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刃金の翼  作者: 山彦八里
三章:暗雲
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8話:将軍

 その日は何年かぶりに朝起こされなかった。

 いつも隣にいたはずの無表情で少し、いやかなり毒舌な幼馴染がいなくなった。

 不審に思う一方で、いつかこんな日が来るのではないかとダリオは思っていた。


 あるいは、そう願っていたのかもしれない。


 だというのに、つい城中を探してしまったのはこの世への未練だろうか。

 道行く侍女に問うたが昨日から会っていないという。


「……そうか。いないのか」


 気の抜けた呟きに辛辣に応える声はもういない。

 逃げたのならそれでいい。最後に残ったダリオ個人の財産が彼女との絆だ。

 その彼女がいないのなら、もう見栄を張る必要もない。


 部屋に戻ったダリオは衣装棚の奥から白一色の正装を引っ張り出す。

 その服だけはひとりで着られるようになっている――死装束だった。


 所々つっかえながらもダリオは何とか支度を整えた。

 やるべきことはそれで全てだ。あとは覚悟を決めるだけ。

 自分の首と引き換えに家の存続を図る。あとは、グーウオン叔父上に任せればいい。

 未熟な当主としてのそれが最後の仕事になるだろう。




「……おはようございます、ダリオ殿」


 客室を訪ねてきたダリオを迎えたクルスはその表情と姿から全てを察した。

 本当にいいのか、とクルスの私人としての思考は問おうとした。

 だが、公人としての思考がそれを押し留めた。

 既に状況はダリオが何かしらの形で責任を取らねばならない所まで来ているのだ。


「……こちらからも口添えは致します。今なら領地の一部没収で事を収められるでしょう」

「すまない。それと、迷惑ついでに後事を任されてはくれないか? 叔父上殿はあれで不器用な人だからな」

「私の出来る範囲で全力を尽くします」

「頼んだぞ。ああ、これで――」


 自分の出来ることは他にない、とダリオが安堵の息を吐こうしたその時、客室の扉が勢い良く開かれた。

 慌ただしく入室したのは城に残った数少ないダリオの従者の一人だ。

 表情にはこれ以上ない焦りと驚きが見受けられる。


「ここにおられましたか、ご当主様!!」

「騒ぐな。客人の前だぞ」

「も、申し訳ありません。ですが――」

「構いません。続けてください」


 許諾を出すクルスは既に己の鎧を装着し始めていた。

 神託にも似た直感が事態の行く末を嗅ぎつけたのだ。



「――グーウオン将軍が出撃いたしました!!!」



 震える声で伝えられる内容をダリオは一瞬理解できなかった。

 暫くして脳髄が活動を再開したとき、若き当主の顔に浮かんだのは理解できない事態への恐怖と絶望だった。


「な、なぜ!? 僕はそのような命は下していないぞ!?」

「ですが、配下の騎士たちも共に……」


 主に詰め寄られても従者の言葉に変化はない。

 それはダリオに残された最後の手段が無意味に帰した瞬間だった。


「こちらも出ます。ダリオ殿も戦支度を」

「あ、ああ!!」


 鎧を着込んだクルスが盾と剣を手に部屋を飛び出す。


 革命に端を発したこの事態は急速に終幕へと転がり始めていた。



 ◇



「おうおう、騎士が百人とは随分豪勢だなおい」


 監視が騎士たちの出陣を報告するとルッツは舌打ちもそこそこに素早く行動を開始した。

 乱戦を避けて数の利を活かす為、怯え尻込む革命軍を叱咤激励して城下町を出撃、ある程度開けた山の麓の平野に陣を張った。

 革命軍にとらせたのは槍と盾で四方を固めたほぼ四角形の陣、方陣と呼ばれる陣形だ。

 移動速度は遅いが、人の壁という防衛力の高さが特徴のその陣は同時に味方の逃走を防ぐための陣でもある。

 本来ならば方陣の機動力の低さを騎兵が側面に回って補うのが常道だが、あいにく戦闘に耐えうる馬はおらず、また、騎乗戦闘ができる人材もいないため陣容は中途半端なものになってしまった。


