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刃金の翼  作者: 山彦八里
三章:暗雲
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20話:朽木の王

「ハッ、ハッ、ハッ!!」


 人影が息を切らせて暗い森を走る。

 短く刈った茶髪に簡素な革鎧を纏った小柄な身はまだ幼さを感じさせる少年のものだ。

 時折、背後を振りむき、幾度となく突き出た根に足を取られながらも走るのはやめない。


「待ちなさい!!」


 少年を追いかけているのはイリスだ。さらにその遥か後方でソフィアも追随している。

 従者は先の見通せない霧の森の中、正確に少年を捕捉している。

 技能による探知が出来ずともイリスには射手としての豊富な経験がある。

 その心技然り、逃げる相手を追いかけることは得意分野なのだ。


(予測よりも早い。レンジャーかしらね)


 だが、情報源だ。逃がす訳にはいかない。

 その意思を確固たるものとして、イリスは数歩の助走から大きく踏み込み、宙空へと跳んだ。

 飛魚を思わせるしなやかな跳躍はそのまま軌道上に現れた木を蹴って加速し、連続する。

 連続跳躍は地面を走る少年より尚早く、再度、少年が振り向いた時には既にその頭上に迫っていた。


「このっ!!」


 反射的に少年が上半身を捻ってナイフを突き出す。

 だが、イリスは空中で体を丸めて刃先を回避すると、トンと軽やかな音を立てて突き出されたままの腕に着地した。

 少年の目が驚きに見開かれる。


「さてと、時間的にはこんにちは、かしら」

「ッ!!」


 少年が破れかぶれに腕を振るのに合わせてイリスは空中で一回転して地に足を着けた。

 その段に至って漸くイリスを直視した少年は僅かに落ち着きを取り戻した。

 怯えと緊張を滲ませつつもぼそぼそと口を開く。


「お、お前ら、魔物じゃないのか?」

「失礼ね。私達が魔物に見えるの?」

「……」


 少年はナイフを構えたまま、じりじりと後ろに下がる。明らかに警戒した様子だ。

 両手を挙げて仕事用の笑みを浮かべつつ、イリスは心中で少年の実力を推し量った。


(実力的には見習い同然。対人戦の経験は少ないみたいね)


