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刃金の翼  作者: 山彦八里
三章:暗雲
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23話:望まれぬ再会

 飛来する一撃に最速で反応したのはカイだった。

 荷台から弾けるように跳び出し、巨矢の前に躍り出ると同時、腰と背の二剣を振り抜いていた。


 放つは、ごく僅かに間をずらした二連撃。

 美しい銀円を描く左右の剣線が交わる一点で巨矢を迎撃する。

 先をとった一刀目で矢の速度と気勢を削ぎ、後の先を取った二刀目で完全に斬り飛ばす妙技。


 遅れて響く衝撃音に空気が割れんばかりに震える。

 カイの手に微かな痺れが残るが、チャクラを練ればすぐに回復する程度だ。

 一撃で打ち払えぬなら二撃で以て斬り払う。精度はまだ師の劣化だがこの場では十分。

 以前とは違う。今度は逃がさんと、カイは静かに気炎を上げた。


「――障壁、展開」


 二射目が来るまでの僅かな間でクルスが障壁を纏った盾を構える。


「ソフィアは探知、イリスは商隊を逃がせ」

「承知いたしました」

「すぐに動かすわ。ちょっとだけ粘って」


 彼方へ視線を向けたままクルスが鋭く指示を飛ばす。

 直後、山の頂上辺りで赤い光が瞬いた。

 紛うことなき魔力の光にクルスが盾を構えた総身に力を込める。


 次の瞬間、大気を貫いて第二射が飛来した。

 一射目よりも速い。さらに威力を上げてきたのだ。


 直感に従い、心眼に軌道を映したカイが前に出る。もはや巨矢の威力はカイが無傷で防げる域にはない。

 それでも、肩の高さで刃を前にして水平に構えた姿に動揺はない。


 巨矢が迫る。刹那、軌道のやや下側を通るよう振り抜いた一刀が巨矢の下半分を削いだ。

 矢は鉄に匹敵する強度だが、カイの剣速と矢の速度がぶつかれば熱したバターの如く切り裂かれる。

 そうして、カイの肩上を両断された矢が通過し、その後ろでクルスが構えた障壁に侵攻を阻まれた。

 盾と鏃の間で火花が散り、衝撃で矢が粉々に砕け、一拍遅れて魔力に還る。


 防ぐ、という意味においてカイの技量は十分な効果を発揮しない。その五体は斬る為にあるからだ。

 だが、防御に優れるクルスが共にいるならば話は別だ。

 カイが削ぎ、クルスが防ぎきる。

 単なる狙撃では如何な射手とて二人を貫くことはできない。


「……アウディチ領で狙撃してきた奴だ」


 手に残る矢の感触からカイがそう断言する。

 強力な魔弾と人外の射程距離。大陸中探したとて、同じだけのことが出来る者が他にいるかすら怪しいものだ。

 同様に、相手もまた出自がバレていることは認識している。

 一射目が凌がれたにも関わらず未だに殺気が途切れていないのがその証拠だ。


 常道でいえば、一射目が失敗した時点で狙撃手は逃走するべきだ。

 狙撃手の最も恐ろしい点は常に狙われているという恐怖を与える点にある。

 気を抜けば殺されるという緊張感を標的に強いて、その対策に能力と時間を割り振らせるのだ。


 だが、この狙撃手には退く気がまるで無い。

 よほど己の腕に自信があるのか、あるいは退くという選択肢がないのか。

 矢にこびりついた殺気からして後者か、と侍は心中で断じた。


「となると、敵は古代種か。商隊を巻き込んでしまったのは俺たちのミスだな」


 次射に備えて障壁に追加の魔力を注ぎつつ、クルスは臍を噛んだ。

 大陸の各地で暗躍する古代種がただの商隊を狙うとは考えにくい。

 これまでの因縁を考えれば、標的は自分たちアルカンシェルと考えた方が無理がない。


「彼らが逃げきるまでここで凌ぐ。カイは隙を見て前に出てくれ」

「了解」


 これほどの射程を持つ射手から逃げきることは不可能。加えて、古代種の魔力量は膨大だ。魔弾が尽きることはないだろう。

 故に、まずは盤面を変えなければジリ貧だ。

 クルスはめまぐるしく思考を展開しつつ、当面の目標をそこに定めた。

 敵が狙撃し、こちらが防ぐ。鴨撃ちに等しいこの状況を崩さない限り勝機はない。


 背後ではイリスが先導して商隊を戦場から連れ出している。

 もう暫くは商隊への射線も遮る必要はあるが、現状の難易度は大きく下がった。


「ソフィア、探知はどうだ?」

「隠蔽されていて転移できる精度までは――ッ!! きます!!」


 ソフィアの声にやや遅れて第三射が飛来する。

 これもカイが矢を削ぎ、クルスが完全に防いだ。

 着弾の衝撃に障壁が軋むが、確かに守り切った。連携は十全に機能している。


「……」


 だが、カイの表情は厳しかった。

 走り出そうとした足を本能がとめる。

 ここまでの三射。成程、以前と同じく強力な狙撃だ。

 拓けた場所ならともかく、避けようのない山道では苦戦は必至だ。


 しかし、言ってしまえば現状はそれだけでしかない。

 古代種とはそんな甘いものではない。カイはそれを実感として理解している。

 それ故に、誰よりも早く、心眼が数秒後の絶望を知覚した。


「ソフィアも防御に回れ。大技が来るぞ!!」

「え? ――ッ!!」


 次の瞬間、にわかに一行の頭上が翳った。

 刹那の不審と共に皆が一様に空を見上げ、驚愕に目を見開く。


 山間の青空を覆い尽くす大量の矢。

 視界一杯に広がる矢の大雨(アローレイン)

