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第三十六話 最果ての城へ

 俺はヴェラルゴンに跨り、シェザリス城へ向けて飛んでいた。


 シェザリス城は、円に近い三日月形をしているこの王国の北側の西端に位置する。

 夏であれば二日で行くことも可能らしいが、今の季節では五日ほどかかると常駐の竜騎士が教えてくれた。


 これは、冬の方が日の出ている時間が短いせいだ。

 夏であれば、内海を一気に渡りきることができるが、この時期はそうもいかない。

 無理に渡ろうとすれば、内海のど真ん中で日没を迎える羽目になる。


 真っ暗な海の上での飛行は、よほどのベテランでなければ自殺行為だ。

 内海に沿って大きく回り道しなければならい。


 国王陛下からも、しばらく〈竜の顎門〉を離れる許可をもらった。


 山奥に潜む賢者を探しに行くとは言えないので、陛下への手紙には「竜騎士としての訓練を兼ねて遠乗りしたい」と書いた。

 陛下からは、退屈な仕事を割り振ったことに対する簡単な詫びと、ゆっくり羽を伸ばしてくるようにという趣旨が書かれた返事を受け取った。


 国王陛下は、俺が儀式を監督するのに飽きて少し遊びに出たくなった、と考えているようだ。

 誠に遺憾である。


 手紙には、許可のついでに「途中で陳情を受けても余計なことはするな。情報は王都へ回すように」というようなことが、遠回しに書かれていた。


 もめごとは俺だって困る。

 国王陛下に丸投げしてよいのなら、積極的に丸投げしていきたい。


 返事を持ってきた竜騎士が、そのまま俺をシェザリス城まで先導してくれることになった。

 これも国王陛下の指示らしい。

 あの少年王は本当に気遣いがよくできる。

 俺とは大違いだ。


 天候はいたって穏やか。

 雲一つない空の下、一度上昇気流を捕まえればどこまでも高く上ることができた。

 風は少々冷たいが、あの竜骨山脈の切り裂くような冷風に比べれば、そよ風のようなものだ。


 背中に乗せてきた竜飼いが、海風と崖を利用して上昇するやり方を教えてくれた。


 海風が崖にぶつかると、強い上昇気流が生まれる。

 そういう崖に沿ってうまく飛べば、高度を稼ぎながら前に進むことができるらしいのだ。


「はいぃ! もっと崖にぃ寄せてぇ! もう少しぃ首をぉ風上にぃたててくだせぇ! 素晴らしいぃ! お見事ですぅ!」


 竜飼いが、しっかりと俺の背にしがみつき、無精ひげで俺の耳をこすりながらがなった。

 なるほど、こうやって地形を利用すれば長距離を効率よく移動できるのか。

 山越えの時にこうした知識があればもっと疲労を抑えられたかもしれない。


「しっかしぃ! 勇者様はこれだけ上手にぃ竜を操りなさるのにぃ、風のぉ知識はぁさっぱりですなぁ!」


「今まで! あまり空を飛ぶ機会はなかったので!」


 飛んでいる最中は、こうして耳元で怒鳴り合わないと風の音が邪魔をして声がよく聞き取れないのだ。

 この竜飼いはこうした会話に慣れているらしく、空中では独特の喋り方をする。

 こうして喋ると、風の中でもよく聞こえるのだそうだ。


「てっきりぃお国でもぉ竜をかっていなさるのかとぉ!」


 とんでもない。俺の国で竜が飛んでたら大騒ぎだ。


「やっぱりぃ、竜騎士はぁ才能がモノを言いますなぁ!」


「あなたは! ずいぶんと!風にお詳しいですね!」


「なにしろぉ、三十年もぉ竜騎士様の後ろにぃ乗せてもらってますんでぇ!」