 従者の懐にもナイフはあるが、目の前の少年との実力差を考えれば抜く必要性を感じられなかった。


「私はイリス。そっちの名前は?」

「……シルバ」

「いい名前ね、シルバ。私達は二刻くらい前にこの森に連れて来られたみたいなんだけど、その様子だとそっちは……半日前くらいかしらね」


 疲労の度合い、服の汚れ、靴のすり減り。それらから得られる情報を元にイリスはそう推論した。

 シルバの顔に浮かんだ驚きからして中ったかと、心中でひとつ頷きを加える。


「シルバは他に一緒にいた人いるの?」

「……親父のギルドの仲間がいた。“ストレルカ”ってギルドだ」

「そう。やっぱりアンタも冒険者なのね」

「……」


 それきりシルバは何も言わず唇を噛み締めている。

 置いて行かれたか、あるいは置いて行ったのか。おそらくは後者だろうとイリスは読んだ。少年の表情に後悔はあるが絶望はない。


「まあ、こっちとしても聞きたいことはひとつだけよ。シルバ、アンタはこの森で魔物を見たのね?」


 膝をつき、目線を合わせたイリスをシルバは睨みつけるが、従者が辛抱強く待っていると、暫くしておずおずと口を開いた。


「木だ。木の魔物がでたんだ」

「そう。それで?」

「き、急に襲いかかってきて、それで親父の仲間が――」

「待って。何か気配が――ッ!!」


 ごく小さな殺気が頬を撫でたのを感じ、イリスは咄嗟に少年を胸元にかき抱いて地面に伏せた。

 直後、二人の頭上を人の胴程もある枝が周囲の木々ごと薙ぎ払った。

 若木の折れる生々しい音と共にイリスの背中に木片が落ちる。


 初撃を避けたイリスは跳ね起きると同時に若干顔の赤いシルバの腰をひっつかんで後方に跳躍した。

 そうして、敵の全体像が見て取れた。


「……木を隠すなら森の中ってところかしら」


 それは一見して、暗色に塗られた朽ちた巨木であった。

 しかし、上部から霧を吐き、節くれ立った枝がうねり、不気味に蠕動する根を動かして徐々に迫ってくる姿は紛うことなく魔物のそれだ。


 幹の中央にはぽっかりと開いた洞があり、苦悶と絶望がこれでもかと籠められた表情を形作っている。

 それを見てイリスも相手の正体に察しがついた。

 朽木の王。魔獣級“アールキング”。それが魔物の名前だった。


「あ、アイツだ。アイツが親父の仲間を!! オ、オレを逃がす為に……」

「落ち着きなさい。冒険者でしょう」


 暴れ出したシルバをやや乱暴に地面へ降ろし、イリスは油断なく弓を構えた。


 アールキングは主に暗黒地帯に発生する種であり、魔獣級の中でも特に名の知られている魔物だ。

 かつて、暗黒地帯に侵攻した各国の部隊の多くがこの魔物によって被害を受けたからだ。

 現在では常識になっている『暗黒地帯に樹木はない』という事実。すなわち、暗黒地帯に生えている木の全てがアールキングかその下位存在なのだ。

 その事実を知るまでに休息や薪を得るために近づいた兵士が大量に犠牲になった。朽木の王という二つ名もその時に名づけられたものだ。


 ――断じて、緑国辺境などに発生する魔物ではない。


(それに“感覚を奪う霧”なんて能力、アールキングにはなかった筈よ)


 どこぞの古代種を思い出させるその能力にイリスは顔を顰めるが、今はそれについて考えている余裕はない。

 周囲は既に戦場になっている。思考を戦闘用に切り替える。


 次の瞬間、アールキングは不気味に体を震わせると、突如、シルバに向けて枝を伸ばしてきた。

 魔物は弱い相手を優先的に狙う。魔獣級であってもその原則に変わりはない。

 木とは思えぬ速度で枝が伸びる。その先端は槍のように尖っており、革鎧など一突きで貫くだろう。


「――氷結せよ」


 だが、枝が伸びきるより僅かに早く、イリスの背後から放たれた氷槍がこれを迎撃、破砕し、凍らせた。


「ソフィア!!」

「すみません、遅くなりました」


 全力で駆けてきたのだろう。荒い呼吸を繰り返しながらソフィアがイリスの隣に並んで緑杖を構える。

 魔力は十分。霧による探知妨害も目視できる距離では無意味だ。


 しかし、だからといって、ソフィア達がアールキングに対して優位であるという訳ではない。

 本来はない筈の霧を発する機能は勿論、樹木への擬態や森の支配はアールキングの能力ではあっても特性ではない。

 アールキングを“朽木の王”とまで呼ばせ、魔獣級たらしめる特性は別にある。


 ずるりと音を立ててソフィアが凍らせた枝が落ちる(・ ・ ・)

