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刃金の翼  作者: 山彦八里
二章:ギルド
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13話:伏せたる月

「それでは、お気をつけて」

「ああ、ソフィアも無茶はするなよ」


 試験週間も終わり、恙なく皆の進級が確定したその翌日。

 朝早くからクルスとイリスはヴェルジオン家へと戻る手続きを済ませていた。

 クルスは今年で卒業を控えた最上級生になる。

 シオンのこともあって慌しく動いていたが、そろそろ後継ぎとしての自覚を見せておかないと、いざ代替わりした時に身動きが取れなくなる。


 加えて、三ヶ月後にある教皇の生誕祭の打ち合わせもしておかなければならない。

 場合によっては、クルスは教皇にお目通りする可能性もある。

 ヴェルジオン家は家格こそ“F”の六等家だが、これまで築き上げて来た戦歴と武力は辺境領とはいえ中央も無視はできない。


「ま、雑務はささっと済ましてくるわ。特に問題はないし、三日くらいで戻れると思う」


 イリスも従者として報告事項がいくつかある。こまめに連絡はしているものの、実際に口頭で説明しなければ説得力がないこともある。主にカイのことだが。

 また、ソフィアが俗世で生活できるということもきちんと報告しておかねばならない。

 他の従家からしてみれば、十年以上隔離されていた主家の娘がいつの間にか戦略級契約者になっていたのだ。説明を求められるのは当然だろう。

 イリスとしてはここでソフィアへの風当たりを和らげて、主の居場所をヴェルジオンに確保しておきたいという目論見もあった。


「あー、伝言とかある?」

「……いえ、特には」

「ん、了解」


 困ったように笑うソフィアに従者は頷きを返す。

 ソフィアは今回、カイと共に学園に残る。

 自分がついて行けばイリスの努力が水の泡になることを察していたからだ。

 少女が読心を使える事はヴェルジオンでは広く知られている。

 だから、二人ともそれ以上は何も言わなかった。


「いってらっしゃいませ」

「行ってくる。カイにも伝えておいてくれ」

「仲良くするのよー」


 手を振る二人は学園傘下の街からギルド連盟の転移術式でヴェルジオン領まで跳ぶことになっていた。

 “アルカンシェル”が二級になったことで、都市間を繋ぐ転移の使用許可が下りたのだ。

 煩雑な手続きと自前の魔力の供出が必要なため濫用はできないが、馬車では一週間近くかかる道のりが一瞬で済むのは大きい。


 白薔薇を象った学園正門から出て行く二人を見送って、ソフィアはよし、と気合を入れて寮へと戻って行った。


「ええっと、今日は教会のお手伝いもないので恰好はこのままでよし。あ、お昼ごはんの準備も……その前に朝ごはん食べないと、ですね」


 自室にてソフィアは今日一日の予定を頭に思い浮かべながら、ひとまず朝食にすることにした。

 着替えや食事の準備はいつもはイリスがしてくれていたので、いざ自分でするとなると何から手を付けていいのか分からず、少しもたついてしまった。


「……静かです」


 イリスが作っておいてくれたサンドイッチを食べながら、ソフィアはふと呟いた。

 ひとりで食事を摂るなどいつ以来だろうか。少女は考えて、家から出て初めてだったことに気付いた。

 論文に追われている時でも必ずイリスが一緒にいた。従者がいない時は兄かカイがいた。

