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刃金の翼  作者: 山彦八里
三章:暗雲
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25話:魔人・赤化者

「――きます」


 敵手の殺気を感じ取ったソフィアが短く告げる。

 既にルベドの中に理性は残っていないのだろう。真紅の瞳には隠す気もない殺気がある。


「ソフィア、迎撃を!! 飛んでいる“弓”を落とせ!!」


 指示を飛ばすと同時にクルスが弓を構えたルベドの正面に陣取り、背後で詠唱を開始したソフィアを庇う形で盾を構える。

 同時に、カイとイリスも左右に散開する。範囲攻撃を封じる為だ。

 ルベドからみて右にカイ、左にイリス、正面にはクルスとソフィアが立ち、半円状の包囲を形成する。


 対するルベドは自身の周囲を旋回する飛翔精(フィルギア)を操作、イリスとカイに二つずつ追跡させる。

 正面は弓があれば十分。定石通り、ウィザードを初めに射殺す構えだ。


「――散れ!!」


 先手を取ったのはイリスだ。牽制代わりの拡散矢を放ち、ルベドの行動領域を狭める。

 ルベドは一瞬だけ視線を向けてフィルギアを操作、射撃。直撃軌道をとる矢だけを弾き飛ばした。


(撃ち合いは不利ね。技量差が大きい)

「ぬるいぞ、ニンゲン(・ ・ ・ ・)

「ッ!! なら、すぐに凍てつかせてあげるわよ!!」


 イリスの声には応えず、ルベドは接近しようとするクルスを魔弾の連射で押し留めつつ、再度、フィルギアに矢を装填。

 左右の二人に対して一斉に発射しようとする。


「させません。――四重に凍結せよ、クアッド・アイスニードル」


 だが、今まさに射出されんとした四矢に四本の氷柱がそれぞれ突き立ち、撃ち落とした。

 連続詠唱を模倣した擬似的な四連発動だ。


「読まれたか。感応型か、厄介な聖性だ」


 普通の矢ならば、狙撃技能のないソフィアが四つ同時に打ち落とすなど不可能だ。

 だが、魔弾ならば少女の優れた感応力を以て追跡するのに不足はない。

 魔弾の射手が魔力を繰って干渉している以上、ウィザードの眼からその動きを隠しきることはできないのだ。


「――障壁、収束展開!!」


 さらに、ルベドの意識の逸れた一瞬を衝いて、障壁杭を地面に突き刺さした反動でクルスが一気に距離を詰める。

 弓兵の顔に僅かな驚きが浮かぶ。

 わずかとはいえ連射は緩んだが、生まれた隙はあってないようなものだった筈だ。少なくともナイトに付け入られるような隙ではなかった。

 だが、ルベドは知らない。常日頃から侍の速度に挑んできた騎士にとって弓兵の手数は脅威ではあっても抗えぬものではない。

 反動加速で踏み込んだ距離は既に至近。

 一挙動で構え直した盾に障壁を再展開、全身の加速力で以てルベドにシールドバッシュを叩きこむ。

 絶好の機に、完璧な奇襲。予想した盾越しの衝撃は――ひどく軽かった。

 即座に騎士は気付いた。受けられたのだと。

 見れば、ルベドは盾撃に吹き飛ばされるのに合わせて自ら跳び退っていた。

 右足があらぬ方向を向いているのは盾撃の勢いを片足で受けて相殺したからだろう。

 その折れた右足も着地する時には治癒し、真紅の視線は真っ直ぐに此方を射抜いている。


(これが生まれついての精霊級。随分と厄介な存在だな)