 そして、氷像と化した枝が地面に落ちて砕けるよりも早く、新たに生えてきた枝が抜けた穴を補充する。


「文献の通り、魔法は表皮を削るだけのようですね。それにあの再生能力……」


 ソフィアが蒼眼を輝かせつつ、浅く唇を噛む。

 魔法に対する高い抵抗力と、大地の生命力を吸い上げることで発揮される圧倒的な再生能力。それこそがアールキングの特性である。

 本来は一日に人の一歩か二歩分しか動けない自走樹が異様の速度で動ける、つまり、高速で根の生成と腐敗を行えるのもアールキングが再生能力を分け与えている為であろう。


 森一つを難無く動かせるだけの再生能力。それがひとつの樹に集約されたとき、どれ程の効果を発揮するのか。想像に難くない。


「私も打撃力には自信ないんだけど、ねッ!!」


 軽口を叩きつつもイリスは繰り出される枝を避け、連続して矢を放ち、前進しようとする根を貫いていく。

 アールキングは破壊された根を廃棄し、新たな根を補充するが、させじとソフィアが地面を凍らせて根の侵攻を阻む。

 中衛と後衛のソフィア達にとって敵手の前進を阻むことは必須条件である。

 とはいえ、ソフィアの魔力とて莫大であっても無限ではない。地面を凍らせ続ければいずれ尽きる。


「――貫け!!」


 無造作に振るわれる枝を蹴り飛ばして作った隙に、イリスは魔力を集中した矢を番え、アールキングの顔に向けて射った。

 ひと際力強い一矢が朽木の目に当たる窪みを射抜く。

 だが、一気に貫かんとした矢は半ばで停止し、鬱陶しげに枝に払われた。その傷も即座に埋まっていく。


 イリスは小さく舌打ちした。

 鉄鎧をも貫く矢がたかが木属の魔物に阻まれる。屈辱以外の何物でもなかった。

 原理は分かる。アールキングは薄く硬い表皮が幾枚も重なり外殻となり、攻撃を受けた際に弾く(・ ・)ことで、自壊と引き換えに威力を分散しているのだ。

 従って、多重の外殻を貫くには威力を散らされないだけの重さか速さが必要となる。どちらも手数と撹乱を主とするイリスにはないものだ。


「ソフィア、最大火力で――駄目ね、私達も巻き込まれるか」


 周囲一帯は自走樹の森だ。

 アールキングを焼き尽くす程の火力を放てば大火事になる。脱出方向すらわからない現状では危険すぎるだろう。

 いくら冒険者の肉体が常人より精強であるとはいえ、全身を焼かれ、あるいは、呼吸ができなければ死ぬことに変わりはないのだ。


「焼き尽くした後で氷結魔法で火を消せば……」

「この霧で消耗した精神力だと倒すのもギリギリじゃないの?」

「……はい」

「なら、何か他の方法を考えないとね」


 人間では有り得ぬ角度、間で放たれるアールキングの刺突攻撃を捌きつつ、イリスは思考を展開していく。

 アールキングの攻撃自体は激しいものではない。この魔物の強みは高い魔法抵抗力と再生能力によって場に“居座る”ことにある。

 よって、森を脱出できるかは賭けになるが、アールキングから逃げることは低くない確率で可能だろう。

 実際、仲間の犠牲があったとはいえ、シルバは一度逃げることが出来たのだ。


(けど、このまま逃走するのはダメね。せめて、居場所を特定できるだけの情報を手に入れないと)


 あるいは、ここが緑国の辺境でなく、異常な距離を移動する自走樹の森でさえなければ、イリスも逃走を考慮に入れることができたであろう。

 緑国は広く、辺境は森が多い(・ ・ ・ ・)。ここでアールキングを取り逃せば次に見つけられるかは賭けになる。どこぞの森に合流されれば発見は絶望的になるだろう。

 そうして、辺境の村がいくつ滅びるのかと思うと、イリスは簡単に撤退する気にはなれなかった。


(あー、私も随分お人よしになっちゃったわね)


 思わず、苦笑する。

 従者としての役目もあって、自分はもっと冷酷な人間だと規定していた筈なのにこの有様だ。苦笑するしかないだろう。

 だが、それは決して不快なものではなかった。


 そうして、気持ちも新たに弓を構えた時、イリスの耳に轟音が届いた。

 森を揺らす音は連続し、徐々に此方へと近づいてくるのがわかる。


「新手、じゃないわね。この感じは――」


 イリスの顔に戦意の滲む笑みが浮かぶ。

 どうやら苦渋の決断はせずに済みそうだった。



 ◇



(――ソフィアとイリス、みつけた。たたかってる)


