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第十五話 後始末

 ゴルダンは、ベンチで力尽きていた。俺が隣に腰を掛けると、彼はうなだれたまま言った。


「……姪が大変ご迷惑をおかけしました」


「こちらこそ、余計なことをしてしまったようで……」


 俺からも謝罪すると、彼は小さく頭を振りながら言った。


「勇者様に非はございますまい。おそらく、あれが周到に芝居を打ったのでしょう」


 思い返せば不自然な点はいくつもあった。

 それに気づかずホイホイのせられてしまったのはやはり俺の落ち度だろう。

 俺たちは二人並んで大きなため息をついた。


 しばしの間、沈黙が続いた。


 不意に、中庭で男たちの歓声が上がった。

 ゴルダンは少しだけ顔を上げ、中庭の方へ向けた。


「あれが男に生まれていれば、どんなによかったか……」


 そうつぶやくと、彼は再び俯いて沈黙した。


「事情を聴かせていただいてもよろしいでしょうか?」


 他人の家庭の事情に探りをいれるのは下世話だが、ここまでガッツリ巻き込まれたんだから、多少は知る権利もあるだろう。

 彼は力のない目をこちらに向けた後、問い返してきた。


「我が兄とはご面識はありますかな?

 先の大戦おおいくさでは、兄も共に陣中にいたはずですが」


 さて、この人の兄ということはメグリエールのお父さんか。

 名前は確か……あいつはなんと名乗ってたっけ……。あ! カールドンの娘って言ってたな。


 一応、召喚された翌日に陣中の主だった人物については紹介されていたが、一度に大勢紹介されたのでほとんど覚えられなかった。

 その上あの敗戦以降は、もう会うこともあるまいと思い出すこともなかった。


「申し訳ありません。なにぶん、この世界に呼び出されて間もない頃のことでしたので――」


 そこまで言いかけたところで、不意に思い出した。

 確か決戦時に中央の部隊を率いていた男がそんな名前だったはずだ。

 ど派手な鎧を着ていたので印象に残っている。


「いえ、思い出しました! 真っ赤な鎧を身にまとっていた方ですか?」


「いかにも。それが我が兄です」


 よかった。正解だったか。


「兄上は根っからの戦好きでしてな。毎年のように領内で討伐軍を編成し、オーク領への襲撃を行っておりました」


 ゴルダンは寂しそうな笑みを浮かべながら語りだした。


「兄上は若い頃から戦上手として知られていましてな。

 いつも大量の戦利品を持ち帰りました。

 また、兄は語り上手でもありました。

 誰もが兄上の冒険譚に胸を躍らせ、聞きほれたものです。

 おかげで領内は栄え、モールスハルツ勢の名は精鋭として知れ渡りました」


 兄のことを語るその声は、どことなく誇らしげだった。


「兄上の物語を特に喜んだのがメグリエールです。

 冬の間中、兄上に何度も何度も戦の話をせがんでおりました。

 しまいには、『わたし父様みたいになる!』などと言い出しましてな。

 私も含め、周りの者は父を慕うかわいらしい娘だとほほえましく見ておりました」


 ここで彼は小さくため息をついた。


「……それを聞いた兄上は大いに喜び、まだ幼い娘に剣や乗馬を仕込み始めたのです。

 まだオードンが生まれる前のことです。

 皆、『男子が生まれればそちらに興味が移るだろう』『剣も乗馬も、嗜む程度であれば却ってよかろう』と、たいして問題にしませんでした。

 ところが、待望の世継ぎであったオードンが生まれる頃には、メグリエールは剣も乗馬も年上の男子でも敵わぬ程に上達しておりました。

 兄上は大層面白がっておりましたが、母親にしてみればそれどころではございません。

 義姉は我が母らと相談しました。

 折よく、王宮からメグリエールの出仕を求める書状が届きましてな。

 そこで行儀見習いも兼ねてこれに応ずることになったのです」


 話しながら、彼の表情はますます沈痛になっていった。


「これが良くなかった。

 丁度、先代の国王陛下が王妃ともども亡くなったばかりでしてな。

 宮廷は多くの陰謀が蠢く毒蛇の巣と化しておりました。

 先代陛下が遺した幼い子供を手中に収めんと多くの者が駆け引きと策謀を繰り返した挙句、命を落としたものもいたといいます。

 最後には各勢力間で妥協が図られ、どの派閥とも距離を置いていた二人の武人がその守役に選ばれました。

 傭兵から叩き上げで王軍の有力者になりあがっていたエベルト殿。

 それから当時、息子に竜騎士団長の座を譲って半ば引退していたリーゲル殿です」


 そういって、ゴルダンは恨めし気に広間の入り口に目をやった。

 その先には城の中庭があり、そこには二頭の竜とともにリーゲル殿がいるはずだった。


「リーゲル殿には非はないのです。

 お二方とも、幼子たちを宮廷の陰謀から遠ざけようと努力し、それを成し遂げました。

 ただ、このお二方はあまりに多くの武功と、それにまつわる冒険譚をお持ちでした」


「あぁ……それはなんとも……」


 あの二人が、幼い王様と姫君達に無邪気に自分の冒険譚を語る様子が目に浮かぶようだった。

 もちろんその場には、遊び仲間であったメグリエールもいたはずだ。


「そしてリアナ姫はあのご気性です。

 メグリエールのことを大層気に入り、かわいがってくれたそうです。

 メグリエールも姫殿下からずいぶん影響を受けたようです。

 結果は言うまでもないでしょう?

