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刃金の翼  作者: 山彦八里
二章:ギルド
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29話:教皇

 生誕祭も既に半ばにさしかかり、皇都アルヴィスは例年になく湧き立っている。

 しかし、その喧騒も一般人の立ち入りを禁止された教皇の居わす塔までは届かない。


「ああ、暇――じゃなくて静かなもんですね」


 戸外にて、教皇の私室を守る二人の騎士の内、若い方の男がぼそりと呟いた。

 退屈そうに腰に帯びた剣を弄る姿には若干の不満が漏れている。

 騎士にあるまじき態度にもう一人の護衛である若干年配の騎士が眦を吊り上げた。


「余計な口を開くな。猊下はお休みになられているんだぞ」

「防音はしっかりしてるじゃないですか。大丈夫ですよ」


 そう言って若い騎士は背後の重厚な扉を指さす。

 内外を分かつ扉の為に中の音は聞こえず、また、外の音も中には届かない。

 警備上の危険を感じさせるが、教皇とはいえ、まだ十六歳。四六時中、幾人もの騎士が傍にいては参ってしまうだろう。


「……あまり気を抜くな」

「気を張ってても保ちませんて。このままあと二刻は立ちんぼですぜ」


 同僚の物言いに年配の騎士は小さくため息を吐いた。

 手が足りないとはいえ、何故このような堕落した騎士が教皇の身辺護衛に就けたのか不思議で仕方なかった。


「あーあ、俺も水晶鈴の歌聞きたかった――」

「黙れ、誰か来るぞ」

「おっと」


 二人の視線の先、廊下の角を曲がってやって来たのはまだ年若い大臣だった。

 三等位“C”の家格を持ち、急進派として名高い大臣は、どこかふらつくような足取りで二人の前まで進み出た。

 年配の騎士が目配せすると、若い騎士は若干嫌そうな顔をしつつ、手を拡げて大臣の前に立ちはだかった。


「止まってください。ここからは教皇猊下の私室です。貴方といえど――」

「緊急の要件である。どかれよ」

「い、いえ、しかし……」


 戸惑うように視線を向けてきた若い騎士に、年配の騎士は苦虫を噛み潰したような渋面で頷きを返した。

 白国において貴族は絶対の存在だ。本来、家格を持たない彼らが道を阻むことは許されることではない。背後が教皇の居室でなければ何も言わずに素通ししていただろう。

 しかし、それが許されないのが近衛騎士だ。


「少々お待ちください。猊下にお伺いを――」

「あら、通していただけないのですか?」

「……え?」


 瞬間、騎士の動きが凍りついたように止まった。

 いつからそこに居たのか。ぞっとするほど美しい女がすぐ目の前に立っている。互いの距離は唇が触れるのではないかというほど近い。

 視界一杯に広がる、女の黒髪と肌を覆い隠す漆黒のドレスは白国の中枢たるこの場にはまったく似つかわしくないのに、その真紅の瞳を見ていると、騎士たちは脳が蕩けたように己が職務を忘れた。