 それが当たり前になっていたことが少し嬉しかった。


 食事を終えたら、部屋の片づけをすることにした。

 図書館から借りた資料が散乱しているのを四苦八苦しながら纏めていく。

 寮の二人部屋は一人だとどうにも広く感じる。実家の自室よりも狭い筈なのにおかしな感覚だと少女は苦笑した。


 朝食は作ってもらったが、以降は自分でどうにかしなければならない。この機会に料理の練習をするのも悪くないだろう。

 一人でもきちんと生活できるところを見せなければ、イリスに余分な負担をかけてしまうからだ。

 イリスは誰かに尽くすことを信念にしている。それは今、主たる自分に向いている。

 だが、自ら尽くすことと、尽くさせることは違うとソフィアは考える。

 それがイリスの望む生き方ならば、他者が干渉すべきではない。

 主と慕ってもらっている自分がするべきことは違うことなのだ。


「スープなら失敗することはない……筈です」


 レシピを思い出しつつ、ソフィアは台所に立った。

 鍋に水を集め、術式コンロに魔力込めて――込め過ぎた。


「あ」


 過剰な魔力が術式を通して発火し、鍋を覆い隠すほどの炎が発生した。

 慌てて内部構成に干渉、術式を強制停止させる。

 危うくコンロが爆発するところだった。

 依頼を大量に消化したギルドの懐事情的には台所ごと改装しても余裕があるが、コンロを暴走させるなどそれ以前の問題だろう。


「魔力の制御が甘い?」


 意識すれば頭の奥の方がぼうっとする感じがある。今日はあまり魔力を行使しない方がいいかもしれない、と少女は判断した。

 先程よりも慎重に魔力を調整しつつ、昼食の準備を終える。


「あとは……図書館に、行かないと……」


 個人規模の転移術式の構成も大詰めに入っている。もう少しで実用段階に入るのだ。忙しくなる前に済ませたい。

 手紙を出しに行ったカイともどこかで合流する必要がある。

 あと、図書館に資料の返却にも行かねばならない。まだ読みかけの本も――


「あれ?」


 ふと、意識が途切れたと感じた時には既にソフィアの体は床に倒れていた。


「うう……」


 その段になってようやく、少女は自らの違和感に気づいた。

 体がだるい。手足の先の感覚があやふやになっている。どうやら熱もあるようだ。

 自己の内部を走査して恐らくは風邪だろうと少女は判断する。酷くなるようなら何か手を考えねばならない。

 刻々と悪化してく体調を自覚しつつ、少女はなんとかベッドに戻った。


「これは……大人しくするしかないですね」


 ふう、と大きく息を吐く。吐息に籠る熱は不調の表れだ。

 おそらくは気が抜けたことで溜まっていた疲れが出たのだろう。

 なんと間の悪いことかと思うが、逆に他のメンバーに迷惑をかけないタイミングでよかったとも思う。

 これからもっと忙しくなる。今年に入ってから、そんな予感がずっとしているのだ。


「……」


 静寂が部屋を支配する。

 そうして、ベッドの中でじっとしていると実家を思い出す。

 あまりいい思い出はないというのに、朦朧とした頭が勝手に記憶を再生する。


 ヴェルジオンの屋敷には少女の居場所がない。あるいは、作っていない、と言うのが正確だろうか。

 愛されていない訳ではない。それはソフィアも分かっている。

 読心のことを知って尚、変わらず世話をしてくれる使用人たちもいる。イリス程ではないが話をする侍女もいる。

