第十八話 焼打ち作戦
竜騎士による焼き討ち作戦の開始から一か月が過ぎた。
既に秋は終わり、冬の始まりに差し掛かっている。
作戦開始時に、俺はリーゲル殿と相談し竜騎士団を二手に分けた。
オークの輜重部隊を狙う襲撃班と、物資の供給源である村を狙う焼き討ち班だ。
襲撃班はリーゲル殿、焼き討ち班は俺が率いることも決めた。
楽しそうなほうをリーゲル殿に譲ったのは、せめてもの配慮というやつだ。
だが、一週間もたたないうちにリーゲル殿による輜重の襲撃は頓挫してしまった。
オーク達は、それまでの数台ずつばらばらに荷車を送り込む方式を改め、数十台の荷車をまとめて送り出すと同時に、それに強力な護衛部隊をつけることで竜騎士による襲撃に対抗してきたのだ。
リーゲル殿は多少の犠牲を覚悟すれば全ての荷物を焼き払って見せると息巻いていたが、無理な攻撃はせず護衛の少ないものだけを襲うよう指示を出した。
竜も竜騎士も容易には補充できない貴重な存在だ。
ここで損耗させるわけにはいかないのだ。
焼き討ち班もあまり順調とは言えなかった。
初めの内は、〈竜の顎門〉を拠点に焼き討ちをかけていた。
〈竜の顎門〉は竜骨山脈の向こう側寄りにあるため、出撃拠点にはうってつけだったのだ。
だが、そこから一日で飛べる範囲の村はすぐに焼き払ってしまった。
そうでなくともあの辺りは討伐軍の略奪にあっていた地域だ。
めぼしい村は元々あまり残っていなかった。
これ以上奥地を攻撃するにはオーク領内で野営する必要があったが、それは論外だった。
地上でオークの襲撃を受ければ、いかに竜騎士とてひとたまりもない。
安全を確保するには銃弾の届かない高空を移動し続けるほかはないのだ。
仕方なく、別地点から竜骨山脈を飛び越えて攻撃を続けることになったが、山脈を越えての攻撃は、予想以上に消耗が激しかった。
なにしろ日の出の前に山越えを開始し、そのまま休むことなくオークの村を焼いて回り、日没前に再び山を越えて麓に作られた臨時竜舎に帰還するのだ。
なるべく山脈の標高が低く幅の狭いところを選んだとはいえ、大抵の竜は翌日は使い物にならないぐらいに疲れ切ってしまった。
乗り手である竜騎士も同様だ。
あのヴェラルゴンですら、続けて出撃できるのは三日までだ。
俺自身は勇者として強化された体を持っているので問題はない。
だからヴェラルゴンが休養しているその間は、乗り手のいない竜を借りて出撃し続けた。
初めのうちはそんな俺を尊敬の眼差しでみていた竜騎士たちも、今では化け物を見るような目を向けてくるようになっている。
そうこうするうちに次々と長期療養が必要な者が増えていき、一か月たった今となっては、稼働できる竜騎士は襲撃班を焼き討ち班に組み込んでもなお、たった八騎に過ぎなくなっていた。
その貴重な八騎のうちの三騎を連れて、俺は今日も焼き討ちのために山を越えた。
今日はヴェラルゴンが休養中のため、モスグリーンの翼を持つ竜での出撃だ。
12年前の繁殖期に捕らえられたという若い竜で、ヴェラルゴンに比べると体が軽く、乱気流の中では今一つ安定性に欠ける。
しかし、気質はいたって素直で、こちらがきちんと制御すればそれに応えてくれる。
その上、若いだけあって体力の回復も早く、ヴェラルゴンが休みの日には大体こいつに乗っていた。
山脈の南西には、山から続く鬱蒼とした森が広がっている。
その森もすぐにまばらになり、その先はところどころ岩が露出する荒野があるばかりだ。
時折、小さな森や焼け落ちた村落が見える。俺たちの作戦の成果だった。
山脈に近いところには、もう無事な村落は残っていない。
俺は僚騎に散開するよう合図を出す。
竜騎士たちはお互いが見えるぎりぎりの距離まで広がり、捜索隊形をとった。
そうして俺たちはさらにオーク領の奥地へと進む。
