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刃金の翼  作者: 山彦八里
三章:暗雲
76/144

4話:鏑矢

 ――白国南部、アウディチ領。


 教皇から数えて四等級という近縁の大貴族が治めるその土地は、緑国に近い肥沃な大地を領内に広く確保し、白国の食糧生産の一翼を担う重要な地域である。


 その要衝は現在、その各所で農民による反乱が勃発していた。


 ひとつひとつは小規模ながら、同時かつ大量に発生した反乱は当主に仕える騎士たちの相互連携を阻害し、戦力の集中を不可能にせしめた。

 貴族支配の廃止と土地の平等分配を掲げ、いくつかの集団を糾合し、巨大化した一団は自らを“革命軍”と称し、当主の居城から小さな平野を挟んだ城下街まで迫っている。


 革命軍と領主軍の激突は今や秒読み段階にあった。





「ダリオ様、起きてください」


 アウディチ城の最上階に設けられた当主の寝室に侍女の声が響いた。

 紗のカーテンの中、抑揚のない声と主の肩を小さく揺らす動きは本当に起こす気があるのか怪しいほどだ。

 が、毎朝のことであるのでその僅かな刺激で辛うじてダリオの意識は覚醒した。


「……ん、お前か、リア」

「早く起きてください、ダメ当主。朝餉が片付けられません」

「大貴族たる僕への言葉とは思えないな」

「等級も剥奪されているのに偉そうにしないでください」

「うぐ……」


 ダリオは文句を言ったり呻いたりしつつも、侍女に手を引かれるようにして天蓋付きベッドから這い出た。

 肉親を亡くしたダリオにとって、侍女であり幼馴染であるこの少女は家族に等しい。手を出す気すら起きないほどだ。

 遠慮のなさも現実逃避する自分を叱咤するものであることが分かる為、強く出られない。


 そもそも、革命軍が迫るこのアウディチ城には殆ど侍女が残っていない。

 当然であろう。落城時に城に残っていた場合、彼女らがどんな目に合わされるかなど分かり切ったことだ。

 そのため、ダリオも何度となく避難を促しているのだがにべなく断られていた。

 忠義か、愛情か。

 痛烈な叱咤の裏にある感情が何なのか、ダリオは未だに訊けずにいた。


「しっかりしてください。今日は国の委託を受けた連盟から調停員がお越しになられるのですよ」


 何となく少女の顔を凝視していたダリオにいつもと変わらぬ調子の声が返される。

 今更訊けることでもないか、とダリオは思考とは別の言葉を舌に載せた。


「ああ、派遣されるのはFのヴェルジオンの嫡子だ。彼ならこちらに味方してくれるだろう」

「何故そう思われるのですか?」

「いや、だって彼も貴族じゃないか」

「……貴方がそんな短絡思考だから暴動が起きたのですよ」

「だけど、反乱側に状況が見えているとは思えないな」


 ダリオが肩を竦める。

 腐っても貴族で、為政者である。その見立ては決して的外れなものではない。


 そもそも今回の反乱が成功したのは各地の騎士が農民を殲滅するのを良しとしなかったからだ。

 神との契約者を中心に構成された『騎士』はその気になれば反乱を起こした農民全てを殺し尽くせる。

 しかし、それでは土地を耕す者がいなくなる。人がいなければ領地は滅びる。

 故に、和解か、あるいは多少の見せしめを出した後に降伏させるか、騎士たちはその裁量をダリオに求めた。

 彼らが予測していなかったのは、その時ダリオが赤国におり、しかも自分の上申と同様の内容が十数件も残された代行の元にいってしまったことだ。

 これによりアウディチ家の執政は一時的に混乱麻痺し、初動が大幅に遅れた。

 ダリオが居城に戻った時には既に反乱は革命へと姿を変えていた。


 しかし、革命軍の攻勢もここまでだ。

 今、ダリオの叔父にあたるグーウオン将軍が各地の騎士を城に集めている。

 騎士の抜けた土地は荒らされるだろうが、反乱の中核たる革命軍を撃破すれば主柱を失った各地の反乱も結束を保てず自然消滅する公算は高い。


 なにより、いくら農民が集まろうと鉄と神の加護で武装した騎士には絶対に敵わない。

 契約の有無は蟻と象の実力差を生む。

 革命軍が勝つには、それこそアウディチ領全土からすべての人間をかき集めなければならないだろう。

