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刃金の翼  作者: 山彦八里
二章:ギルド
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15話:決断

「二百年前、ギルド連盟が発足した当初、連盟は社会のはみ出し者の集まりだった」


 赤国首都にある連盟本部、その最上階。

 ベガ・ダイシーは窓の外を見ながら、誰にともなくギルド連盟の成り立ちを口の端に乗せた。

 依頼遂行中のアルカンシェルの担当として支部長室に詰めていたペルラは書類から顔を上げ、支部長の背中を視界に捉えた。


「今ほど神と契約を交わした者も多くなかった時代だ。常人の枠を超えたオレ達が排斥されるのは必定だっただろう」

「支部長?」

「まあ聞け。国に取り入った一部を除き、契約者の多くは魔物や盗賊の退治といった危険を引き受けて糊口を凌いでいた。クク、戦乱期でなかったら、とうの昔に絶滅させられていただろうな」

「ですが、今は違います」

「ああ。ひとりの男がその状況を変えた」


 ペルラの反論を予期していたのか、ベガは間をおかず返した。

 その男の名にはペルラにも覚えがあった。


 各国各支部間を繋ぐ『アルバ式通信魔法具』にその名を残す、連盟の歴史上ただ一人の“本部長”。

 依頼の伝達や都市間転移術式その他になくてはならない『大陸通信網』形成の立役者。

 百年先をいく頭脳、稀代の発明家にして開拓者。その名も――


「――アルバート・リヒトシュタイン」

「そうだ。たった一人の発明家と彼に付き従うはみ出し者たちは自分達を売り込む最高のタイミングを窺っていた。そして、絶好の機が訪れた」

「“防衛戦争”ですね」


 二百年前、暗黒地帯の急激な拡大と共に魔物の数が激増し、赤国北部に殺到した大事件があった。

 それを救ったのが他ならぬギルド連盟だ。

 以降、大陸全体に影響力を及ぼす一大組織としてギルド連盟はその地位を確固とした。

 たとえ、今この瞬間に四大国すべてが滅びてもパルセルト大陸はやっていけるだろう。それだけの影響力が連盟にはある。


「それで、ギルド連盟(わたしたち)がどうかされたのですか?」


 問いははじめに戻る。

 ベガが世間話をしたかったようにはペルラには見えなかった。そんな無駄な事をする人ではないことは最近の仕事上――主に担当ギルドの関係で――よくよく痛感している。


「連盟の発足と時を同じくして契約者の数も激増した。いや、それは偶然だろう。契約者の増加はおそらく魔物の増加と連動したものだ。――似てると思わないか?」

「……あ」


 そこまで言われてペルラも気付いた。

 魔物の大量増加と連動した冒険者の増加と増強。獲物が増えれば当然それだけ位階も上がるものだと思っていた為に、失念していた。

 かつて、英雄級と呼ばれ国家の行く末を左右した存在も今や、多いとはいえないものの、珍しくはない存在になっているのだ。


「だから、アルカンシェルとアイゼンブルートに今回の依頼を回したのですか?」

「こいつは試金石だよ。あいつらと、オレ達のな」


 クルス達にアイゼンブルートと共同して事に当たるよう指示したのはベガだが、そこにどのような意図が含まれているかは定かではない。


 勿論、両ギルドの相性が悪い訳ではない。むしろ、かなり良い部類だと言っていい。

 得意分野とその構成からして、二つのギルドは明確な住み分けが出来ている為、互いの働きを邪魔することはない。

 むしろ、四人という人数では活かせないクルスの指揮能力を、特記戦力と将の足りないアイゼンブルートに組み込むことが出来れば、両ギルドの性能を最大まで発揮できるだろう。


 依頼を鑑みても、赤国での活動を主とし、辺境の地理、風土にも明るいアイゼンブルートに、対統率個体を想定して“戦略級契約者”であるソフィアを含む、単体戦力の高いアルカンシェルを随行させるというのは合理的だろう。

