1話:新しきもの
赤い瞳と白い髪はきっと父親譲りなのだろう。
イリスは微かに残る母親の姿形の記憶を思い起こして、そう結論した。
おぼろげではあるが記憶の中の母親は茶色の髪に碧眼であったように思うのだ。
ただ、どうしても父親の姿は思い出せなかった。あるいは、思い出したくないのか。
「……今になって気にしてもしょうがない、よね」
自問自答を打ち切り、イリスは顔を上げた。
軽鎧の背中から折り畳んでいた弓を引き抜き、一挙動で展開。
捉えた気配に向けて、魔弾生成で形成した矢を三本番える。
周囲は鬱蒼とした森。木々が不規則に立ち並ぶ地形は射線が通らず、射手にとって非常に不利なものだ。
しかし――
「――曲がれ」
撃ち放たれた三本の矢は木々を避けるように空中に歪な軌道を描いて飛翔した。
イリスは意識を集中する。糸のように伸ばした感応力が矢と己を繋ぎ、その軌道を操る。ガイドアローと呼ばれる技能の効果だ。
無論、欠点もある。
第一に、矢の速度に意識を追いつかせないといけないこと。
第二に、その為に極度の集中が必要で、操作中、自分を無防備にしてしまうこと。
第三に、魔力消費の割に軌道変化は緩やかなこと。精々、森の中で木を避けられる程度の変化だ。
故に、大事なのはどう操るかではなく、どう中てるかである。
彼我の状況、地形、距離。相手の体勢、得物、呼吸、脈拍。それらを感じ、制する。
中たるべくして中てる。射る前に射抜く。
弓の師たる義父の教えの通りイリスは狙い撃つ。
相手が矢に気付く。だが、遅い。
木の陰から飛来する矢は既に二メートルの距離まで迫っている。
気付いてからの相手の行動は素早かった。間をおかず、腰裏から引き抜いた投げナイフを貫通込みで投擲、一本目の矢を破壊する。
次いで、一メートルまで迫っていた二本目の矢を片手に持った剣で切り払おうとする。
咄嗟の状況だと言うのに、相手はよく見ている。迎撃の軌道は正確だ。
しかし、この矢はただの矢ではない。イリスは魔力を流し込んで矢の軌道を僅かにずらした。
既に剣を振り抜いていた相手が気付き、刀身を返して矢を剣の腹で受ける。
同時に、自ら後ろに向かって跳躍して矢の威力を殺そうとする。無理な体勢では受け切れないと判断したのだ。
だが、そこまでの動きはイリスの計算通りだった。
相手が退いた丁度その位置に三本目の矢が上空から弧を描いて飛来する。そうして、空中にいる相手の――ミハエルの襟足を貫き、木に縫い止めた。
「わ、わっ!?」
外套か何かのように木に吊るされたミハエルは咄嗟に矢を引き抜こうとするが、一拍早く放たれた二本の矢が立て続けに両袖も縫い止めてしまった。
「ああっ!?」
「はい、ミハエル脱落ね」
周囲を警戒しつつミハエルに近付いたイリスは、少年を縫い止めている矢を魔力に還して消し、次いで懐から取り出した筆で少年の額に大きく×の字を書いた。
「ちょっと悔しいな」
「森の歩き方がまだ甘いわ。もっと視野を広く持ちなさい」
「うん、わかった、イリスお姉ちゃん!!」
神妙に頷くミハエルの頭をひと撫でして、イリスはその場を去った。
「感じる気配は……クルスとソフィア、交戦中みたいね」
森の中、五百メートルほど向こうで二人の魔力を感じる。加護“森の番人”もあり、半里四方のことは手に取るように分かる。
さらに、千里眼に従って視線を飛ばせば、森の中にいくつも火花が上がっているのも視える。
