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第十二話 人助け

 俺はこちらに向かって駆けてくる女を飛び越え、馬を竿立ちさせて騎兵の前に立ちはだかった。

 一連の動作に特に意味はない。

 このほうがヒーローっぽいと思っただけだ。

 問答無用で槍を投げつけてもいいが、それじゃ一瞬で終わってしまう。

 もうちょっと楽しまなくては。

 俺は騎兵たちに向けて怒鳴った。


「子連れの女一人を追い回すのに完全武装で二人がかりとは恥を知らぬ奴らだ!

 その出で立ちから察するに、ただの野盗の類ではあるまい! 名乗られよ!」


 俺が口上を叫んでいる間に、女が俺の馬に縋り付いてきた。むう、動きにくい。


「勇者様! お助けください」


 女がそう言ってこちらを見上げた拍子にローブに似た巡礼服のフードが外れ、二つに束ねた綺麗な金髪が零れ落ちた。

 フードの下から出てきたのは、年の頃十五、六の少女だった。

 意外だった。

 子供を抱えていたので、もう少し年かさの女だと思っていたのだ。

 目を惹くような華やかさはないものの、よく見ると素朴でかわいらしい顔立ちをしている。

 そんな彼女に上目遣いですがられると保護欲が刺激され、俄然やる気がわいてくる。


 やる気がわいてきたところで、さて敵はどうしているかと視線を前方に戻すと意外な光景が飛び込んできた。

 なんと、敵は二人とも馬を降りて兜を脱いでいるではないか。

 さすがにあれを攻撃するわけにはいかないよなあ。

 おやつを目の前で引っ込められたような気分だ。

 俺がぼんやりと眺めている間に、彼らは馬を引いて俺の前までやってくると、深々とお辞儀をした。


 遅れて追いついてきたトーソンが、俺の裾を引いて小声でいった。


「勇者様、彼らは礼を示しております」


 見れば、トーソンもいつの間にか馬を降りている。

 俺は慌てて〈光の槍〉を消して馬を降りると、彼らにお辞儀を返した。


「異界より招かれし勇者様とお見受けいたします。

 武装のまま閣下の領地へ侵入し平和を乱したこと、故あってのこととはいえ平にお詫び申し上げます。

 私は、モールスハルツの盟主ゴルダンに仕える騎士、クロストと申します」


「私は同じくゴルダンに仕える騎士、エクマスと申します」


 二人の騎士はそう名乗ると、もう一度こちらに向かって深々と頭を下げた。

 盟主というのは、あたり一帯を束ねる大領主のこと指す言葉だったか。


「はぁ、これは丁寧に……」


 彼らの態度があまりに予想外だったので、うまく反応できない。

 あれ? モールスハルツ? 南じゃなくて北側の連中だったのか。


「私は、〈カダーンの丘〉の代官トーソンと申します。

 故あってのこととおっしゃられましたが、事情をお聞かせ願えませんか」


 戸惑う俺に代わって、トーソンが彼らに尋ねてくれた。


「家中の事情につき詳しく話すことは出来ませぬが、領内からの逃亡者を追ってまいりました。

 どうか、その子供とご婦人を我らにお引渡しください」


 その言葉を聞いて、俺の後ろに隠れていた少女が不安げに身を寄せてきた。

 あ、小柄な割に意外と大きい。何がとは言わないが。


 引き渡せと言われたとて、か弱い乙女をはいそうですかと渡すわけにはいくまい。


「お断りします」


 断ってみたところで、もちろん相手は引き下がらない。

 丁寧な態度を崩すことなく、二人引き渡すよう繰り返してきた。


「他領からの逃亡者を見つけた場合は、元の領主へ引き渡すのが法の定むるところにございます。

 どうか、お引渡し願います」


 むむ、法律でそう決まってるのか。

 これは困った。現地の法はなるべく尊重するのが俺の方針だ。

 仮にも頭を下げて穏便な解決を図っている人間を、何の名分もなしに切り伏せるのはさすが気が引ける。

 しかし、どうにかならないものか。

 背中の感触が、か弱い乙女を救えと俺に訴えかけているのだ。

 こっちにもチラリとでも名分がありさえすれば、それを盾に強引に切り抜けることもできるんだが。

 俺の意図を察したのか、トーソンが助け舟を出してくれた。


「この者の服装を見るに〈丘の聖堂〉への巡礼者でありましょう。

 巡礼者の保護は、聖堂の守護者たる領主の務め。

 よってこの者を引き渡すわけにはまいりません」


 いいぞトーソン! これでこっちにも名分ができた!

 名分がぶつかり合えば、あとは力の強弱の問題だ。

 死なない程度に痛めつけて追い返してやればいい。

 殺してはいけない。

 人が死ぬと、相手陣営も簡単には引けなくなるからな。

 逆にいえば、人が死ななければどうにか落としどころも見つかるはずだ。

 どこの異世界でも大抵そういうことになっている。


 農奴の脱走程度なら、いくらか補償金を積めば何とかなるだろう。

 領主の愛妾とかだとちょっと面倒になるかも。

 そういや、家中の問題とか言ってたな。

 俺は実力行使に備えて身構えたかったが、背中の感触が気になって思うように身動きが取れない。

 そして相手の騎士達は身じろぎ一つしない。


「巡礼であれば、巡礼札をお持ちのはず。

 偽巡礼であれば、閣下には保護の義務はございませぬ」


 トーソンは一瞬で論破されてしまった。

 念のために振り返って少女に目で尋ねたが、彼女は小さく首を横に振った。

 巡礼札とやらは持っていないらしい。


「重ねてお願い申し上げます。

 そのご婦人を手荒く扱うようなことはないと、この剣にかけて誓います。

 どうか、我らにお引渡しを」


 そう言って、クロストと名乗った騎士が一歩前へ出た。


「勇者様! どうかお助けください! どのようにもお仕えいたします!