 だが、その組み合わせなら他にも候補はあった筈だ。

 赤国内で活動できる二級以上のギルドは、当然だが、アルカンシェルとアイゼンブルートだけではない。


『今のままならただの英雄級止まり』


 かくして理由は語られず、かつて、ベガが告げた言葉だけが残った。



 ◇



 依頼を受けてから二日後、アルカンシェルはアイゼンブルートの主力部隊と合流し、赤国辺境の山間にある一夜にして住民が消えたという村に来ていた。


「酷いもんだな……」


 村に入って一言、大剣を背負ったアンジールが苦々しく告げる。

 そこら中に散らばる残骸と鼻をつく血と臓物の匂い。小さくも村であった筈のその場所は、今や完全に廃墟に変わっていた。

 住民は消えた、と聞いていたが、正確には消し潰されたと言った方が正しいだろう。

 辺りの家屋は手当たり次第に壊され、生物は大小含めて全て力任せに破壊されている。

 幸か不幸か、死体の大半は食い尽されている為、集めて火葬するのにはあまり時間がかからなかった。


「彼らの魂に安らぎを……」


 メリルの主導で皆で一度だけ祈り、その後は手分けして魔物の痕跡の調査、索敵、野営の準備を始めた。

 一行は乗用とは別に輜重用馬車も準備しており、中にはありったけの武器と食糧を積み込んで来ている。一週間程度は籠城も可能な計算だ。

 物資を展開し、ひとまず村の中央広場を仮の作戦所として、周囲の探索に入っていた。


 探索を開始してから一刻ほどして、作戦所に詰めていたクルスとアンジールの元にメリルとユキカゼが報告にやって来た。


「家屋等に残る足跡と破壊痕からして、この村は単独の魔物――おそらくは鬼人種――による襲撃で壊滅したものと思われます」


 火葬の指揮を執った後、そのまま第二隊を率いて村の調査に移ったメリルが報告する。

 生き残りがいないというのは精神的に辛かったようで、少女の猫耳と尻尾は力なく垂れている。


「村は北と南の出入り口以外を塞いで陣地化を急いでいますが、予想以上に建物の損壊が多く、あと二刻はかかりそうです」

「メリル、あんま湿気たツラすんなよ。お前の下に何人の部下がいると思ってる」

「……はい。でも、もう少しだけ時間をください」


 元々、他者に対する情の強いメリルには村の惨状が随分と堪えたのだろう。

 しずしずと下がる姿はどこにでもいる普通の少女のものだ。


「メリル」

「あ、クルスさん……」


 その時、クルスに声を掛けられて、びくりとセリアンの少女は震えた。

 叱責を恐れるような姿に、騎士は苦笑しつつ、怯えさせないよう優しく肩を叩いた。


「お前の優しさは尊いものだ。恥じることはない」

「……はい。ありがとうございます、リーダー、クルスさん」


 表情こそまだ硬いものの、メリルは目に確かに意思を宿して頷いた。

 勿論、メリルとて伊達や酔狂で二級ギルドのサブリーダーに就いている訳ではない。

 治療専門のクレリックであるが故に単独戦闘能力は低いが、指揮、統率技能はユキカゼを上回り、アンジールに迫る程だ。

 気持ちの切り替えに難があるが、そこさえ越えればメリルは優秀な指揮官なのだ。


 そうして、少し己を取り戻したメリルが下がる間に、アンジールとクルスは互いに視線を交わした。


(すまんな。どうもこういうフォローは苦手でな)

(気にするな。お前一人で背負わなければならない訳ではない)