 それでも、その中に一切の怖れなくソフィアと向き合える者はいない。


 読心や聖性持ちであることだけではない。年々、母に似てきているソフィアに対しては複雑な感情を向ける者が多いのだ。

 元より体が丈夫でなかった母が、とびきりの聖性持ちを産んだのだ。その負担は推して知るべきだろう。


 その最たる存在がクルスとソフィアの父、イオシフ・F・ヴェルジオンだった。

 父の心の奥底に隠した深い悲しみを読み取った時、ソフィアは心から他者と触れ合うことができなくなった。


 三歳の時であった。


 母が療養していた奥の離れと近くの森。それだけがソフィアの世界になった。

 兄すら遠ざけ、自ら望んだ“一人きり”はイリスと出会うまで続いた。


 その頃から、ソフィアは人間が怖かった。


 この世に善心だけを持つものはいない。誰もが心の中に陰陽を持つ。

 自分を愛してくれていた父でさえ、その心には同等の悲しみがあったのだ。

 出会う人々も顔で笑っていても心はまったく別の感情が渦巻いていた。貴族の家であるが故にその陰湿さは尚更だった。


 森にはそれはない。あるがまましかない。

 その中で少女はひとりではあっても、孤独ではなかった。


 だからだろうか。こうして伏せった時、寂しさを感じた時に帰りたくなるのは、実家の屋敷ではなく、あの誰もいない静かな森の中だった。


「変わっていませんね、私は……」


 自嘲するように呟いた言葉が宙に溶けていく。

 ずっと変わりたいと願っていた。

 騎士として立派に戦う兄にふさわしい妹に。

 自分の為に筆頭従者にまでなったイリスが仕えるにふさわしい主に。


 けれど、こうしてひとりになってみれば、自分はあの森にいた時から一歩も進んでいない。

 駄目だと思いつつも、精神はそれ以上の熱を持とうとしない。

 心を暗澹とした雲が覆い尽くしていく。


「私は……」


 その時、ふと、風が吹いた気がした。


 そして、そっと額に触れるひんやりとした手の感触に思考にかかっていた靄が晴れていく。

 生来の感応力を働かせれば、古い大樹のような雰囲気をすぐ傍で感じられた。


 いつの間にか閉じていた目を開ける。

 少しだけ滲んだ視界の中、いつもの無表情に、微かに心配の色を浮かべたカイがいた。


「……ああ、きてくれたんですね」


 弱い言葉だ。自分が発した言葉に少女は心中で己を恥じた。

 まるで縋るようなか細い声をこの人には聞かせたくなかった。

 いつものように笑顔を浮かべて、なんでもない顔をして隣に立っていたかった。


「大丈夫か?」


 そんな心中を見透かしたかのように、カイはソフィアの背に手を回し、そっと互いの額を合わせた。


「熱があるな」

「……はい」


 間近に迫ったカイに少し緊張しながら、ソフィアは静かに息を吐いた。

 合わせられた額から互いの体温が混ざる感覚が心地よかった。


「体調はどうだ?」

「すみません。動けそうにないです」

「そうか。何かして欲しいことはあるか?」


 その半生を考えれば、カイが他人の看病なぞしたことが無いのは容易に想像がつく。

 故に、男は言葉で誤魔化すことも、行動で繕うこともできない。

 けれど、心配していると、体温を通して気持ちは確かに伝わった。

 それだけでソフィアの心の暗雲は晴れた。

 心の奥底に澱のように溜まっていた暗澹とした感情が消えていくようだった。


(今だけ、少しだけ、甘えさせてください、カイ)


