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刃金の翼  作者: 山彦八里
二章:ギルド
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28話:第一位

 パレードの翌日。クルスは合流した父と共に教皇に謁見した。

 教皇宮の最奥にある祭壇。白神の聖地『聖なる丘』を護るように立つその場所で、ステンドグラスを透して色とりどりの光が辺りを満たす中、生誕祭は粛々と進行していく。


 彩光を背に佇む教皇に向けて、豪奢に着飾った貴族たちが順に言葉を述べていく。

 特別扱いされる故もなく、クルスもその列に加わり、形式通りの祝辞を述べる。

 あるいは、カイのことを訊かれるかもと緊張していたクルスとしてはありがたいような申し訳ないような、そんな気持ちだった。

 とはいえ、教皇もまた公の場では己の事情を優先する訳にはいかないのだろう。


 そうして、一通りの儀式が終わり、クルスは父と共に大聖堂を後にした。


「私はもう少し回る所がある。お前は好きにしなさい」

「わかりました、父上」


 正装をまだ暫くは脱ぐことが出来そうにない父にクルスは頭を下げた。

 クルスの仕事は終わったが、イオシフにはまだ領主として周辺領との折衝がある。街道の整備や増加する魔物への対処、白国内の貴族が一堂に会するこの機会を逃すわけにはいかないのだ。


