表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/92

第二十三話 国王陛下の依頼

 オーク軍の撤退を確認してから数日後、王宮を訪れた俺とリーゲル殿は謁見の間へ通された。


 大広間ではない。あそこは大勢の人間を集めるための場所だ。

 その謁見の間で、俺たちは国王陛下への報告を行っていた。

 今では、殿軍として残されていた部隊も完全に撤収し、谷の出口は完全に空っぽになっている。


「まことに大儀であった。

 あれほどの大軍をわずかな犠牲で退けるとは、見事というほかはない!

 竜騎士団は過去の栄光を不朽のものとするとともに、その新たな価値を示した。

 もはや、其方らを役立たずと謗るものはおるまい。

 我が王国最強の栄誉は引き続き竜騎士団のものである」


 御前に跪いたリーゲル殿がオーク軍が撤退したことを報告すると、少年王は満足げに俺たちの功績を称えた。


「はっ!恐悦至極でございます。

 なれど、此度の成果は勇者殿の軍略あればこそのこと。

 我らはその手足となったにすぎませぬ」


 陛下の言葉に謙遜しつつも歓喜に肩を震わせて答えるリーゲル殿を、陛下の脇に控える神殿騎士団長が苦々しい顔で見下ろしている。


 あの男はいったい何が気に入らないんだろうか?

 まるでリーゲル殿よりもオークの方がましだとでも言いたげな顔だ。よほどリーゲル殿のことが嫌いと見える。


 陛下の斜め後ろには近衛隊長が控えていたが、こちらは陛下同様にこの喜ばしい知らせに安堵した様子を見せている。

 部屋の両脇で陛下とともに報告を聞いていた廷臣たちも、一様に胸をなでおろしていた。


 そして部屋の隅には、例の目つきの鋭い老人が何の表情も浮かべずに置物のようにたたずんでいた。

 感情どころか気配すら殆ど感じさせないその様は、まるで熟練の狩人のようだった。


 そんな空気の中で、国王陛下が俺に目を向けた。


「さすがは勇者殿。武勇のみならず軍略にも長けているとは!」


「お褒めに預かり光栄であります」


「ところで勇者殿。知勇兼備のその力を、もう一つ余に貸してはくれぬか?」


 彼は気楽な調子で言った。


「はい、この身でお役に立てるなら」


 奏上の儀での初対面以来、俺はできる限りこの少年の役に立ってやろうと決めていた。

 あの細い体で人類の運命を担おうと精一杯の虚勢を張っている姿を見せられれば、きっと誰だってそう思うにきまっている。

 そしてそれは、リアナ姫との約束でもある。

 死者との約束は重い。それはどの異世界でも同じだ。


「一つ、元帥として領地の相続争いを終わらせてきてもらいたい」


 げっ。

 絶対面倒なやつだ。断ろう。


「陛下、元帥拝命の際には、人類同士の争いにはできるだけ介入するなと仰っておられました。

 そして、私は異世界から招かれた者といういわば部外者の立場として、その方針をできる限り遵守していきたいと願っております」


 どうにかお断りの理屈をひねり出した俺を、陛下は鼻先で一蹴した。


「何をいまさら。モールスハルツでは随分と鮮やかに争いを鎮めたと聞くぞ。

 それも、余に断りもなしにだ」


 痛いところを突かれた。だけど、あれだって好きでやったわけじゃない。巻き込まれただけだ。


「あの件については、まさに偶然というほかはありません。

 当事者同士に争う意思がなかったことが幸いでした。

 あの和解は私の力ではなく、神の御計らいによって成されたのです」


 女に騙されて流されたというのも情けないので、神様のおかげということにしておく。


「ならば、勇者殿は神の御意思の代行者ということになる。なおのこと、争いを鎮めるにはふさわしい」


 神の御使いにされてしまった。

 いや、もともとそういう設定だったか。

 何かうまい返しはないかと頭をひねっている俺に向かって、陛下は気楽な態度を崩さずに続けた。


「なに、戦についてはもう決着がついておるのだ。勇者殿はただ顔を出してくれればよい」


「決着がついている? 一体どういうことですか?」


 だったら俺は何をしに行くんだ?