 着地と同時に放たれた破城槌の如き一矢を障壁で凌ぐ。

 衝撃に圧され踏みしめた脚が地に二条の轍を刻む。

 一撃受けるごとに障壁に罅が入り、その修復に多量の魔力が食われていく。此方の魔力の損耗を狙った攻撃だ。

 戦闘中に魔力残量が不安になるなどいつ以来のことだっただろうか。

 盾を構えつつも騎士は古代種との初めての戦闘に驚きと、これ以上ない“やりにくさ”を感じていた。


 人間が――二足二腕の“人型”が魔物に勝る点は選択肢の多さにある。

 掴む、走る、投げる、跳ぶ、振り下ろす。それらの動きを知恵と道具によって拡張することで多種多様な選択肢を生み、組み合わせることで有機的な戦術を構築する。

 そうして形作られる他の生物にない“可能性”という強みこそ、魔物を向こうに張って人間が生き残れた理由だ。

 同じことが古代種にも言える。生まれついての精霊級であった彼らはその力を知恵と魔力によって大いに拡張した。


 カタチにおいて古代種と人間は同じでも経験と基本性能は向こうに軍配が上がる。さらに、尽きることのない魔力と賦活能力は多くの選択肢を彼らに与えている。


(だが、人型であるならば動きもそれに縛られる筈だ!!)

「カイッ!!」

「ッ!!」


 声が響いた時には既にカイはルベドの影法師を踏んでいた。

 ソフィアが作り、騎士が押し広げた隙、その隙間に己が剣を捻じ込む。


「――散らせ(ホテルス)


 対するルベドの判断は刹那に行われた。

 カイに向けていたフィルギア二つをクルスとソフィアへの牽制に回し、本命(カイ)に対しては己の長弓を向ける。

 弓兵は感応力がないにも関わらず、侍がフィルギアの動きを認識していることに気付いたのだ。

 切り替えは一瞬、視認と同時に拡散矢が放れる。


「その手は見飽きたぞ、ルベドッ!!」


 戦闘開始から何度目かの無数の矢が侍に降り注ぐ。

 カイは吼える。咆哮が右肩を貫かれた痛みを束の間忘れさせる。

 既に侍の心眼は分裂する矢の軌道を把握している。直撃する矢だけを斬り払えば無傷で切り抜けられる。

 だが、その迎撃行動もまた相手に把握されている範疇の動きだ。

 相手の予測を崩さねばならない。でなければ、あと一歩が踏み込めない。


 故に、カイは青眼に構えたガーベラを前面に立ててさらに加速、そのまま矢の雨嵐に突っ込んだ。

 切り払う動作による速度低下さえ嫌った今ある中での最速の踏み込み。

 分裂矢の群の中でガーベラに中った矢が火花を散らし、何本かの矢が肉体を削る。

 だが、速度を緩めることだけは許さなかった。損傷覚悟の特攻はたしかにルベドの予測を崩し、一手先んじた。


 矢の雨を抜ける。全身が傷だらけだが、速度は一切低下していない。

 故に、狙い通り、後退しつつ此方を狙うルベドの次射は僅かに出遅れた。

 脈拍ひとつの四分の一にも満たない僅かな“空白”。

 それだけあればカイの即応能力は十全の働きを確保できる。


(来る、来る――来た!!)