ソフィアが転移で後退しつつ魔法を連射しているのだろう。単独での対前衛戦闘はウィザードの急所であり、ここ数カ月ソフィアが取り組んできた課題でもある。
杖を新調したこともあり、ある程度は単独でもクルスを止められるのだろう。
「んー、でも、このままだとソフィアが負けちゃうかな」
隠蔽を全開にして森に溶け込みながら、イリスはそう結論付けた。
接近されることが即敗北につながる単独戦闘では、ソフィアは敵手に追われながら認識可能距離で転移を繰り返すしかない。
それも詠唱に長く時間が取れない為、どうしても近距離にしか転移出来ないだろう。
現在、付かず離れず追撃戦が続く二人の間は中距離。クルスの障壁杭がギリギリ届く距離だ。
となると、ソフィアは転移、防御、攻撃の三つの術式を行使せねばならない。だが、少女が同時に唱えられるのは二つまで。どうやりくりしても必ず綻びが出る。
対するクルスは防御しつつ前進し、相手が隙を見せたら杭を打ち込むだけだ。両の足で前進するのに魔力はいらず、防御と攻撃に同一術式を変化させることで対応できるナイトは継戦能力が高い。
クルスの性格、性能を考えると、中距離まで近付かれた時点でソフィアは詰んでいるといっていい。
そもそも、相手を殺してはいけないという学園のルールは当然であるが、ソフィアにはかなりの不自由を強いる。
少女の魔法は既に人間に対して使うにはあまりに強力すぎるのだ。
「で、あとはカイなんだけど……」
イリスは目を閉じ、意識を空間に広げるようにして気配探知を広範囲に展開する。
加護と合わさることで探知範囲は森全体に及び、精度は森中の虫の数さえ数えられる程になっている。
「むぅ……」
なのに、肝心のカイがみつからない。気配が捉えられない。
森から出るのはルール違反だ。模擬戦が始まる前に皆で確認している。
とすれば、やはりどこかに潜んでいるのだろう。こういう時は魔力もないというのが有利に働いている。
(まあ、ここまでは予想通りか)
このまま闇雲に探していては、いつの間にか接近されて終わる。
今までならそうだろう。しかし、イリスとて何も手を考えていない訳ではない。
技術で見つけられないなら、思考で見つけるまでだ。
ここに至るまでの状況を追跡する。
森ひとつに限定した遭遇戦型の模擬試合。
はじめは学園の新入生が十人、アルカンシェルから五人。
ソフィアが森中に散らばるように転移させて開始。
暫くして、徒党を組んだ新入生三人をクルスが返り討ちにして撃破。
その後にミハエルが一人撃破。
次いで、自分が二人撃破。
分散していた残りはいつの間にかやられていた。カイの仕業だろう。
ソフィアはその間に北東の丘に移動し、現在、クルスがそれを追撃している。
そして先程ミハエルを撃破した。よって、残りはアルカンシェルの四人。
ここで重要なのは、カイならどう動くか、という相手視点の心理だ。
カイ・イズルハの戦術に消極的な待ちはない。同時に、思考は堅実だ。
その機動力を駆使すれば、新入生十人を単独で撃破することもできた。
なのに、していない。カイに長期戦を選択する利点がない以上、それは不可解だ。
「他の面子の消耗を狙っている? カイにしては消極的過ぎるわよね」
狙いは別にある。その目的の邪魔になる新入生だけを撃破し、潜んでいるのだろう。
事ここに至れば狙いは二つに絞られる。すなわち、ソフィアとクルスか、または自分かだ。
イリスならソフィアを撃破した直後のクルスを狙う。消耗戦ならイリスに分があるからだ。
では、カイならどうするか。