「戦の後始末だ。

 権威ある者の仲介という体があれば、勝者はその権威を利用できるし、敗者にも負けを受け入れる名目が立つ。

 既に和睦の条件は整えられている。

 あとは、和睦の席に余の代理人がつくのを待つだけだ」


 なるほど。それなら大した面倒はなさそうだ。


「かしこまりました。陛下のご威光をもって不毛な争いを鎮めてまいります。

 ところで、どこの争いを鎮めればよいのでしょうか?」


「ケレルガースだ」


 はて、どこかで聞いたような。


「何を呆けておる。ケレルガースはそなたの領地、〈カダーンの丘〉の南隣だ」


 かくして、俺は内戦で荒れ果てた土地、ケレルガースへ向かうことになった。


 *


 翌日、俺は竜飼いをヴェラルゴンの背にのせ〈カダーンの丘〉の領主館に降り立った。


 竜の背から降りた竜飼いに手綱を差し出すと、彼はそれを恐る恐る受け取って竜舎へ曳いていった。

 何しろ、今日のヴェラルゴンはひどく機嫌が悪い。

 まだ体調が完全に戻っていないところを無理やり連れだしたためだ。

 その上二人乗り。誰だって機嫌が悪くなる。


 本来ならもう何日か休ませたかったのだが、国王陛下直々のご指図とあっては仕方がない。

 曰く「あの白竜の威容を目の当たりにすれば、誰もがそなたに異は唱えまい」とのことだ。


 なるほど一理ある。


 この不機嫌な竜を見れば、誰だって騒ぎ立ててその注意を引こうとは思わなくなるだろう。


 すぐにトーソンが館の中から出迎えに現れた。

 例によって前日の内に先触れを出してあるので、慌てた様子はない。


 幾人かの従者を従えた女性がその後について館から出てきた。

 誰かと思えば英雄志願のお騒がせ娘、メグリエール嬢だった。


 今日は、赤を基調にした騎乗服に身を包んでいる。

 そのデザインは、女性向けのそれではなく、男性が身に着ける騎士風のものだった。

 大人しそうな童顔と、深紅の男装というギャップが妙な色気を醸し出している。


 トーソンに、何でコイツがいるんだ、と視線で問いかけたが、彼も困惑した様子で首を振るだけだ。

 どこで情報が洩れているのかは知らないが、調べておいたほうがいのだろうか?


「お久しぶりです、勇者様」


 メグは片膝をついて騎士風の礼をとった。

 トーソンも半歩下がった位置でそれに続く。

 正式に盟主代行の地位に就いたメグは、王家の代官であるトーソンよりも序列が上になるらしい。


「ずいぶんと楽しそうなことをしてたみたいですね。私を呼んでくれないなんて酷いじゃないですか」


 メグは挨拶を済ませるなり、口をとがらせて訳の分からないことを言い出した。


「何の話ですか?」


 俺が問い返すと、彼女は眉を寄せた。そして、俺に向かって窘めるように言う。


「その口調じゃダメです。忠誠を受けとった臣下に対する口調じゃありませんよ」


 彼女のその口調は主君に対するものとして適切なのだろうか?

 しかし、反論するのも面倒なので言い直す。


「何の話だ」

「聞きましたよ!竜騎士団を率いてオーク軍を退却に追い込んだそうじゃないですか。

 戦争するときは必ず呼んでくれるっていう約束でしたよね?」


 そんな約束ではなかったはずだ。

 が、メグの自信満々な様子を見ているとだんだん自信がなくなってくる。


 コイツのことだ。

 俺にそのつもりはなくても、いつの間にかそんな契約を押し付けられていた可能性がある。

 トーソンあたりに確認しておいた方がいいかもしれない。


「……お前は領内をまとめるのに忙しくてそれどころじゃなかったろ。

 どのみち、谷が塞がれている間はモールスハルツ勢の出番はなかったよ。

 今後も、当分の間は出番はないと思うけどな」


「えぇ~そんな~」


 メグは不満そうにそう言った後、何事か考え込み始めた。

 きっとろくでもないことを考えているに違いない。


「なんなら、竜騎士になってみないか?

 竜を乗りこなせるようになったら、すぐにでも活動させてやるぞ」


 それを聞いたメグは、お!っといった感じで顔を上げた。


 俺は何も親切心でこんな提案をしたわけじゃない。

 メグを欲求不満のまま野放しにしておくより、竜騎士として手元に置いておいたほうが安全に思えたのだ。

 モールスハルツ勢だって、あの常識が通用しそうな叔父上に預かってもらった方がよほど安心できる。

 それに、彼女はあのヴェラルゴンに気やすく触れられる程の”素質”の持ち主だ。きっと役に立つだろう。


 メグは「うーん」と少しだけ考えていった。


「史上初の女竜騎士っていうのは確かに魅力ですねぇ……」

「そうだろうとも。

 君はきっと立派な竜騎士になれるぞ!