 直前でも、直後でもなく、同時に。

 ルベドの射撃と完全に同期して、カイは放たれた矢とすれ違うようにその下を潜り抜けた。

 矢に匹敵する急加速を胸に膝が付くほどの低姿勢で前進力に変換する。

 そして、その身は今度こそ長弓の内側、宙のフィルギアすら矢を放てぬ至近距離へと踏み込んだ。


 肺の半ばまで鋭く息を吸って、止める。

 狙いはひとつ。相手が古代種としての“全力”を発揮する前に削りきる。


「――シッ!!」


 襟首さえ掴める至近距離から左手一本で首刈りを放つ。

 雷鳴が殺意の発露となって閃き、過たずルベドの顎下を断ち切った。

 たしかに“命一つ”奪った手応えが手に返る。

 即座に返す刀で袈裟に斬りつける。こちらはルベドが蘇生しながら掲げられた短剣に迎撃された。


「――ッ!!」


 だが、タダでは終われない。

 弾かれた勢いを利用して上体ごと首を捻り、肩口にある銀剣の柄を咥えて(・ ・ ・)抜剣。

 そのまま抜き打ちの要領でルベドの腕を斬り飛ばした。

 銀光が閃き、短剣を持ったままの肘から先が宙を舞う。


「キ、サマッ!?」


 首を回して銀剣を振り抜いたカイに対し、ルベドは憤怒の瞳で狙いを付ける。

 “矢を番える”“弦を引く”“放つ”という三動作を魔力で代替するルベドは、狙いさえつけばたとえ片腕でも完全な射撃を可能とする。

 不可視の魔腕が弦を引き、矢が宙空に固定され、直後に長弓から放たれた神速の巨矢がカイに迫る。

 その直前、カイの前に立ちはだかったクルスが盾で射線を遮り、障壁に激突した巨矢を確と弾き飛ばした。


「……」


 弾かれた矢が遠く風切音を響かせて飛び去って行く。

 四人と一人はにらみ合ったまま動きを止めた。


 ルベドは断たれた腕の断面を癒着させつつ、苛立ちに弓を握り締める。

 端的に言って、現状は詰んでいる。

 フィルギア四つはソフィアに封殺され、イリスの妨害とクルスの防御により攻撃は粗方妨害されている。

 勝負の行方はカイが死ぬか、ルベドの命の貯蔵が尽きるかという形に持ち込まれた。

 このままでは負ける。長きに渡って蓄積した経験から、ルベドはそれを理解した。


「降伏しろ」


 同様の結論に達したクルスは警戒を解かぬままそう宣告した。

 現状はこちらが優勢だと騎士は考える。カイのダメージが蓄積しているが、こうして睨み合っている間にソフィアが処置できる程度だ。盤面は詰め終わっているといえる。

 その一方で、番狂わせはありうる、とも騎士は考えていた。

 技量も経験も、基礎性能も向こうが上なのだ。切り札の一つや二つ――


「――まさか、この程度で追い詰めたつもりか、ニンゲン?」


 有るだろうと、騎士のその予想は残酷なまでに正鵠を射っていた。


 ゆらりと傾いだルベドの姿が一瞬、景色に溶けるように朦朧とした。

 緊張に目をやったかとクルスは危惧したが、即座にその疑念は捨てた。

 錯覚ではない。ルベドの周囲から現に陽炎が立ち昇っているのだ。

 加えて――


「熱ッ、喉が……なんだ、これは?」


 まるで火元の傍にいるかの如く空気が熱せられている。

 吸い込んだ大気が肺を焼くのを感じて一行は慌てて口元を覆った。

 比喩ではない。真実、大気が高熱を孕んでいるのだ。


「構えろ、“魔人”が来るぞ」


 カイが静かに、微かな緊張を込めて告げる。

 侍は知っている。古代種に『心技』は無い。

 悠久を生きる彼ら自身もその理由を知らぬが、事実として心技に目覚めた古代種はひとりとしていない。

 それは何故か。長年、ヒトと古代種の違いを研究してきたネロ・S・ブルーブラッドはひとつの仮説を立てた。

 心技とは魂に刻まれた生き様であり、同時に魂の形そのものだ。

 それは生み出すものでも作り出すものでもなく、ただ己の魂に気付くことで表出するものだ。

 言いかえれば、心技とは魂を外部に表す為に具わっている機能であるといえる。


 ――では、魂の形を表す機能が他にあるならば?


 心技よりも強く、鮮烈に魂の色を刻む機能を持つ者ならば、心技に目覚める必要は無いのではないか。

 つまりは、ソレがある為に古代種には心技がないのではないか、と。


「――獅子(セルル)猛る(ヴルド)原初の火(リムリファス)