「――“通してくださいまし”」

「あ――――承知、いた、しました、女神さま」


 そして、美女の紫色の唇が発した言葉を受けると、騎士たちの目からたちまちに理性の光が消えた。

 言われるがままに扉を開け、教皇の元への道を拓いてしまう。


「うふ、それでは、後はお任せしますわ、大臣様」

「ま、かされ、よ。猊下に、あ、【愛】を――」

「ええ、それでよろしいかと。万事うまくいきますわ」


 美女が大臣の耳元で艶やかな吐息とともにねっとりと囁く。

 大臣の脳髄を揺らす声は長く余韻を引き、それが消える頃には女の姿は霧消していた。


 開け放たれた扉を抜け、大臣は夢遊病者のような足取りで教皇の私室に侵入する。

 教皇の私室はその権威に反し驚くほど質素であった。衣装箪笥と鏡台、執務机にベッドの他には何もない。

 塔の最上階ということもあり、本来、人を招き入れる場所ではないのだ。

 その部屋の中央で、教皇は闖入者に背を向けて祈りを捧げていた。

 大臣の虚ろな目がぎょろりと回り、その貴き姿を捉える。


「……来ましたか」


 振り向く動きに合わせて銀の髪と法衣の裾が翻る。

 まるで大臣が来ることを知っていたような物言いだが、正常な思考を既に失っている木偶が答えることはなかった。


「あ、あい、あい、【愛】、猊下にあいを、あいを、あいを、あいを――」


 代わりに吐き出されたのは呪詛にも似た妄言。

 口の端から涎を垂らしながら、壊れたように同じ言葉を呟く大臣には正気のかけらも窺えない。

 ふらふらとした足取りのまま、懐から取り出した黒い魔力結晶を教皇の胸へと押し付けようとする。


 教皇は最後に何か言おうと口を開く。

 その直前、背後の窓が――塔の最上階の窓が――蹴破られる音を聞いた。



 ◇



 時間は少しだけ遡る。


 ネロの屋敷で一刻ほど過ごしただろうか。カイ達が元いた場所に転移された時には既に太陽は沈みかけており、時刻は夕刻に近付いているのが見て取れた。


「イリス、あの塔の中は見えるか?」


 教皇宮にはいくつか塔が立っている。その中の一本をカイは迷わず指さした。

 窓の数からして二十数階。高さも含めて外観は他の塔とさして差はない。しかし、その塔こそが教皇の居所である。

 かつて、護衛に就いたこともあるカイはそれを覚えていた。


「無理みたい。建物に認識改竄の術式が刻んである。私の千里眼じゃ突破できない」

「……座標が取れないとなると、転移で直接というわけにはいかないか」

「近衛騎士が侵入者を許すとは思えん。抗することのできる相手ならば、だが」


 口では否定しつつ、カイは同時にこうも思う。


 もしも、自分が白国中枢の人間でかつ教皇を殺すなら、外部への警戒で忙殺されるこの瞬間を狙うと。なにしろ今、首都の限界を超える大人数が押し掛けているのだ。確実に手は足りていない。

 無論、警備は常よりも厳重だ。しかし、それは外に向けての防備だ。内部に関しては、如何に教皇の身の回りを固めても全員を精査することはできないだろう。


(大臣にそのケがあることは伝えておいた筈だが)