 シオンがそう告げたのはカイと合流してから一刻ほど経ったときだった。

 心中で示される方向にクルスは顔を向ける。目視できる距離ではなく、クルスではソフィア達の所在を確認することが出来なかった。


 向かうべき方向が分かっても、野伏せ(イリス)もおらず真っ直ぐに進むことすら困難な現状ではクルス達が追い付くには時間がかかる――今まではそうだった。


「――狂い咲け、“菊一文字則宗”」


 何の合図もしていないというのに、カイは己のすべきことを実行した。

 刀身に風の刃を纏い、腰の高さで斬り払う一閃はクサナギの加護を受けた全体攻撃。

 薄闇に走る銀光が周囲の木々をまとめて斬り飛ばし、クルスの“助走距離”を作る。


 カイは目と耳の効かぬ中でクルスの戦意の発露を感じた。

 近くに魔物を感じないことと併せて、騎士が何をするかを察したのだ。


 クルスは剣をしまい、前面に盾を構える。

 常の両足を開いてどっしりと構えるのとは異なり、上体をやや前傾させ、足を前後に開いた疾走の体勢だ。


「――障壁、多重展開」


 詠唱と共に魔力を放出し、前方に頂点を重ねた鈍色の障壁を四枚形成し、衝角を模した四角錐を生み出す。

 さらに両の足裏には踏み切り台としての小型障壁杭を形成し、発射態勢で待機する。

 先の大喰いとの戦いがクルスに壁をひとつ越えさせた。これはその証だ。


 全身を障壁に包んだ騎士の姿はさながら巨大な槍の穂先。

 それこそはパイルバンカーを発展させたナイトの攻撃技能。

 全クラス随一の重量と前面防御力を武器とした全身突撃。


「――チェック、“バックランク”!!」


 次の瞬間、クルスの全身が射出された。

 足裏の杭が射出され、反発力を加速力に変換し、衝角が大気を押しのけ、カイの拓いた道を抜ける中で最高速に至る。


 それは城壁が押し寄せてくるような重突撃であった。


 何物も阻むことは許されず、途上に生えた木々を文字通り根こそぎ吹き飛ばし、一直線に駆け抜ける。

 多重障壁の維持で魔力が凄まじい勢いで失われていく中、クルスは歯を食いしばって杭打ち加速を続ける。

 障壁が大気を押しのけ、打ち付ける杭の一歩一歩が肉体に速度を供給する。


 そうして、視線の先にソフィアとイリス、そして、二人が相対するアールキングの姿を視認した。

 疾走するクルスはそのまま終点にいたアールキングに衝突。

 地面に突き立った根を軒並み引き千切りつつ、重い破砕音と共に外殻ごと幹の半分をぶち抜いた。

 大量の木片が散り、朽木の王が軋むような悲鳴を上げる。


 クルスは走り抜けた体勢のまま多重障壁を解除、二条の轍を地面に曳きつつ両脚で制動をかける。

 それでも勢いは消しきれず、地面に障壁杭を突き刺すことでようやくその身は停止した。


「二人とも無事か!?」

「いいタイミングよ、クルス!」

「このまま押し切ります」


 息を荒げつつ問うたクルスに二人の力強い声が唱和する。

 幹の半ばを食い破られて尚、アールキングは健在だ。

 その傷も瞬く間に再生し、地面に再度根を張ろうとする。


「させません。――大気に溢れる無尽の凍気よ」


 だが、それより早くソフィアが詠唱とともに緑杖を地面に突き立てる。


「――氷結せよ、“フリーズバイト”!!」


 詠唱が完成し、魔法という奇跡が現世に顕現する。

 莫大な魔力に後押しされ、緑杖の先端から凍結の波動が地面を伝わる。

 次の瞬間、巨大な氷山と化した氷牙が霧を突き破り、アールキングの巨体を勢いよく上空へ打ち上げた。

 からからと乾いた音を立てて巨木の破片が降り注ぐ。

 大地との接続を断たれたアールキングは一時的に再生能力を喪失する。


 そして、侍の本能がその絶好の機を見逃す筈がない。


 クルスの通った跡を追っていたカイが顔を上げる。

 直感が打ち上げられたアールキングを捉え、僅かな間もおかず、手近な木を駆け登り空中へと跳び上がる。


 森の木々を飛び超え、霧の範囲を抜けたカイの目が刮と開く。

 落下軌道に入ったアールキングと跳び上がったカイ。互いの交差は一瞬。