 なお悪いことに、兄上はメグリエールを通してリアナ姫のお人柄を親しく知ることとなり、すっかり惚れ込んでしまったのです。

 無論、邪な意味ではありません。

 あくまで、騎士としてです」

「はい、よくわかります」


 あの姫騎士殿下は、問答無用で人を惹きつける武人としてのカリスマを持っていた。

 根っからの戦人(いくさびと)であったらしいメグリエールの父親が、リアナ姫に惹かれるのもうなずける。


「リアナ姫が成人なさると、メグリエールは侍女の任を解かれて領地へ戻ってきました。

 私たちは、王宮で作法を仕込まれて、淑女としての自覚に目覚めて帰ってくるに違いないと期待していましたが、結果は正反対でした。

 剣の腕はますます冴え、あの娘に勝てるのは従士団でも一握り。

 馬上槍術においてはもはや右に出る者はおらぬ有様。

 誰もが、あれが男であったらと嘆いたものです」


「……」


 淑女になると信じて送り出した娘が、ますますやんちゃになって戻ってきた件について。


「ところが、兄上は姫殿下へ傾倒するあまり、家中のことを殆ど顧みなくなっていました。

 戦友である諸侯らを取りまとめて姫殿下が神殿騎士団長となれるよう運動し、さらには元帥に推挙までしたのです。

 殿下からの召集があれば、必ずモールスハルツの全軍を率いて馳せ参じました。

 これまでとは違い略奪には目もくれず、姫殿下とともにオークの軍勢を求めて荒野を駆けまわるようになったのです。

 当然、軍勢の消耗はこれまで以上に激しくなりましたが、見返りはほとんどないという状態が続いたのです。

 そんな兄に代わり、私が領地の運営に駆けずり回ることになりました。

 どうにかして遠征資金を調達し、若い騎士を訓練して損耗していく従士団の補充を行うのが私の役目でした」


 当時の苦労を思い出したのか、彼の眉間のしわが深くなった。


「さすがの兄も、メグリエールをオークどもの地へは連れていきませんでしたが、あの子はそのことに強い不満を抱いていました。

 私は、領地の経営を手伝わせることで、あの子の不満を紛らわせようとしました。

 これはある程度うまくいきました。

 メグリエールは内政においても才能を発揮したのです。

 領地の運営を任せられるようになるまで、そう長くはかかりませんでした。

 損耗しきった従士団に代わって傭兵軍を雇うだけの資金を調達できたのも、彼女の手腕の賜物です。

 おかげで、私は従士団の訓練に集中することができ、精鋭中の精鋭と謳われたモールスハルツの従士団をご覧の通り立て直すことができたのです」


 そういって、ゴルダンは少しだけ誇らしげな顔をした。

 というか、メグリエールはなんなんだ。

 中身は異世界人じゃないだろうな? どう見ても俺より高性能だぞ。


「従士団も来年の戦役には参陣させられそうだ。

 財政の立て直しも目途が立ち始めた。何もかもがうまくいくと思ったその矢先に……」