「何かあればナハトに言付けておくといい」

「はい」


 事務的な話が終わると、二人は沈黙した。

 渇いた会話だとクルスは思った。だが、それ以上の言葉が出てこない。

 父のことを嫌っている訳ではない。むしろ、領主として善政を敷いていることを尊敬している。いずれその後を継ぐことを誇りに感じてすらいる。

 しかし、その為に家庭は犠牲になった。親子としての会話など久しく交わしていない。

 ソフィアの為といって学園に来たことに、一抹、父から逃げたかったという気持ちがないと言えば嘘になる。

 クルスが二歳の時、ソフィアを産んだ際に母は死んだ。顔も覚えていない。だから、せめて父とは親しくありたいと思ってはいるのだが――。


「そういえば……」


 葛藤するクルスを見て何を思ったのか、イオシフがおもむろに口を開いた。


「昨日、別宅に寄った時にイズルハ殿に会ったよ」

「カイに?」

「ああ。話には聞いていたが凄まじい御仁だな。あれが人の形をした武というものか」

「……あの、カイが何か?」


 クルスはおずおずと問う。イオシフはそこまで礼儀に厳しい性質ではないが、カイが相手となると何があってもおかしくない。


「ひとまず斬りかかってみたのが、容易くいなされてしまった」

「斬り……」

「それから、親孝行くらいはさせてやれ、と」

「カイが……そうですか」


 何か不穏な言葉が聞こえた気がしたが、ひとまずそれは置いて、クルスは今後のことを考える。

 生誕祭はあと三日ほど続くが、明日からの催し物は主に民衆向けのもので、イオシフたち貴族には多少余裕ができる。無論、丸一日時間を取ることはできないだろうが。


「では、皆で食事にでも行きませんか? 俺……失礼、私もきちんとカイを紹介したい。まだ出会ってから一年も経っていませんが、彼は得難き戦友です。……父上?」


 何故か驚いたようにこちらを見つめている父にクルスは問いを返す。

 ややあって、イオシフは苦笑とともにこちらの肩を叩いた。


「私も同じことをイズルハ殿に言ったよ」

「父上……」

「予定の調整はナハト親子がどうにかしているだろう。詳しくは追って連絡する」

「はい!!」


 先程とは一転した晴れやかな気持ちでクルスはイオシフの背中を見送った。



 ◇



 生誕祭ということもあって教皇宮もある程度一般に開放されている。

 教皇の住居である塔や聖地の防衛装置でもある奥の祭壇などには入れないが、白国で最も美しいとされる大聖堂は公開されている。

 一年に一度の機会にと、多くの信徒が押し掛けているのが遠くからでもわかる。


 多くの民衆はパレードから一夜明けても興奮冷めやらぬ様子で、街の其処彼処で騒いだり、あるいは大聖堂の方に向けて祈りを捧げていたりと若干混沌としている。

 そんな教皇宮の一角でカイ達はクルスを待っていた。

 生誕祭はまだ続く。様々な露店も出ている。皆で回るのも悪くないだろう。


「皆さん楽しそうですね。わたしもつられてしまいそうです」


 通りがかった子供に笑顔で手を振り返していたソフィアが楽しそうに告げる。

 少女の服装は裾の広い白のワンピースだ。いつもの白神のローブでは国の関係者に間違えられる可能性があるからだ。

 出かける前に読心もカイに切って貰っているので、少女は今、生まれて初めて生誕祭を楽しんでいる。

 本来ならば、ここまで人の多い所に出ていたら少女は即座に倒れている。


「来て良かったわね、ソフィア」

「はい!!」

「うん、いい返事ね」


 はしゃぐソフィアを一歩下がって見ているイリスはシャツにジャケット、太股を大胆に見せるホットパンツと活動的な服装だ。

 二人とも杖や弓は持っていない。教皇宮は原則として武器の持ち込みは禁止なのだ。


「そういえば、元・近衛騎士としては教皇宮は懐かしかったりするの?」


 髪に結んだリボンを弄っていたイリスが会話の矛先をカイに向けた。

 平服で、腰の刀も背の剣もないカイは片目を閉じて、暫し迷うような表情を見せた。

 たしかに教皇宮で仕事をしたこともあったが、懐かしいと言えるほどの愛着はない。それでも、十年近く勤めていたこともあり、少しは思い入れもある。

 そういう中途半端をなんというのか、侍は知らなかった。


「……クルスが来たぞ」

「あ、誤魔化した」

「兄さん、こちらです!!」


 奥の区画から出てきたクルスに向けてソフィアが元気よく手を振る。

 初めて見るほどの妹の明るい様子にクルスは若干驚きつつも足をそちらに――



「――怒れ(ヴェーオル)、サンダーボルト」



 瞬間、上空を見上げたカイがソフィアとイリスを抱えて跳んだ。

 ほぼ同時に、三人が元いた場所に極大の落雷が落ちた。

 高威力の雷撃を周囲へまったく拡散させずに凝縮させた一撃。

 しかも、周囲の民衆に気付かれぬ内に消え去り、後には魔力の残滓も残っていない。


「低位雷撃魔法? ですが、今の詠唱は……」

「敵か!?」

「待て、クルス。この気配は俺の知己だ」


 皆一様に戦闘態勢を取るなか、カイは上空を見上げて微かに目を細める。

 感じる気配に、侍は今度こそ懐かしさを感じた。


「久しぶりだな、馬鹿弟子」


 声と共に降下してきたのは全身黒ずくめの男だった。

 服の上からでもわかる均整のとれた体に切れ長の目と恐ろしく整った顔立ち。一見すれば空恐ろしい程の美形。

 だが、何より目を引くのはその額にある蒼の結晶、サードアイの存在だろう。

 強大な魔力を秘めたその結晶こそ、偽ることなき古代種の証である。

 これみよがしな人外の気配にクルス達が警戒心を高める。


「挨拶が過ぎるぞ、ネロ」

「貴様が鈍っていなくて安心したぞ、カイ」


 カイの殺気混じりの言葉を流し、男は口元が裂けるような満面の笑みを浮かべた。

 クルス達はその笑みを見ていると何故か背筋が震えてきた。

 特に感応力の高いソフィアが顕著で、顔を真っ青に染めて、カイが支えていなければそのまま倒れてしまいそうな程だ。

 それ程に男の発する気配は、その在り方は人間とは異質に過ぎる。


「少し下がれ。慣れていないとこの威圧は辛い」

「この魂は人間では……魔物……いえ、古代(アーキ)種?」

「古代種だと!? ならば、額の結晶は本物か」


 クルスが驚きに声をあげる。

 数千年を生きる神よりも旧き人間の原型、ヒトの形をした生きた伝説。

 竜種に比肩する希少存在の突然の登場に二の句が告げられなかった。


「ほう。一目で気付くか、小娘。伊達に馬鹿弟子の仲間をしていないな」

「カイはどこでこんなのと知り合ったのよ?」

「……ネロ・S・ブルーブラッド。十二使徒の第一位だ」

「なにっ!?」


 どこか嫌そうに紹介するカイに皆は再び驚いた。

 白国でイニシャル持ちということは、ネロは歴とした貴族ということになる。

 クルスは自国の上層部にこうも堂々と人外がいることに頭が痛くなりそうだった。


「カイが前に師のひとりが貴族で、人間でないと言っていましたが……」

「ま、まさかホントにそのままの意味とはね……」

「ふん、紹介はその位にしておけ。話を進めるぞ」


 動揺するクルス達を一通り楽しんだネロが口を開く。

 合わせて、カイが仲間を庇うように一歩前に進み出た。


「何の用だ、ネロ?」

「用がなければ来る筈ないであろう。わざわざ口に出させるな、第八位」

「了解……八位? 俺は十位だった筈だ。誰か死んだのか?」


 カイが眉を顰める。第八位はかつての父の位階。それは既に失われた筈だ。

 対するネロは肩を竦めて嘆息してみせた。舞台役者のような大仰な仕草が妙に似合っている。


「繰り上げだ。代わりに五位(ゲンハ)六位(イアル)が九位と十位に降格した。年齢の問題だな。実力はあっても体力的に厳しいなどとほざきおった。老化するとは鍛え方が足りないと思わんか?」