 どうか、私は貴方の庇護下にあると宣言なさってください!」


 背中の少女が必死で哀願してくる。

 宣言すればどうにかなるものなのかしらん。

 トーソンに視線を送って無言で確認すると、彼は小さくうなずいた。

 と同時に面倒なことになりますよと、とその目はいっている。


 多分、宣言すればもう後には引けなくなるんだろう。

 もしかしたら一生養う義務とかもついてくるのかも。

 まぁいい。女の子を一人養うぐらい何とかなるさ。

 乗り掛かった舟だ。最後までやってやろうじゃないか。


「この娘は我が庇護下にある! どうしても連れ去るというのであれば、この俺を倒してからにしてもらおう!」


「元帥閣下は、この者の全ての権利を保証されます。その権利を害する者は、元帥閣下の敵となるでしょう」


 トーソンが俺の宣言を補足してくれたが、その顔には「あ~あ、やっちゃった」という表情をあからさまに浮かべている。


「……それでは仕方ありませぬ。今はその者の身柄を閣下にお預けいたします。

 ただし、このことは我が主に報告させていただきます」


 二人の騎士は丁寧な捨て台詞を遺し、拍子抜けするほどあっさりと引き下がった。


 *


「先のモールスハルツの盟主カールドンの娘、メグリエールと申します。

 親しいものはメグと呼びます。こちらは弟のオードン。現モールスハルツの盟主です」


 追手が立ち去った後、少女はそう名乗った。思っていたより大物だった。

 トーソンの方をちらと窺うと、彼は「ほら言わんこっちゃない」といった調子で肩をすくめて見せた。


「……トーソンさん、知ってたんですか?」

「いえ。知っていたらさすがにお知らせしておりました」


 どうしよう、思いっきり面倒なことに首突っ込んでしまった気がする。こんなはずじゃなかった。


「トーソンさん、さっきの騎士たちを呼び戻してもらうわけには……」


「いえ、さすがにそれは……庇護と奉仕の誓い、つまり臣従の誓いは数ある誓いの中でも最も重い誓いでありますから……」


 そんな重い話だったの?いや、そもそも臣従の誓いなんて大層なものをたてた覚えはないぞ。


「この娘を保護するとはいいましたが、臣従だなんて話は……」


 メグリエール嬢が俺の抗議を遮る。


「でも、私はお仕えすると申し上げましたし、勇者様も庇護してくださるとおっしゃったじゃないですか」


 彼女は訴えるようにこちらをを見上げていた。


「確かに言いましたが……。トーソンさん、本当にこれだけで成立するものなんですか?

 大事な誓いなら、もっとこう……ちゃんとした宣誓とか儀式が必要なんじゃないんですか?」


「決まった形式があるわけではありませんので……三人以上の〈虚偽の無き者〉の前で双方が庇護と奉仕を宣言すれば、それは正式な誓いとして効力を持ちます」


「なんです、その〈虚偽の無き者〉って」


「裁判において、その証言を疑われることがないと定められている者です。

 神に仕える者、

 土地を治める者、

 死の淵にある者、

 己の純潔について述べる処女、

 腹の子の父親について述べる妊婦、

 それから誓いについて証言する騎士。

 これらの者の言葉は、明確な証拠がない限り無条件に真実であると認められます。

 私も一応騎士ですから、条件は満たしております。

 そうであればこそ、彼らもおとなしく引き下がったのですよ」


 なるほど。

 しかし、権力者が有利になるように定められつつ、女性の権利にも妙なところで配慮されてるのが面白いな。


「だったら、トーソンさんが否定してくれれば、なかったことにはなりませんか?」


 俺の言葉に、トーソンは心底あきれたようだった。


「〈虚偽の無き者〉は決して偽りを述べないからこそ、そう認められているのです。

 誓いについて私が嘘を述べることはありません」


 断固として拒否されてしまった。

 やっぱり根は真面目なんだな。

 さすが聖地の代官を任されるだけのことはある。


「それに、先ほどの騎士たちが主に事の次第を報告すれば、このことは最早お二方だけの問題ではなくなります。

 そのような状況で誓いを放棄すれば、閣下の信用、ひいてはそれを元帥として任じた国王陛下の信用をも傷つけることになるのです」


 陛下にまで迷惑をかけるのはさすがにまずいか。

 でも、よその後継問題に首を突っ込むのとどっちが迷惑だろうか?


「……まずは事情を知る必要があります。

 ここではなんですし、いったん館に戻りましょう。

 そこで詳しい話を聞かせてもらいます。

 馬に乗ってください」


 そう言って、不安げな様子でトーソンとのやり取りを見守っていたメグリエール嬢に俺の馬に乗るよう促すと、彼女はぱっと顔を輝かせた。


 それは、守りたくなる良い笑顔ではあった。


次回は8/8を予定しています。

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