進んだところで、眼下に見えるのは相変わらず森と荒れ地ばかりだ。
無事なオークの村は、一つも見つからない。
昨日の帰り道に目星をつけていた村も、今日みたらすでに焼け落ちていた。
俺たちに焼かれる前に、冬越えの食料を抱えてどこかに避難したのかもしれない。
それにしたって、自ら火をつけていくこともなかろうに。
空を見上げると、太陽がかなり高い位置まで昇っていた。
タイムリミットが近い。
最低でも日没前にはもう一度山脈を越え切っていなければならないのだ。
そろそろ切り上げ時だろう。
作戦そのものも、もう打ち切るべきかもしれない。
おそらくもう、一日で飛べる範囲の村は大方焼き尽くしてしまったのだろう。
竜騎士だって飛べる者はほとんど残っていない。
その上、冬が近づくにつれ、山脈の乱気流はますますその激しさを増していた。
これ以上作戦を継続してみたところで、それに見合った戦果はもう上がりそうにない。
もう今日の攻撃で終わりにしよう。
帰ったら作戦の終了を宣言するのだ。
まったく憂鬱な気分だった。
オークどもは相変わらず谷の出口に居座っている。
これだけ酷使して成果なしとなれば、竜騎士たちには相当恨まれるだろう。
リーゲル殿は変わらず俺を支持してくれるだろうが、配下の竜騎士たちはそうはいかない。
もうこんな無理には付き合ってもらえまい。
そんなことを考えながら、もう一度空を見上げる。
太陽がいよいよ頂点に差し掛かろうとしていた。
時間切れだ。
その時、俺の右手にいた竜騎士が何やら合図を送ってきた。
どうやら村を発見したらしい。
もう一度太陽の位置を確認し、残された時間を計算する。
……ギリギリ足りるはずだ。
少し危ない橋だが、手ぶらで帰るよりはマシだろう。
俺は手信号で発見者に先導するよう指示し、残りの僚騎に集合の合図を出す。
俺は先導のために前に出た竜を確認する。
その羽は遠目にはオレンジ色に見えた。
だが、実際は翼の前縁から後ろにかけて赤から黄色へ鮮やかなグラデーションを描いている。
今回の一番手柄はあいつだな。
確かあれの乗り手はカイルといったはずだ。
現在最年少の竜騎士で、リーゲル殿のただ一人の孫だという。
同僚が次々と脱落していく中、若さゆえの回復力か、いまだに飛行可能なコンディションを保っている。
最初の山越えこそ気流に翻弄されて不安定な飛びっぷりを見せていたものの、いまでは誰よりも安定して俺についてくる。
なかなかの成長具合だ。きっと将来は、リーゲル殿を超える一流の竜騎士になるだろうというのが俺の見立てだ。
カイルの先導で俺たちは村の上空に到達した。
竜を散開させ、村を取り囲むように旋回する。
俺の合図で四頭の竜が一斉に咆哮を上げると、オークどもが慌てふためきながら家を飛び出してきた。
奴らがこちらを十分に認識したことを確認してから、攻撃開始の指示を出す。
わざわざオークに避難する時間を与えたのは、別に人道的見地からじゃない。
なるべく多くの避難民を作り出すためだ。
冬を過ごす寝床と食料を失った彼らは、それを求めて別などこかへ逃げ込まねばならない。
だが農村では彼らを収容しきれない。
だから、食料が集積されている場所、つまり都市に流入する。
そうなればしめたもので、彼ら避難民が間接的に軍隊への補給を圧迫してくれるはずなのだ。
あるいは、安全を求めて最も近い軍隊の駐屯地へ逃げ込む者もいるかもしれない。
実際、襲撃班を率いて谷の出口を飛び回っていたリーゲル殿から、避難民らしきオークが駐屯地に向かうのを見たという報告も受けている。
オークの施政者が彼らに食料を与えず、避難民を見捨てたとしてもそれはそれ、殺す手間が省けたというだけの話だ。
俺たちは旋回を続けながら高度を下げていく。
オーク達が再び家の中に駆けこんでいくのが見える。
せっかく警告を与えてやったのに、どういうつもりだ?
