2話:黒き呪い
肌を刺すような冷たい風を頬に受けてカイは閉じていた目を開けた。
辺りを見回せば、空は厚い雲に覆われた曇天。
大地は赤茶けた岩肌が地平線の果てまで続いている。
そっと吐いた白い息は北風に流されて溶けていく。
大陸の北に広がる暗黒地帯に似た、生命の存在を許さぬ渇きの国。
死後へと続く過程にある精神世界であった。
(この一年で自分は随分と変わったように感じるが、此処は変わらないのか)
カイは声に出さずひとりごちた。
魂の還る彼岸の世界は人の心象風景が投射され、個々人でどう見えるか異なるという。
クルスには鉱脈と草原、ソフィアには大海原にみえるらしい。
二人のそれと比べれば、生物の気配の荒野は随分と殺風景だろう。
それでもカイは静かな大地と頬を撫でる冷たい風が嫌いではなかった。
つまりは、どう転んでもこの世界で自分の心を偽ることはできないのだ。
『――よう、また来たのか』
その時、感慨に耽るカイに妙に軽い声がかけられた。
振り向けば、すぐ隣に仮面の男が立っていた。前に神樹の中で会った男だ。
腰に神剣を佩き、簡素な甲冑を身に纏い、無地の仮面で顔を隠した異様な風体。
それでいて、剣の腕はカイよりも遥かに上、心技すら通じぬ練達の武神。
男の仮面から微かに零れた口の端は愉快そうに吊り上がっている。
『ふむ、今回は短い滞在みたいだな。剣を抜く時間はないか』
「……」
『まあ、いいけどな。それで――』
構えを取らないカイを見て、男は過たずその内心を言い当てた。
カイの眉が微かに顰められる。
そのまま何事かを語りだした男を無視し、自己の内で思考を回す。
(……命を捨てても一太刀。これが神に類する者か)
己が成長した分、目の前の存在との差は縮まった筈だ。
だが、心眼を開いて尚、勝てる未来に辿り着けない。
土台となる能力に差があり過ぎて技術によっても覆すことが出来ないのだ。
少なくとも、英霊級の能力がなければ相対することすら困難であろう。
武の神はいまだ遥かな高みにおり、自分はいまだ人間の枠内にいる。
『――そもそも、死んだ訳でもないのに、オマエ、何でこっち側に来てるんだ?』
カイが口を挟まないのをいいことに好き勝手に喋っていた異装の男はその段になってようやく本題を切り出した。
二人がいる精神世界は言ってしまえば死後の世界へ行く途中の空き地だ。
ソフィアのような例外を除き、あるいは聖地のように霊的に近接している場所でない限り、生者が境界を越えて訪れることはできない。
しかし、現状、感応力の欠片もないカイのとった方法は単純明快だ。つまりは――
「仮死状態に入った。心臓にかけられた呪術を解呪できるか調べている」
『いやいや、仮死ってオマエ、命軽いな。
5歳の時からそうだがもう少し自分を大事にしたらどうだ?』
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」
『そいつは実際に死んでみることの理由にはならんと思うがな。
――それに、このやり方じゃ解呪できないってわかっていただろう?』
その一瞬、心胆を射抜くような視線を仮面越しの黒瞳から感じた。
男の声には揶揄するような響きはなく、唯々、単純な事実を告げている冷たさがある。
カイも反論できない。予感はしていた。何より、魂だけの今も身の内に呪術が刻まれているのを感じるのだ。
故に理解できる。この方法は失敗だったのだ。
『まあ、あっち側で皆とよく相談するんだな。あまり時間はないぜ』
「時間?」
『ああ……そうだな、偶には神サマらしいことをしておくか』
笑みを消した男は利き手を仮面に押し当て、僅かにその内を晒した。
「――」
仮面の内を覗き見たカイが静かに息を呑んだ。