 聞けば、このベテラン竜飼いは、竜騎士に憧れて騎士団の門を叩いたものの、素質が足りず竜騎士にはなれなかったらしい。


「まぁ! なってみればぁ竜飼いもぉ楽しいもんですぅ! こうしてぇ空も飛べますしぃ! なにより安全だぁ!」


 そういって、彼はガハハと笑った。

 彼にとっての安全とはいったい何なのだろうか。


 *


 シェザリス城は細く長い岬の突端、断崖絶壁の上に建っていた。


 〈竜の顎門〉を発ってから三日目の夕方、俺たちはシェザリス城の上空に到着した。

 天候に恵まれたこともあり、予定よりも大分早い到着だった。


 岬の先端は波によってその根元が大分削り取られており、その上に建てられた城が空中に突き出しているような格好だ。


 狭い場所に無理やり建てられたその城は、ひょろりと縦に長く伸びており空からはひどく不安定に見えた。

 嵐でも来たら、風に吹かれて岬ごと崩れてしまいそうだ。



 俺は城の上空を一回りしてから、針路を北に戻した。



 この城から少し離れたところに大きな港町がある。

 この港町には、竜騎士団所有の竜舎が領主の許可のもと設けられていた。

 十頭もの竜を収容できる大きな竜舎で、〈大竜舎〉、〈竜の顎門〉に次ぐ国内第三の規模だという。


 今日はこの竜舎にヴェラルゴンを預けて一泊し、翌朝になってから城主を訪問する予定だった。


 他人の領地を許可なしにうろつけばトラブルのもとになる。

 洞穴の隠者を探す前に、領主に話を通さねばならないのだ。


 ところが、竜を降りて荷物を解くか解かないかの内に城から使者がやってきた。


 よく整えられた白い顎髭を伸ばしたその使者は、俺に向かって丁寧に頭を下げた。


「先ほどの白竜、異界より招かれし勇者様とお見受けいたします。

 我が名はバンゲルの子バンガス。シェザリスの岬の城主に仕える騎士にございます。

 我が主は、ぜひとも勇者様を本日の晩餐にお招きしたいと仰せです。

 長旅の疲れもあるとは存じますが、ぜひとも我らが城までご足労頂けないでしょうか?」


 元々こちらから訪ねようと思っていたところだ。

 向こうからお誘いいただけるなら願ったりかなったりである。


「ご丁寧なお招き、誠にありがとうございます。

 元々こちらからご挨拶にうかがおうと思っていたところです。

 喜んでお招きにあずかります」


 俺が招きに応じると、バンガスはニッコリと笑った。


「応じていただけた際には、城までご案内するよう言いつかっております。

 馬は用意してございますので、準備が整いましたらお声がけください。

 お連れの竜騎士殿も、共にご招待させてください」


 *


「勇者様……できるだけ早く戻ってきてくださいよ……」


 ヴェラルゴンとともに竜舎に残される竜飼いの不安げな声を背に受けながら、俺たちはシェザリス城へ向かった。

 ヴェラルゴンは今日も不機嫌だ。


 港町からシェザリス城へは、馬では三十分ほどの道のりだった。


 上空から見た時にはどうにも危なっかしく感じた城だったが、こうして地上から見た姿はなかなか立派なものだった。

 


 攻め手の視点から見るとこの城は難攻不落の堅城に間違いなかった。

 なにしろ、三方を海と断崖絶壁に囲まれ、唯一陸続きの北側も狭く足場が悪い。

 攻城兵器を設置するのも一苦労だろう。




 バンガスが呼ばわる声に応じて、ガラガラと鎖の音を響かせながら城門の分厚い落し格子が上がっていく。

 その先に、見覚えのある男がいた。


「勇者様!