 彼の声が詰まった。


「……先の会戦でご当主が戦死なされたと」

「はい……」


「力及ばず、申し訳ありません」

「いえ、勝ち戦で命を落とす者もいるのです。

 こればかりは武人の定め。

 誰を恨むこともありません。

 とはいえ、非常に苦しい局面に立たされたのは事実です。

 オードンはまだ幼く、メグリエールは女の身。

 女を後見人に建てたところで、あの娘をよく知る我らはともかく、配下の領主どもが納得しないであろうことはわかりきっていました。

 そこで、実務はこれまで通りメグリエールに任せつつ、表向きは私が後見人になることで混乱を抑えることにしたのです」


「……彼女は、貴方に城の塔に軟禁されていたといっていましたが」


 俺が恐る恐る訊ねてみると、ゴルダンは自嘲気味に笑っていった。


「あの娘を閉じ込めておくなど、誰にもできはしませんよ」


 ですよねー。


「一度はメグリエールも納得したのですが、兵権――つまり領主たちへの召集や軍を指揮する権利を持てなかったことが不満だったようです。

 その権限は、表向きの後見人である私のものでしたから」


 叔父の名で軍を集めたところで、彼女には彼らに指図できないのは当然のことだ。

 それをしてしまえば、表向きに叔父をたてた意味がない。


「ずっと機会を窺っておったんでしょうな。

 昨晩になって、メグリエールはオードンを連れて姿をくらましました。

 後のことは、勇者様の方がお詳しいでしょう」


 俺たちは、揃ってため息をついた。


 その時、広間の扉が開いた。

 メグリエールが戻ってきたのだ。後ろには先ほどの護衛とは別の若者を二人従えていた。

 その顔には見覚えがあった。


「勇者様、改めて紹介します。

 右がクロスト、左がエクマスです。

 私が従士団の中でも最も頼りにしている二人です」


 彼女の言葉に合わせて、彼らは一礼した。

 俺たちと出会ったときに、メグリエールを追いかけていた騎士達だった。


「先ほどはご無礼をいたしました。平にご容赦願います」

「同じく、お詫び申し上げます」


「彼らの振る舞いはすべて私の指示によるものです。どうか寛大な処置をお願い申し上げます」


 二人に続いて、メグリエールも頭を下げた。感心なことだ。

 これだから彼らも彼女についていこうという気になるのだろう。


「もういいですよ。それより、どうやって俺が来ると知ったんですか?」

「昨日の内に先触れの竜騎士が来ていたのを、親切な人が教えてくれたんですよ」


 この親切な人とやらを額面通りに受け取るわけにはいくまい。


「それで、俺がくるのを待ち伏せしていたわけですね?」

「はい、勇者様が領地の視察に来るなら、聖堂にもあいさつに行くだろうと思いましたので」


 完全に彼女の掌の上だな。


「ところで勇者様。その言葉遣い、どうにかなりませんか?」


 突然言葉遣いを指摘されてしまった。何かおかしかったか?