 現実的にみてそれは不可能だ。各地で断続的に反乱を起こしたからこそ、革命軍は現在の位置まで侵攻できたのだ。


「だから、このギリギリの段階での連盟の介入は革命軍にとっての最後通牒さ」


 喉元まで革命の刃が迫りつつもダリオに余裕があるのはその為だ。

 真正面から戦う限り負けはない。厳然たる実力差がそれを裏付けているのだ。


「グーウオン叔父上の進言で反乱に先んじて戦略級契約者――ソフィア嬢の確保に行ったのは失敗だったが、まだ取り返せる範囲内だ。僕らは負けないよ」

「これからお越しになるのは、件のソフィア様の兄君ですよ」

「…………連盟の嫌がらせだろうか」

「自業自得です」

「何で怒ってるんだよ?」

「侍女は主の前で怒ったりなどいたしません」


 顔を背けた侍女はそれきり何も言わず、ダリオは首を傾げながら食堂へと入って行った。



 ◇



 馬車を曳く馬の足音に混じって、からからと車輪の回る音がする。

 断続的な振動と耳の奥で木霊する音を聞きながらクルスは小さくため息を吐いた。

 依頼の最中に騎士が憂鬱そうな態度を取ることは非常に珍しいことだ。

 とはいえ、反乱を抑えられなかった責により四等位を剥奪され、“ダリオ・アウディチ”となった青年の居城へと向かう車内にはクルスしかおらず、ため息を咎める者もまたいない。

 他の仲間は既に行動を開始しているのだ。


(鎮圧……鎮圧、か。嫌な言葉だ)


 それが騎士のため息の原因だった。


 今回、アルカンシェルが受けた依頼は“革命の鎮圧”。

 平定ではなく鎮圧というあたりに何を期待されているのかわかるというものだ。

 でなければ、政務の経験もないクルス達を派遣したりはしないだろう。


 今回の依頼主であるギルド連盟白国支部長のセレナ・D・オルソーニからは、最悪、首を挿げ替えるための始末をつけてくれればいいと言付けられている。

 誰の首かは訊くまでもなかった。


 貴族間の繋がりの強い白国では貴族の首を刎ねれば無数の係累から難癖をつけられるおそれがある。

 利益だけで繋がっている集団ではこうはならない。教皇との血縁関係という血の鎖が互いを縛り付けているのだ。

 そこで、他国からの介入とならず、平民による反逆にもならず、あくまでギルド連盟による調停とする。その為に白羽の矢が立ったのが、貴族の卵であり、有力ギルドのリーダーでもあるクルスだった。

 このまま事態を静観していれば、いずれ領主軍と革命軍は正面衝突し、多くの血が流れる。


 故に、クルスは迷わなかった。



「クルス、しっかりと己という従者の手綱を握っておけ。長付き合いになる」


 思い出す。依頼を受け、支部長会議を辞すクルスにベガは冷やかに嗤い、そう声をかけた。


「お前の心の均衡が崩れた時が、お前の“剣”がこの大陸の敵となる時だ。優れた剣は時に使い手の意を汲みすぎる」

「……」

「お前は自己の度量にふさわしい剣を手に入れた。ゆめゆめ使い方を誤るなよ」



 何故、今になってベガがそのようなことを告げたのかはわからない。

 ただ、その言葉を忘れてはならないとクルスの直感が告げていた。


「旦那、そろそろ到着しますぜ」


 思索に耽るクルスに御者台にいた男が気安く声をかける。

 使いこんだ剣と革鎧を纏う、どこか粗野な雰囲気のする男だ。

 それもその筈。彼はかつてクルス達が護衛していた歌姫カーメル・クリスタルベルを襲った“赤剣傭兵団”の者だ。

 今回、正式な契約でアルカンシェルに協力してもらっている。


「革命軍の警戒網を抜けての強行軍、大変だっただろう。感謝する」

「料金分の仕事をしただけですよ。オレらは旦那の装備一式を置いたら警戒に残る奴以外は本隊と合流します。何かあれば手はず通りに」

「ああ、了解した」

「……大変だとは思いますが、どうか剣を抜かずに済むことを願いますよ」

「微力を尽くす」


 最後の一言は契約外の言葉だろうが、だからこそ傭兵の本音が窺えた。


 赤剣傭兵団は故郷を護る為に傭兵となった者の集まりだ。そのため、普通の傭兵以上に生への執着が強く、安全と勝機の確保に余念がない。

 同時に、故郷という弱点を抱える為に契約の遵守を徹底し、相手にもそれを求める。

 クルス達と縁が出来たのも彼らの依頼主が契約を破り、使い捨てようとしたからだった。


(カイもよく突飛な手を思いつくものだ。が、手が足りないのは確か)