「それで、どうするんだ、カイさんよ?」

「……」

「こっちは農民崩れ並べただけの案山子の群れだ。真正面からぶつかったら陣が溶ける(・ ・ ・)ぞ」

「それほどか」


 静かに気息を整え、戦闘準備を終えたカイが振り向く。

 歴戦の傭兵達すら緊張を滲ませる鉄火場でも侍の表情に常との違いはない。

 あまりにいつも通りの様子にルッツは苦笑するしかなかった。


「これだから準英雄級は……普通は全身鎧の集団が百人規模で突っ込んできたら逃げるもんだぜ。実力も違う、装備も違う。戦う前からわかってる。勝てる要素がねえ」

「だが、俺のするべき事に変わりはない」


 状況が破局に向けて動き出した以上、カイが足を止める理由は無くなった。

 あとは、ただ駆けていって斬るだけだ。


「ソフィア、手筈通りに」

「はい。敵手が突出してきた場合は範囲魔法を撃ち込みます。たぶん城からもみえます」

「ああ。動きについてはルッツに、革命軍の制御はサルガに。状況によってはクルスが合流する」


 ソフィアが表情に薄く緊張を滲ませ、緑杖を手に一礼する。

 同時に、戦闘を前にして少女の莫大な魔力が冷気を伴って漏れ出る。


 イリスの調査で相手陣営の戦力は既に割れている。

 少女の魔法を防げるのはただ一人、グーウオン将軍しかいない。

 そして、その将軍ももうすぐいなくなる。カイが斬るからだ。


「行くのか、カイ?」

「サルガか」


 民兵の抑えも一段落したのだろう、サルガが最前衛にやって来た。

 得物の斧を腰裏に差し、平服の上から簡素な革鎧を纏ったセリアンの戦士は全身からこれ以上なく戦意を発している。


「お前達の手伝いはここまでだ。俺は依頼により将軍を斬る」

「それがアンタの受けた依頼か。なら、オレも――」

「無用だ。既に俺の仲間が追撃に出ているだろう」


 カイはサルガを革命軍に残しておくべきだと考えていた。

 サルガの戦闘能力と革命軍への影響力では後者の方が有益だからだ。

 それに、対騎士戦が予期される以上、クルスが革命軍に合流する下地を作っておかねばならない。

 この状況で民兵たちを守らないという選択肢が侍の主にはないからだ。


「……城側にも潜んでいるのか、お前の仲間は」

「すぐに会うことになる。ただ――」


 その時、カイが微かに顔を顰めた。

 知らず左手で不吉な鼓動を鳴らす心臓を押さえる。


「まずい状況だ。同類がいる」

「呪術の被害者、ですか?」


 過たず内心を言い当てた傍らの少女に侍は頷きを返す。


「あるいは呪術士の方やもしれん。ソフィア、怪しげな奴がいたら問答無用で殺せ。詠唱する隙を与えるな」

「わかりました。カイもお気をつけて。二人を頼みます」

「了解した」


 徐々に雲行きが怪しくなっていくのを感じながら、カイはひとり山上の城へと駆け出す。

 健脚に任せて全速力で走る姿はあっという間に山中へと消えていった。



 ◇



「進め、我らが女神の騎士よ!!」


 城門を開き、続々と出撃していく騎士たちを眼下に、城壁上で指揮を執る黒鎧姿のグーウオンが吼える。

 目は血走り、口角から泡を飛ばす姿は明らかに正気を失っている。


「弓を射れ、剣を抜け、槍を突き立てよ!! 全ての命を奪え!!」

「あ……あ、あ……」


 だが、配下の騎士たちもそれは同様だ。

 手に剣槍こそ持っているが、どこか虚ろな表情をしたままのろのろと進軍する姿はまるで死者の葬列のような様相だ。


「何をしている、グーウオン・アウディチ!?」


 グーウオンを追って城壁に登ったクルスが問いただす。

 騎士は既に覚悟を決め、剣を抜いている。

 戦端が開かれた以上、速やかにこれを鎮圧するのはクルス達の役目だ。


「黙れ、部外者、愛を知らぬ者!!」


 騎士は振り返ったグーウオンの顔を見て息を呑んだ。

 そこにあったのはヒトとしての何かが壊れた幽鬼の貌だった。


「今この瞬間を逃せば勝てぬのだ、殺せぬのだ!!」

「そんなことに何の意味がある!?」

「証明するのだ、愛を!! 兄上にそうしたように!!」

「な!?」


 斬りかかろうとしたクルスが驚きに足を止める。

 同時に、戦闘状態に入って加速した思考は微かな納得を返していた。

 防衛戦争の直後、計ったようなタイミングでの当主の死。他殺とは聞いていなかったが、当主の懐刀であったこの男なら後から理由をつけて如何様にも偽装できる。