そこにはかつて失われた、ある筈のないモノがあった。
『みえたな。コレはオレの素顔じゃねえ。みえたのはお前の運命だ』
「運命……?」
『――覚悟しろ。“過去”がお前を殺しに来るぞ』
こちらの問いには答えず、言いたいことだけ言って男は仮面を被り直した。
カイは口を開こうとして、しかし、意識が急速に浮上しているのを感じた。
肉体が仮死状態を脱し、離れていた魂を呼び戻しているのだ。
『またな、後輩』
朧気に響く声はいつになく真摯な声音に聴こえた。
そうして、カイの視界は真っ白に染まり、音も光も何もかもが泡のように消えていった。
◇
「おはようございます、カイ」
肉体に戻ったカイが目を開けて初めに見たのはソフィアの泣きそうな顔だった。
次いで、背中に感じる固いベッドの感触に、ここがアルケミストの実験室であることを思い出した。
ベッドから起き上がり、全身に気を巡らせ、硬直した関節をほぐしていく。
仮死状態に入ること自体は覚悟と思い切りがあれば――大抵の人間はそれでも忌避するであろうが――可能だが、魂が抜けたことによる虚脱感はカイとて物理的に辛い。
活動を再開した心臓が血液を送る度に全身に鈍痛が走る。
パルセルト大陸に普及している再生魔法は主に肉体の損傷を治癒する魔法だ。蘇生ではない。
一時的に魂が離れただけならば心臓の再動に応じて勝手に戻って来るが――魂がそのカタチを喪い散逸し、原初の海へと溶けていった場合はもはや取り戻すことはできない。
魂が喪われること。それこそが現世における【死】である。
「どこか不調がありますか?」
「……いや、大丈夫だ」
蒼海の瞳を魔力で輝かせ、男の頬にそっと触れる少女の姿にはこれ以上ない安堵が感じられる。
十分に安全性を確保した上での処置とはいえ、目の前で冷たくなっていく姿を見せられてはソフィアとて気が気ではなかった。
「心配させたか?」
「しました。当たり前です」
「……そうか」
頬に感じる暖かさを受けて、男は遅ればせながら自分が帰ってきたことを自覚した。
「カイ・イズルハ、起きた?」
「はい、起きられましたよ、ネッサ教官」
カイが蘇生した気配を捉えて、向こうの部屋からヴァネッサがひょっこりと顔を出した。その後ろにはクレリックと思しき男がいる。おそらくは再生魔法をかけてくれた人物だろう。
ヴァネッサは一通りカイの体を診断して異常がないことを確かめると、クレリックに礼を言って席を外させた。
遠ざかるクレリックの足音と気配から退室を確認して、ハーフエルフの教官は単刀直入に本題を切り出した。
「……解呪は失敗した」
無表情の中に少しだけ悔しそうな色を含ませてヴァネッサは告げる。
わかっていたことなのでカイは何も言わずに頷いた。
「術式に逃げられた。心臓が停止すると同時に呪いは魂側に移動する。……悔しいけど、よくできている」
カイにかけられた呪術“不死不知火”は大陸最先端の解呪技術を持つ学園が記録しているソレらよりも遥かに根深く、完成度が高い。
故に、解除するには更に複雑な手順を踏む必要がある。
今回の実験は図らずもそれを証明してしまった形になる。
「白国中央から流して貰った“黒い魔力結晶”の解析結果と併せると……」
ヴァネッサはそこで言い淀んだ。
迷うように三角帽子の縁を撫でるが、少しして決心したのか、カイに真っ直ぐに視線を合わせた。
「呪術を捉えるには、呪術が肉体に定着した状態、つまり、実際に呪いを発動させる必要がある。その上で解呪に入らないと魂側に逃してしまう」
「……」
では、そうしよう、とは簡単には言えなかった。
カイ達はこの呪術がどのようにして起動するのかすらわからないのだ。
手がかりもこれで尽きた。現状、八方塞と言っても過言ではない。
「……役に立てなくて、ごめんなさい」