「不老長寿が何を……まあいい。ギルドへの依頼か?」

「うむ。白国の支部に正式に依頼しておいた。名指しでな。教皇直々(・ ・ ・ ・)の指名を貰えるとは光栄であろう?」

「……性悪」

「褒め言葉にしか聞こえんな」


 カイが殊更に睨むが、ネロはどこ吹く風だ。

 この大陸の混乱に否が応でも巻き込む気なのだ。


「クルス、どうする?」

「ひとまず話を聞こう。判断材料がない」

「では、我の屋敷へ招待しよう」


 虎穴に飛び込むような気持ちをクルスが感じる中、ネロは指をひとつ鳴らして四人を転移させた。

 淡い光と共に、四人の姿が消えると同時にネロも消える。

 後には何も残らず、誰も何も気付かぬままに生誕祭は賑やかに続いていった。



 ◇



 ネロの屋敷は皇都の周りに点在する衛星都市のひとつにあった。

 庭には季節外れのバラが咲き、神経質なほどに清潔さを保たれた屋敷は人間味を感じられなかった。従者や侍女の一人もいないというのもその雰囲気を助長している。


「皆は達者にしているか?」


 前準備もなく長距離転移させられたことに仲間が唖然としている中、カイはじっとネロを見据えて口を開いた。

 侍は椅子にも座らず、どこからか出てきた紅茶に手は付けようとしない。

 師の一人であり、仲が悪いということもない――カイの交友関係の中ではむしろ良い方だ――が、目を離せば何をしてくるかわからないという点では油断のならない相手だ。


「うむ。どいつも元気に死に損なっている。たまには顔を出してやれ。ゲンハやクラウスも寂しがっている。ソーニャなぞ次に会える日を指折り数えているぞ」

「必要があれば」

「……まったく」


 一人だけ堂々と椅子に腰かけ、紅茶のカップを手に持つネロはこれ見よがしにため息を吐いた。


「その返答から察するに望み薄だな。正直な所、人手不足だ。ジン――お前の父親の空席も埋められていない」

「……そうか」

「だが、現状を考えると貴様を出したのは僥倖だったかもしれん。十二使徒は“名の加護”故に行動を縛られる。そこから片足外れた貴様ならその誓約を無視できる」


 ――お前だけが、ニンゲン相手に“銀剣”を抜ける。


 その一言にこれ以上ない毒を込めてネロは嗤う。

 カイの目尻が苛立ちにぴくりと痙攣した。

 同様に、クルスは侍の背後で話の趨勢を見極めながら、この師の元でカイはよくぞここまで純朴に育ったと秘かに感心した。そこらの貴族など歯牙にもかけないおぞましい何かがネロから発せられている。


「そうそう、お前は丁度、都合よくギルドなんぞに参加しているしな。話が早い。うむ、もう二級になっているのであったな。おめでとうと言っておこう」

「学園を紹介したのはお前だろう」

「おや、そうであったか?」


 大仰にとぼける姿すらこの男がすれば嫌に様になる。

 はぐらかされるのもこれで何度目か。カイは覚えていなかった。


 この人型の化物は一体どこまで予測しているのだろうか。白国建国から存在するとも言われている教皇の影。その視野の広さは大陸すら覆い尽くすほどだ。

 そうして、人間が好きで好きで堪らない原初のヒトは己の思うままに行動し、結果として人間の味方になっているのだ。

 多くの人を殺め、同時に多くの人を救った“魔人”。それがネロという男だ。


 カイが警戒を深めていく中、ネロはカップを置き、これみよがしに溜め息を吐いた。


「……話はまだあるが、後ろの小娘共が限界そうだな」

「ん、すまない、ソフィ――」

甘い(・ ・)