家の中に防空壕でも掘ってあるんだろうか。
あるいは、単純に冷静な判断ができなくなっているだけかもしれない。
いよいよ攻撃高度に達した。それぞれ目についた家屋を攻撃目標に定め、一直線に進んでいく。
何かがおかしい。
ぞわりとした感覚が俺の背中を襲う。これが勇者の力なのかは知らない。
だが、この悪寒がいくつもの異世界で俺を救ってきた。
とっさに竜をロールさせ、急旋回に移る。その瞬間。
ドン!
目標にしていた農家の茅葺屋根が吹き飛び、藁が舞い上がった。
直後、何がキラキラと光るものが先ほどまで俺がいた場所を通り過ぎていく。
俺は竜をはばたかせ、急上昇。
ドン!と別方向から二発目の炸裂音が聞こえた。
背後を振り返ると、屋根のない農家が小さくなっていくのが見えた。
そして俺は屋根を吹き飛ばしたものの正体を知った。
大砲だ。
屋根が吹き飛びむき出しになった室内で、オークどもが砲身に房のようなものが付いた棒を突っ込んでいる。
どうやら、さっきのキラキラしたあれはあの大砲から放たれた散弾だったらしい。
俺はそのまま竜を宙返りさせると、ほぼ真上から大砲に向かって急降下に移る。
オーク達は手にした道具を放り捨てて散り散りに逃げて行く。
地面すれすれのところで炎を放ち、速度を保ったまま水平飛行に移る。
後ろに向けて魔法障壁を発生させた直後に背後で大爆発が起きた。
おそらく、屋内に火薬をため込んでいたんだろう。
吹き飛ばされた大小の破片が魔法障壁にあたってキンキンと音をたてた。
魔法障壁でカバーしきれなかった翼や尻尾に破片が当たり、竜が痛みに身をよじる。
幸いなことに、大きな怪我はないようだ。
しばらくそのまま直進し、村から十分に距離をとったところで高度を上げ、背後を振り返る。
一番最初に目についたのは、先ほどの爆発で跡形もなく吹き飛んだ農家の跡。
それから、無事に難を逃れたらしいダークブルーの竜。
村の広場で方陣を組みつつあるオークの銃兵たち。
見えるだけでも百匹以上はいる。
それから、鮮やかなグラデーションのオレンジの翼の竜。こいつも無事だ。
だが、竜が一頭足りない。クソッ!
発射音は少なくとも二か所から聞こえた。
もう一門大砲があるはずだ。どこだ?
目を凝らした先に、屋根のない農家がもう一軒。
村の反対側だ。
俺は前方に魔法障壁を張り、高度を下げる。地面スレスレを這うように飛びながら、他の家をカバーにとって、もう一門の大砲があるはずの家屋に接近する。
翼で空気を掻くたびに速度が増していく。
樹や家々が、手を伸ばせば届きそうな距離を流れるように通り過ぎていく。
ここだ!
