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第十四話 モールスハルツ城奪還

PV1000突破記念で、前倒し投稿しました。

 眼下にモールスハルツ城が見えた。

 小高い丘の上に建つ、正方形の城壁の四隅にずんぐりとした塔を備えた石造りの頑丈そうな城だ。

 俺はほっと一息ついた。


 西に目をやると、ちょうど太陽が沈みきるのところだった。

 先ほどまでは赤く照らされていた大地も、今やすっかり青く染まっている。

 どうやらギリギリ日没には間に合ったらしい。

 街灯もろくにないこの世界の夜は本当に暗いのだ。

 夜間飛行なんてとてもじゃないが無理だ。

 星や月がなければ上下すらわからなくなるだろう。


 竜をどこへ降ろそうかと考えていると、ずっと俺の腰にしがみついていたメグリエールが、俺の服をクイクイと引っ張った。

 俺が振り向くと、彼女は体をずり上げて耳元に口を寄せてきた。

 背中に柔らかいものが押し付けられる。


「竜を! 城の! 中庭に! 降ろせますか!?」


 俺の耳元で彼女が叫んだ。

 風の音がひどくて、こうしないと聞こえないのだ。

 城壁に囲われた中庭は十分に広い。

 あれならいけるだろう。

 俺は彼女に頷き返すと、後続のリーゲル殿に合図を送った。

 それから高度を下げるため、緩やかに旋回を開始した。



「日和見領主たちも一度旗色を決めてしまえば、もう容易にはそれを変えられません。

 ですから彼らがまだ日和見でいるうちに、勇者様の存在をアピールしてこちらに取り込む必要があります」


 メグリエールを手助けすると決めた後、彼女はこう言ってすぐに行動を開始することを主張した。

 確かに一理あった。


「日が沈む前にモールスハルツ城に戻りたいと思います。

 叔父は私たちを探すため手勢を率いて城を空けているはずです。

 城にはまだ家宰をはじめとして、私たちに好意的な者達が多く残されておりますから、今すぐ勇者様とともに戻れば城を押さえることができます」


 というわけで、俺たちは夕飯も食べずにこうしてモールスハルツ城まで竜を飛ばしてきたのだった。

 まずは盟主の権威の象徴であるこの城を抑えたうえで、俺の――もっといえば国王に任ぜられた元帥の――権威を背景に自分たちの正統性を主張しようということらしい。

 