 クルスが予想していた以上に敵の手は早くから、致命的な場所にまで及んでいたのだ。


「この剣で兄上の臓腑を刺し貫いた!! その血の温かさが私に愛を確信させた!!」

「……」


 狂気と哀切が綯い交ぜになった咆哮を受けて、クルスは顔を歪ませた。

 その半生を忠義に捧げた武人が唯一つの狂気によって全てを喪う。

 あまりにも哀れな終わった者の姿だった。


「いつからだ、貴方はいつから狂っていた?」

「……そのようなこと、もう思い出せぬよ」


 しゃらん、と涼やかな音を立ててグーウオンが腰の長剣を抜く。


 騎士と狂人。

 磨き抜かれた刀身に映る互いの顔はひどく対照的だった。


「お前もここで死ね。女神の贄となれ」

「……俺は貴方を倒す。倒さなければならない」


 クルスもまた表情を消して剣と盾を構える。

 これ以上の言葉は無為だと、放たれる殺気で理解した。



 風が城壁に当たって砕ける。

 すべてが凪いだ一瞬、二人の騎士は同時に踏み出した。


「――豪力(ストレングス)!!」


 長剣を振り上げたグーウオンの体が一回り大きくなる。

 踏み込みに合わせて身体強化を瞬間発動する対人戦闘術。

 狂人とは思えぬ剣の冴えは当主の盾として半生を生き抜いた証であろう。


「――障壁、展開!!」


 応じるように、クルスは掲げた盾に半透明の障壁を展開、猛然と振り下ろされる剣戟を確と受け止めた。

 足場が陥没し、鉄が擦れ合う不協和音と共に火花が断続的に散る。


「はあああああっ!!」


 盾で剣を押し留めたままクルスが一気に進み出でシールドバッシュを叩き込む。

 足元の城壁を踏み抜く勢いはそのまま相手を弾き飛ばす威力となる。

 大型の魔物すら押し返す衝撃にグーウオンはたまらず後ろへ跳んだ。


「――早駆(ダッシュ)!!」


 しかし、それはただの後退ではない。

 グーウオンは一瞬で強化を切り替えて滑るように距離を取って戦場を仕切り直す。

 逃がす気のないクルスが追いかけんと足を踏み出す。


「――貫通(ピアース)!!」


 しかし、グーウオンは三度強化を切り替え、腰裏から引き抜いた小剣を投擲する。

 間合いを埋める投擲術は真っ直ぐにクルスの喉元の鎧の隙間を狙って飛翔する。

 勝つ為でなく、負けぬ為の術。負けることを許されぬ将軍であれば必須の思考だ。


 だが、クルスはそれを許さない。

 投擲された小剣を切り払いつつ、逆の手で盾を背後へと旋回させる。


 全身鎧と大盾を装備したナイトは重く、敏捷性に欠ける。

 とはいえ、大型の魔物の攻撃を止めるにはその重さは必須のものだ。捨てることはできない。

 しかし、遅いままではいつまで経っても侍に勝てない。約束が果たせない。

 故に、クルスは考えた。

 直線的、瞬間的でもいい。追い付くための速度を求めた。


「――障壁、収束展開!!」


 盾の先端は騎士の背後、斜め下を向いている。

 そして、勢いよく発射された障壁杭(パイル)が地面に突き刺さり、その反動で以てクルスは宙を水平に跳んだ。

 障壁を強化する加護『聖騎士の盾』をも加えた反発力は、ナイトにあるまじき機動性を叩きだす。

 そうして、射出された全身装備の騎士は将軍の虚を衝いた。


 対人経験で劣る以上、長引けば不利になるのは此方だ。

 故に、騎士は盤面を詰める(・ ・ ・)


「ヌッ!?」

「終わりだ!!」


 至近に迫るクルスに対し、グーウオンが防御のために剣を引き戻す。だが、それは遅きに失する。

 クルスは踏み込のまま体ごとぶつかる勢いで剣を突き立てた。

 全重量を集中させた切っ先は水平に、将軍の纏う鋼鉄の黒鎧は悲鳴のような破砕音を立てて砕かれた。


 狙い違わず、騎士の剣は真っ直ぐに背中へと抜けた。




「カ、ハッ……」

「狂気はここに置いていけ。貴方は誇るべき武人であった筈だ」


 刀身に返る手応えから致命傷を確信したクルスが悲痛な表情で告げる。

 殺すことしかできない己の不徳を悔いるような表情だ。


「そうもいかん。この身は既に女神に捧げたのだ」

「なにを――?」


 クルスの問いに答えず、腹から剣を引き抜いたグーウオンは口元に僅かな笑みを浮かべ、数歩退く。

 そして、吐血と共に呪いの言葉が吐き出された。



「――全て忘れ(ヴァニタス)全て(オムニ)死すべし(モルテム)



