第七十六話 信仰守護騎士
七騎の神殿騎士が〈光の槍〉を構えて猛然と突進してきた。
交渉の余地なしというわけだ。
「勇者様! 剣を!」
花子を馬から降ろし、剣を抜いてリアナ姫に投げ渡す。
と同時に光の槍を出現させ、真ん中の騎士に向けて投擲した。
槍は光の軌跡を描きながら目標に向けてまっすぐ飛んでいく。
だが、槍は騎士の持つ光の盾にぶつかると、薄紫の火花を散らして消滅してしまった。
あの盾は魔法も防ぐのか!
俺は見よう見真似で同種の盾と槍を出現させる。魔法のコピーは俺に与えられた能力の一つだ。
よくよく見ると、普段のものと比べて微かに赤みがかっている。なるほど。
輝く得物を互いに向けあい、馬上槍試合よろしく馬を突進させる。
相手の騎士が兜の下で嗤ったような気がした。自信があるのだろう。
瞬く間に距離が詰まる。
まっすぐに突き出した穂先が交差する直前、俺は槍の狙いを少しだけ下げた。
兜面の隙間から覗く相手の目が驚愕に見開かれたのもつかの間、俺の槍が馬の眉間に滑るように刺さると諸共に崩れ落ちて視界から消える。
すれ違いざま、「卑怯な!」という叫びが聞こえたような気がするが、あいにくと今の俺は忙しいのだ。
騎士道精神なんぞに付き合ってやる暇はない。
クルリと馬首を返すと、残る六騎が陛下とリアナ姫を追いかけまわしているのが見えた。
リアナ姫はそのうちの四騎に追われながらも、手にした剣で牽制しつつさすがの馬術で槍をかわしている。
こちらはしばらくは大丈夫。しかし陛下は不味かった。
今まさに、〈光の槍〉がその背中に迫っている。
助けようにもこの距離ではどうしようもない。
だがその時、突如として神殿騎士の体がグラリと傾むいてそのまま落馬した。
見ればその胴体から矢のようなものが三本も生えている。
理由はすぐにわかった。少しばかり離れたところで、例の鷲鼻の老人が弩を構えているではないか。
残る一騎の判断は即座に危険を察知し、老人へ馬首を向けると突進していく。
老人は手早く弩に装填を終えると、落ち着き払って狙いをつける。
発射。
神殿騎士はとっさに光の盾で身をかばったが、矢は何の抵抗もなくそれを貫いて騎士の胴に突き刺さった。
赤みがかった方の光の盾は、魔法は防げても物理的な飛び道具は防げないらしい。
覚えておこう。
姫を追いかけまわしていた四騎のうちの二騎が異常を察して陛下のほうに向かってきた。
一度赤い盾を消して、見慣れた青い光の盾を出しなおしている。
今度は俺の番だな。両手に槍を出して投擲。落馬。
赤の盾と槍を出しなおしてリアナ姫の救援に向かう。
残った二騎は逃げだすものと思ったが、まっすぐこちらに向かってきた。
老人が弩を発射。また一騎落馬。
さて一騎討だ。
今度は馬をついたりはしない、まっすぐ相手に槍を向ける。
すれ違いざま互いの槍が交差し、盾に当たって火花を散らす。
急激に盾の負荷が上がるのを感じて、慌てて魔力を追加する。
バシンと大きな火花が散って、相手の槍を弾いた。
なるほど。
距離を取ってから馬首を返して仕切り直し。今度は槍と盾の両方により大きな魔力を籠める。
再度突進。
今度は相手の盾が砕け、俺の槍がその胴を貫いた。
状況を確認。
敵影既になし。陛下、リアナ姫、老人、いずれも健在。
花子は……あ、岩の陰からちょうど顔を出した。隠れていたらしい。
味方に損害なし。良し。
「お怪我はありませんか?」
念のため、陛下とリアナ姫に声をかける。
老人は周辺を警戒しつつ、乗り手を失った馬を集めている。
「問題ない」
いつの間にか陛下の顔が完全に国王陛下に戻っている。
ついでなのでずっと気になっていたことを聞いてみた。
「それは何よりです。ところで陛下、あの老人は……」
「フォルトガンか?」
陛下がいたずらっぽく笑う。
「元は王家の森を管理する森番でな。
祖父の代から王家に仕える忠義者だ。
弩の腕前を見込んで、護衛として取り立てた」
なるほど、道理で。
あの殺人へのためらいのなさも、日々密猟者を狩っていればこそか。
「世間では余に取り入り背後から操る不届き者などと言う者もあるようだがな。
まあ、そのような評判もなかなか便利ではあった」
健気な少年を演じていると、きつい手は打ちにくいだろうからな。
そんな時、陛下に不埒な手口を吹き込む役がいればイメージを損なわずに済むというわけか。
「フォルトガンは信用のおける気のいい老人ですよ」
そう言いながら、リアナ姫が彼に手を振って見せた。
フォルトガン老はそれに気づくと、ニカッと笑って手を振り返してきた。
欠けた前歯がなかなかにチャーミングだ。
そうだ、リアナ姫にも聞きたいことがあったんだった。
「彼らが何者かご存じありませんか?