 人間のアーチャーが扱う技能とは文字通りケタが違う。

 雨の一粒一粒の威力は先の狙撃よりは低いかもしれないが、逃げている途中の商隊もまだ範囲内に含まれている。


「――狂い咲け、“菊一文字則宗”!!」

「――散らせ!!」


 半ば本能的にカイとイリスが迎撃に走る。

 縦横無尽に振るわれる風刃と空に昇る散矢が降り注ぐ破滅の驟雨を削る。


「――聳え立て、“拡散制御”、モノリス・トリリトン」


 次いで、ソフィアが最速で詠唱を完了、一行の前に家屋を超える大きさの石壁を張り巡らせる。

 内部に魔力を通して硬化した石壁だ。

 地殻属性の低位とはいえ、ソフィアが渾身の魔力を込めたそれは下手な障壁を超える硬度を有する。


「あぐ、多すぎるッ!? 防ぎきれません、兄さん!!」


 だが、怒りを込めて降り注ぐ矢は石を穿つ。

 空を隠す矢の雨は自らの自壊と引き換えに石壁をも砕き、抉り抜いた。


「――多重障壁、広域展開!!」


 それでも致死の雨粒はずいぶんと減った。

 駄目押しとばかりに、クルスの展開した無数の障壁が傘のように一行の頭上を覆い、ここ一番を防ぎきる。


 断続的に障壁を叩く激しい撃音が矢雨の激しさを物語る。

 単独で障壁を支えるクルスの足が地面にめり込み、頬を汗が伝い落ちる。

 そうして何秒耐えただろうか。

 気付けば致死の雨は止み、青空が戻っていた。


 何とか凌いだ。このまま商隊が逃げ切ればこちらも迎撃態勢を整えられる。

 ようやく反撃に移れる。


 ――その筈だった。


「クルスッ!!」


 イリスの悲鳴は矢に遅れた。


 気付けば、騎士の左腕に矢が突き刺さっていた。


「――ッ!!」


 不朽銀の手甲を貫いて刺さったそれを認識した瞬間、クルスの脳裡を灼熱に等しい痛みが襲った。

 防げたはずだった。障壁もまだ保っていた。

 だが、騎士の予想を狙撃手は上回った。


 腕に刺さった矢は敵の方を向いていたクルスの真横(・ ・)から飛来した。

 弓兵の技能、ガイドアローに類するものだ。

 クルスの意識を上空に向けさせておいて、軌道を操作した矢で障壁を迂回し、真横から射抜いたのだ。

 狙撃の腕は勿論、戦場を読み切った手管は、その頭脳に莫大な経験を搭載した古代種の真価であろう。


「動くなよ、クルス」


 素早く駆け寄ったカイが貫通している鏃を斬り飛ばし、クルスの腕から矢を引き抜いた。

 途端に、栓を抜かれたようにクルスの腕から大量の血が噴き出した。

 相手の得物は並の三倍は太い巨矢だ。血肉が零れる傷口から白い骨までも覗いている。

 カイは手早く外套の裾を割いて傷口を圧迫した。


「痛みはまだあるな?」

「シオンが和らげてくれている。傷も治癒術式をかければなんとか塞げる。五分で治す」


 胸の奥に暖かい光を感じつつ、クルスは残る右腕で盾を構える。

 第六射はこない。つまり、次の大技が来る予兆だ。


「――イリス」

「商隊は逃がしたわ。とにかく離れるように言ったからそのうち射程外まで行ける筈よ。私達が敵を足止めできれば、だけど」

「――ソフィア」

「敵手の位置は捕捉できました。転移も可能ですが……」


 カイの問いに、瞳を蒼く輝かせる少女は言い淀んだ。

 転移した先にあるのは、全身に矢の突き刺さる予感(ヴィジョン)だ。