 我ら一同、おかげでこうして命を長らえることができました。

 誠に感謝の言葉もございません!」


 その男は、そう言って背後に控えた二十名ほどの騎士達と一緒に、俺の前に片膝をついて頭を下げた。


 あの顔の大きな傷は見間違えようがない。

 ガルオムだ。

 オークの村で撃墜された俺たちを助けてくれた命の恩人だ。

 どこかの領主と名乗っていたが、そうかここの領主だったのか。


 オーク領のど真ん中で、手勢とともに取り残されていたこの男は、救出船団を送るように書いた手紙を俺に託したのだ。

 リーゲル殿が送ってくれた捜索隊に無事救出された俺は、帰還と同時にその手紙を彼の領地に届けてくれるよう依頼していた。

 そうして手紙は無事にここ、シェザリス城へと届いたというわけだ。


「私はただ手紙を託されただけにすぎません。

 命を救っていただいた恩があるのはこちらの方です。

 どうか、お顔を上げてください」


俺がそういうと、彼は立ち上がり手を差し伸べてきた。


「なれば、我らに勇者様と戦友の契りをかわす栄誉を賜りたく。

 さすれば、命の貸し借りは常に等しいものとなります」


 帰還してから俺の地位について知ったのだろう。

 ガルオムの口調が、すっかり目上の者に対するそれに代わっている。


 俺はガルオムの手を取り、それからひしと抱き合った。

 ガルオムの背後で喚声が上がった。


 よく見ると、背後の騎士たちもどことなく見覚えがある。

 恐らく彼らもあの時の生き残りなのだろう。


 俺は全員と同じように握手を交わし、抱き合った。


「我らは戦友なるぞ!」


 ガルオムが叫び、後はお約束の宴会になだれ込んだ。


 *


 広間の隅には酒樽が積み上げられ、正方形に配置された長机には豪華な料理が並んでいた。

 中央では炉が赤々と燃え、良く太った豚が丸々一頭その火であぶられている。


 俺の到着を知って間もないはずなのに、よくぞこれだけの用意をしたものだ。


 酒は倉庫から出せば済むだろうが料理の方は大変だったはずだ。


 机に囲まれた炉の前では、吟遊詩人がやんややんやの喝さいを受けていた。

 演目はもちろん、あの墜落現場での戦いをもとにした戦詩いくさうただ。

 ガルオムが生きて帰ってくるなりお抱え詩人に作らせたものらしい。


 物語のあらましはこうだ。

 

 オーク討伐のため〈竜の顎門〉の門をくぐったガルオム率いるシェザリス城の軍勢は、手向かうオークどもを次々と打ち破って、多くの戦利品を獲る。

 しかし卑劣なオークどもに谷の入り口を封鎖され、ガルオムらは本国へ帰還できなくなってしまう。

 そんな中、世界を救うべく異世界より呼び出された勇者が、谷の封鎖を打ち破るため竜騎士団を率いて出撃した。

 ところが、さしもの竜騎士団も谷に陣取るオーク軍にはかなわず、激しい戦いの末に勇者は若い竜騎士共々撃ち落されてしまった。

 気高い勇者は、負傷した竜騎士を見捨てることを良しとせず、敵中にとどまることを選択する。

 そんな勇者に、オークどもの万を超える軍勢が一斉に襲い掛かった。

 一方その頃、墜落していく竜を見たガルオムらは竜騎士を救助するべく現場に急行していた。

 そこで彼らが目にしたのは、戦友を背にかばいながら、周囲にオークの死体を堡塁のごとく積み上げて奮戦する勇者の姿だった。

 だが、その勇者もついに力尽き、大地に膝をつく。

 それを見たガルオムはすかさず角笛を吹き鳴らし、突撃を敢行した。

 万を超えるオークの大軍も、突如として現れた軍勢に慌てふためき、シェザリスの騎士らはこれを散々に打ち破って勇者を救い出した。

 その後、竜騎士に救出された勇者に手紙を託し、ガルオムらは海を目指して西進した。

 方々でオークの小軍勢を打ち破りながら進むガルオムらであったが、彼らの背後には恐るべき追手が迫りつつあった。

 そう、〈黒犬〉率いるクチバシ犬共が彼らを追ってきていたのだ!