神殿騎士のように思えますが」
俺は足元に転がる白鎧の騎士を指しながら訊ねた。
元は神殿騎士団長でもあったリアナ姫なら何か知っているだろうと思ったのだ。
「信仰守護騎士でしょうね。
神殿騎士の中でも特に信仰篤く、技量に優れた者から選ばれる騎士たちです。
彼らは大神官長直轄であるため私も詳細は知りません。
特別な秘儀を扱うことができるとは聞いていましたが……」
そういえば賢者様も以前そんなことを言ってたな。
先ほど奴らから教わったばかりの、赤みがかった盾と槍を何とはなしに出し入れしてみる。
通常の光の槍と盾は干渉せずに素通りする。
この赤の盾は〈光の槍〉を防ぎ、赤の槍は〈光の盾〉を粉砕することができる。
実に恐ろしい魔法だ。
この世界には神殿騎士以外に魔法を使う者はいないのだから、これはつまり神殿騎士を殺すために編み出された技術なのだ。
大神官長直轄だという信仰守護騎士とかいう役職の性格もおおよそ察しが付く。
さて、首謀者はわかったが、もう少し情報が欲しい。
俺たちは、最初に馬を殺して転倒させた騎士の下へ移動した。
そいつは馬の下敷きになりながらも、どうにかそこから脱出しようと元気にもがいていた。
が、俺たちの接近に気付くと同時に即座に光の槍を出して、己の喉に向けた。
俺は槍を投擲し、それを阻止する。
もう一本槍を出現させて彼の兜を切断すると、中から出てきたのは神殿騎士団長のファーガスだった。
俺の顔を見て老騎士は叫んだ。
「この汚らわしい背教者どもめ!
我らは仕損じたが、神は必ずや貴様らに鉄槌を下されるだろう!」
随分と興奮している。
俺は彼を落ち着かせようと、槍を突きつけながら穏やかに話しかけた。
「背教者とは奇妙な話です。
私は神から遣わされた勇者ですよ。
それがどうしてそんな風に呼ばれなくてはならないのですか」
「オークどもと通じておきながら、何を抜け抜けと!
神はお前たちの背信行為を全て見通しておられる。
さあ、これで十分だろう。殺すがいい」
なるほど。
俺は振り返って、陛下に目線をおくる。
陛下がうなずく。俺は槍を伸ばした。
さて、困ったことになった。
どうやらオークとの取引が大神官長にバレてしまっているらしい。
それにしても初手から暗殺とは随分と過激である。
こうまでされるとはさすがに思っていなかった。
「あれの考えはおおよそ察しが付く。
ここで我らを殺害し、オークの仕業と喧伝するつもりだったのだろう」
そういえば、以前に賢者様が言っていたな。大神官長は人間がオークと交渉を持つようになることを警戒していると。
そう考えれば実に合理的なやり口だ。
陛下がオークに殺されたとあれば、諸侯の対オーク感情は大幅に悪化する
その上それが交渉の場での騙し討ちとくれば、今後はオークと交渉をしようなんて奴は現れないだろう。
「さて、勇者殿。
急ぎの用事だ。一足早く王都に戻って欲しい」
「はっ。それで何をすればよいのでしょう」
「王都の状況はわからぬが、竜の爺は信用できるはずだ。
まずは彼の支持を取り付けろ」
そう言いながら、懐からハガキサイズの羊皮紙を一枚取り出すと、さらさらと何か書いて俺に押し付けてきた。
国王陛下からの委任状だった。
竜騎士団は国王の別命あるまで勇者の指示に従うべしというようなことが書いてある。
陛下はさらにもう一枚とりだすと、今度は元から何か書いてある紙に短く一筆追加した。
こちらも押し付けてくる。
見れば死刑執行の命令書だった。
大神官長の名前が書かれた部分だけインクが生乾きだ。
こんなのをいつも持ち歩いているのか。
「それから神殿へ向かい、大神官長を問いただせ。
回答如何によっては、その場で反逆者として処刑せよ」
無茶苦茶を言われた。
「何をしている、急げ。
余も此度は急な思い付きで行動しておるからな。
向こうも碌な準備はできなかったはずだ。
時間との勝負だぞ」
次回は1/27を予定しています