大砲があるはずの家屋の一つ手前の建物、それにぶつかる直前で急上昇。
そのまま体を横転させつつ、捻るような軌跡を描いて宙返りを敢行する。
首を目いっぱいのけぞらせ、目標の家屋を視界に捕らえる。
その砲口はこちらの動きにまったくついてこれていない。
同調している竜の視界も目標をとらえた。
先ほどと同じように真上から炎を吐きかけ、魔法障壁に背後の爆風を受けながら全力で離脱する。
これでよし。
ひとまず堕とされた一騎の仇はとった。
村を焼くことはできなかったが、最低限の面目はたったろう。
残り時間も少ない。これ以上被害が出る前に戦線離脱してしまおう。
帰還の合図を出そうとしたその時、オレンジ色の竜が村に向けて急降下を開始するのが目に入った。
その向かう先には、大砲によって撃墜されたと思しき竜が、腹部のライトグレーの羽毛をさらして仰向けに寝転がっていた。
「やめろ!!」
思わず叫んだものの、この距離では聞こえるはずがなかった。
方陣を組んだオーク歩兵たちが、急降下して来る竜に銃を向け、狙いを定める。
アイツを援護しようにもこの距離ではどうにも間に合わない。
発砲。
方陣が発砲煙で覆われ、火線がオレンジの竜をとらえた。
翼に命中弾を受けたらしいその竜はぐらりとその体躯を傾かせ、緩やかに旋回しながら村の外れに堕ちた。
やるなら今しかない。
俺は全力で翼を羽ばたかせながら、真っ直ぐオークの方陣に突っ込んでいく。
今ならまだ、斉射の直後なら。
あの方陣に接近できるのは今だけだ。
もう一騎の竜も同じように突っ込んできた。
発砲煙が煙る中を方陣を組んでいたオーク達が蜘蛛の子のように散開していく。
それを追うように俺たちは炎を浴びせる。
竜が火を噴くたびに、オーク達がパンパンと腰のあたりで弾けた。
しばらくオークどもを追い回した後、村を低空飛行で通過しオレンジの竜を飛び過ぎ際に確認する。
竜騎士が、少し離れたところに投げ出されていた。
そいつが、立ち上がるのが見えた。
村の方を振り返ると、もう一騎の竜騎士――確かオイフェルといったはずだ――と目が合った。
視線でどうする? と問いかけてくる。
状況を確認。
大砲は? 他に応射なし。恐らくもういない。
歩兵は? 目下混乱中。ただし、すでに散発的な射撃あり。
自分から堕とされに行った馬鹿は誰だ? あれはカイルだ。リーゲル殿の孫だ。
一瞬の思考の後、僚騎に「援護せよ」と手信号を送る。
すぐに了解の合図が返ってきた。
俺は再び針路をオレンジの竜に向け、高度と速度をぎりぎりまで落とす。
前方で、若い竜騎士が両腕を目一杯振りながら俺を待ち受けている。
俺は鞍から思いっきり身を乗り出して手を伸ばし、竜をゆるく旋回させながら接近していく。
大きく翼を広げて失速寸前まで速度を落としながら、ギリギリ彼の脇を通り過ぎるように針路をほんの少し右に修正。
村の方からは竜の咆哮と、パンパンという何かがはぜる音が響いてくる。
ドサッ!
衝撃とともに、あの若い竜騎士が俺の腕に飛び込んできた。
よし! 回収完了!
前方に森。
今度はこの巨体を上昇させる速度を得るため、低空を維持しながら全力で翼を動かす。
ギリギリで飛び越えられるはずだ。
そう思った瞬間、森の中から数体のオークが飛び出てきた。
オーク兵達は慌てた様子で、やけにゆっくりと銃を構えていく。
妙に翼が重い。
必死で動かしているはずなのに、まるで速度が上がらない。
視覚から色が落ち、全てが灰色になる。
回避は不能。
今旋回すれば確実に失速する。
火を噴こうと大きく口を開ける。
肺がヒュウと鳴った。
残念。燃料切れだ。
オーク達が発砲する。
灰色の煙がまっすぐこちらに伸びてくる。
魔法障壁を展開。
間に合った。
突然激痛が走り、右の翼が赤く染まった。
周囲に色彩と速度が戻ってくる。
竜は失速し、地面を滑っていく。
その巨体は、目の前のオーク兵を轢き潰し、森の樹々にぶつかって止まった。
俺は助け出した竜騎士と一緒に投げ出され、森に放り込まれた。
次回投稿は9/12を予定しています。
今回で10万文字突破しました。
お祝い代わりに感想などを恵んでいただけると、中の人が大層喜びます。