「……そばにいてください。不安なんです」

「いつもと同じでは?」


 語り合う声に、至近で交わる蒼と黒の瞳に微かに笑みの色が混じる。


「それでいいんです」

「了解した。他にして欲しいことがあったら言え」


「……それなら、汗をかいたので拭いていただけませんか?」



 ◇



 ベッドから上体を起こしたソフィアの上着のボタンを外す。

 他人の、それも女性の服を脱がした経験などないカイにはそれだけでも難儀した。

 力の抜けた体から丁寧に衣服を剥がすと、細い肩と微かに浮かんだ鎖骨が目に付いた。


 上着に続いて、下着も取り去れば、少女の白磁の肌のすべてが露わになる。

 薄く汗をかき、いつも以上に青白い肌はまるで自ら輝きを放っているかのよう。エルフの中にもこの新雪のような美しさに匹敵する者はいないだろう。


 男は慣れない手つきで手拭いを固く絞り、細い背中にそっと押し当てる。

 少女の華奢な体は、力を入れすぎたら壊してしまうのではないかと男の手が強張る。


「ん、もっと強くしてもだいじょうぶですよ」


 男の迷いを察したのか、少女がそう言って男の緊張を和らげる。

 「そうか」と男も肯いて少しだけ力を込める。

 布地越しでありあながら、白い肌は吸い付くような手触りを返す。とても自分と同じ人間の肌とは思えなかった。

 背骨に沿って拭うたびに、少女の喉から悩ましげな声が漏れる。


「腕、上げられるか?」

「はい」


 背中を一通り拭いた男の言葉に少女は頷き、ゆっくりと腕を上げる。

 男は一度絞り直した手拭いで、少女の脇から薄く肋骨の浮いた脇腹を通り、細くくびれた腰までを丁寧に拭いていく。

 肉付きは薄いが、それでも男にはない柔らかな感触が長く手に残る。


「ちょっとくすぐったいです」

「初めてなのだ。我慢しろ」

「……はい」


 熱のためか、背中越しに見える頬を上気させた少女の横顔にそう返し、男は黙々と作業を続けた。

 剣を振ることしかしてこなかった手で他人の看病の真似ごとなどしているのは、なんとも不思議な気分だった。


 その後、「前も」と言いかけたソフィアに手拭いを渡し、男はそそくさと台所に避難した。





「ふーふーってするんですよ」

「うむ……」


 昼食時、カイはソフィアが作りかけていたスープをなんとか完成させた。

 食器に移したスープは食欲をそそる匂いと共に湯気を立てている。そっとスプーンに掬い上げ、軽く息を吹きかける。

 何度か失敗したが、人肌ほどに冷ましたひと匙を少女の口元に寄せることに成功した。


「ん……」

「どうだ?」


 か細い喉が上下し、ゆっくりと嚥下するのを見つつ、男が問う。


「おいしいです」

「……殆どお前が作ったものだろう」

「ふふ、そうでしたね」


 大分楽になったのだろう。ソフィアの顔色には血色が戻り、弱々しくも笑みを浮かべられる程度には回復していた。

 この調子なら明日には快癒しているだろう。

 厄介な病でなくて良かった、と男は人心地ついた。




 その後は何をするでもなく、二人で過ごした。

 ソフィアに喋らせる訳にもいかず、しかし、カイにそう多く話題がある訳でもない。

 結果として、部屋の中には静寂が満ちていた。

 だが、二人にとって、その静寂は決して不快なものではない。

 外から微かに聞こえてくる音を背景に、ただゆっくりと流れる時間に身を任す。


「こうしてのんびりするのはひさしぶりですね」

「そうだな」


 ベッドの端に腰かけて額の手拭いを替えてくれるカイの姿を、ソフィアはこっそりと記憶に焼きつけた。


 カイの心にはいつも涼やかな風が吹いている。

 体は呪術に犯されようと、どれだけの悲しみがあろうと、それでも、その心には一陣の風が吹いている。

 脆くて、儚くて、それでも折れることを許さない。

 故に俯かない。絶望しない。誇りがその身を立てる。


 抜き身の刃のような、しかし、飾らない姿が愛おしい。


(だから――)


 その先の言葉はもう少し取っておくことにした。

 叶うならばもう少しこのままで、この先の苦難を知らずにいたい。

 そんな散り散りの思考を浮かべつつ、少女の意識はゆっくりと水底に沈んでいった。




「眠ったか」


 カイがぼそりと呟く。起こさないように気遣う、ということが出来るようになったのは今日の収穫だろう。

 視線の先、瞼のおりたソフィアはまるで人形のように整った(かんばせ)をしている。

 完璧すぎて逆に儚い。触れていないと、ふとした瞬間に消えてしまうのではないかと不安になる。


「ん?」


 ふと、男は自分の心の動きに疑問を持った。

 自分はソフィアにいなくなってほしくないと想っているのか、と。


 意識を整えて、もう一度心中に問う。


(――肯定)