 カイが視線を離した瞬間、ネロは指をひとつ鳴らして転移術式を起動した。

 相手の狙いに気付いたカイが振り向き、腰裏からナイフを抜き放つより僅かに早く、その姿は光と共に何処かへ跳ばされた。




「さて、お主ら、我に何か訊きたいことがあるようだな。馬鹿弟子が帰って来るまで付き合ってやろう」

「いや、あの、カイをどこに跳ばしたのですか?」

「少し走らせるだけだ。じきに帰って来る。我を前に気を抜くあ奴が悪い」

「うわー、すごい楽しそう」


 イリスがげんなりした様子で呟く。無論、楽しそうなのはカイではない。

 そして、従者の隣、ようやくネロの威圧に慣れてきたソフィアが一歩前に出た。


「では、カイについてお訊きしてもよろしいでしょうか」

「本人に訊けばよかろう。馬鹿弟子もお主らの事は憎からず思っておるようだし、忌憚なく答えるであろう」

「ですが、カイ本人が理解できていないことは答えられません」

「ほう、それは何だ?」

「カイは……どうやってああなったのですか?」


 少し迷いながら、ソフィアはカイの師に会ったら訊こうと思っていたことを告げた。

 ネロは一瞬、驚いような表情を浮かべた後、笑みだけを残して表情を戻した。


「質問が抽象的すぎるな」

「ですが、彼と肩を並べて戦ったならば分かる筈です」


 刃でありながら、翼となる心。

 万物を断たんとする求道者でありながら、遍く他者を許容する聖者の如き在り方。

 極限まで鍛えられた肉体と剣技、それらと対照的な無垢な心。

 一度は英雄に伍する域に手を掛けたのに、カイの内の何もかもがチグハグなのだ。


「成る程、目のつけどころは良いな」

「原因は分かっているのですか?」

「簡単な話だ。あ奴の中身は大半が後付けであるからだ」


 ネロはおもむろに立ち上がった。それだけで発せられる威圧感がいや増していく。

 加減する必要はない。短い問答の中でネロはソフィアをそう判断した。


「十二使徒での実験の結果だ。20年ほど前、多国間の戦乱も一息つき、魔物の活動も沈静してきた時期に我らはひとつの問題を抱えていた」

「人材不足ですか?」

「そうだ。素の人間はすぐに限界を迎える貧弱な存在だ。戦争や魔物との戦いが無ければ人材は育たない。十二使徒の入団資格は準英雄級、戦いが無ければ相当才能のある者しか入団できなくなる」


 ――故に、考えたのだ。いないなら、育てればいいではないかと


「……」


 おかしい、クルス達はそう感じた。ネロが言っていることは至極マトモなのに、その笑みを見ていると嫌な予感しかしないのだ。


「都合よく子連れを推挙できた。子供は才能があるという訳ではなかったがな」

「才能……カイはその時まだ5歳くらいだったのでは?」

「だが事実だ。あ奴は使徒になるまで十年かかったが、第七位(クラウス)は五年、第六位(ソーニャ)は三年で済んだ」

(近衛騎士のトップ集団まで三年か。聖性持ちとはいえ、夢のような話だな)


 先程まで直に近衛騎士をみていたクルスは心中でそう判じた。


「ふむ、夢のよう、たしかにな」

「ッ!?」


 心中を読まれた騎士が驚きの表情を浮かべる。

 ネロはそれを満足そうに見つめると言葉を続ける。


「訓練の最適化の差もあるが、それ以上に才能の差が大きかったな。人間程度でも才能は有る所にはある。まあ、お主らは戦場に放り込めば同じ程度には育ちそうではあるがな」

「私たちにカイよりも才能があるってこと? そうは思えないけどねー」

「今のあ奴を見ればそう思うだろう。つまり実験は成功したのだ」


 イリスの呟きにネロは頷きで以て同意した。

 そうして、かつてのネロを驚かせ、人間の可能性を確信させた日々を思い返すように、微かに目を細めた。


「イズルハ親子には極限の訓練を課した。拳聖が骨格から肉体を改造し、剣鬼が全ての技を叩き込み、魔女が魂を磨き、超人が精神を鍛え、我が持つ全ての戦闘経験を教え、騎士が蹂躙と蘇生を繰り返して位階をあげた。イズルハ親子はそれに耐えきった。計画した我等でも狂うとまで言わしめた鍛錬にだ」

「無茶苦茶だ!!」

「仕方なかろう。まさか最初の実験で成功するとは思わなかったのだ。骨格が捩じ切れ、肉体が腐るほどの努力ができることこそ、凡人でしかなかったあ奴の持って生まれた唯一の才能だったのだ」


 それに、親子揃って頑固者であったからな、と懐かしそうに告げるネロには古い書物のような乾燥した雰囲気がある。

 古代種として、数千年の間に幾人もの仲間を見送ってきた、それ故の擦り切れたような寂しさが言葉に籠る。


「貴様の問いの答えだが、奴の中身がチグハグなのは鍛えた師が異なるからだ。それぞれにおいて最善と思われるものを選択して行った結果があのキメラ的構造だ。それでいて崩壊しないのは興味深いがな」