森の中、微かな葉擦れの音以外に聞こえるものはない。
戦闘が始まってからはいくらか居た動物達も逃げだしている。
(それにしても、いくらなんでも静かすぎる――)
刹那、本能が思考を超えて体を駆動させる。
イリスは隠蔽を解いて矢を二本生成、片方を地面に突き立て、もう片方を弓に番え、視界の端に向けて弦を引き絞る。
「――散れ」
放たれた拡散矢は空中で分裂し、辺り一面に降り注ぐ。
直後、従者の全身に寒気が走る。
合わせて背中側から猛然と迫る気配を感知する。
カイの狙いははじめからアルカンシェルの面子を如何に撃破するかにあったのだろう。
だが、カイが向かえばクルスとソフィアは戦闘を中断し、協働する可能性がある。
である以上、先にひとりのイリスを撃破する。その上でクルス達の決着直後に間に合わせる。
人極の機動力と攻撃力を有するカイだからこその手だ。
「来たわね、カイ!!」
「……誘いこまれたか」
カイの思考は堅実で、しかし、積極的だ。
故に、次に自分の潜んでいる場所が撃たれる可能性と、背を向けた相手に奇襲が成功する可能性を考えれば、誘いに乗るとイリスは判じていた。
陽光を翳らせる木々に黒ずんだ道衣を滲ませながら、カイが間合いを詰める。
対する従者は振り向く動作に合わせて、地面に刺した矢を蹴り上げた。
既に中距離まで迫っていたカイは狙いに気付き、咄嗟に外套を被って身を伏せる。
「遅い。――消し飛べ!!」
瞬間、空中にあった矢が炸裂し、無数の刃片をカイに向けて発射した。
弓で放ってない為に威力は低いが、侍の動きを止めるには十分。
その間にイリスは距離を取り、再度、矢を生成する――筈だった。
「――シッ!!」
身を伏せたカイが行ったのは二つ。
気を込めた拳で地面を殴りつけ、土砂をめくり上げて刃片を防ぐ。
さらにほぼ同時に懐から取り出した短刀をイリスに向けて投擲した。
「くっ!?」
正中線に向かって放たれた短刀は真っ直ぐに喉を狙っている。
こちらが躱すことを考慮に入れているのだろうが、容赦が微塵もないのはどうなのか。
イリスは仕方なく再度後方へ跳んだ。間合いはまだ彼女の味方だ。
だが、従者の足が地面を離れると同時に、視線の先で地面が爆発した。
カイが震脚から急発進をかけたのだ。
「ッ!!」
イリスが慌てて空中で構える。
対するカイは土砂をまき散らしながら距離の守りを潰し、イリスを間合いに捉えると同時に足場を確定、体を起こしつつ貫手を放つ。
加減のない心臓狙いの貫手に対し、イリスは体を捻って宙で足を振り抜き、カイの腕を外へと蹴り払った。
「殺す気!?」
「――次」
カイは弾かれた勢いを利用して逆の手を伸ばす。
対するイリスはまだ空中、おまけに蹴りを放った反動で体勢も崩れている。
避けえない瞬間に、従者は“隠し身”を発動。
僅かな時間だけ存在する位相をずらし、あらゆる攻撃を無効化する秘匿技術の一。
如何にカイの武が優れていようと、届かなければどうにもできない。
イリスの体が霞んでいく。カイの手が空を切り、そして――
「あ、れ?」
意に反して隠し身が中断し、イリスの体は力なく地面を転がった。
更に追撃しようとしたカイも手を止めて不審げに見つめる。
イリスは咄嗟に起き上がろうとして、額に走る激痛に思わず顔を顰めた。
「あ、ぐ、痛ッ……」
「イリス?」
急速に拡大する痛みは既に額を割り裂かんばかりに感じられる。
うずくまり、髪に結んだリボンを握り込む手にも力が篭る。
(こんな時に……!!)