「……あとは、俺達次第か」


 呟く声は、人のいない寒々しい麦畑へと消えていった。



 適度に馬を休ませつつ、半刻ほど緩やかな山を登った先にアウディチ城はあった。

 山ひとつを要塞にする巨城であり、岩から削り出したような無骨さと家紋を元にした細工の光る粋をつくした芸術性を併せ持つ大貴族の居城だ。

 外観から見て、内部には数百人規模で人員を収容できるだろう。実際、無数の声と気配が熱気のように籠もっているが感じられる。

 数か月ぶりの戦争の足音を聞きつつ、クルスは門前で警戒する兵士に言付けを頼み、城内へと招き入れられた。


「お待ちしておりました、クルス・F・ヴェルジオン様」


 城の入り口で侍女がクルスを出迎える。

 腰まで伸びた濡れ羽色の長髪を揺らし、楚々と一礼する様は侍女というよりもどこぞの令嬢のようだ。

 あるいは遠縁の貴族から奉公に来ているのかもしれない。


「ダリオ殿にはすぐにお会いできるか?」

「……はい。こちらへどうぞ」

「――ッ!!」


 顔を上げた侍女を見て、クルスは小さく息を呑んだ。


 それほどに侍女は美しかった。

 くすみのない容貌は名工が手ずから削り上げたかのように整い、真紅の瞳が不思議な魅力を醸し出している。肌の見えない侍女服が慎ましやかな色香をにおわせている。

 ただ一点、睫毛にかかるほど長い前髪がかんばせを暗くしているが、それもまた神秘的な雰囲気を感じさせる。

 総じて、男を誘う為に神が作り上げたのではないかと思うほどの美女だった。


「どうかされましたか?」

(――クルス!!)

「ッ!? ……い、いえ、大丈夫です。案内してください」


 色っぽい仕草で小首を傾げる侍女に対し、クルスは伸ばしかけた腕を引っ込め、案内を促した。

 心中で声をかけてくれたシオンに感謝の念を伝える。

 妖精の声がなければ、自分はあの侍女に何をしていたものか――


(待て。今、俺は何を考えていた?)


 ゆっくりとした足取りで侍女の後を追いながらクルスは己の思考を省みる。

 そして、先の侍女を見た一瞬、己の理性の箍が外れていたのを自覚する。


(この場で組み伏せるつもりだった? 馬鹿な。ありえん)