 それを告げたところで男が止まる筈がないとわかってはいるのだが、それでも素直に頷く訳にはいかなかった。


「普通に考えて、接近してる間に狙い撃たれるのがオチね」

「それでも、やるしかない」


 イリスはあっけらかんとした調子でソフィアの予感を肯定し、クルスは脂汗を流しながらも確とした口調で宣言する。

 待ち構える相手の狩り場に飛び込むなど正気の沙汰ではない。

 だが、現状のままでも手詰まりなのだ。

 とにかく相手の手を止めなければこちらが一方的に被害を受ける状況が続いてしまう。


「俺とイリスが先行する。クルスはソフィアと治療に専念しろ」

「なッ!? だ、だが……」


 いつもと同じ口調で率先して殺し間に飛び込むことを告げるカイに、クルスは二の句に詰まった。


 射程に優れるイリスと機動力に優れるカイ。

 殊、敵の行動妨害においてこの二人の組み合わせは強力に作用する。

 カイが古代種との戦闘経験を持つことと併せれば、寄せ手としては最善手だろう。


 だが、敵が今まで以上の攻撃手段を持っていた場合、二人では凌ぎきれない可能性が高い。

 守ることを信条とするクルスにとって、到底受け入れられない事態だ。

 そんなクルスの心中を理解しているのだろう。カイは口の端を小さく歪めてクルスの胸甲を軽く叩いた。


「先に行くと言った。其方は追いかけて来ればいい」

「……わかった」


 信頼に基づいたその言葉にクルスも心を決める。

 二人を信じ、可能な限り早く追いつくと。


「ソフィアも、いいな?」

「はい。兄さんの治療が終わり次第、転移します。どうかご無事で」

「俺達の生命反応が途切れたら一帯ごと凍り漬けにしろ。相手は俺達を殺しきるまで追い続ける狩人だろう。決して逃がすな」

「…………はい」

「大丈夫よ。死ぬと決まった訳じゃないわ」


 悲壮な覚悟を決めるソフィアに、ひらひらと手を振ってイリスが場の空気を切り替える。

 従者の気遣いにソフィアは小さく頷いて緑杖を構えた。

 同時に、その体から魔力が溢れだし、足元に緻密な転移陣を構成する。


「必ず追いつく。二人とも絶対に死ぬな」

「了解」

「行ってくるわ」


 そして、カイとイリスの姿は光に消え、狙撃手の待ち構える狩り場へと転移した。



 ◇



 転移完了と同時にカイとイリスは走り出した。

 相手の技量を考えれば転移した瞬間に狙撃されてもおかしくはないからだ。


 周囲はまばらに木々の生えた山の斜面だ。

 木々は青々とした葉を付けてこそいるが、疾走が妨げられるほど密集している訳ではない。

 それは同時に相手の射線を遮れないということでもある。


 カイはとにかく前に出る。刀の間合いに入らねば何もならない。故に一心に斜面を登る。

 ある程度近づいたことでカイも相手の気配が朧気ながら掴めるようになった。

 見る、という動作は多くの感情を付属させる。どれだけ巧妙に隠蔽しても殺しきれるものではない。

 特に殺気というのは離れていても眉間に突き刺さるような圧を感じさせる。


 同様に、こちらの接近がばれていない、などということもない。

 相手はそんな下手ではないという確信が先の狙撃で確立されている。


(現状、相手には三つ選択肢がある)