 瞬間、クルスとその裡にいるシオンはぞくりとした心胆の震えを感じた。

 開いてはいけない扉を開いたときに感じるような不安と恐怖。

 騎士は咄嗟にグーウオンを止めようと手を伸ばす。

 だが、互いの距離は五歩。紡ぐ呪いの言葉を止めるには遠すぎた。


 そして、尽きる命の最後の一滴を生贄に呪術が起動する。


「ギ、ガアアアアアアアッ!!」


 一瞬前の静寂を喉を食い破る咆哮が破り、幽鬼の貌に真紅の瞳が灯る。

 流れ出る血は止まらず、しかし、グーウオンは構わずクルスに斬りかかった。

 先のような流麗な剣筋は既にない。

 それは獣の爪牙と見紛う荒々しい一撃だった。


「呪術だと!? しかも、これはカイと同じ――」


 驚愕が斬撃に寸断される。

 先程よりも数段強い衝撃を盾越しに受けてクルスは思わずたたらを踏んだ。



 ――禁呪・不死不知火



 意識を奪い、痛覚を消し、狂戦士化する禁忌の呪い。

 武を嘲笑うかのごとき暴力の結実。

 カイの話にあったものと同じ原理、効果のものだ。


「――ガアアアアアッ!!」

「ア、グッ!? 貴方はそれ程までに……」


 自身の腕が千切れかけるのも構わず盾の上から猛撃を加え続けるグーウオンを見て、クルスは理解し、そして憤慨した。

 この呪いは告げているのだ――人間同士で“殺しあえ”と。


「グーウオン将軍、貴方は――」


 断続的に響く金属の激突に耳の奥が揺れ、休みなく加えられる猛撃に盾を掲げる騎士の腕が痺れていく。

 反撃に手足を斬りつけてもグーウオンの動きが鈍ることはない。

 盾の向こうにいるのは目前の命を奪わんと赤き目を輝かせる狂戦士だ。

 自分か相手か、どちらかの命が失われるまで止まらないのだろう。


 だが、騎士の命は既に己だけのものではない。

 故に、くれてやることはできない。できないのだ。

 そうして、クルスが覚悟を決めた刹那、



 ――斬、と音を立ててグーウオンの首が千切れ飛んだ。



 一拍遅れてクルスの隣に道衣を翻してカイが着地する。

 駆ける勢いのままに城壁を駆け登り、交差する一瞬に首を刈ったのだ。

 侍の敏捷性と軽身功の為せる技であった。


「カイ!!」

「まだだ、クルス。呪術はまだ生きている」

「ッ!?」


 慌てて視線を戻せば、首の断面から血を噴き出したままグーウオンだったモノは剣を振りかぶっていた。

 咄嗟に前に出たクルスが盾で受け止め、強引に押し返す。


「長引けば危険だ。一息で決める」

「……了解」


 押し返されたグーウオンの死体が発条仕掛けのような不気味な動きで再度二人に襲い掛かる。

 だが、首のない将軍は知らない。その生涯を孤独に戦い抜いた将軍は知らない――盾と刃が揃ったその意味を。


 クルスが障壁を再展開した盾を構え、刹那に迫るグーウオンだったモノの力任せの連撃を受け止める。