 かぶりを振って、騎士は依頼へと意識を集中する。

 どこからか香る熟れた果実のようなにおいに何故か心が警戒を促していた。




「よく来てくれたな、クルス殿」

「このような形でお会いするとは思いませんでした、ダリオ殿」


 応接間でクルスを迎えたダリオは表面上は鷹揚な態度を保っていた。

 互いの心中を硬い表情に隠してクルス達は握手を交わす。


「それで、革命軍はいつ鎮圧する――」

「ダリオ殿」


 急いたダリオの言に対し、クルスが蒼い目を細めて睨むと、青年は不快気に顔を顰めて言葉を変えた。


「貴殿は今の状況をどうみる?」

「正直に言って、地位を返上し、中央に介入を頼んではいかがですか? 相手はもう暴発寸前です」

「いや、しかし……貴殿も貴族ならわかるでしょう?」

「わかりません。私達の地位はいざという時に責任を取る為のもの。今が貴方のその時ではないのですか?」


 半分説得、半分挑発を含んだクルスの言に狙い通りダリオは一瞬で激昂した。


「なにをいうか!! たかがFの分際で!!」

「だが、貴方は既にDではない」

「くっ……」


 さらに言い返そうとしたダリオはしかし、現状を思い返して力なく項垂れた。

 灰色の髪が青年の表情を隠す。

 イニシャルの剥奪というのはクルスの想像以上に大貴族には衝撃であったのかもしれない。


「彼らはある日、いきなり徴税に反対して蜂起したんだ。各地の反乱を煽った上でだ。これは計画的犯行、教皇猊下への反逆に他ならない」

「だから、殲滅する。それが貴方の役目ですか?」


 クルスの追及に容赦はない。

 守るべき民を殺して自身の地位を確保するような手管をクルスは認めない。

 あるいは、命の価値は平等ではないかもしれない。

 しかし、たかが(・ ・ ・)貴族の命ひとつの為に数百数千の民を犠牲にすることはクルスの道に反する。


「うぐ……だ、だが、今はイニシャルも返上している!!」

「剥奪の間違いでしょう……」


 イニシャルの剥奪は、下位者が上位者を裁けないという法を誤魔化す為の処置でもある。責任が無くなった訳でもないし、ましてや裁かれないなどということは論が成り立たない。

 クルスは小さく細く息を吐いた。


「現状で貴方にイニシャルが戻るのは首を刎ねた後だと愚考いたしますが」

「くび……いや、そうだな。そろそろ落とし所を考えねばな」


 話している内にダリオも落ち着いたのか、大きく息を吐いて気を収めた。

 実際のところ、ダリオも状況は理解している。ただ認められないだけだ。

 現状はかなり逼迫している。革命軍はいつ進軍を開始してもおかしくはない。

 自分の首だけで済む内に決着を目指さねばならないのは確かなのだ。


「父上から当主を継いで半年でこれか。我ながら情けない話だな」

「……騎士たちが暴発しないよう抑えておいてください。自分は過去の記録の調査に入ります。閲覧の許可を」

「ああ、許可する。おい、リア――クレリア!!」

「御呼びですか、ダリオ様」


 当主の声に、クレリアと呼ばれた妙に無表情な侍女が入室した。

 代わりにクルスを案内した黒髪の侍女はいつの間にかいなくなっていた。


「クルス殿を保管室に案内しろ。鍵は――」

「いつもの場所ですね」

「何で侍女のお前が知っているんだ?」

「誰が執務室の掃除をしていると思っているのですか?」


 当主と侍女が額を突き合わせて小言を言い合う。

 じゃれ合うような二人にクルスは微かに苦笑しつつ、これみよがしに咳き込んだ。


「失礼、すぐ仕事に移りたいのですが」

「申し訳ありません。こちらへどうぞ」


 どこか諦めたような、しかし、目の奥に何かを感じさせるダリオを残し、クルスは応接間を後にした。


(あとは革命軍側の工作次第か)