 高度が下がるにつれ、場内の人々があわただしく動き回っているのが見えてきた。

 四つの塔の屋上にはそれぞれ対竜用と思われる大型のバリスタが設置されていたが、それらは無人のまま放置されており、守備兵が配置される様子はなかった。


 ある程度高度が下がったところで、ヴェラルゴンを一吼えさせて城内の人間に合図を送る。

 大きく翼を羽ばたかせながら中庭に降り立つと、激しい砂埃が舞った。

 ちなみに〈大竜舎〉の降着場には、こんなことがないようにしっかりと芝が植えられている。


 俺は咳き込みながらメグリエールが竜から降りるのを手伝った。

 彼女はもう例の巡礼服ではなく、女物の乗馬服に着替えていた。

 先代の元帥、つまりリアナ姫が居館に残していった衣装箱から拝借してきたものだ。

 ようやく砂埃が収まった頃に、城内から恰幅のいい中年男性がこちらに駆けてきた。


「りゅ、竜騎士殿……ハァハァ……ワタクシはモールスハルツの盟主オードンに家宰として仕えておりますジューラと申します。

 本日は当家になに用でご――」


 普段あまり運動をしていないらしいこの男は息も絶え絶えにここまで言って、それから俺の後ろにいたメグリエールを認めてあんぐりと口を開けた。


「メ、メグリエール様! ご無事でしたか! 心配しておりましたぞ!」


「えぇ、無事です。もう心配はいりません。叔父様は?」


「ゴルダン様は従士団を率いてメグリエール様を探しに出ておられます。

 まもなく戻られるかと。

 ところで、オードン様はいずこに……」


「オードンは〈カダーンの丘〉にて保護されています」


 オードン君には竜に対する素質がかけらもないので竜に乗せることができなかった。

 だから今はオーク屋敷でお留守番だ。


「〈カダーンの丘〉? ではそちらのお方は……!」

「はい、勇者様です。ジューラ、急いで門を閉めなさい。守備兵はどれほど残っていますか?」


「え? 五十人ほどでしょうか……しかしなぜ門を?」

「五十……ひとまず十分ですね。全員配置につけなさい」


「し、しかし……」


「聞こえませんでしたか?急いで守備兵を配置し、門を閉めなさい。叔父上が来ても決して門は開けないように」


「は、はい!すぐに!」


 メグリエールが有無を言わせぬ調子で指示を出すと、家宰は戸惑いながらもそれに従った。

 このあたりの毅然とした態度はさすが名家のお嬢様といったところだな。


「それでは勇者様、ここにいてもなんですからどうぞこちらへ」


 彼女は城門に向かって駆けだした家宰を見送ると、そう言って城に向かって歩き出した。


「勇者殿、ヴェラルゴンは吾輩にお任せを」


 リーゲル殿が、自身の竜の後ろに乗せていた竜飼いが下りるのを手伝いながら俺に声をかけてきた。

 俺はリーゲル殿に向かってペコリと頭を下げた後、メグリエールを追った。


 *


 メグリエールに案内された先は、城の主郭(キープ)の屋上だった。

 小高い丘の上に建っているだけあって、昼間であれば相当遠くまで見晴らすことができそうだ。

 だが、すでに日の落ちた今となっては、微かなシルエットから大まかな地形の凹凸がわかるだけだ。

 しかし、メグリエールは屋上の鋸壁の間から身を乗り出すようにして何かを探していた。


「勇者様、ほらあそこ!」


 突然彼女が東の方を指しながら叫んだ。

 彼女の指すほうに目を凝らすと、沢山の松明が列をなして揺らめいているのが見えた。

 それも、かなりの速度で移動している。


「あれは……」

「叔父上です。従士団も一緒ですね」


 あれが噂のモールスハルツの従士団か。

 この暗い中を、騎乗したまま列も乱さずあれだけの速度で移動するとは。

 夜襲もこなす精鋭騎士達というのは嘘じゃなさそうだ。


 しかし、その従士団はもう叔父の側についてしまっているらしい。

 できれば無傷で手に入れたいところだ。

 おとなしく降参してくれるといいんだが……。


 メグリエールはその光の列をじっと見ていたが、彼らが近づいてくると少しだけ笑みを浮かべた。


「勇者様、広間へ行きましょう」


 そう言って彼女ははさっさと下へ降りて行く。

 俺も彼女を追って屋上を離れた。


 広間に降りてしばらくすると、家宰が慌てた様子で駆け込んできた。


「メグリエール様! ゴルダン様が従士団を率いてご到着なされました。

 門を開き中に迎え入れよと仰せです」


「分かりました。まずは叔父上と話し合いましょう。門を開いてください」


 妙な指示だな。

 こんなにあっさりと開けてしまうなら、何のために門を閉めたんだ?