 大人数を束ねる地位にあるアンジールは、誰か一人に肩入れすることはできないのだろう。

 いずれ自分も領主の地位に就くことになるクルスとしても、他人事ではなかった。


「次は自分だな」

「ああ。頼む、ユキカゼ」

「うむ。索敵の結果、周囲一帯に敵影はなかった。だが、北の方にこの付近一帯の水源である地底湖があり、そこからは多数の魔物の気配があるとのことだ」


 続くユキカゼは第三隊、レンジャー部隊を率いて周囲の探索をしてきた報告をする。

 その鉄面皮はいつもの冷静さを通り越して酷薄にすら感じられる。彼女なりに思う所があるのだろう。


「地底湖の魔物の気配っていうのはあからさま過ぎて逆に怪しいな」

「判断は二人に任せる。周辺地図は現在作成中だ。あと、最寄りの村は行きに通った麓の村で、ここから馬を飛ばして一刻の距離だ。既に全員に伝えてある。報告は以上だ」

「――――」


 一通りの報告を聞いたアンジールは天を仰ぎ、日没までの時間を計算する。

 仮に、相手がオーガの統率個体なら夜襲くらいは平気で仕掛けてくるだろう。


「第一、第二部隊は陣地作成に回れ。第三部隊は地図作成を継続、ただし常に二人は地底湖の警戒に回せ。ここからは時間との勝負だ。急げよ」

「承知した」


 ユキカゼが踵を返し、外で待機していたレンジャーに命じて伝令を飛ばす。

 その背を見送り、アンジールは傍らで遠くを見ているクルスに視線を向ける。


「どうした、クルス?」

「いや、戦闘部隊が野戦築城までカバーしていることに驚いたのだ」

「まあな。クラスの恩恵で筋力体力が人並み以上にあるし、ウィザードの地殻魔法使えば壁も簡単に作れるんだ。戦闘だけに限定するのは惜しいだろ?」

「それも一つの強さの形だな」


 現在、イリスは兵站管理の手伝いに出向いている一方、戦闘関係以外の技能がないカイとソフィアは周囲の警戒に出ている。

 クルスは侍と妹に野戦築城の手伝いをさせようかとも考えたが、上手くいく気がまったくしないので口にすることなく脳内で却下した。

 あの二人は斬るとか壊すとかは得意だが、その逆は基本的に不向きなのだ。


「状況に変化はないな。敵はこちらを地底湖に誘い込むつもりだろうか?」

「可能性はあるが、どうだろうな。当たり前っちゃ当たり前だが、統率個体は時間が経つほど多くの魔物を支配下に置く。けど、今回は石を投げれば魔物に当たる暗黒地帯じゃなくて、普通の土地だ。相手の群れもそこまで肥大化してない――筈だ」


 荒い音を立てて椅子に腰かけたアンジールが己の赤毛をガシガシと掻く。

 情報が少なすぎるのだ。場合によっては撤退し、より戦いに適した場所に陣地を築くことも考えておかなければならない。


「どちらにせよ、まずは情報の入手だな。暗黒地帯以外で統率個体が出たこと自体が異例なのだ。連盟や赤国も国内に統率個体が出現したという情報をどう扱うかまだ決めかねている」