 だが、寸でのところで救援船団が到着し、地団太を踏んで悔しがる〈黒犬〉どもを背に、山のようなとともに戦利品を抱えてオークの地を後にしたのであった……


 荒唐無稽な詩だった。

 大体のあらすじはあっているが、例によって戦果がものすごい勢いで盛られている。

 誰だ万軍を相手に周囲に死体の山を築きながら戦う勇者って。

 俺はあの時、犬しか斬っていないはずだぞ。


 おまけに、その戦いに参加した騎士たちに全員にいちいち出番が与えられているせいで無駄に長い。

 出番の長さは最低でも一行。

 活躍したものは三行。

 特別に活躍したものはそれに応じて記述が増える。

 そしてそれぞれが十から二十のオークをあの戦いで討ち取ったことになっている。


 あの場にいたオーク兵は多めに見積もっても二百程度だろう。

 どう考えても殺されたオークが多すぎる。


 そんな無茶苦茶っぷりにもかかわらず、現場にいたはずの生き残りたちは大盛り上がりだ。

 吟遊詩人も吟遊詩人で、何度も何度も繰り返し歌わされたにもかかわらず、嫌な顔一つせず笑顔でアンコールに応じている。

 それもそのはず、彼の傍らに置かれた大皿にはすでに銀貨や銅貨が山盛りになっていた。

 あのくそ長い歌を一周歌うたびにその高さが増していくのだ。


 まぁ、こういうものにそんなツッコミを入れるのは野暮というものか。

 それに彼らと別れた後のことはこの歌で初めて知った。

 多少盛られてはいるだろうが、やはり容易な旅路ではなかったらしい。

 その途上でも何人かの戦死者を出したようだ。


 また吟遊詩人が一曲歌い終わった。

 ガルオムは上機嫌で銀貨をひとつかみ握ると、ジャラジャラと例の皿の上にそれをぶちまけた。

 乗り切らなかった銀貨が皿から転げ落ちたが、ガルオムも吟遊詩人もまるで気にしない。

 詩人の方は、そんなはした金を気にしなくてもいいだけの稼ぎを既に得ていた。


 席に戻ってきたガルオムが俺に話を向けてきた。


「しかし勇者様もお人が悪い。

 お出でになると事前にお知らせくだされば、

 もっと豪華な宴も用意できたというのに。

 運の悪いことに、今日は所用で城をあけている者が何人かおりましてな。

 勇者様がお出でになったと知れば、きっと悔しがることでしょう」


「その者たちには悪いことをしました。

 急な訪問はご無礼とは思いましたが、

 実はこちらに急ぎの用ができしまったのです」


「ほう、何か重大な任務でも?」


「はい、この辺りに神殿から追放された隠者がいるという情報を得たのですが――」


「なるほど! その隠者とやらを捕縛しに来られたということですな!」


「い、いえ、捕縛ではありません。

 元は学僧であったというその男の知恵を借りる必要が出てきたのです」


「知恵ですとな?

 いったいどのような知識を求めておられるのですか」


 おっと、これは重要機密だな。


「それについては、秘密を守るよう言われておりますので、どうかご容赦を」


「では、我が手勢をいくらかお貸ししましょう。

 人探しとあらば、土地を知る我らはきっとお役に立てましょう」


「いえ、それには及びません。

 大まかな居場所は既に突き止めていますし、私は竜で移動しますので。

 ただ、ご領地を捜索する許可をいただければありがたいです」


「ふむ……」


 ガルオムはしばし思案顔で天井を見つめていたが、すぐにこちらに向き直っていった。


「では、一筆用意いたしましょう。

 私の書状があれば、怪しまれることはありますまい」


「ありがとうございます」


「して、その隠者とやらはいったいどこに潜んでいるのですかな?」


「エニデムという村だそうです」


「エニデム……?」


 ガルオムが首を傾げた。

 傍らに控えていた、神経質そうな男が彼の耳元で何かささやいた。


「ん……あぁ、あそこか。

 また随分と辺鄙なところだな……」


 この辺境の領主がさらに辺鄙なところというんだから、よほどの場所なのだろう。


「あぁ、勇者様、ついでに簡単な地図も用意させましょう。

 何分小さな村でしてな。

 道を訪ねながら行こうにも、その村を知るものに会うだけでも一苦労でしょうから」


 そこまでか。

 

「何から何まで、本当にありがとうございます」


「なに、大した手間ではござらん。

 何より、我らは戦友の契りをかわした仲ですからな!」


 ガルオムそう言って大きく口を開けて笑った。


 俺はそれから三周ほど例の詩と酒を楽しんだ。

 帰り際にガルオムの書状と簡単な地図を受け取り、港町の竜舎へと戻った。


次回は1/16を予定しています

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