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第二十話 絶体絶命の危機

 俺は丘めがけて全力で走り出した。

 あの稜線を越えれば、しばらくの間背後から撃たれる心配がなくなる。

 空から見た時の記憶が確かなら、丘の向こうには大きな森があったはずだ。

 追ってきたオーク達が稜線に達する前にあの森に駆けこめれば、そのまま追跡をまくことだってできるかもしれない。


 丘を半ばまで登ったところで嫌な気配を感じて振り返ると、百匹近いオーク達が先ほど飛び出した森の際で整然と三列横隊を組み、今まさに斉射を仕掛けんと銃を構えているところだった。

 とっさに敵に向き直り、両手に光の盾を出しながらその場にしゃがむ。

 銃弾をはじくことを期待して、光の盾を傾けたのと同時に、オークの戦列が発砲した。


 ギギィイイイン!


 耳障りな大音響と同時に、粉砕された盾が稲妻のような青白い光を放つ。

 銃弾が唸りをあげながら耳元をかすめ、無数の弾丸が周囲の土を跳ね上げた。

 急激に魔力が吸われる感覚。


 音と光による幻惑と、魔力を失った虚脱感から立ち直るのに数秒かかった。

 銃弾を防ごうと、より多くの魔力を込めたのがまずかったらしい。


 カイルの無事を確認し再び立ち上がった瞬間、オークの戦列を覆っていた白煙の中から一列横隊を組んだオーク達が飛び出してきた。

 しまった。さっきの斉射は、三列横隊のうちの一列だけだったらしい。

 すぐにさっきと同じ要領で防御姿勢をとる。


 直後に敵の発砲。

 同じように盾が粉砕されたが、幸運にも弾はすべて逸れた。

 盾を傾斜させた効果があったのかもしれない。


 続いて、敵の第三列が飛び出してくる。

 俺はさっきよりも盾の傾斜を大きくして防御姿勢をとる。


 三斉射目。

 盾は粉砕されたが被弾なし。

 だが、立て続けに盾を粉砕され、頭がくらくらする。

 俺はふらつく足をどうにか動かして立ち上がると、オークどもに背を向けて走り出した。


 頂上まであと数歩。


 俺が最後の跳躍をするのと、背後で斉射の轟音が響くのはほぼ同時だった。

 下り斜面に頭から滑り込こんだ直後に、頭上を銃弾が束になって過ぎ去っていった。


 前方に大きな森が見えた。

 まだかなり距離はあるが、オークより俺のほうがずっと足が速い。

 奴らが再装填を終えて追いかけてきたとしても、この稜線に着くころには俺は銃の射程外にいるはずだ。

 ひとまずの危機は乗り切ったとみていいだろう。


 だからと言っていつまでも寝転がっていられるほど余裕があるわけじゃない。

 俺はすぐに体を起こし、丘を駆け降りる。一息つくのは森に駆けこんでからだ。


 丘を下りきり、森まで残り半分といったところまで来たとき、背後から不吉な吠声が追いかけてきた。


 ワン! ワン! ワン! ワン!