 リーゲル殿は反対するかもしれないが、俺が頼めば何とかなるさ」


 まだ迷っている様子のメグに俺は力強く答えた。


「でも……」

「何か不満でも?」

「私がなりたいのとはちょっと違うんですよね」


 どうやら、メグリエール嬢はただ名声が欲しいというわけではないらしい。


「ふむ。メグはいったい何になりたいんだ?」

「それはやっぱり、お父様みたいに一軍を率いて戦ってみたいですね。

 竜騎士にも憧れなくもないですが、やっぱり個人の武勇には限度がありますし」


 個人の限界というやつは、確かに俺自身も身に染みている。

 俺が使える力の範囲は送り込まれた世界によって上下するが、もっと大きな魔力が使えた世界ですら一人でできることには限度があった。

 ここに来てからはなおのことだ。この世界は魔力が薄い。


 そんなことを考えている間にも、メグは目をキラキラと輝かせながら語り続ける。 


「軍を率いるとなれば、使える力の大きさも、戦う手段も、自由だって格段に増えますからね!

 人類の命運をかけた決戦場で、精鋭中の精鋭を率いて、武勇と知略の限りを尽くして戦うって、すごくアツいと思いませんか!」


 乙女チックな表情で語るその内容は、乙女とは程遠い。

 確かにアツいとは思うが、女の子が憧れる対象としてはどうなのだろう?


 もちろん俺はジェンダー論に厳しい世界から来訪した紳士であるから、そんなことを口に出したりしない。

 代わって口にしたのは、現状に対する質問だ。


「ところで、どうしてこんなところにいるんだ?

 小領主たちのとりまとめは終わってるんだろうな」


「もちろんです!」


 彼女はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに顔を輝かせた。


「全ての小領主たちに、弟はもちろん私に対しても忠誠を誓わせました。

 モールスハルツはいつでも勇者様の召集に応えることができます。

 それから……」


 メグは振り向いて、背後に控えていた従者を呼び寄せた。

 よく見ると従者達は皆、男装した女性だった。


 それもなかなかの美人さん達だ。

 メグの奴、事実上の当主の座に着くなり好き放題やっているらしい。


 男装の侍女は、豪華な布に包まれた何かを捧げ持って前に出ると、それをメグに渡した。

 メグがその包みを解くと、以前メグに預けた俺の紋章入りの剣と剣帯があらわれた。


「おかげさまで、特に大きな問題もなく小領主たちに忠誠を誓わせることができました。

 お預かりしていた剣をお返しいたします」


 彼女は包みを解いた剣を、恭しく俺に差し出した。それは騎士の作法にのっとった完璧な所作だった。


「明日はケレルガースの平定に向かわれるとのこと。

 騎士として剣がなくてはご不便かと思いまして、急ぎ駆けつけてまいりました」


 そういって、メグは顔を上げてニッと笑った。

 戦うだけなら〈光の槍〉で事足りるし、剣よりずっと使いでがいい。

 だが、元帥として公の場に出るなら腰に剣を下げなきゃ話にならない。剣は力の象徴だからだ。


 一応、予備の剣を持ってきてはいたが、紋章を始めとした装飾なしでは箔が足りない。

 どうしたものかと思っていたところだったのだ。なかなかありがたい気遣いだった、


 だが、それよりも問題なのは、どうしてそれを彼女が知っているのか、だ。

 陛下が俺にケレルガース行きを命じたのは昨日のことだ。竜ですら半日かかるのに、一体どうやったら俺がここに来るより早くその知らせを受け取れるんだ?


 俺のいぶかしげな視線に気づいたのか、彼女はニッコリと笑って


「私、こう見えても友達が多いんですよ」


 とだけ言った。

 多分、聞いてもこれ以上は答えまい。

 まぁ、伝達手段そのものは色々あるんだろう。伝書バトとかそういうのが。


 俺はため息をつきながら、剣を受け取とり、傷がないかを検める。

 彼女がこれを乱暴に扱うとは思えなかったが、なにしろ大事な式典で身に着けるものだ。

 確認はしておかなければならない。


 うん、外装に問題はなし。さて、刀身はどうかな?


「刃を欠けさせたりしてないだろうな?」


 剣を抜きながら冗談交じりにそう声をかけると、メグが答えた。


「大丈夫です。ちゃんと研ぎなおしておきましたから」


 何が大丈夫なのだろうか。

 どうして研ぎなおす必要があったんだ。

 この剣を渡したときにはまだ新品だったはずだ。


 色々聞きたいことはあったが、聞いてみる気にもなれず、俺は抜きかけた剣を鞘に戻してもう一度ため息をついた。

 何を斬ったかは知らないが、それは俺の名の下に振るわれたに違いないのだ。


次回は10/17を予定しています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