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第二十五話 意外な再会

 一夜明けた館の敷地の隅で、すっかり燃え尽きたガラクタ山の残骸が朝日に晒されていた。

 昨夜の神秘的な炎の余韻はもはやない。

 ただ、真っ白な灰と、真っ黒な燃えカスが僅かに残っているだけだ。

 館の使用人たちの動きも、普段に比べると緩慢だった。

 祭りの後には、独特の侘しさがある。


 ケレルガースへ向かうためヴェラルゴンの背に乗り込もうとしていると、メグが見送りに出てきた。


「私もお供しましょうか? きっとお役に立ちますよ」


 彼女はそういって、自分も連れていくように要求してきた。

 彼女を背中にのせて飛ぶというのは、なかなか魅力的な提案だった。

 以前一緒に乗った時の背中の二つの感触は今もしっかり覚えている。


 だが、今回は竜飼いを乗せていかなければいけない。

 ケレルガース城には常駐の竜飼いがいないのだ。

 三人乗りもできなくはないが、病み上がりのヴェラルゴンに無理をさせるわけにはいかない。


「いや、必要ない。ケレルガースの連中がきちんと和睦を結ぶのを見届けてくるだけでいいって話だからな」


 なにより、メグを連れていけば何をされるかわかったもんじゃない。

 昨日だって、きっかけはアイツの一言からあんなお祭り騒ぎに発展したのだ。

 意図的ではないだろうが、おそらくコイツは天性のトリックスターだ。

 それが何であれ、コイツが関わればどんなことだってあんな騒ぎになってしまう気がする。

 大事な和睦の席をかき回されてはたまらない。


「そうですか」


 意外なことに、メグは素直に引き下がってくれた。よかった。

 彼女は振り返って従者――いや、女性なんだから侍女か? まぁ、どっちでもいいや――を呼んだ。


「リディア。ゴルダン叔父様に伝令を。『従士団を引き上げよ』と」


「はい、『従士団を引き上げよ』ですね。承りました」


 リディアと呼ばれたその侍女は、さらにまた別の男装をした侍女に指示を出す。

 厩舎へかけていくその侍女の後姿を見送りながら俺はメグに尋ねた。


「従士団がどうかしたのか?」


「はい。もう必要がなさそうなので、城に戻そうかと」


「どこから」


「ケレルガースとの国境(くにざかい)です。勇者様が南隣(ケレルガース)の紛争に介入なさると聞いたので、何かお役に立てればと」


 あぶねぇ。この女、俺がうっかりあの申し出を受けていたら、俺にくっついて従士団を隣領に侵攻させるつもりだったのか。


「お役に立てず、残念です」


 彼女は悲しそうに眉を下げて言った。

 だが、役に立てなかったことを残念がっているわけじゃないのは明白だ。


 *


 竜飼いを背にのせてヴェラルゴンを離陸させた俺は、まずは進路を東に取った。


 真っ直ぐにケレルガースへ向かいたいところだが、その前に〈丘の聖堂〉によらなければならなかった。

 元帥が〈カダーンの丘〉を訪れた際には、滞在中に一度は〈丘の聖堂〉の堂主に挨拶をせねばならぬ、というしきたりなのだそうだ。


 正直なところ、あまり気は進まない。

 前回も、あのネズミ顔の堂主のおしゃべりにはずいぶんうんざりさせられた。

 仕方がないので、こうしてケレルガースへ向かう途中に寄ることにした。

 これならば、「この後は陛下からのお役目が控えておりますので」という口実で、あの長話から逃げ出せるという算段である。


 ついでに、聖堂への先触れも送っていない。

 もし向こうが忙しくて会えないというならそれもよし、一応お伺いはしましたからね! というわけだ。


 もっとも、あの堂主のことだ。俺が来ていることはとっくに把握しているはずだ。

 俺の訪問があることも恐らく予想しているだろう。

 前回もそうだった。

 貧相な顔をしている割に、中々油断のならない男なのだ。


 聖堂の前にヴェラルゴンを降ろすと、中からネズミ顔の小男が慌てふためいた様子で飛び出してきた。

 顔面は蒼白で、滝のように冷や汗を流している。

 これは意外な反応。

 一体何をそんなに慌てているんだ?