 オークの猟犬共だ。振り返って確認すると、なんと十匹もいた。

 森につくよりも先に追いつかれる、そう判断した俺はカイルをその場に放り出し、俺は両手に〈光の槍〉を出現させて犬に立ち向かった。

 犬達はカイルには目もくれず俺を取り囲んで吠え立てた。


 俺は手近な一匹に槍で突きかかった。

 狙われた犬は先ほどと同じように距離をとって逃れようとしたが、荷物を捨てて身軽になった俺のほうが速かった。

 まずは一匹。


 さらに、仲間を援護すべく後ろから飛び掛かってきたもう一匹を、逆の手に持ったもう一本で切り払う。

 そのままの勢いで、取り囲む犬たちを次々と斬り伏せていく。

 この勇敢で忠実な犬達は、一匹たりとも逃げ出すことなく血の海に沈んだ。

 彼らの健気さに、少しだけ胸が痛んだ。


 それにしても思ったより早く片付いた。

 森の中でもこうしておけばよかった等と思いながら、カイルを背負いなおす。


「よし、行くぞ」


 そう声をかけた瞬間、背後を見ていたカイルの顔が凍り付いた。

 丘の稜線に、オーク兵たちが姿を現したのだ。

 俺はカイルを背後にかばいながら、両手に盾を出して防御姿勢をとる。


 第一射、耐える。

 第二射、耐える。

 第三射、耐えた。


 第一列目が再装填を終えるまで、わずかだが時間があるはずだ。

 少しでも距離を稼ごうと走り出したその時、俺は大きくよろめき、そのまま横倒しにひっくり返ってしまった。


「ゆ、勇者様!?」


 背負っていたカイルが俺の背中から抜け出して、折れた足をかばいながら俺の上半身を起こしてくれた。


「助かる」


 どうにか体を起こした俺は、敵の射撃に備えて防御態勢を取ろうとした。

 敵に向かってなるべくシルエットが小さくなるよう、背中を丸めてしゃがみ、両手を前に出して〈光の盾〉を――〈光の盾〉は、出現と同時に弱々しく光って消えてしまった。


 魔力切れだ。


 それを見たカイルが、絶望の表情を浮かべた。

 俺は盾に代わって槍を出した。といっても長剣ほどの長さだ。

 残った魔力ではこれが限界だった。


 俺はカイルを励まそうとニヤリと笑って見せ、それから「大丈夫だ」といった。

 カイルの眼からは絶望が消え、恐怖がそれに取って代わった。

 その視線は、オークではなく俺に向けられている。

 励ましてやったのに何故だ。


 それでも彼は腰から短剣を抜き、敵に向かって構えた。

 よし、それでいい。


 ずいぶんとしょっぱい最期だが、仕方あるまい。

 せめて勇者らしく、派手に戦って見せようじゃないか。


  プォォォォオ!