「公開するにしても、段階的にやらないと必要以上の混乱を招くからな。お偉方も此処に出たのが最初で最後だと願っているだろうさ」

「……最終手段としてソフィアの心技を使う許可も貰って来ている」


 つまり、イザとなれば一切合財を吹き飛ばせというお達しが出ているに等しい。

 それを聞いた青年の顔が明るくなり、次いで使用条件を思い出して微妙な顔になった。


「マジか!? あ、でも、たしか魔物を大量に倒さないと発動しないんだよな」

「そうなるな。ただ、使えば、むこう数年は周囲一帯を人の住めなくなる氷河に変えてしまうが」

「ま、楽はできないってことか。いつも通りだな」


 そう言って、歯を剥き出しにして笑う青年の姿は戦士のそれだ。

 メリルのように落ち込んでいなくとも、ユキカゼのように激情を抑えていなくとも、青年が怒りに燃えていることに変わりはない。

 クルスは黙って頷きを返した。怒りは熱に変えて、戦端が開かれるその瞬間まで溜めておけばいい。


「少しいいか?」


 そうして、戦意を高める二人の元にどこか表情の硬いカイとソフィアがやって来た。


「……よし、どうした? 何を見つけた?」


 一度息を吐いて心を落ち着かせ、改めて問う兄に対して妹は静かに口を開いた。


「この村から少し行った所に“呪術”の痕跡がありました。詳細までは分かりませんが、何かしらの儀式が行われたのは確実です」

「何っ!?」


 アンジールが血相を変える。クルスも似たような気分だ。

 統率個体だけでも手に負えるか怪しいというのに、その上、さらに呪術まで関わっているなど冗談ではない。

 だが、驚く二人とは逆にカイはむしろ納得したような表情だ。


「千年の間、暗黒地帯以外で見られなかった統率個体が急に赤国で発見された。突発的に生まれたとするより、呪術によって人為的に作られたと考える方が自然だ」


 そう言って無意識に胸を押さえる姿には実感が篭っている。

 即ち、呪術相手に常識は通じないということ。

 人から正気を奪ったり、死体を駆動させたりする程度は事も無げにやってのけるのが呪術だ。魔物に手を加えることが出来ないとは言い切れない。


 カイとソフィアにしてみれば、むしろ出来ない方が不合理だとすら思える。

 死後に発生する魔力結晶の色が異なるだけ。二人にとって魔物と統率個体の違いはその程度だ。


「可能性は低くないです。魔物を生み出す呪術は学園でも把握していますし」

「何か違和感があれば即座に報告させるようにした方がいいだろう」

「わたしが解呪できる構成だとよいのですが」

「お、おう……」


 一通り話を聞いたアンジールはとりあえず一番の疑問を傍らのクルスに尋ねた。


「なあ、おい、何であの二人は呪術と聞いても平然としているんだ?」

「……つい最近呪術士と戦闘したからだろう」

「奇抜な人生してんな、オイ」

「お互い様だ。ひとまず得体のしれない輩はこちらで受け持とう」

「そうしてくれると助かる。……何だ、去年とはエラい違いだな」


 アンジールが苦笑する。

 数ヶ月前に共同依頼を持ちかけた時には妙に粒の揃っただけの新米ギルドだったというのに、今では強敵への戦力としてアテにしているのだ。


「為すべきことを為すだけだ」

「こちらも最善を尽くす。油断せずいこう」


 驕りもなく、怯懦もない。侍と騎士の言葉には静かな覚悟が窺えた。


「ハッ!! オレ達も頑張らねえとな!!」


 アンジルールは己の拳を握りしめる。

 不思議なもので、彼らの言葉それ自体が熱を持ち、聞いているだけで滾々と力が湧いてくるようだった。



 ◇



「――敵襲ッ!!」


 その夜。大方の予想通り魔物の群は夜襲をかけてきた。

 即座に要塞化の完了した村の各所に篝火が灯る。


「地底湖はやっぱ囮だったか。数は?」


 手早く準備を整えて大剣を背負ったアンジールが警戒要員に声をかける。

 その頃には既に全員が起きて準備を整えていた。

 アルカンシェルの四人も街の広場に集合している。


「敵の主力はリザード種。進軍速度は遅く、接敵まであと半刻と予想されます。数はその他種族を合わせて――“七百体”」

「……へえ。その数だとマジで統率個体がいるみたいだな」

「主力がリザードということは地底湖の魔物の群れを乗っ取ったのかもしれん」


 篝火に照らされた戦士たちが激戦の予感に勇み立つ。

 此方の戦力は五十人。リザード一体と比較すれば個々人では勝っているが、あまりに数が違いすぎる。軍としては大きく劣っていると言う他ない。


「数の差がそのまま継戦能力の差に繋がってる。正面からぶつかれば圧殺される」

「では、籠城戦か?」

「まあ、そうなるわな」


 思案するアンジールとクルス。二人に焦りはない。


 七百という数は確かに脅威だ。

 それでも、罠を敷き、山間に建つこの村を要塞として用いれば、敵の進行ルートおよび同時戦闘数はかなり制限され、こちらの遠距離部隊を有効に使うことが出来る。

 状況を活用すれば、互角か、多少有利に事を運べるだろうと予想した。


 しかし――


『リーダー!!』


 アンジール達に繋がれた風声が状況の変化を伝えた。



『別働隊を確認、此方を無視して麓の村へ向かっています。数は――“百体”』



 焦りと絶望を含んだ報告に、その場にいる全員が息を呑んだ。


「こちらの警戒網を抜かれたとなると、地下水脈か何かを通ったか」

「だろうな。……村の井戸はどうだ?」

「確認しました。異常はないみたいです」


 即座に調査を出したメリルの応えにアンジールは眉間に皺を寄せたまま頷いた。


「状況を整理しよう、アンジール」


 クルスが付近の地図を拡げる。

 東西を山に囲まれたこの村は北に行くと地底湖、南に行くと麓の村に行き当たる。