「問題ない。卒業まであと2年ある」
カイは端的にそう返した。
自分より遥かに年上のハーフエルフに頭を下げられるのは居心地が悪い。
呪術を解くにはまず起動方法を探す必要がある。それがわかっただけでも前進であろう。
「……」
小さく息を吐いて、さらに思考を進ませていく。
解呪条件について考える時、脳裏をよぎるのは父を斬った瞬間のことだ。
あの時、自分だけでなく、父もまた正気に戻っていた。
ならば、呪術を終わらせる条件は――――
その先は、ソフィアに悟られる前に思考の中で握り潰した。
確証のない話をして少女の顔を曇らせるのは避けたいからだ。
特に、相手も察していることを改めて口にするのは何の益もない。
「とりあえず、経過報告に明日も来て」
「了解した」
「今日は此処に詰めているから、何か異常があったら呼んで。多分、大丈夫だと思うけど」
そう言って、報告書をまとめに研究室に引っ込んだヴァネッサの言葉は決して都合のいい願望ではない。
今回の解呪実験にしても、仮死状態にしても呪術が発動しないという確信が黒い魔力結晶の解析から得られたからこそ着手できたのだ。
今のカイが呪いに狂えば下手を打つと国が落ちる。
そして、今ではもうカイの心に深い繋がりの出来ているソフィアにどのような影響が及ぶかわからない。
生まれてこの方、慎重とはとてもではないが言えない生き方をしていたカイにとって少女の重みは肩にのしかかる重責となっている。
だが、使徒時代の仲間なら丁度いい錨が付いたと言うだろう。そんな気がした。
「どうしました、カイ? わたしの顔に何か付いていますか?」
じっと見つめてくるカイに対し、ソフィアは微笑を湛えて小首を傾げた。
カイは何も言わず、代わりに照れ隠しとばかりに少女の頭を撫でた。
掌に返るさらさらとした金色の感触と僅かに背伸びしている少女の姿が微笑ましい。
「呪術関係の依頼はできるだけ受けていきたいな」
「はい。……そろそろ帰りましょう。イリスが昼食の準備をして待っています」
「クルスはまだ帰ってないのか?」
「そうみたいです。厄介事に巻き込まれていなければよいのですが……」
そこで言葉を切った二人は揃って溜息を吐いた。
ベガが一緒に居て、クルスを厄介事に巻き込まない筈がないのだ。
◇
クルスは緊張で自分の体が強張っていることに気付いた。
前にカーメルに習ったとおり、一度目を閉じてゆっくり息を吐き体を緩める。
ついでとばかりに、此処に至るまでの経緯を思い出す。
昨日、ギルド連盟に所属する一ギルドとして赤国支部長に報告しに来ただけの筈だった。
なのに、ベガに「ちょっと付いて来い」と言われて連れ出され、気付けばだだっ広い会議室に居る。外出することは許されず、食事や睡眠等も宛がわれた部屋で済ませている。
訳が分からなかった。
失礼にならない程度に視線を巡らせれば、壁際を数人の連盟員が早足で駆け抜け、手に持つ資料を中央の円卓に座る四人に配っていく。
立ったままのクルスの位置から見えるのは三人の顔と、ベガの背中だ。
会議に出ろというだけならいい。クルスに否やはない、それが普通の会議ならば。
「何故、俺は此処に居るんだ……」
呟く声は、幸いにして誰の耳にも届かなかった。
問題は、会議に参加している面子だった。
円卓に座っているのはたったの四人。
だが、その四人が何よりも問題だった。
赤国支部長ベガ・ダイシー
青国支部長クウラ・ウルハ
緑国支部長クィーニィ・ハーヴェスト
白国支部長セレナ・D・オルソーニ
つまりは、ギルド連盟の支部長会議。
ここは四大国に匹敵する機関であるギルド連盟の今後を決める場であるのだ。
そんな会議に何故自分は参加しているのか。
クルスは意識すると胃がキリキリと痛むのを感じた。