 窓から見える空は厚い雲に覆われている。

 雨を喚ぶような、湿った空気が城中に充満していた。



 ◇



「もう限界だッ!!」


 大声ともに強くテーブルを叩く音が城下町の酒場に響く。

 日に焼けた肌に、真新しい傷の目立つ男が怒りも露わに立ち上がっていた。

 周囲には同じような風体の男たちが集まっている。彼らの多くはまだ若く、夏を待つ今の時期、本来なら田畑を耕している筈の男たちだ。

 大酒を呷り、気を吐く男たちの様子にカウンターにいる店主が怯えたように身を竦ませるが誰も気にも留めない。

 唯々互いに剣呑な視線を交わし合い、管を巻いている。


「いつになったら領主を攻めるんだ? この街に来てもう三日だぞ!?」

「そうだ。みんな十分に休息はとれた。攻めるなら今じゃないのか、サルガ?」


 ざわめく皆の視線が酒場の奥でひとり座し、目を閉じている男に集まる。

 頬の傷が目を引く凶相に、戦闘に適した肉体と狼の血が濃く現れた灰色の体毛が目立つ獣人(セリアン)の若者だ。

 名をサルガ。

 この地に流れ着いた所を村民の厚情で厄介になっていた冒険者である――であった。

 今はギルド連盟を脱し、この地を治める領主の悪政を糾さんと革命を指揮するリーダーに担ぎ上げられている。


「物資の流れは抑えている。待てば待つほど相手は飢える。もう少しの辛抱だ」

「けど、領主が痺れを切らして打って出てたらどうする?」

「攻城戦ならともかく野戦じゃ騎士が出てくるんだぞ」

「……ああ、そうだな」


 開戦しよう、そう高らかに吼えられればどんなに楽か、サルガは心中で唸った。


 サルガはセリアンの中でも有数の戦士の一族の出だ。戦いに臆することはない。

 だが、現戦力でぶつかれば確実に負ける。それがわからないほど無能でもなかった。


 こちらは民兵が五百名なのに対し、領主が城に集めた騎士たちはおよそ百名。

 領内各地で紛争が起きており、主家直属以外の騎士は赴任先にかかりきりな現状でよく集めたというべきだろう。

 それでも、ここまでは狙い通り。

 大規模な組織は弾圧されているが故の小規模連帯。こちらのゲリラ的な活動が実を結んでいる。


(問題は主力同士の激突だ。如何にして生き残らせるか……)


 革命軍の中核はまともな訓練も施されていない農民。対する領主側は騎士、神との契約者で構成された部隊だ。戦力的には騎士一人が最低でも民兵十人に値する。

 人数的にはこちらが倍以上を確保しているが、その実は戦力差で倍近い差をつけられているのだ。

 よほど優れた指揮官が率いるか、あるいは“ロード”の権能を持つ者がいなければ勝負にすらならない。


(お守りの戦力が足りん。どうするべきか)


 革命軍で神と契約しているのはファイターの自分しかいない。

 当初、サルガは各地の蜂起に合わせて単独で城に攻め込み、領主の身柄を押さえる心積もりだった。

 世話になった村の窮状を見過ごせなかった。その程度の理由しかない。

 襤褸切れのように死ぬことも覚悟していた。

 実際は、そんな自分の暴挙を見過ごせなかった気の好い男たちが共に戦ってくれた。

 サルガはそんな彼らを無為に殺したくなかった。


(傭兵を雇うか? いや、伝手がないし、資金力では領主側が上。下手に呼び寄せても引き抜かれるのがオチか)


 革命軍に時間はない。

 初期の面子はともかく、今になって参入してきているのはお零れ狙いのハイエナばかり。

 かといって流入を止めてはお題目を疑われる。暴発は時間の問題だ。

 やるしかない。なんとか犠牲を最小限に抑える方策を立てねばならない。


 そうサルガが覚悟した時、軋んだ音を立てて酒場の扉が開いた。


「誰だ? 知らん匂いだな」


 誰何の声に応えはない。

 差し込む西日を背に酒場に踏み入ったのはフードを被った二人組だった。

 匂いからして前が男、後ろが女だろうとサルガは当たりをつけた。


「悪いが、ここは革命軍の貸し切りだ。旅の者は余所を当たれ」

「その革命軍とやらに用があって来た」


 声からして二十代半ばだろうか。

 フードから僅かに覗く鋭い視線に反し、気配は見事に隠され位階は読めない。

 しかし――


(純前衛、それも一線級。魔力を感じないところを見るとサムライか)