 竜の背から降りた俺に、堂主は揉み手をしながら近づいてきた。


「こ、これはこれは、元帥閣下。

 大変なご活躍であったと聞き及んでおりますぞ。

 なんでも、竜を率いて無数のオークどもに神罰を下して回られたとか。

 神もきっとお喜びでしょう。ところで、今回はどういったご用件で……」


 そう言いながら、彼は不安げに俺の背後に控える白竜を見上げた。


 今日もヴェラルゴンは機嫌が悪い。

 昨日の騒ぎでいくらか落ち着いてはいるが、それでも十分な威圧を周囲に放っている。


 これは少しかわいそうなことをしたかもしれない。

 こういう時のヴェラルゴンは竜飼い達ですら怖がるのだ。


「先触れも送らず、失礼いたしました。大した用事ではないのです。領地に戻りましたのでご挨拶に参りました」

「これはこれは、ご丁寧に。ありがたいことです。よければ、聖堂の内でお話でもいかがでしょうか。ささやかですが、おもてなしの用意もございます」


 堂主は口ではそう言っているものの、本音では長居してほしくないのがバレバレだった。

 もっとも、俺の方も長居をしたいとは思っていない。

 つまり、俺達の思惑は一致しているというわけだ。


「実はこの後も、陛下からのお役目が控えていますので、これにて失礼させていただきます」

「おぉ、そうでありましたか。それは残念なことですな」


 そう言いつつ、堂主の顔は明らかにほっとしていた。

 まあ、誰だってこんなおっかない竜が近くにいては落ち着かないだろう。


 堂主に一礼し、再び竜飼いとともに竜の背に乗る。

 大きく翼を広げた後、助走を開始。十分に速度が出たところで飛びあがる。

 それから、翼を羽ばたかせて少しずつ加速、上昇させていく。

 針路は南、目指すはケレルガース城。


 *


 ケレルガース城は湖の中に建っていた。


 いや、実際には湖の畔に建てられているんだろう。

 だが、城の周りに掘られた幅広の堀によって、まるで城が湖の上に浮かんでいるかのように見えるのだ。


 城の北側――つまり、湖に面した側――には城壁がなく、開いた側に船着き場が設けられていた。

 陸側を包囲されてもここから食料などを運び込めるようになっているのだろう。

 一方の陸側には、巨大な塔門(ゲートタワー)が鎮座しており、これが主郭(キープ)を兼ねているようだ。


 城の上空を旋回しながらヴェラルゴンに一吼えさせ城内に合図を送る。

 それから事前にリーゲル殿に言われていた通り、湖の上空で高度を下げ、船着き場側から着陸する。


 城の中庭には、既に城主一同が俺を出迎えるために整列していた。

 服装から見て、列の中央、一歩前に出ているのがこの城の主、つまりケレルガースの盟主か。

 その後ろに並んでいるのが彼に従う小領主達なのだろう。


 意外なことに、城主は俺の見知った顔だった。

 彼は俺の前に片膝をついて恭しく頭を下げた。


「この度、父と兄の後を受け継ぎケレルガースの盟主となりました、スレットでございます。勇者様、お久しぶりです」


 スレットは先の大会戦の生き残りの一人だ。

 共に奏上の儀で陛下にあの戦の顛末を報告した仲間でもある。

 血筋のいい若者だとは聞いていたが、まさか盟主になっているとは思わなかった。


 歩きながら、少しだけ話を聞いた。


 あの奏上の儀の後、父の葬儀のために国許へもどったはいいものの、病弱だった兄は父の突然の死にショックを受け急激に病状が悪化。

 そのまま息を引き取ってしまった。

 当主とその嫡男をほとんど同時に失ったケレルガースは大混乱に陥った。

 一番年かさの男子であった彼は、あれよあれよという間に盟主の座に祭り上げられた。

 そこまでは良かった。


 だが、残念なことに彼の母親は一介の騎士の娘にすぎなかった。

 一方で、下の弟は幼いながらも、有力小領主の娘を母に持っていた。

 その有力小領主は、母方の血筋の低さを理由にスレットを盟主にはふさわしくないと主張し、自らの孫を盟主の座につけるべく、周囲の小領主らを糾合して兵をあげた。

 さらに、別の一派がこの混乱に乗じ、僧籍に入っていた上の弟を擁立して参戦。

 こうしてケレルガースは三つ巴の内戦に陥った。

 そしてどうにかスレットが謀反人たちを打ち破り、今に至るということらしい。


「この度はご足労いただきありがとうございます。私が至らぬばかりに、勇者様のお手を煩わせることになってしまいました」


「いえ、これも元帥としての務め。気にすることはありません」


 スレットはああ言っているが、なんだかんだでこの内紛に僅か一か月で勝利して見せたのだ。

 見込んだ通りの優秀な男だったようだ。

 流石にあの大敗戦を生き延びただけのことはある。


 スレットの案内で城の大広間へと通された。

 広間には二列の長机と椅子が向かい合わせに並べられていた。

 その席の半分は既に埋まっている。

 埋まっているのは下座側、つまり入り口に近い側の席ばかりだ。


 俺たちが入室すると同時に、席についていた彼らは一斉に立ち上がり、直立不動の姿勢をとった。

 彼らの多くが埃まみれの服を身にまとっていた。

 裂けた布地に、血をにじませている者。

 頭に膿で汚れた包帯を巻いた者。

 なるほど、室内に残されていた彼らはこの内戦の敗者たちというわけだ。


 おそらく、戦に敗れた時点で捕虜にでもなり、今日この日まで捕らえられたままになっていたのだろう。

 俺はスレットに促され、彼とともに机の間を突っ切り、広間の一番奥にしつらえられた席に向かう。

 いわゆるお誕生日席というやつだ。


 一緒に入室してきた小領主たちは、敗者たちの背後を通って上座側にある自分たちの席まで行き、そのまま先にいた者と同様に直立不動の姿勢をとった。


 スレットは全員がしかるべき位置についたことを確認すると、彼らに向かって俺を紹介した。


「こちらは、国王陛下より軍権を賜った元帥にして、神の御使いとして異界より招かれたる勇者様であらせられる!