 断定は簡潔に、偽りを許さぬ心が告げる。

 自分は確かに、もっとずっとソフィアと共にいたいと願っている。そう判断した。

 だが、その先は押し殺した。


 使徒として課された役割。カイにとって家族とはいつか斬らねばならない相手だ。

 できるなら、ソフィアにはそうなってほしくなかった。


「……」


 カイは改めてソフィアを見る。

 美しい。十人に問えば、十人がそう言うだろう。


 だが、それだけではない。

 人の悪意に常に晒されながら、それでも少女の心は驚くほど澄んでいる。

 その奇跡のような在り方こそ、この少女を魅力的にみせる源泉であろう。

 だから、もう少しだけ、このままでいたい。そう願った。


「ん……」


 その時、人形のようだった少女が眠ったまま眉をひそめた。

 呼吸が少しだけ荒くなっているのを感知する。

 容体が悪化したのかとも思ったが、そうではないようだ。

 これはいつもの(・ ・ ・ ・)方の問題だ。共に寝ている時もよくこうなる。


 無意識なのだろう。その細い指先が、力なくカイの袖を掴んでいる。まるで暗闇を恐れる子どものように。

 端的に言って怖い夢を見て、魘されているような状態だ。頻度が異常だが。


 だから、対処もまたいつも通り。

 自らの身をベッドに横たえ、少女をそっと抱きしめる。

 力を込めると折れてしまいそうな華奢な体を通して、自分より少しだけ高い少女の体温を感じる。


 そうしていると、徐々に互いの心音が混ざっていく。

 呪術に犯されたボロボロの心臓でも多少の役には立つ。

 祈る神を持たないカイは、ただソフィアの安らぎを願う。

 暫くして、少女の体から強張りが消え、顔が穏やかなものになった。


「……です、カイ」


 男は何も聞いてないことにした。


 月もまた地平に沈み、夜は全ての者に平等に更けていった。



 ◇



 明くる日、瞼越しに朝日を感じてソフィアは目が覚めた。

 思考は昨日のことが嘘のように鮮明だ。

 今日もがんばろう、とひとつ気合を入れて目を開ける。


 すぐ傍にいたカイとぱちりと目が合った。


 窓の外で番の雀たちが小さく鳴き声を上げているのが聞こえる。

 昨日とは打って変わった気まずい沈黙が辺りを支配した。


「……おはようございます」

「おはよう」


 何故かわからないが、ソフィアは恥ずかしさを感じていた。

 寝言で何か致命的なことを言ってしまった時のような気まずさだが、気のせいだろう。そういうことにした。


「調子は戻ったようだな」

「あ、はい。だいじょうぶです」

「そうか。ならいい」


 表情一つ変えないカイに少しだけ未練が残る。

 ただ、カイがいつも通りということは、傍から見ても自分は回復しているということでもある。


 その段になってようやく、ソフィアは現状を思い出した。


「カイ、あの、今更なのですが、一応ここは女子寮なので、男子禁制なんです」

「ここの防備はそんなに厳重なのか?」

「いえ、そういう訳ではなくてですね……」


 首を傾げる世間知らずに、ソフィアがなんと伝えればいいか迷っていると、廊下から活動を開始した女性たちの話し声が聞こえてきた。

 異性の目がない寮内では、多くの者が開放的になる。廊下を半裸で歩いている者もいるほどだ。入学当初、少女は随分と驚いた。

 そして、耳に入ってくる姦しい黄色い声に、男もようやく気まずさを理解した。

 実際、最近は随分と交流の増えたメリルやユキカゼが部屋に来ることもあるので、この状況はあまりよろしくない。


「戻る」

「あ、待ってください!!」


 ソフィアは今にも窓から出ていこうとするカイに近付き、不意打ちに、その頬に口づけをした。

 薄く傷痕のある頬に、少女の柔らかな唇が微かに触れて、離れた。

 男の顔に珍しく驚きの情が浮かぶ。


「昨日はありがとうございました。来てくれて、嬉しかったです。ちゃんとしたお礼はまた後日に」

「……楽しみにしておく」

「はい!!」


 朝日に照らされる中、少女の満開の笑顔が輝いた。

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