 その一瞬にガーベラの一閃が割り込んだ。

 斬撃に凝縮された威力は十分。外殻が弾ける間も与えず、巨木の体が上下に分断される。


「まだだッ!!」


 カイが咆哮をあげる。

 斬り抜けた体を強引に返し、徐々に地面に墜ちていくアールキングを再度間合いに捉える。

 即座に左手が背の銀剣を引き抜き、一気呵成に振り下ろされる。

 刹那の間を切り裂き、陽光を鈍く返す不朽銀の刃殻が芸術的な縦一文字を描く。

 既に肉体の殆どを失っていたアールキングにこれを防ぐ術はなく、轟音とともにその身は精緻な十字に切り分けられた。

 そして、カイの右目がその内部に隠されていた核を捉えた。


「イリス!!」

「大丈夫よ。――視えてるわ(・ ・ ・ ・ ・)


 カイの声に応じて、地上で弓を構えるイリスの“千里眼”が集中と共に細まる。

 射手を阻む物は既にない。

 限界まで引き絞られた弓はきりきりと弦を軋ませて射手の号令を待つ。


 そうして、ありったけの魔力を込めた一矢が地から天へと駆け昇り、過たずアールキングの核を撃ち抜いた。



 ◇



「本当にここでいいのか?」


 自走樹の森を抜けた所で、クルスはシルバに問いかけた。


「大丈夫。この辺りは知ってる場所だ。村に残ってた仲間ともすぐ合流できる」


 シルバはやや気落ちした様子で、しかし、幼いながらになけなしの精神力で気丈な態度を保っていた。

 少年の背には仲間たちの遺髪と原型を残していた数少ない装備の入った包みが背負われている。


 一行はアールキングを撃破した後、霧が晴れた森を捜索して、シルバの仲間たちの遺体をみつけた。

 刀折れ矢尽き、盾も鎧も砕かれた姿からは彼らの死戦奮闘が偲ばれた。

 シルバの話を聞く限り、彼らには魔獣級と戦えるだけの実力はなかった筈だ。

 そんな彼らがここまで戦い続けたのは情報を持ち帰らせる為、シルバを生かす為だったのだろうか。

 遺体は何も語らない。答えが提示されることはない。

 クルス達は彼らを丁重に埋葬し、静かに黙祷を捧げ、その場を後にした。



「それじゃあな。今回は助かった、その……ありがとう」


 その一言を発するときだけは年相応の表情を見せて、それきりシルバは振り返らずに去っていった。

 少年は最後までクルス達に涙を見せることはなかった。

 幼くとも、冒険者だ。仲間に託された任を終えるまで泣くことはないのだろう。


「……」


 少年の背を見送るクルスの顔に苦渋が浮かび、唇を噛み締める。

 彼らを助けられなかったのかという後悔。

 しかし、その想いが言葉になることはない。

 彼らは命を捨ててシルバを守りとおしたのだ。その誇りを汚すことはできない。


「あの子にも胸の内を明かせる方がいればいいのですが……」

「仲間がいるだろう。これ以上、俺たちにできることはない」


 心配そうなソフィアにそれだけを告げてカイは踵を返す。

 この森に行方不明になった村人やその痕跡はいなかった。自走樹が動く中で捨て去られたのか、あるいは――。

 辺境は誰の目も届かぬ場所も多い。同じ罠が残っている可能性がある。

 それをひとつ残らず潰すことこそ自分たちの任務なのだろう。


「そうだな。俺達は俺達にできることをしよう。二度とこんなことは起こさせない」

「……そうね」

「イリス? 何か気になることがあったか?」

「ううん、なんでもないわ」


 考え込むように俯いていた従者はクルスの声に顔をあげ、ひらひらと手を振って歩き出した。

 それはいつも通りの従者の様子だ。誰にも、ソフィアの読心にさえもイリスは違和感を悟らせなかった。


「……父親、か」


 故に、ぽつりとイリスが呟いた言葉は誰に届くこともなく風に溶けて消えた。



 それから半月後。

 緑国国軍と複数のギルドを動員したことによって、辺境に潜んでいたアールキングは全て狩り尽くされた。

 そうして、緑国には束の間の平穏が戻った。

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