 突然、背後で角笛が鳴り響いた。

 振り返ると、全く信じられない光景が飛び込んできた。

 森が揺れ動き、その奥から騎馬の集団が飛び出してきたのだ。


 丘の中腹まで前進していたオーク達は、突如として出現した騎馬軍団の突撃を前してパニックに陥り、装填中の銃まで放り出して逃げ出した。

 騎士達は地響きをたてながら俺たちの脇を駆け抜けていき、逃げるオーク達を手にした長柄斧で背後から蹂躙した。


「は……は、ははは……」


 カイルが、死を覚悟した表情を張り付けたまま、乾いた力のない声で笑った。

 突然の奇跡に精神のバランスを崩したらしかった。

 多分すぐに戻ってくるだろう。


 *


 俺はカイルに肩を貸しながら、先ほどの騎士たちを追って丘を登っていた。

 戻ってきた騎士達と出会ったのは、ちょうど丘の頂上でのことだった。


「おぉ! カイル殿ではないか!」


 一団の首領と思われる騎士が、カイルを認めると面防をあげて懐かしそうに呼び掛けてきた。

 日焼けした顔に、大きな傷を持つ初老の男だった。


「ガルオム様!」


 ようやく正気を取り戻したらしいカイルがそれに応えた。

 どうやら二人は知り合いらしい。


「まさか、このようなところで出会おうとは! どうだ、リーゲル殿はご息災かな?」


「はい! 相変わらずです」


「それは結構! さて積もる話もあろうが、まずはこの場を離れなくては。お二方とも、我らの馬に乗られよ」


 ガルオムの指示で一人の騎士が馬から降り、カイルをガルオムの馬に押し上げるのを手伝ってくれた。

 それから自分の馬にまたがると、竜騎士殿もこちらへといって、俺を自分の後ろに引っ張り上げた。


「ではいくぞ!」


 号令一下、騎士達はぞろぞろと先ほどの森を目指して移動を始めた。


 ガルオム達の野営地は森の中にあった。

 野営地とはいっても、雨露を凌げるよう木々の間に帆布を何枚か張り渡しただけの代物だ。


「私はシェザリスの城主ガルオムだ」


 その簡易野営地についたところで、ガルオムは改めて名乗ると俺に一礼した。

 言葉遣いこそやや粗いが、その仕草はいたって丁寧だった。


 騎士が四十七人、馬が三十八頭、歩兵が十八人、神官が三人、荷車が三台。

 これがガルオムが率いている一行の全てだという。


「あのような状況で、仲間を見捨てることなく背負い続けた貴殿の勇気!

 我ら一同感服いたした。ぜひ、貴殿と誼を結ばせていただきたい。

 どうか、我らに名を教えていただけないだろうか?」


 名乗るのは構わないが、「世界を救うために異界からやってきた勇者」なんて胡散臭い肩書をこの場で名乗ってもいいのだろうか?


 おそらく彼らは、リアナ姫の召集に応じずにそのまま山脈のこちら側に取り残された討伐軍の生き残りだろう。

 だとすれば、〈竜の顎門〉で俺を召喚する儀式が行われたことすら知らないはずだ。

 山の向こう側でなら王様や神殿やリーゲル殿がこの肩書を裏付けしてくれるだろうが、この場で見知らぬ男がそんな風に名乗ったところで狂人扱いされるのがオチだ。

 下手すれば、つまらぬ戯言ととられて彼らの気分を害しかねない。


 俺がためらっていると、カイルが助け舟を出してくれた。


「勇者様、私に貴方を彼らに紹介する栄誉を与えていただけないでしょうか?」


 そういえば、カイルはガルオムと面識があるらしいな。

 俺が自分で名乗るより、カイルに紹介してもらったほうがよさそうだ。


「よろしくお願いします」


 俺が同意すると、彼はガルオムに向き直って訊ねた。


「光栄です。ガルオム様もよろしいでしょうか?」


「うむ」


 ガルオムは鷹揚に頷いた。


「では、私から紹介させていただきます」


 カイルは杖にすがりながら立ち上がると、皆に向かって俺を紹介した。


「このお方こそ、神の啓示を受けた神官の儀式によって異界より招かれた我らが救世主、勇者様にございます!」

 