 激しい金属音が響き渡り、閃光のように火花が散る。

 それは先程と同じ状況に見えて、しかし、防御に専心した総身に揺らぎはない。

 クルスはしっかと城壁を踏みしめ、剣が軋むほどの猛撃を受け止め、あまつさえ弾き返して見せた。

 そうしてできる隙は騎士にはどうにもできない極僅かな間であるが――


不死(しなず)不知火(おそれず)。だが、遅いぞ、同類」


 しかし、カイにとってはそれで十分。

 低い姿勢で盾の脇を抜け、転移と見紛う瞬間的な加速で相手の懐に踏み込み、再度ガーベラを抜く。

 グーウオンだったモノは本能的な動きで迎撃する――間など与えられなかった。


 ――刹那、侍の剣が三度、閃いた。

 低空を走る薙ぎの剣閃が足を削ぎ、左右を殆ど同時に断ち割る双閃が腕を砕く。

 モンクの多重結界すら斬り裂く、飛燕に喩えられる運剣の妙技である。


「クルス!!」

「――障壁、収束展開!!」


 そして、入れ替わりに盾の先端を向けたクルスが杭を射出し、黒鎧ごとその胸を刺し貫いた。


 身体全てを砕かれて漸く、グーウオンであったモノは動きを止めた。



 ◇



「……助かった、カイ」


 戦闘が終わり、障壁杭を消したクルスが向き直る。

 表情には僅かな哀悼。

 出会ってから僅かな時間しかなかったが、それでも誰かが手遅れであったことに騎士は心を痛めていた。


「無事でなによりだ、クルス。……だが、これで終わりではない」


 カイが左胸を押さえる。不死不知火が起動した将軍を前にした時は引き摺られるように荒れ狂っていた心臓も多少は落ち着いている。

 それでも尚、不吉な予感が首裏をチリチリと焦がし、心臓は遠くの何かと共鳴している。


「まだ、何かいる」

「……そうか。それに、彼らも止めねばな」


 二人の眼下では、未だに城の騎士たちは死者の歩みで進軍を続けている。

 将軍を殺しても尚、騎士たちが正気を取り戻す様子はない。

 何か別の原因があるのだ。


「どうする?」

「俺が行こう。ソフィアと合流して彼らを守る」

「なら――」


 瞬間、城の方角で爆音と共に土煙が上がった。


「イリス? ……この気配、相手は精霊級か」


 カイが僅かに顔を顰めて心臓を押さえる。

 人間の英霊級にあたる魔物の精霊級。魔獣級の百体、あるいはそれ以上の危険性を有する上位種である。

 鼓動が告げている。それこそが本命であると過たず理解した。


「クルス、俺はイリスを迎えに行く。精霊級相手は危険だ」

「ああ、あちらは任せろ。イリスを頼む」

「了解」


 拳を合わせたのは一瞬だけ。

 二人は互いの戦場へと駆け出した。

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