 本日は、国王陛下の名代として、我らの和睦を見届け、その証人となるべくはるばる王都よりお出でくださった!」


 スレットを除いた全員が一斉に剣を抜き放ち、それを切っ先を下にして刃の部分を捧げ持った。

 それから俺に向かって礼の姿勢をとる。

 こういう時はどうすればいいんだったか。

 そうだ、確か剣を抜いて、と。


 勢いよく抜いた剣を突き出すように掲げ、全員を見まわす。

 それから、剣を鞘にカチンと音を立てて納めると、それを合図に全員が捧げ持った剣を鞘に納めた。

 よし、うまくやれたようだ。ありがとう、師範殿。


 俺が椅子に座るのを待って、全員が揃って席に着く。

 スレットが、従者に合図を送る。

 すると、大きな羊皮紙を持った文官風の男が彼の隣に立った。


「これより、和睦の条件を確認する。異議のある者はその場で申し出るように」


 そう言って、スレットは小領主たちを見まわした。


「では読み上げろ」


「はっ!」


 スレットの指示で、先ほどの男は巻かれていたその羊皮紙を広げ、条文を一つずつ読み上げ始める。


「一つ、この場にいる全員は、先のケレルガースの盟主ウォーガンの子スレットをケレルガースの盟主と認める。

  一つ、ケレルガースに属する諸侯は、ケレルガースの盟主スレットに忠誠を誓う。

  一つ、……

    ・

    ・

    ・

 」



 条文の項目は多岐にわたっていた。

 小領主たちの境界の変更や、身代金や賠償金の支払い、現領主の隠居、後継者の指名、婚姻の約束等が淡々と告げられていく。

 敗者たちは苦々しい顔でそれを聞いていたが、異議を唱えたりはしなかった。

 もう戦の決着はついているのだ。


 全ての条文が読み上げられた後、スレットは立ち上がり剣を抜く。

 そして、二列の机の間を歩きながら呼ばわった。


「異議のある者は、この場で直ちに申し出よ! この私が剣をもって御相手する!」


 もちろん、誰も何も言わない。


「では、総意を得たものとする。誓いの儀を行おうぞ!」


 そういうと、スレットは俺についてくるよう促し、広間の出口へ足を向けた。

 小領主たちも、ぞろぞろとその後をついていく。


 *


 向かった先は、城の中庭の一角だった。


 そこには七本の石柱が立てられていた。

 人の背の高さほどで苔むしており、細長い自然石をそのまま掘っ建てたかのような風情だ。

 それが土俵のように一段高く盛られた土の上に円を描くように配置されている。

 その中央には、上面が平らになっている岩が無造作に置かれていた。


 スレットはその岩の前に立ち、空を見上げた。

 ちょうど太陽が最も高い位置に差し掛かるところだった。

 冬の傾いた日差しが、土台の上に石柱の短い影を落としている。


「ちょうどいいころ合いだな。誓いをたてよ」


 正午の、最も太陽の力が強くなった時に、このストーンサークルで誓いを立てるというのが彼らの習わしであるらしい。

 小領主たちが一人ずつスレットの前に跪き、岩に手を置いて誓いの言葉を述べていく。

 全員が誓いを立て終わると、スレットは満足げに頷いた。


「この誓いは、神と、太陽と、神の使者たる勇者様の御前で立てられた!

 決して疎かにすることがないように!」


 領主達が、改めてスレットの前に頭を垂れた。

 これで儀式は終了らしい。

 誰もがどことなくほっとした雰囲気を漂わせていた。


 何はともあれ、これで正式に戦が終わったのだ。

 俺もお役目から解放される。

 そう思って、スレットの方に視線を向けると、彼の顔に一瞬だけ嫌な緊張が走るのが見えた。

 まだ何かあるのか。


 彼はそんな緊張を一瞬で顔から消し去り、何でもないような顔で言った。


「続いて、謀反人の処刑を行う!この場に引っ立ててこい!」


 場に再び緊張感が戻ってきた。

 なるほど、負けた側に与した全員が処刑されるわけではないにせよ、ケジメをつけなければならない奴らもいるわけか。

 あるいは、過激な戦をして特別に恨みを買ったやつが。


 彼の号令を受けて、地下牢から幾人かの捕虜たちが引き摺られるようにして連れてこられた。

 負けた側の領主たちは、一様に沈痛な面持ちに変わる。


 勝者たちはというと、これは色々だった。

 満足そうに見守る者。

 端の方で気まずそうな顔をしているのは、おそらく寝返り組だな。


 それから、少数ながら同情のこもった視線を投げかけている奴らがいる。

 その視線が向けられているのは、捕虜達ではなかった。

 不思議なことに、それはスレットに向けられていた。


 理由はすぐに分かった。


 捕虜達の先頭に、六歳程の子供がいた。

 多分、あれがスレットの弟なんだろう。


次回は10/31を予定しています。

投稿時間は夜に変えるかもしれません

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