「……痛むのか?」
構えを解いたカイが膝をつき、イリスの額にそっと手を触れる。
長く剣を振っているのに、否、剣をより効率よく振る為に柔らかさを保つ男の手はひやりとした感触を従者に与えた。
応じるように、イリスの額から熱と痛みが引いていく。
(あ、気持ちいい……)
一方で、イリスの額に手をやったまま、カイは従者に身に起こった異変に眉を顰めた。
掌が返す感触には僅かな違和感がある。花咲く前の蕾に触れたような生々しくも固い感触。
「お前……」
「その先は言っちゃ駄目。お願い」
ようやく痛みが引いてきたイリスはその赤い瞳に真摯な光を湛えて侍を見上げた。
「……」
「うん、もう大丈夫だから、カイは先に行って」
「……了解した」
イリスは立ち上がると体に付いた土埃を払い、カイに筆を手渡した。
侍は頷いて従者の手を取り、その甲に大きく×印を付けた。
「そんなべったり付けなくても」
「何かあったら言え。無茶はするな」
「それ、自分の日頃の行動省みても言える?」
「……」
苦笑するイリスから視線を外し、カイは無言で森の中へと消えた。
気配を探れば、クルスとソフィアの側も既に決着がついているのが分かる。ソフィアはかなり粘ったようだ。
消耗したクルスがカイとどこまでやれるのか俄然興味が湧いて来た。
イリスはもう一度リボンに触れて、自己を調節する。
今までの自分を思い返し、自他の境界を紡ぎ直す。
(――大丈夫。私はまだ私でいられる)
いつか訪れる変化を前にもう少しだけ今を生きていたい。
従者は視線を強く保ち、歩みを再開した。
◇
「納得いかねえッ!!」
模擬戦がカイの勝利で終わり、皆が森の外に集合した頃。
開口一番に不満を垂れたのは剣を背負った新入生だ。
十四,五と思しき童顔に、少年の域を脱しきれていない小柄な体。徒党を組んでクルスに挑んだ内の一人だ。発せられる気配からカイはそう結論付けた。
「そのガキがギルドに入れて、何でオレは駄目なんだよ!?」
指さす先には困ったように苦笑するミハエルがいる。
春と夏の境目。学園は新入生を迎え入れて幾日か経ち、新たな一年が始まっている。
そして、新入生の歓迎ついでにささやかだが外部の者向けの催し物もあり、里帰りも兼ねてミハエルも学園を訪れていたのだ。
そうして、学園の案内がてら、皆であちこち回っていたクルス達に声をかけてきたのが、先程の模擬戦に参加した新入生十人だ。
彼らはどこで噂を聞きつけたのか、アルカンシェルへの入団を希望する者達だった。
特に入団条件を定めておらず困っていたクルスに模擬戦を提示したのはイリスだ。
一通りのことを説明して、彼らがどのような手段を採るか、それによって可否を決める。単純だが、咄嗟の判断にこそ冒険者の資質は顕れる。
そして、十人全員が体のどこかしらに×印を描かれて帰ってきた。
「君は徒党を組むまでは良かったが、最初に俺を狙ったのは悪手だったな」
「じゃあ誰を狙えば良かったんだよ?」
「ソフィアだ」
「この中ではソフィアだろうな」
「断然ソフィアね」
「ソフィアお姉ちゃんじゃないの?」
不満げな少年の声に、本人を除くギルド四人の声が唱和した。
特にウィザードの脅威を身をもって理解しているミハエルの声には年齢に似合わぬ説得力が感じられる。
全員の視線が集中して恥ずかしそうに縮こまる少女は、しかし、その気になれば森全体を凍りつかせて勝利出来るだけの制圧力を秘めている。
新入生たちの採り得る最善手は少女が前衛と協働関係を作る前に数で押し潰すことだ。
これが実戦ならば、ソフィアを潰さねば被害の桁がひとつふたつ変わっていただろう。
「……」
学園に来るだけあって、新入生たちも自分たちのミスは理解できたようだった。
納得したように頷く者、頭を掻いて悔しがる者、その中で口火を切った少年だけは未だに不満を露わにしている。
理解はしても怒りは収まらないのであろう。
最早、勝ち負けや入団の可否ではなく、納得できる理由を探しているように見える。
「ミハエル、体力はまだあるか?」
「え? うん、大丈夫だよ、師匠」
「師匠はやめろ。それで、アイツと一戦やってみるか?」
見上げる少年の頭を軽く小突き、カイはそう提案した。
最近は帝都近辺の依頼を受けていないこともあって、ミハエルの相手はカイやクルスばかりに偏っている。何だかんだで少年に剣を教えているカイとしてはそれが気がかりだった。