 足を止めず、カイは脳裡で指を三つ立てた。

 ひとつはカイを狙うこと。ひとつはイリスを狙うこと。最後はクルス達を狙うことだ。


 カイとしては、イリスを狙われるのが一番厄介だ。

 自分が狙われた場合はいくらでもやりようがある。

 クルス達を狙われても、防御に徹したあの二人を抜くには五射はかかる。その間に此方が斬撃の間合いに入れる。


 問題はイリスだ。

 従者はある程度の回避力と対応力を有しているが、防御力は低い。

 一撃が危うい。否、一撃目はレンジャーの秘匿技術『隠し身』で回避できるが、激痛を伴うこの技の連続使用は常人には不可能だ。


(一射目は隠し身、二射目は重傷を負いつつも回避、三射目で詰み、か)


 カイは狙撃に関する知識は叩きこまれている。

 狙撃自体はできないが、それに対抗する為。丁度、今のような状況に陥ったときの為だ。


 そして、イリスが三射で詰むとわかっていて連れてきたのはカイだ。

 故に、その命を無駄にしない責任が侍にはある。


「イリス、俺の後ろに入れ。射線を限定する」

「了解」


 不敵な笑みを浮かべたイリスが侍の真後ろに移動する。

 それを確認して、カイは一気に足を加速させた。

 自分に向ってくる標的を狙い撃つのは困難が伴う。標的が高速で移動しているなら尚更だ。


(それでも、一射目は賭けになる)


 カイは心中でひとりごちた。

 自身の技量、相手の技量、周囲の状況、それらを勘案して、一射目を凌げるかは五分だと判断した。

 足を止めれば多少はマシになる。が、そうなれば相手は確実にこちらの足を止めて消耗戦に持ち込むだろう。

 それでは先程までの繰り返しと変わらない。故に進み続けるしかない。


「イリス」

「私のことは気にしないで。思うようにやりなさい」

「そうか」


 心中を見透かされたような返答に苦笑すら浮かばない。

 代わりに、斜面を登る足に力を込める。


 そうして、気配に向かって突き進む中、突如として相手の殺気が膨れ上がるのを感じた。


(……来る)


 直感が告げる。狙いはこちらの心臓。最早、隠す気もないようだ。

 この距離なら確殺できるだけの威力を込めたのだろう。

 応じて、カイは胸の高さでガーベラの切っ先を前に、腕を軽く伸ばして真っ直ぐに構える。


 直後、赤い魔力の尾を曳いた巨矢が放たれた。


「――ッ!!」


 秒を十に割った刹那の世界で、ガーベラの切っ先帽子に巨矢の鏃が触れた。

 極限の集中に侍の瞳孔が押し開かれ、ガーベラと巨矢がぶつかって火花を上げる様を捉える。

 同時に、刀身を通じて巨矢の走る感覚が雷のように手に伝わる。


(――此処だ)


 集中と反射の果てにカイの腕が動く。

 応じて、ガーベラの切っ先が小さな円を描き、螺旋を描く刀身が巨矢を巻き取り(・ ・ ・ ・)、軌道を奪う。


 ズン、と重い感触が走ったのも一瞬のこと。

 巨矢は運剣の妙によって擦り落とされ、殆ど直角に軌道を変えて、地面に突き刺さった。


 着弾の衝撃に山の斜面が弾け、木端に砕ける。

 もうもうと土煙があがり、束の間、二人の姿を隠す。


 この機会を逃すな、と侍と従者の本能は叫んだ。


「――“無間”!!」


 二射目を撃たせてはならない。

 故に、もっと速く、早く、疾く。

 無間の理に従い、防御を捨てたカイの身が加速する。


 同時に、イリスは隠蔽(ハイド)を起動する。

 土煙の中で足を止めて得物を長弓形態に展開、狙撃体勢に入る。

 彼我の距離はおよそ五百歩。従者の腕なら必中の距離だ。


 一方で、千里眼でも相手の姿は黒い靄のように不確かだ。

 おそらくは装備による隠蔽だとイリスは当たりを付けた。


(チャンスは一度だけ)