「ッ!?」


 ギリ、とクルスが奥歯を軋ませた。

 覚悟していた筈だった。自分と三つ、四つしか違わないカイが、あれほどの実力と実戦経験を有しているということは、相応の対価を払った結果だと。理解していた筈だった。


「馬鹿弟子を学園に送ったのは親を喪ったあ奴の心の均衡を危惧してのことだ。我は経験したことないが、家族を喪うのは悲しいことなのであろう?」

「……概ね、そうかな」

「ふむ、相変わらずゴチャゴチャしているな、人間は。だからこそ面白いのだが……ともあれ、イズルハは“親子刀”。平時は二刀で運用することでお互いの安定性を維持していた。その代替が見つかるまではと思っていたが――」


「――想像以上に嵌っているぞ、お前達。あるいは父親以上にな」


 これだから人間は見ていて飽きないと“魔人”の二つ名を持つ男が嗤う。


「あ奴の総合力は十二使徒最弱だ。本人も下の方だと言っていなかったか? だが、同時に奴は我を含めた十二使徒全員と相討ちに――」

「貴方は、人間を、カイを何だと思っているのだ!? そんな道具のように語って!!」


 我慢の限界を超えたクルスが遂に口火を切った。

 窓を震わすほどの大喝と真っ直ぐな怒りはネロから虚飾の笑みを掻き消した。


「――現状、我を殺せるただ一人」


 魔人が浮かべたのは、狂気と哀愁が綯い交ぜになって取り返しの付かなくなった様な、そんな表情だった。


「さてさて、あ奴はいつ反旗を翻すだろうか、いつ我の首を獲りに来るだろうか。楽しみだな。我は古代種。発生の時よりこの身は精霊級。死に瀕したことすらない。興味深いのだ。我は本当に死ぬのか、それとも死なぬのか――」

「……あなたは寂しいのですか?」


 会話の終わりを感じたソフィアが最後の問いを投げかける。

 静かな、しかし、核心を抉る言葉に数千年を生きる魔人はただ苦笑した。


「我が人間に味方するのはな、人間だけが我を殺せる可能性を持つからだ。発生時より能力の定められた魔物共に我は殺せん。もう、人間だけなのだ」


 あのようにな、と嘯くネロの視線が窓の外に向き、ほぼ同時に窓を蹴破った黒い影が斬りかかった。

 一切加減のない首刈りがネロを襲うが、魔人は軽やかに一歩下がってナイフの間合いから逃れた。


「カイ!?」

「ふむ、割合早かったな」

「……」


 カイは脇を畳んでナイフを引き戻しつつ着地。ぴたりとネロに切っ先を向けたまま構えを取り直す。

 その額には微かに汗が浮かんでいる。皇都からここまで、馬車で半日はかかる距離を全速力で走ってきたのだ。


「やってくれたな、ネロ」

「かかったな、とでも言って欲しいのか、馬鹿弟子よ?」

「……ここで六回ほど首を刎ねておくか」

「魅力的な誘いだな。悪くないぞ」


 軽口と共に互いの発する戦意は本物だが、そこに暗さはない。

 カイが使徒(カゾク)を斬ることを役目とするなら、ネロは第一位として君臨し、己を倒した者にその座を譲るのが役目だ。挑む者と挑まれる者として二人の存在理由は合致している。


 だが、カイが再び斬りかかる前に、ネロの耳がぴくりと震えた。

 風声の術式だ。通信を受けたネロは美しい眉根を微かに歪ませた。


「続きはお預けだ。依頼の時間だ」

「自分でやれ、第一位」

「断る。誕生日祝いを用意していないお前が悪い」

「何の話だ?」


 やる気をなくしたネロは椅子に掛け直すと何でもないことのように口を開いた。


「今頃、猊下は塔にてお休みになられている。生誕祭に手を割かれて警備は手薄。狙い時(・ ・ ・)だな。そうは思わんか? 絶好の機会だ。敵手はわかっていても手を出さざるを得まい」

「ネロ、お前……!!」

「話は終わりだ。役目を果たせ、アルカンシェル」


 異論は受け付けず、三度ネロが指を鳴らし、カイ達は再び皇都へと転移させられた。


 そうして、部屋に残ったのはネロひとり。

 椅子に深く背を預け、宙空を睨むようにして呟く。


「さて、こちらは鬼札を切ったぞ。そちらはどうする――?」


 声は誰に伝わることもなく、大気の中に溶けていった。

第一話を投稿してから今日で丁度一年になりました。

皆さまの応援のお陰でここまでこれました。本当にありがとうございます。


物語も折り返しを過ぎております。どうか今しばらくお付き合いください。


今後ともよろしくお願いいたします。

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