ、やはりきちんと目を見て話してこそ伝わるものもある。


「以前お伝えした通り、私はできうる限り貴殿の手助けをしたいと考えています。

 その為にも情報が必要です。

 どうか貴殿らの置かれている状況を教えていただきたい」


 伝わるかどうかは知らないが、口調もきちんと改めた。

 花子が俺の言葉を伝える間も、視線をそらさずに〈黒犬〉の眼を見つめ続ける。

 〈黒犬〉の目が見開かれた。

 彼はそのまましばらくの間固まっていたが、やがて一度目をつむり、そして開いた。

 どうやら俺を信じることに決めたらしい。

 フガフガと、同じようにこちらを見据えながら何かを話し始めた。

 生憎と、話す時と違って聞くときには目を合わせ続けることができない。

 石板を持った花子に視線を移すと、彼女の表情が強張っている。

 どうやら状況はあまりよろしくないらしい。


 〈黒犬〉が語ってくれた状況を要約すると以下のようになる。


 この地方を治めていたオークの盟主は、一人の娘と素行の悪い息子をもっていた。

 この盟主は、人間に攫われた娘が生きているかもしれないということを知って、〈黒犬〉を遣わした。

 ところが、〈黒犬〉たちがこの娘を救い出そうとしている間に、素行の悪い息子はこともあろうに自身の父親を暗殺し、盟主の地位についてしまった。

 この事実を知って憤った老臣が〈黒犬〉と共に例の幼女を担いでクーデターを起こし、素行の悪い息子を捕縛して権力の座から追い落とした。

 しかし、素行の悪い息子は〈黒犬〉たちの目を盗んで脱走し、彼らを支配していたオークの王に訴え出た。

 オークの王は〈黒犬〉たちを反逆者であると認定し討伐令を出した。

 〈黒犬〉たちもこれに対抗して独立を宣言。

 現在は戦支度の最中である。


 なるほど。

 地方の内紛どころか、ずいぶんと大きな話になってしまったようだ。


「それで、彼我の戦力差は?

 敵の襲来はいつ頃になりそうですか?」


 俺の問いに、〈黒犬〉が苦々しげに答えた。


『敵戦力は最低でもこちらの二倍。

 ことによれば三倍ほどになる。

 襲来は来春と予想している』


 かなり厳しい戦いになりそうだ。

 こんな状況で、平和を買うために金を使うのは彼らにとって相当な痛手になるはずだ。

 これは見過ごせない。


「それはいけません。

 平和のために金を支払ってる場合ではないでしょう。

 その資金は、あなた方の戦力を強化するために使われるべきです」


 花子から俺の言葉を伝えられた〈黒犬〉が、再び目を見開いた。


『では、無償で平和を約束してくださるというのか』


 違う。そうじゃない。

 それよりもお互いのためになるやり方がちゃんとあるじゃないか。


「もっと良い提案があります。

 その金で我々人間を雇うのです。

 私はその仲介をすることができます」


 さあ、ここからが正念場だ。


次回は3/17を予定しています

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― 新着の感想 ―
[一言] やったね!諸侯は出稼ぎに行けるよっ! 相手は人間のことをよく知らない(侮っているであろう)勢力、本国の統制のとれた軍隊と言えど上手く戦えれば良いところは見せられるはず。 略奪は難しいかもです…
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