 直感の告げる危険は消えていない。そして、ネロがすると言えば、教皇を囮にすることは確実だ。

 教皇本人も替え玉などという手は取らない覚悟の座った人物だ。

 では、どうするべきか、カイは数秒黙考した。

 危険はある。しかし、自分たちが無理に介入する必要があるのか。そこが問題になる。

 教皇の身に危険が迫ろうと、他の十二使徒がいれば――



 瞬間、ドクンと心臓が不吉な鼓動を鳴らした。



「――――」


 覚えている。これは前に統率個体と思しきオーガを前にした時と同じだ。

 つまり、あの塔にある危険とは、教皇に迫る危機とは――


「クルス、俺が塔を登る」


 声には静かな覚悟が滲む。相手がこの呪いに関係する者ならば、見逃す手はない。この手で討つ。十二使徒として刻まれた反応だ。


「わかった。だが、やれるのか?」

「俺ひとりなら。どちらにしろ、あの高さまで送れるのは1人だけだな、ソフィア?」


 問いと共にカイが視線を向けると、ソフィアが困ったように微笑んだ。


「……カイには隠し事ができませんね。転移は無理ですが、風を吹かせることはできます」


 問いの答えに、ソフィアがワンピースの胸元から取り出したのは古い指輪。

 小さな宝石の付いたそれは杖の代用だ。携行性は高いが詠唱軽減率は低い。


「イリスも、いけるな?」

「いいけど、弓はないわよ?」

「俺が突入した後、届かせてくれれば十分だ」

「……1回だけなら投げられるわ」


 イリスの体に魔力が集中し、一時的な筋力強化を施す。

 矢を魔力で生成できるイリスならば、警備が飛んでくるまでに一発撃ち込むことは十分に可能だろう。


「待て、生誕祭は武器の持ち込みは――」

「カイだってナイフ持ち込んでるじゃない」

「緊急時だ。問題ない」

「……お前達」


 クルスが呆れたようにため息をつく。

 しかし、そういうクルスも礼服には秘かに硬化の術式を刻んでいる。

 当然の備えの範疇だろう。危険がどこにでも存在することをクルス達はいくつもの依頼を通して実感している。


「教皇がいるのは塔の最上階。立ち入り禁止区域は直線で五町。一息で飛び越える」

「……わかった。お前の判断を信じよう」


 戦意が研ぎ澄まされ、クルスの顔が貴族のそれから戦士のそれに変わる。

 カイは小さく苦笑した。そちらの方が似合っていると思ったが、口には出さなかった。


「俺が突入したら矢を撃ち込め」

「りょーかい」

「では、はじめよう」




 準備が整うと同時、クルスは何食わぬ顔で立ち入り禁止区域に歩み寄った。

 不審を露わにする衛兵が止める前に踵を返す。十歩分離れたカイ達と視線を合わせる。

 ソフィアが頷きを返し、すぐ隣で疾走体勢に入ったカイの首に両腕を回す。


「よろしくお願いします、カイ」


 耳をくすぐる囁きにカイは答えず、そのまま軽々とソフィアを抱き上げた。


「重くないですか?」

「軽すぎる位だ。羽でも生えているのか?」

「ふふ、ありがとうございます」

「……行くぞ」


 言葉をひとつ残してカイは走り出した。

 一歩目で足裏が地面を確と踏みしめ、二歩目で加速に乗り、三歩目でその身は疾走を開始する。

 人一人抱えているというのに、その速度は常と遜色ない速さだ。


「――障壁、全開!!」


 衛兵が気付いた時にはもう遅い。

 待ち受けるクルスは礼装に刻んだ硬化術式を媒介に障壁を展開。

 重ねた両の掌に半透明の障壁が形成される。この小さな盾はカイを跳ばす為の足場だ。


 そして狙い通り、踏み込むカイが疾走の勢いのままにクルスの構えた手に足をかける。

 直後、クルスが全身から魔力を迸らせ、踏みしめた両脚から背筋、腕へと力を伝導、力の限り振り上げた。

 突風が辺りに撒き散らされる。侍の加速と騎士の膂力に障壁の反発も加味された高飛びの技は、その一瞬でカイとソフィアの身を上空まで打ち上げた。



 視界が一気に開ける。耳元で風が轟々と鳴る。

 吹き荒ぶ風の中、抱きしめたソフィアが僅かに身じろぎするのが触れた肌から伝わる。胸元の指輪を握りしめたのだろう。

 同時に、カイの心眼が少女から魔力が放出されたのを感知した。


「――撃ち抜け」


 二人の身が落下に掴まる直前、ソフィアが風を起こす。

 本来は収束させる風礫系低位術式をわざと不完全に構成し、下方に向けて猛烈な勢いで噴射する。

 落下軌道にあった二人の身体が風に乗り、塔へ向けてふわりと浮きあがった。

 だが高度はまだ足らない。塔はいまだ遥か頭上にある。


「ご武運を――連弾」