 いつでも射れる体勢を保ったまま、イリスは矢を生成し、魔力を込める。

 カイが接敵し、隠蔽が解けた瞬間に敵のサードアイを射抜く。

 額の蒼い魔力結晶こそ古代種の急所。砕かれれば賦活能力も大幅に低下する。

 何故か知っているその知識に従い、従者は息を潜めて機会を待つ。



 ◇



 土煙から飛び出したカイは一気に狙撃手の元へと疾走した。

 心臓が不気味な鼓動を鳴らす。呪術の気配。間違いなく“戦乱の導”の一味だ。

 相手の姿は黒い靄に阻まれて定かではないが、知ったことではない。


 互いの距離は既に十歩を割っている。つまりは、カイの距離だ。


 カイは大きく踏み出す一歩に腰を乗せて深く、強烈に打ち下ろす。

 次の瞬間、ただの一歩に地面が跳ねんばかりに揺れた。

 疾走中に練った気力を存分に込めた震脚だ。

 そうして、踏み込みで生まれた爆発的な反発力に己の跳躍力を乗せ、その身は引き絞られた矢よりも速く射出される。


「――シッ!!」


 耳元でがなる風、限界を超えた加速に軋む五体。

 その中で、抜き打ちに放った一刀が“雷切”と化して黒い靄の核を確かに切り裂いた。


 だが、これで終わりではない。

 相手の脇を抜けて着地したカイは即座に身を返し、再度踏み込む。

 古代種は複数の命を持つ。殺しきるまで手を緩めてはならない。

 相手を隠していた黒い靄が晴れるのを待たず、カイはガーベラを振り下ろした。


 直後、甲高い金属音とともにカイの斬撃は受け止められた。


 核を斬られた外套が塵に還り、黒い靄が完全に晴れる。

 そして、狙撃手の姿が露わになった。


「ニンゲンにしてはやるようだな、裏切り者(ネロ・ブルーブラッド)の剣よ」


 ソレは鬣のような白の長髪と昏い隈に縁取られた深紅の瞳、前髪で隠した額の奥に魔力結晶(サードアイ)を具えた偉丈夫であった。

 右手には琥珀色の長弓、左手には幅広の短剣を持ち、黒衣の上からでも鍛えられた弓兵の背筋が見て取れる。カイの全力の一刀を片手で掲げた短剣で阻んだのだ。膂力もかなりのものだろう。


「どうした? 俺達を殺すようネロに教育されたのだろう。何を呆けている?」


 訝しげに見詰める狙撃手に、反射的に距離を離したカイは答えを返せなかった。

 白髪、真紅の瞳。それだけならまだ誤魔化せた。

 だが、そこに優れた弓の腕と魔弾生成能力までも合わされば、思考は否が応にも二人の姿を結び付けてしまう。


 カイは覚えている。確かに聞いた。



 彼女は――イリス・ナハトは己が拾い子だと言っていた。



 直後、狙撃手の耳元を魔力の篭った一矢が通り抜けた。

 サードアイを狙ったのであろう一射は、何も貫くことなく彼方へと飛んでいった。


 視線を背後に向ければ、隠蔽(ハイド)を解いたイリスが木々を抜け、呆然とした表情でこちらを――狙撃手を見ていた。


「……なんで」


 かける言葉が見つからない。カイにとっては何もかもが初めての体験だった。

 イリスが矢を外したことも、少女のこんなにも辛そうな声を聞いたのも。


「父、さん……?」


 そうして、運命に翻弄された親娘は十年ぶりの再会を果たした。


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