「いいんですか?」


 あたふたと広間を出ていく家宰を見送りながら俺が尋ねると、彼女は不敵に笑って答えた。


「えぇ、かまいません。せっかくですから、叔父上と話し合ってみようかと。

 勇者様とヴェラルゴンがいる以上は、叔父上も無茶はしないはずです」


 それは確かにそうかもしれない。

 話し合いで片付いてくれるならそれが一番だ。


「だったら、門は最初から開けておけばよかったじゃないですか」


「今、城を掌握しているのが誰なのかをはっきりさせておく必要がありますから。

 それより勇者様、剣を貸していただけますか?」


「剣?」


「えぇ、丸腰では心細いので」


 なんとなく腑に落ちないが、俺はいざとなれば光の槍で戦えばいい。

 剣を抜いて彼女に渡そうとしたところで止められた。


「あの、できればその、剣帯ごと貸していただいたほうが……」


 おっと、俺としたことが。

 仮にもこれから話し合いをしようというのに、いきなり抜身の剣を手にしていてはマズかろう。

 俺はもぞもぞと剣帯の金具をいじった。

 この世界の留め具は微妙に扱いづらいつくりをしているのだ。

 どうにか外したそれを手渡すと、彼女は慣れた手つきで身の丈に合わせて長さを調整し、手際よく身に着けた。


「どうです? 似合います?」


 メグリエールは剣帯をつけ終わると、くるっと回って、いたずらっぽく笑った。

 どうしてなかなか様になっているじゃないか。


 その時、中庭の方からヴェラルゴンの咆哮が轟いた。

 同時に、おびえ切った馬のいななきが連鎖し、中庭はにわかに騒々しくなった。


「来ましたね」


 外の様子に彼女は満足げな表情を浮かべる。

 それから広間の一番奥に置かれた立派な装飾の施された椅子――おそらくあれが当主の座だろう――の横にすくっと立った。

 その直立不動の立ち姿は小柄ながらも凛々しく、一廉の騎士のようだった。


「勇者さまもこちらへ」


 彼女はそう言って、俺に当主の座の反対隣りに立つよう促す。

 俺はおとなしくそれに従った。

 ここについてからというもの、彼女はまるで人が違って見える。


 外の騒ぎはすでに収まっていた。

 馬も、その乗り手もよく訓練されているということだろう。見事なものだ。

 ほどなくして広間の扉が開かれ、家宰に案内されて三人の男が入ってきた。

 真ん中の人物が例の叔父上らしい。髪も髭も短く刈り込んだ、真四角な顔の男だ。


 両脇の二人は護衛らしく、一歩下がってそのあとをついてくる。

 三人とも、腰に剣を佩いている以外には何の武具も身に着けていなかった。

 今ここで戦う気はないらしい。


 叔父と思しき男は、真っ直ぐ俺の前に来ると深々と一礼し、それから名乗った。


「私はモールスハルツの先々代盟主モールドンの息子にしてコンハルツの領主ゴルダンと申します。

 王軍を統べられる元帥にして、神により異界より招かれし勇者様とお見受けいたします」


「これはご丁寧に……え~はい、私が、その勇者です……」


 男の予想外の態度に、俺は戸惑ってしまった。

 なにしろ、甥と姪を殺して家督を奪い取ろうとしている極悪人だ。

 きっととんでもなく凶暴な男に違いないと身構えていたのだ。


 実際に目の前に現れたのは、どちらかといえば実直そうな雰囲気の、白髪が混じった中年男性だった。

 そう年はいっていないはずだが、顔に細かく刻まれた皺が苦労の多い人生を送ってきたことを物語っていた。


「此度は我が姪を無事に送り届けていただき、真にかたじけなく存じます」


 そう言って彼は再び深く頭を下げた。

 その声にもどことなく疲れがにじんでいる。

 それから彼はメグリエールに向き直ると、彼女に詰め寄った。


「メグ!これはどういうことだ!今度は一体、何をしでかしてくれたのだ!」


 あ、俺もそれ知りたい。


「大したことじゃないですよ。勇者様にご助力を願いに、ちょっとお隣に行ってきただけです」


「ご助力? 助けが必要なことなど何もないではないか!」


「あります。後見役についてです」


「それついてはもう話はついただろう!

 表向きは私が後見役を務めるが、領内の差配についての一切はこれまで通りお前に任せると。

 一体何が不満だというのだ!」


 何か聞いていた話と違うぞ。……いや、薄々気付いてはいたけど。


「大ありですよ!

 それじゃ兵権は叔父様のものじゃないですか!

 私は、お父様みたいに軍を率いて戦いたいんです!」


「それは知っている。

 お前の将器もだ。従士団は喜んでお前に従うだろう。

 だが、小領主どもはそうはいかん。

 お前が女である以上しかたがないではないか!

 このことについてはお前も納得したはずだ」


「あの時はそうでした。

 でも、いまは違います!

 勇者様が私の全ての権利を擁護してくれます!」


 そう言って、彼女は剣帯から鞘ごと俺の剣を外し、ずいっと叔父に向かって突き出した。

 鞘には〈泉で祈る乙女〉の紋章が刻み込まれている。


 ちなみに、鞘の中身はリーゲル殿から贈られた業物だが、彼女が自慢気に突きつけているあの紋章は元帥就任の儀のために大急ぎで作ってもらった品を無理やり取り付けた代物だ。

 遠目にはそれなりに立派に見えるはずだが、あんな風に目の前に突きつけられれば、粗雑な急造品であることがまる分かりになってしまう。

 元帥の沽券に関わるのでやめてほしい。


「私は勇者様に奉仕の誓いを捧げました。

 この通り、勇者様の剣も授かっています。

 もう誰にも文句は言わせません。

 異議を唱える領主は、勇者様にヴェラルゴンの炎で焼き払ってもらいます」


 待て、剣をくれてやった覚えはないぞ。

 というか、俺に何をさせるつもりだ。

 だが彼女の言葉に、ゴルダンは愕然とした表情を浮かべた。

 それからすぐにこちらに振り返り、すごい剣幕で食って掛かってきた。


「勇者様! 貴方は我が姪に何を吹き込んだのですか! 一体どういうつもりで――」


 そんなこと言われたって困る。

 俺だって何が起きているのか説明してほしいぐらいだ。


 彼はすぐに俺の戸惑いに気づき、そして全てを悟ったようだった。

 彼の怒りはたちまちトーンダウンし、ヨロヨロと数歩下がると手近なベンチにへたり込んだ。


「……もういい。メグ、お前の好きにしろ」


 それを聞いたメグリエールは全身で喜びを表現しながら叫んだ。


「ありがとうございます、叔父様!それじゃあ、さっそく従士団の皆に挨拶をしてきます!」


 彼女はそういうと、叔父に従っていた二人の騎士を引き連れ、広間の入り口に駆けていった。

 そして扉に手をかけたところで、振り向いていった。


「あ! 勇者様、叔父様をお願いします」


 ゴルダンはすでに真っ白に燃え尽きていた。

 俺にどうしろというのだ。


「叔父様も早く立ち直ってくださいね。手伝ってもらいたいことが山ほどあるんですから」


 そう言い足して彼女はこちらに手を振りながら出て言った。

 相変わらずいい笑顔だ。


「もうたくさんだ!私は隠居するからな!」


 ゴルダンが怒鳴り返したが、すでに広間の分厚い扉は閉じられた後だった。


次回投稿は8/15を予定しています

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