 声と共にソフィアがカイの懐を脱する。

 二人は離れ、徐々に落下していくソフィアが連続魔法を発動する。


「――届いて」


 ソフィアの放った風を足場にカイが再度跳躍する。足裏に感じる僅かな反発を糧に撓ませた全身を引き放つ。

 風を踏むという荒技に人極たるカイの肉体は確かに応えた。

 背中を押す風を支えに、その身は三度飛翔する。

 放たれた矢の如く飛翔した侍の身はまっすぐに塔の最上階に到達。

 激突の勢いを以て窓を蹴破り、躊躇なく内部へと突入した。



 ◇



 そして、一年の時を経て、二人の時間は合致する。


 窓を構成していたガラス片が舞い散る中、カイは狙い通り教皇の私室へと突入した。

 着地と同時に全感覚を開き、周囲の状況を確認する。

 視線の先、教皇に迫る若い男、気に著しい乱れ、手には黒い魔力結晶、心臓は未だ不穏な鼓動を鳴らしている。

 そして、カイはかつての上司の名を告げる。


「――エルザマリア」

「カイ!?」


 振り向く教皇と目が合った。その目に宿るのは驚きと――決意。


「――白神の末裔たる吾が威令を発す、“攻撃せよ”!!」


 応えは最上位のロードの号令によって返された。

 状況が確定する。号令を受けたカイの身が一段飛ばしで強化され、すぐにでも攻撃に移れる。


 だが位置が悪い。カイから見て、相手は教皇を挟んだ向こう側。その手に持つ魔力結晶は既に教皇の胸に触れかけている。

 このままでは、こちらが追い付く前に教皇が害悪を受ける。

 そんなことは許さない。指の一本、汚濁の一滴すらも触れさせない。


 ――故に、これは予想の範囲内。


 この部屋の構造は“知っている”のだから、この立ち位置になることもまた予想できて然るべきだ。


「来い、イリス!!」


 声に応じるように割れた窓から飛び込んできた一本の矢。

 中も見えない場所への投擲。従者といえど、命中率はないに等しい。

 このままでは相手に当たる前に床に刺さる。


 瞬間、カイは腰裏のナイフを引き抜いた。

 刹那の見切り、矢の軌道上に置かれたナイフの刀身を鏃が火花を上げて滑走する。

 切り払いの応用。一瞬の中で、矢の軌道がわずかに変わる。


 そして、歪な線を描いた矢は、教皇の脇をすり抜け、狙い通りに大臣の腕に深々と突き刺さった。

 腱まで届いたのだろう。握力を失った手が黒い魔力結晶を取り落とす。


「あ、あいを、あいを――」

「――シッ!!」


 正気を失っていても痛みは感じるのだろうか。大臣が動きを止めた一瞬の間に接近したカイが殴り飛ばした。

 モンクでもあるカイの一撃に契約なき者が耐えきれる筈もなく、殴り飛ばされた勢いで空中で数度回転した後、大臣は床に倒れ伏した。


 即座に周囲に気を放って警戒する。

 だが、追撃、援護はないようだ。部屋の中に静寂が戻る。


「大丈夫か?」


 警戒を残したまま、カイが端的に問う。

 “再会”の挨拶はない。

 騎士位を剥奪されたカイと教皇は表向き無関係ということになっている。咄嗟に呼んだ名も意味をなさない。

 逆に十二使徒としても、離れていても忠誠が変わることはなく、殊更な挨拶はやはり必要ない。

 それはエルザマリアも理解しているのだろう。カイの無礼を咎めることなく、小さく安堵の息を吐いた。


「ええ、大丈夫です。……殺さなかったのですね」

「殺せと言われていない」

「……変わっていませんね、貴方は」


 エルザマリアが困ったように苦笑する。

 体は触れ合うような距離にいるのに、心の距離は、遠い。


 そうして、教皇が何か言おうとして迷う間にカイはさらに周囲を探り、ふと壁際の違和感に気付いた。


第五位(ジョセフ)か」


 声に、壁が滲み、目深にかぶった帽子で表情を隠した男が現れた。

 心身に多大な負荷をかけるレンジャーの秘匿技術“隠し身”を当然のように使っている。

 それでいて眉根一つ乱さない鋼の精神を持つ“超人”。

 カイと同様に昇格した十二使徒の第五位、ジョセフ・ハイランダー。


「……鈍ってはいないようだな、第八位」


 カイに諜報と隠蔽技術を教えた顔のない野伏はそれだけ言うと視線を外し、大臣の身柄と黒い魔力結晶を回収して再び音もなく消えた。

 カイも一度頭を下げただけで何も言わない。

 気を読めば相手の状態は分かる。それで十分。お互いいつ死ぬか分からないのだ。過度の馴れ合いは隙を生む。


 とはいえ、自分の知る限り最高の護衛を配置していた当たり、教皇側もこうなることを予測していたのだろう。


(結局はネロの思惑通りか……)