戦士に求められるのは多様性と応用性。それを鍛えるには様々な相手に当たるのが手っ取り早い。
「えっと、いいの?」
「たまには他の奴に揉まれてこい」
「うん、わかった!!」
ミハエルは溌剌とした笑顔で不満げな少年の元に行った。
「他の者も決して筋が悪い訳ではない。この学園で様々なことを学んで、それからギルドを選んでも遅くはない」
「まあ、第一に生き残れるように。第二に教官達にぼこぼこにされても泣かないように。そんな感じかな」
場を締めるクルスとイリスの言葉に新入生たちは頷き、三々五々に散っていった。
「けど、ホントに実力差が大きいわね」
去っていく新入生の背中を眺めながらイリスがぼそりと呟く。
クルスが学園に来てから二年、ソフィア達は一年が経つ。人生という尺度で見れば決して長くはないその期間が、新入生たちとクルス達を厳然と分けている。
それはそのまま実戦にどれだけ従事したかの差である。
「そうであるなら、この一年で何人が亡くなるのだろうか」
沈痛な表情で告げるクルスは心中に漂う不安を自覚する。
防衛戦争から続く魔物の増加、先日の教皇襲撃事件。この大陸が混迷の時代に向かっているような気がしてならないのだ。
「兄さん……」
「気負うのは結構だが、なら、俺達は如何する?」
硬質なカイの視線が真っ直ぐにクルスに刺さる。
視線に籠る力強さは父の死を受け入れた故か。
侍は静かに、刃の鋭さを鞘内に秘めて騎士の言葉を待つ。
「――強く在る。そう在らねばならない」
答える声もまたそれに負けぬ堅固さを含んでいる。
強く在る。何をも守れるように。失われる命をひとつでも減らせるように。
「そうか」
カイはごく微かに笑みを浮かべて頷いた。
騎士は誓った。ならば、自分も立ち止まっている訳にはいかない。
“剣を振る”その先がおぼろげながらみえている。
強くならねばならない。英雄を超えて、英霊をも斬れるように。
「――勝った!!」
その時、場にミハエルの歓喜の声が響いた。
見れば、傷だらけのミハエルの足元に先程の少年が大の字に倒れている。
接戦だったのだろう。ミハエルも段飛ばしで強くなっているが、身体能力ではまだ相手の方が優れていた筈だ。
「勝った、勝てたよ、カイ!!」
「気を抜くな、ミハエル」
無邪気に喜ぶミハエルの額をカイの指弾が小突いた。
残心は精神的な修養の為だけではない。勝った時こそ警戒を疎かにしてはならない。
同じミスに対し、カイは容赦しない。
「あう、ごめんなさい」
額を押さえてミハエルは表情を引き締めて相手を助け起こした。
その手を取る相手も毒気が抜けたのか、どこかさっぱりした表情をしている。
「なんだ、その……悪かったな、ボウズ」
「ううん。またやろうね!!」
「あんた等も、今回はオレも不合格だ。けど、一回しか受けちゃいけねえって訳じゃないんだろう?」
茶目っ気を感じさせる少年の笑みにクルスは苦笑を以て返した。
「ああ。いつでも来てくれていい。模擬戦の誘いも歓迎だ」
「フン、青国からわざわざ来た甲斐があったぜ」
多少ふらつきながら少年は、それでも、背筋を伸ばして己の両足で去っていった。
「あの子、ウチよりもアイゼンブルートとかの方が性に合ってるんじゃない?」
「アンジールも入学当初はあんな感じだったのかもしれんな。ともあれ、いきなり付き合わせて悪かった、ミハエル」
「ううん、楽しかったし、勉強になったよ!!」
向日葵のようなミハエルの笑みに、クルスもまた同じような笑みを返した。
いずれは主従関係になる二人も、今は仲間であり、家族なのだ。
否、自分が当主になってもこの関係は変わらないかもしれない。
なんとなくだが、クルスはそんな予感がした。
「でも、結構時間かかっちゃったわね。クルスは支部長に報告しに行くんでしょう? そろそろ出ないとまずくない?」
「準備は既に終わっている。一応、二日前後で帰る予定だ。カイは解呪実験だったな?」
「ああ」
「何かあればすぐに言え。無茶はするなよ」
「……了解」
軽く拳を合わせるカイは日頃、自分がどう見られているか理解して苦笑を深くした。
クルスはそのまま馬車に乗って学園を後にし、一路帝都を目指す。
しかし、予定に反し、クルスが学園に戻ったのは十日後だった。