「商人ギルドは相変わらずだ。武器の需要が増加している影響で赤国の輸出は増加している。クク、魔物の急増を読んだ皇帝陛下の富国強兵政策は当たりだったな」
おもむろに口火を切ったのはベガだ。
どこか寒気を感じさせる笑みは同格の相手を前にしても変わらない。
「緑国は人手が足りないですね。国土の広さに比例して魔物増加の影響も大きくて……」
続いて口を開いたのはベガの左手側に座るクィーニィだ。
他の三人と比べて格段に温和な雰囲気を纏うエルフはこの場で唯一の癒しと言っていい。
先程、入室したクルスが固まっていた時も朗らかな笑顔で手を振っていた。
「赤国、白国所属ギルドの緑国への派遣を増やすべきだな。手間だが、国の対応を待っていては遅きに失する」
そんなクィーニィの言葉に反応したのは真向かいに座る妙齢の女性だ。
肩口で栗色の髪を揃え、口元を真一文字に結んだ彼女の顔をクルスは覚えていた。白国におけるDの四等家、大貴族であるオルソーニ家の長女、セレナその人だ。
セレナは遊びのない厳しい視線を時折クルスにも投げかけている。
感じる威圧の強さは“熊”の意に恥じないものであろう。
「白国は教皇が襲われたばかりだが大丈夫なのか? なんなら、逆にウチの奴らを派遣してもいいぞ。多少の支援は貰うがな」
最後の一人はクルスも面識がなかった。
日焼けした体を着崩した連盟の制服に包み、琥珀色の色眼鏡をかけた四十過ぎと思しき男。
青国支部長クウラ・ウルハ。支部長就任後、瞬く間に青国近海における連盟の支配域を拡大した辣腕家である。
クウラの明け透けな物言いは海育ち故だろうか。直球で放たれた言にセレナは形の良い眉を顰めた。
「……下手人の息のかかった騎士たちも粛清済みだ」
教皇を襲った大臣は精神操作を受けていた。
身柄を確保した現在では隔離し、治療を施しているが、完全に破壊された精神の完治は望み薄だった。
目撃された謎の女についても足取りは掴めていない。
近衛騎士が八方手を尽くして尚、事件の真相は半ば迷宮入りしていた。
「むしろ、ここで白国からの派遣を渋れば四大国の均衡を崩すことになるぞ」
「白国にはルベリア学園もあるし、あまり強くなられても困るんだがな」
「クウラ支部長、そういう貴殿も随分と船団の拡充に力を注いでいると聞き及んだのだが、如何か?」
「海の魔物が増えてんだよ。陸のと違って討伐が難しいから航路確保にはどうしても船団が要る」
じろりとセレナとクウラの視線が交わり、静かな火花が散る。
途端に険悪になっていく雰囲気の中で、喉奥でくつくつと笑うベガが再び口を開いた。
「どいつも鈍っていないようで結構なことだ。だが、手が足りないならそう言わんと会議の意味がないぞ?」
見透かすようなベガの物言いにセレナとクウラは揃って舌打ちした。
四大国の各支部は連携こそしているが、完全に一体というわけではない。
それは本部長を擁かず、支部長四人による合議制をとっていることからも明らかだ。故に、付け入られるような隙を晒せばいらぬ出費を払わされることになる。
だが、強い言葉と揺さ振りで押し切れるほど支部長という存在は甘くない。
旗色が悪いと見たのか、クウラは早々と両手を挙げた。
応じて、セレナも剣呑な雰囲気を納める――前に舌端の矛先をベガとその斜め後ろに立つクルスに向けた。
「ところで、ベガ支部長、貴殿は何故を以て我が国の貴族を副官に付けている?」
「有能だからだ。白国に置いといてもどうせ他の貴族に邪魔されて等級以上の力は発揮できんだろう?」
舌戦において事実ほど性質の悪い武器はない。
薄い笑みと共に告げられた言葉に対し、セレナは図らずも沈黙した。
「……貴族制が一概に悪い訳ではあるまい。ボンクラでも務まるということはそれだけ安定しているということだ」