 おそらくは今後に向けた一手。

 ここで教皇とアルカンシェルを繋いでおくことが利になるとあの男は考えたのだろう。


「……大臣がこうすると分かっていたのか?」

「はい。貴方達の警告は届いていました。ですが、致命的な状況になる前に膿を出しておかなければならなかったので」


 彼を唆した下手人にもいま追撃を差し向けています、と教皇は言う。

 次いで、その美しいかんばせでじっとカイを見つめる。


「どうした?」

「あ、いえ……貴方がお元気そうでよかったと――」


 最後まで言い切る前に、エルザマリアの目から、つと涙が流れた。

 拭っても、拭っても、涙は次から次へと零れていく。


「あ、あれ、何で涙が? 悲しくなんて……」

「……お前は変わらないな」


 カイは小さく息を吐いて目を閉じた。

 教皇は白国の象徴だ。人前で涙を見せるようなことは許されない。たとえ、それが一年ぶりに再会した部下の前であっても。

 故に、侍は何も見ていない。そのまますすり泣く音だけが場に響いた。


「貴方も本当に変わっていませんね、使徒カイ」


 暫くして泣きやんだ教皇の声にカイは目を開けた。

 声には常の冷静さが戻っている。涙の跡もない。

 少女は既にエルザマリアという個人ではなく、教皇になっている。


「今の所属はどうですか?」

「悪くない。詳しくは“ネロ”に聞け」

「使徒ネロは隠し事が多すぎます。ひとまず、ローザ叔母さまにはお礼をしなければなりませんね。隠し通路は覚えていますね?」

「肯定だ」

「では、礼はまた後で届けさせます」

「了解」


 それが今の二人の立ち位置。

 互いの声に温度はなく、距離もまた離れていく。


 しかし、その途上でふとカイは足を止めた。

 振り向かず、声だけを教皇に投げかける。


「誕生日おめでとう、エルザマリア。お前が無事でよかった」


 返事を待たず、侍は隠し通路に消えた。

 まるで陽炎の如く、その身を示すものは何も残っていない。

 後には、散らばったガラスの欠片が夕日を受けてまばらに輝くのみだった。


「……遅いです」


 寂しげに呟かれた言葉は誰にも届かず、ただ暮れゆく大気に溶けていった。



 ◇



 その日の夜、ヴェルジオンの別宅に丁寧に包装された包みが送られてきた。

 第八位へと書かれているそれをカイは無造作に開けた。


 中にあったのは、掌大の宝玉。かつて十二使徒の入団試験でカイが斬った竜の心臓が結晶化した、ドラゴンハートと呼ばれる宝石の中でも最上位に数えられる一品だ。

 そして、もうひとつ。


「これは父の……初期化してあるのか」


 十二使徒の証たる銀の剣。今は亡き父の剣。

 ジョセフが回収したものだ。戦闘中に吹き飛んだ父のもう一つの剣“無銘”は見つからなかったのだろう。

 だが、銀の剣は本来門外不出。

 遺品か、託すつもりか、あるいは、忘れるな(・ ・ ・ ・)ということか。


「……逃げ続けるわけにはいかないか」


 意を決して、カイは銀剣を鞘から抜き放つ。

 同時に、こめかみに微かな痛みが走る。脳裏に過去の映像が再生する。

 燃える街並み、屍の山、倒れた父親、血に染まる両腕、天を満たす曇天、心臓に刻まれた禁呪・不死――


「そうだ。俺は……ッ!!」


 己の呟きは、何故か遠くおぼろげに聞こえた。

 次の瞬間、カイは剣を握ったまま意識を失った。

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