 ガルオム達の間に微妙な空気が流れた。無理もない。


「う~む」


 ガルオムの唸り声が場の沈黙を破った。


「にわかには信じがたいが、熊犬の群れを光の槍で斬り払い、オークどもの斉射を三度にわたってはじき返したあの光景を見た以上は、信じざるを得ませんな」


 なんだよ、見てたのかよ。

 それならもっと早く助けてくれればよかったのに。

 それからガルオムは俺の足元に跪いた。


「勇者様、これも神の御導きに違いありません。この出会いに感謝いたします」


 ガルオムがそういうと、周囲にいた騎士たちが同じように跪いた。

 ひとまず信用してもらえたらしい。


 それから昼食が用意され、お互いの情報交換が始まった。


「オークの討伐を終えて〈竜の顎門〉まで戻ってみますと、谷の入り口がオークの大群に封鎖されておりましてな。

 やむなく、オーク領の奥地へと引き返し、討伐を続行しておったのです」


 要するに、食料を略奪しながら逃げ回っていたということらしい。

 なるほど、ここに来る途中で上空から見かけた身に覚えのない焼け跡は、ガルオム達の仕業だったというわけだ。


「勇者様は、どうしてこのようなところへ?」


 俺は、硬くて塩っ辛い塩漬け肉をもそもそと飲み込んでから答えた。


「谷の出口を塞ぐオーク軍を退けるため、オークどもの村々を焼き払いその食料を断とうとしていたのです。

 ところが、あの村でオーク達の待ち伏せにあい、撃ち落されてしまったのです」


 答えてから、口の中に残った脂っこい塩をどろりとしたエールで流す。

 今に限っては、生の喜びを実感させてくれる極上の味だった。


「なるほど。近頃、竜騎士が飛んでいるのを見かけることが多いと思ったら、そのような作戦が行われていたのですな」


 聞けば、彼らの方では俺たちをちょくちょく見かけていたらしい。

 彼らはといえば基本的には夜間に移動し、昼間はこのように森に潜んでいたので、俺たちからは見つけられなかったということか。


「それで、谷のオーク軍はどうなりました?」

「……まだ奴らはあそこに居座っています」


 俺が正直に答えると、場の空気が明らかに沈んだ。

 そのよどんだ雰囲気を吹き飛ばそうとするかのように、やや無理のある明るい声でガルオムが言った。


「しかし、こうして勇者様が我らが一行に加わってくださったのなら百人力ですな!オーク共もいずれ根を上げましょう!それまでは、石をかじってでも生き抜いて見せようはありませんか!」


 俺とカイルは、少しだけ気まずい思いで顔を見合わせた。


「その……実は僚騎が我々の生存を伝えるために、先に帰還しているのです。

 ですから、恐らく明日にはリーゲル殿が捜索のために竜騎士を送ってくるはずです。

 我らは、それに便乗して帰還できれば……と期待しております」


「……なるほど、確かにあの御仁がそう簡単に貴殿らを見捨てるとは思えませんな。

 捜索隊は必ず送られてくるでしょう。貴殿らに関しては、もう安泰ですな」


 リーゲル殿とは長い付き合いであるらしいガルオムはそう請け合ってくれた。


「気に病まれますな、勇者様」


 ガルオムはそう言って豪快に笑ったが、周囲から羨望の眼差しが突き刺さるのを感じ、俺は居心地が悪かった。

 だが、竜に素質のないものを乗せることはできない。

 竜に乗って帰ることができるのは、俺たちだけなのだ。


 夜になり、ガルオムの一行は音もたてずに野営地を片付け、移動の準備を開始した。


「あまり一か所に長くとどまるわけにはいきませんのでな。

 勇者様はどうなさりますか?」


 俺は少しだけ考えて答えた。


「明日まではこの付近にとどまろうかと」


「それが良いでしょうな。では馬をお貸ししましょう」


 そういうと、一頭の馬が俺たちの前に曳いてこられた。


「いえ、いくらなんでもこれは……」


 この状況下では、馬は彼らにとっても生命線に等しいものに違いなかった。

 気軽に受け取れるものじゃない。


「我々だけであれば、数日の間隠れ潜むのもそう難しいことじゃありません。これはあなた方にこそ必要なものでしょう」


 俺が断ると、ガルオムは首を振りながら言った。


「無論、この馬代は高くつきますぞ、勇者様」


 そしてガルオムは何か筒状の物を差し出してきた。


「もし生還できた暁には、この手紙をシェザリス城の我が愚息に届けていただきたい」


 彼が差し出してきたのは、小さく丸められた手紙だった。


「この手紙はいったい……」

「ここから西に行けば、海岸に出ることができます。

 かつて、我らは船でもって沿岸のオークどもを討伐して回っていたのですよ。

 近頃では、馬なしでの襲撃が難しくなったためにそれも廃れましたがな」


 ガルオムは寂しげな顔をした。


「ともかく、その手紙には船団を指定の場所に、指定の期日に送れという指示と、その場所を示す簡単な海図が記してあります。

 これが無事に届けば、我らは船に乗って帰還できるというわけです」


 それから、ガルオムはニヤリと笑っていった。


「馬代は高うございますが、安心召されよ。

 このような状況では、配達の手間賃も高くつくでしょうからな」


「そういうことであれば、ありがたくお借りします」


 俺たちは固く握手をして別れた。

 淡い月明りの中を、人馬の群れが列をなして去っていった。


次回は9/26を予定しています。

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