「誤魔化すなよ、白国支部長。重要なのはただ一点、白国じゃコイツ等“アルカンシェル”を扱いきれないってことだけだ」
「否定はすまい」
セレナはそれだけを告げて苛立たしげに口を閉じた。
どちらかと言えばベガや赤国寄りの思想であるセレナにとって白国の現状はあまり歓迎できるものではないのだ。
実際、魔物の増加などの社会不安に呼応して、白国各地で革命運動も勃発している。
それらは、ただの暴動ではない。
生まれた時から決まっている物から、生まれた後に手に入る物へと世の基準が移っていることの証明に他ならない。
「クルスさん達でしたら大丈夫ですよ」
そこに、空気を読んでいるのかいないのか、相変わらず満開の笑顔のクィーニィが両手をぽんと合わせて言葉を紡いだ。
「緑国支部長、それは何を根拠に?」
「クルスさんは緑神直属の妖精をその身に宿していますし、実際に会った私の妖精も彼らを認めています」
妖精もという点に、クィーニィが元よりクルス達を信用しているということがわかる。
そうして、こちらに向けてこっそりウィンクするクィーニィにクルスは心が軽くなるのを感じた。
「だが、ギルドには例の呪術を受けた奴もいるんだろう。そんなのを戦略級契約者の傍に置いとくのは危険じゃねえのか?」
セレナの問いをクウラが引き継ぐ。
船上の日差しを防ぐ色眼鏡越しの値踏みするような視線がベガとクルスを睨みつける。
チリチリと産毛が粟立つような感覚はまるで戦闘直前の空気のようだ。
「そいつは早計だ、青国支部長。いい加減気付け、さっきからオレやクィーニィはギルド単位で話をしている」
「あん? こいつらは一体で運用しろと、そう言いたいのか、“盤上の魔王”?」
「単独ではただの準英雄級に過ぎんよ、まだな」
庇う訳でも、褒める訳でもなく、ベガは淡々と告げる。
飾らぬ言葉に嘘はないと見たのか、クウラとセレナの視線が若干緩んだ。
「まあいい。教皇を護ったという武威、この大陸の為に使わせて貰うぞ」
「……それが正しき契約であるならば、従います」
「フン、小僧の割に肝は据わっているな。……いや、その面、お前はイオシフの息子か」
「父を御存じなのですか?」
「ああ、アイツには随分世話になった。クク、それを返せる日が来るとはな」
なんとか言葉を絞り出したクルスに対し、クウラは口の端を歪めて宣う。
色眼鏡をずらして露わにした目は月のない夜を思わせる漆黒の色。
父親を当てられたこともそうだが、白国北部のヴェルジオン領と大陸東部の青国との間に繋がりがあるとも思えない。
とすると、イオシフ本人に関係することだろうとクルスは考えた。
(そういえば、父は教皇の依頼で青国近海の海賊討伐に派遣されたことがあったな)
騎士はふと父と青国を繋ぐ記憶を思い出した。
十年以上前のことだが、その時に何かギルド連盟とあったのかもしれない。
まさか、件の海賊の一員だった者が支部長になっている筈もないだろう。
「とにかく、二級以上のギルドには引き続き各国の依頼を受けて貰う。とにかく、情報を集めて依頼の回転率を上げる。こっちの強みである国を跨いで組織を運用できることを最大限に活かすぞ」
「魔物を操り、防衛戦争を引き起こした存在か。そんなものが本当にいるのか?」
セレナの懐疑的な問いにもベガは動じない。
盤上の魔王と渾名される頭脳に従い、確信をもって頷く。
「――いるさ。敵手は必ず表舞台に出てくる」
ベガの笑みがこれ以上なく深くなる。
待ちに待ったチェスの試合で、ようやく相手が対面に座った、そんな瞬間のような笑みだ。
――時代が動く、何もかもを巻き込んで。
その場に居る誰もがそんな予感を抱いた。
会議は続く。ただ、その瞬間に備えて。