「北から本隊の七百が来る。次に、別働隊の百が麓の村に向けて侵攻中。統率個体がどちらにいるか――」

「――クルス」


 騎士の言葉を遮り、アイゼンブルートのリーダーは辛そうに口を開いた。

 二人の間には大きな認識の違いがあった。


「オレ達はまず本隊を迎え撃つ。そして、七百体を殲滅の後、別働隊を追撃する」

「だが、それでは……」

「麓の村は助けられねえだろうな。だが、ただでさえ数では負けてるんだ。この陣地を捨てる余裕も、隊を分ける余裕もねえ」


 本心からの言葉ではないのだろう。アンジールの声には苦渋が混じっている。

 それでも、青年の両肩には五十人の部下の命が懸かっている。命がけの作戦を命じることはあっても、無駄に命を捨てる作戦は採れない。


「お前らも既に二級なんだからスタンスは決めといた方がいいと思うぜ」

「……スタンス?」

「そうだ。アイゼンブルートは“軍”だ。小を捨てて確実に大を取りに行く。負けないように戦い、勝つべくして勝つのが信条だ。

 ――オレ達は負けるわけにはいかないんだ」


 身一つの冒険者は時に無謀とも言える作戦を採る。だが、それは背に何もない身軽な身だからこそ行える事だ。

 軍が博打のような戦いをすれば、滅ぶのは国だ。赤国軍にギルドの卒業者も多くいるアイゼンブルート達の肩には、既にそれだけの期待と責任が載っている。


「お前らもそうしろってわけじゃあないが……とにかく、大に目を向けず小を助けるか、小を切って大を取るか、いざって時に迷ったら何も残らないぜ」


 アンジールには常の気安さはなく、真剣な表情でクルスと相対している。

 青年の言葉はこれまでにも選択した経験があるからだろう。声に宿る重みがそう感じさせる。


「今、決めろ。でないとオレ達も戦友として命を預けられねえ」

「スタンス……成程な。助言に感謝する、アンジール」

「急かしたみたいで悪いな」

「いや、大丈夫だ。元から決まっていたことだ。あとは俺の覚悟の問題だった」

「ん?」


 妙に晴れ晴れとしたクルスの顔にアンジールは疑問を覚えた。

 どうにもまだ何か、致命的な齟齬がある気がした。

 故に、次の瞬間にクルスが発した言葉をアンジールが理解するには時間がかかった。



「――カイ、別働隊を斬ってくれ」

「了解」



「…………は?」


 アンジールが固まっている中、クルスが声をかけると同時にカイは踵を返した。

 カイとしてもクルスの要請は予想出来たことだ。

 進軍中の魔物に追いつく速度と百体を壊滅させるだけの攻撃力を両立し、且つ本隊にぶつける戦力の減少を最小限に抑えるなら誰だってカイを選ぶ。


 他の者もは指揮能力や防衛能力など、大なり小なり他者と共同して戦う技能がある。

 侍には、ひと振りの剣として鍛えられた者には、そのような機能はない。


「頼む。何が必要だ?」

「馬乗りを一人付けてくれ。先行して村人を避難させてほしい。それで十分だ」

「わかった。こちらを片付けたらすぐに追いつく。死ぬなよ」

「無論。命は懸けるが、蜥蜴の百や二百にくれてやる気はない」

「おい、何言ってんだ!! どう考えても死ぬだろ!?」


 ようやく硬直の解けたアンジールが投げかけた言葉にカイは首を傾げる。


「死ぬ? そちらにはクルス達がいる。余程のことがなければ大丈夫だろう」

「そっちじゃねえよ、お前だよ!! クルスも何か言え!!」

「だがな、アンジール。もし向こうの群れに統率個体がいた場合、単独で斬首戦術が採れるカイがいなければ撃破は厳しいぞ」

「そりゃ確かに……じゃなくて!!」

「――アンジール」


 何でこっちが説得されているんだ、とヤケクソ気味にがなる青年に、騎士は静かに己の心を伝える。


「俺は大も小も捨てたくない。届かないなら諦める。叶わないなら別の道を探す。だが、可能性があるならそれに賭ける」

「……」


 あまりに真っ直ぐな騎士の言葉に、アンジールは思わず言葉に詰まった。


 まるで太陽を見ているような気分だった。

 無謀ではなく勇猛。捨て駒ではなく信頼。

 自分の仲間ならば成し遂げられるという可能性を信じるその姿はどこか眩しく、そして、魂を震わせるほどの熱が籠もっていた。


「……全賭け総取り狙いは馬鹿がすることだぜ?」

「馬鹿で結構。付き合えとは言わない。だが、一人か二人抜けるのを許して欲しい」

「フォローは勿論こっちでするわよ」

「抜けた分はわたし達ががんばります」


 その程度では揺らがないとばかりの援護射撃に、アンジール遂に観念した。


「ソフィア嬢ちゃんに頑張られるとここら一帯不毛の土地になっちゃうじゃねえか。…………ああもう!!」


 皆の期待の視線にアンジールは髪をガシガシ掻いてやけっぱちに声を張り上げた。


「ユキカゼ!!」

「此処に」

「第三隊率いてイズルハの兄ちゃん援護しろ。罠も馬車ごと持って行け!! 後でベガにたらふく請求してやる!」

「任された。確実な作戦も大事だが、勝機を逃してはならん。よくぞ決断された。それでこそ我らがリーダーだ」

「あんまおだてんじゃねえよ。ちょびっと後悔してるんだ」

「お前はそれでいいさ」


 口元だけを慎ましく笑みの形に変え、ユキカゼは早速指示を出しに動き出した。


「アルカンシェルの三人は悪いが本隊相手だ。防衛戦争の時のアンタらの殲滅力を有効に使わせて貰うぜ」

「無論だ。全力を尽くすことを白神イヴリスに誓おう」

「あいよ。やるからには徹底的だ。いくぞ、野郎共!!」

「女もいることを忘れないで下さいよ、リーダー!!」

「女は何て呼ぶか知らねえんだ、許せ!!」


 先程よりも遥かに強い戦意と共にアンジールは大剣を掲げた。


「――さあ、戦争だ!!」

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