 サルガはかなりの精度で男の力量を見抜いていた。

 三級冒険者として活動していた時も対人・討伐系の依頼を多くこなし、半ば傭兵じみていたサルガにとって自分よりも強い相手は珍しくない。

 そして、そういった存在を敵に回して生き残ってきた経験がサルガの目を鋭く養っていた。


 対するサムライは酒場をぐるりと一瞥すると、迷わずサルガに視線を合わせた。

 読みはお互い様かと、サルガは牙を剥くように笑った。

 口火を切ったのはサムライが先だった。


「傭兵を雇う気はあるか? 赤剣傭兵団に都合を付けられる」

「……ほう、いくらだ?」

「前金に銀貨50枚。成功報酬は応相談」

「証は立てられるか?」

「ここに――」

「ちょっと待てよ、サルガ。勝手に決めてんじゃねえ!!」


 言葉を投げ合う二人の間に焦ったような男が一人割り込んだ。

 たしか、この街に来てから入った新参者(ハイエナ)の一人だったとサルガは記憶していた。

 大方、ここで交渉に噛んで発言力を確保しておこうという魂胆だろう。


「赤剣傭兵団といえば義理がたいことで有名な所だ。今のオレ達の懐事情を考えると最有力候補だぞ」

「ソイツが金だけもらってトンズラこかない保証がどこにある?」


 じゃあどうするんだ、とサルガが視線で問うと、男は野卑な笑みを浮かべ、フードを被ったままの女へと手を伸ばした。


「こっちの奴は女だろ? ここに置いて行け。ああ、心配するな。きちんと面倒はみて――」


 瞬間、抜き打ちで放たれたナイフが男の手を貫き、勢いのまま漆喰の壁に縫い止めた。


「あ、あああああッ!?」


 次いで悲鳴が店内を駆け抜けた。


「テメエッ!? なにしてんだ!?」

「――勘違いするな」


 俄かに色めき立つ酒場に凍てつく声音が響き、激高しかけた男たちが背筋に震えを感じて動きを止める。

 片手でナイフを突き立てたまま、サムライがフードを外した。

 露わになったのは、この大陸では珍しい黒髪黒目と身を切るような鋭い殺気。


「交渉の余地はない。貴様らが雇わんなら後は知らん」

(領主側に紹介する気か? いや、現状なら火事場泥棒に終始した方が得と踏んだのか。だが――)


 視線の先、仲間の手を縫い留めたナイフの刀身は偽造防止の術式が刻まれた赤銅の刃。

 赤剣の名の由来を示すと同時にこの男が信任を受けた仲介者であることを証明している。


(たしか、あの傭兵団は少し前にこの国の貴族に嵌められたと聞いたな。その為か?)

「本当に赤剣傭兵団を連れて来られるんだな?」

「ああ、保証する。どの神にでも誓ってやる」

「規律は守れるのか? 裏切らない保証は?」

「それはお前達次第だ」


 サルガは男の黒瞳を見透かすかのようにじっと見つめる。


「……アンタ、名前は?」

「カイ」

「よし。カイよ、アンタを雇うことはできないのか?」


 サルガは目ざとくカイの腰の一刀に気付いていた。

 大業物、それも魔剣妖刀の類。得物を見れば相手の技量も推し量れる。


「既に依頼を受けている」

「実はここの領主に雇われている、などということはないな?」

「誓ってそれはない」

「……いいだろう」


 サルガは仲間の視線を感じつつ厳かに頷き、酒場に持ち込んでいた金庫から袋詰めにした銀貨を取りだした。


「持って行け」

「サルガ!? 大丈夫なのかよ?」

「他に手がない。断ったら今度こそ目が無くなるぞ」


 ざわめく男達を余所にカイは銀貨を確認すると、壁からナイフを引き抜き、踵を返した。


「契約成立だ。明朝までに戻る」

(明朝……やはり本隊は既に近くに展開していたか)


 サルガが顔を顰める。胃がきりきりと痛み、思わず手で押さえる。

 交渉の如何に関わらず相手はやる気だったのだ。

 事態が己の手の中から零れ落ちていく感覚に、背中を流れる冷や汗が止まらなかった。



 ◇



「……監視は退いたようですね」

「頭数の割に手は足りないようだな。街道の検問もおざなりだ」


 街から離れ、監視の目が無くなったのを確認してソフィアはフードをとった。

 ふわりと零れた金の髪からは微かに花の香りがして、カイの鼻をくすぐった。


「赤剣傭兵団に風声を繋いでくれ。すぐに呼びよせる」

「はい、ただちに」


 ソフィアが素早く術式を構成し、隠れて待機しているルッツ達に通信を繋ぐ。

 これでカイ達が命じられた一点目『革命軍への介入』は目処が立った。

 あとは圧倒的な実力差を背景に革命軍の舵取りに口出ししていけばいい。


「わたし達が受けた依頼は革命の鎮圧なのに、介入の必要があったのですか?」


 風声による連絡も終わり、手もち無沙汰になったソフィアが上目遣いでカイに問いかける。

 さすがのソフィアでも手紙越しでは依頼主の心中は読み取れなかった。


「隊分けもされていない現状の革命軍は烏合の衆だ。逃げるにしろ騎士とぶつかるにしろ最低限の規律が必要だ」

「……そういうことですか」


 カイの思考に追いついたソフィアが苦笑する。


 無秩序な力を制御する中で最も簡易で原始的な方法は、より強い力で押さえつけることだ。

 歴史上連綿と繰り返されていたそれを革命軍もまた、身を以て知ることとなる。

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