 あるのだ。古代種には己の魂を表す『真の姿』が。



「――魔人変化(エジルブロート)・セルヴリム」



 詠唱が紡がれると同時、爆発的に膨張した真紅の炎と衝撃が辺りを満たした。

 一行は咄嗟に目を閉じ、腕を掲げて視覚を守る。

 それでも尚、瞼を貫く閃光が視界を灼いていく。


 数瞬して、閃光が消えたのを見計らって目を開け――


「……何だ、あれは?」


 ――“魔人”の姿をその目で捉えた。


 相対するルベドの様子は一変していた。

 真白い長髪であった男の髪は今や赤々と燃え、長弓と身体各所を炎が鎧のように覆っている。

 即座に気付く。竜の尾の如き長大なたてがみの一本一本、火の粉の一粒一粒が物質化した魔力なのだと。

 ソフィアはおろか、凡そ一国の国民すべての合算とすら拮抗しうる途方もない魔力量の発露。


 それこそが古の時代に大陸に覇を唱えた古代種の全力。

 限られた時間、大地の化身となって無制限に魔力を行使する『魔人変化』。

 “原初の狩人”ルベド・セルヴリムの真の姿である。


『――グ、オォオオオオオオオッ!!』


 ルベドが咆哮をあげ、振り回したたてがみが弧を描く。

 応じて、その赤い軌道に数え切れない数のフィルギアが飛び立つ鳥の群れの如く展開する。


「ッ!!」


 驚愕は誰のものだったか。

 四人が回避行動に移ると同時、全てのフィルギアから全方位に向けて火矢が放たれた。

 それらは狙いも何もない、周囲全てを焼き尽くす殲滅攻撃。


『――爆ゼロォオオオオオオオッ!!』


 そして、数限りない火矢が着弾した瞬間、全てが爆炎に包まれた。



 ◇



 熱を孕んだ風が土煙を洗い流す。

 露わになった光景は惨憺たるものだった。

 ただ一度の攻撃で木々は吹き飛び、山々は更地に変わり、所々で地盤がめくれあがっていた。

 おそるべきは、その惨状はルベドのただ一度の攻撃で生まれたものであることであろう。


『――――』


 爆心地に立つ魔人は長弓を構えたまま沈黙している。

 静的な沈黙ではない。その証拠に男の全身は未だ炎に包まれ、意識は周囲を隈なく探知している。

 動く者あらばもう一度破壊し尽くす。それは獲物を待ち受ける狩人の沈黙だった。


 敵対者が潜んだ現状、手当たり次第に攻撃するというのもひとつの手だろう。特に魔人化したルベドは殲滅戦の適性が高い。

 しかし、『魔人変化』は力を行使するほどに精神が削られていく。莫大な魔力を制御する精神が尽きて倒れることが自力解除できないこの変化を解く唯一の手段だ。

 つまり、万が一こちらが暴れている間に逃げられでもしたら甚大な隙を晒すことになる。


 故に、狩り出す。その為にルベドの身体から漏れる魔力が少しずつ周囲を侵略していく。

 徐々に広がっていく熱の魔力はルベドの感覚と繋がっている。接触した者を見逃すことはない。

 自身の魔力を猟犬に見立てつつ、狩人は弓に力を込める。


 かつてのヒトと古代種の戦争において、単独で人類連合軍に絶大な損害を与えた狩人にして“赤化者”。

 それがルベド・セルヴリムという存在である。


 ――戦争以前より、ルベドは古代種と比べれば瞬きの間しか生きられない短命種族達の戦術を学び、理解し、称賛していた。古代種にはない熱を尊んでいた。


 その想いは古代種の中ではネロと並んでヒトと多くの交流を持っていたことからも窺える。ルベドは後に『赤神』として彼岸の御座へと旅立った男と弓を競ったことすらあった。

 綺羅星の如く燃え上がり、そして自分を残して先に逝く彼らの生き様をルベドは余すことなく記憶していた。

 故にこそ、戦時に於いて男は古代種の中で誰よりも人殺しに秀でていた。ヒトを愛するが故に全力を以て相対した。取り得る限りの全ての手段を尽くして戦った。

 千年以上の時を経ても尚、その武威と苛烈さに翳りはない。


 弓兵は待つ。己が敵を捉えるその時を。





「……生きているか、イリス?」


 爆心地からやや離れた岩場。

 先の全方位爆撃でめくれ上がった地盤の影で、イリスは軽く頬を叩かれて目が覚めた。