 俺の言葉は勇者の力によってこの世界の言葉に翻訳されている。

 実際のところどう翻訳されているかは知らないが、今までは特に問題は起きていない。

 礼儀作法の師範殿から指摘されたこともない。


「何かしゃべり方に問題がありましたか?」


「リーゲル様や、トーソンさんであればそのままでも構いません。

 ですが、臣下である私にそのように丁寧に話しかけられては困ります」


 臣下に言葉遣いについて説教されてしまった。


「なぜです?」

「臣下の女一人も御せないのかと勇者様が甘く見られます。

 主君たる勇者様が舐められれば、私たちも同様に舐められてしまいます」


 実際、俺はお前を御せていないけどな。


「メグリエールさん、こうして念願の後見人の立場を手に入れたわけですし、俺はもう用済みでしょう。

 臣従の誓いはなかったことにしませんか?」


 正直なところ、俺はもう疲れていた。もうこれ以上こいつに関わりたくない。

 きっとまたとんでもないことに巻き込んでくれそうな気がするのだ。


「メグとお呼びください勇者様。

 誓いをなかったことにするなどとんでもないことです。

 このご恩に必ず報いねばと、心中にて誓いを新たにしていたところです」


 むう、ぬけぬけと。


「そもそも、嘘をついていたんだから誓いは無効でしょう」


「ちょっとお芝居があっただけです。

 勇者様が私を庇護する。

 私は勇者様に奉仕する。

 誓いはそれだけです。

 まだ一つも誓いは破られていませんよ!

 あ、この場合の奉仕というのは軍役のことですからね。

 変なこと考えないでくださいよ?」


「考えませんよ」


 そんなことしたら逆に何されるかわかったもんじゃない。


「もし勇者様が戦いに出られるときは、必ず《・・》我らをお招きください。

 我らは喜んで(・・・)戦いの場へ馳せ参じるでしょう」

 

 そういって、彼女は俺の前で片膝をつき、頭を下げた。

 必ず、喜んで、か。そうか、そもそも彼女の目的からすればここからが本番というわけだ。


「……これで、良かったのかもしれません」


 不意に、ゴルダンがぽつりと呟いた。


「どういうことです?」


「あの才能を埋もれさせてしまうのは惜しいと常々思っていたのです。

 勇者様の下であれば、あれは存分に才覚をふるうことができるでしょう」


 確かにそうかもしれない。彼女が有能な将軍になるのなら、それは人類にとってプラスであるに違いない。

 だが、一つ問題があった。


 今後、こいつの後始末をするのは、この叔父上ではなく俺になるということだ。

 ゴルダンの顔が心なしか晴れやかなのは、その面倒から解放されたせいに違いない。

 何やらいい感じの話としてまとめられつつあるが、そうはいくか。


「ゴルダン殿」


「はい、勇者様」


「隠居なんて許しませんよ。もう少し我々に付き合ってもらいます。それが条件です」


 彼はベンチを立つと、片膝をついて俺に頭を下げた。


「はっ!承りました」


「メグ!」


「はっ」


「しっかり働いてもらうからな」


 こうなったらせいぜいこき使ってやろう。


「喜んで、我が君(マイロード)


 彼女は、真っ直ぐにこちらの目を見て微笑んだ。

 相変わらずの、守りたくなる良い笑顔だ。

 だが、あれを俺が守る必要はないだろう。

 彼女は自分自身でそれを守るに違いない。


 周囲に存在する、ありとあらゆるものを巻き込んで。


 *


 翌朝、俺とリーゲル殿は〈カダーンの丘〉の館へ帰還した。

 竜舎にヴェラルゴンを曳いてゆくと、なぜかそこには先客がいた。


 藍色の翼の見慣れない竜だ。

 俺たちが戻ったことに気が付いたらしいトーソンが、館の中から駆け出てきた。


「勇者様! 王都より緊急の知らせが届いています!」


 トーソンの後ろには、一人の竜騎士がいた。

 知らせを持ってきたというのはあいつのことだろう。


「何があったんですか?」


 俺の問いに竜騎士が答えた。


「昨日、〈竜の顎門〉がオーク軍の攻撃を受け、魔法による防護障壁が粉砕されたとのこと!

 大至急〈竜の顎門〉に向かうようにと陛下からのご命令です!」


次回は8/22を予定しています

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