「カイ?」

「怪我はないか?」

「……大丈夫みたい」


 ふと、浮上する意識の中で爆発の瞬間に抱きかかえられた感触を思い出した。

 従者は岩盤に遮られた天を仰いだ。自分が情けなくてしょうがなかった。


「また助けられちゃったわね」

「気にするな。ソフィアはクルスが庇ったのがみえた。無傷ではないだろうが死んではいない。動けるか?」

「あ、うん。でも、弓が……」


 視線を手元に落とす。

 気絶しても手放すことのなかった愛用の弓は、しかし、上半分がごっそりと抉り取られていた。

 ここまで派手に壊れては修復するのも不可能だろう。


「すまない。そこまでは間に合わなかった」

「仕方ないわ。それよりアンタこそ怪我は――」


 イリスの言葉はそこで途切れた。

 従者は絶句したのだ。無理もないだろう。

 視界に映ったカイの右半身は見るも無残なまでに焼け爛れていた。

 熱で焼き潰されたのか出血こそないものの、炭化した道衣が肌に張り付き、所々に砕片が突き刺さった様は直視するのが憚られるほど痛々しい。


 痛くないの、と尋ねる言葉は声にならなかった。

 半身が火傷に覆われた重傷で痛くない筈がない。仮に痛みがないなら、既に痛覚が残っていないだけだ。

 自身の感覚を精密に保つためにカイは痛覚の鈍化を行っていない。いつも通りの無表情を貫く顔にも脂汗が浮かんでいる。


「カイ、意識ははっきりしてる?」

「大丈夫だ、まだな。お前はクルスとソフィアと合流して撤退しろ」

「え? ……ちょっと待ちなさい」


 呆けたのは一瞬、イリスの表情が途端に険しくなる。

 目の前の男は重傷だ。長くはもたない、どころかマトモに刀を振るえるかさえ怪しい――というのが通常の感覚であろう。

 だが、カイには、この侍にはまだ戦う手段がある。たとえ半身が焼け爛れていても戦える術がある。


 ――禁呪・不死不知火


 その心臓に刻まれた呪いを起こせば、侍は狂えるまま死ぬまで戦える。

 負傷を無視し、限界を超えて、父を斬った時と同じように戦える。


「此方を捕捉すればルベドは攻撃を再開するだろう。だが、好機でもある。能力の全てを攻撃に振り分けた今なら貯蔵している命にも剣が届く」

「一気に複数の命を削れるってこと?」

「そうだ。呪術を起こせば、俺が死ぬまでに命三つは削れる」

「……そこまでして計五殺。殺しきれるかは微妙なところね」

「そのときは、後を頼む」

「……」


 嫌だ。待って。置いていかないで。

 そう言うのは容易い。だが、無意味だ。言葉ではこの男は止まらない。そういう男だと知っている。

 故に、今、言うべきはそんな情けない言葉ではない。

 イリスは目を閉じて、己の心に問いかけた。



 自分は何の為に戦っている?

             ――愛の為に、尽くす為に。

 その為に命を捨てられるか?

             ――是。この命、惜しくはない。

 その為に絆を捨てられるか?

             ――■。


(……いつか)


 いつか、明かさなければならなかった。変わらなければならなかった。

 心のどこかで自分がヒトではないことに気付いていた。

 それでも、この秘密を明かした時、仲間がどうなるのか分からなかった。

 きっと変わらない。受け入れてくれる。そう信じている筈なのに――見捨てられるのが怖かった。

 結局のところ、逃げていたのは自分だったのだ。


 だから、答えはきっと初めから決まっていた。


「カイ、誇りを曲げる気はある?」

「必要ならば」

「じゃあ、曲げて。その代わりって訳じゃないけど、私も一番大事なモノを捨てるから」

「……」

「勝ちましょう、カイ。私達ならそれができる」


 イリスが目を開ける

 露わになった深紅の瞳には静かな決意が宿っている。


 額の痛みはもうなくなっていた。



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