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刃金の翼  作者: 山彦八里
二章:ギルド
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3話:遺跡

 暗い石畳の下、左右を石柱に支えられた薄暗い通路を二つの人影が走る。


 前を行く侍は刀を手に、時折、横合いから現れる魔物を容赦なく切り捨て、ひたすら進み続ける。

 その背を追う少女は時折振り向いては炎熱魔法を撃ち込んで追撃を退ける。


 炎の槍に照らされ、時に焼き尽くされているのは剣と楯を持つ骸骨の魔物『スケルトン』だ。

 無数の骸骨が骨をかき鳴らし、今にも折れそうな白骨の足をカサカサと動かして迫る姿は恐怖以外の何物でもない。

 スケルトン一体一体は大して脅威ではないが、しかし、それが際限なく――事実、七十体ほど倒したが底が見えないのだ――発生し続けるとなると、継戦能力の高い二人とはいえ流石に押されていた。


「ハア、ハア、ハア……」


 通路に少女の荒い息遣いが反響し、疲労からか足がもつれる。

 だが、転ぶより一瞬早く侍が片手で抱き寄せ、そのまま前方へ一気に跳んだ。

 侍は人ひとり抱えているとは思えないほどの速さで通路を駆け抜け、ついでとばかりに風を纏った一刀で周囲の壁や柱を斬り倒す。

 駆け抜けた背後で重量物が崩れる音が連続する。轟音と共に通路は完全に埋まった。


 物理的に退路を断ってしまったが、そうでなくともスケルトンの群れに塞がれていたのだから同じようなものだろう。

 後のことよりも今一息つけることが大事だ。


「ふむ、主柱部ではなかったか」

「ハア、ハア……その、ようですね」

「……少し速度を落とす。体力を回復しておけ。できるな?」

「はい。だいじょうぶです。……兄さん達もそう遠くありません。がんばりましょう」


 疲れた中でも笑顔を浮かべる少女に頷きを返しつつ、侍は遺跡の奥へと進んで行った。



 彼らが何故ここにいるのか。その理由は数日前に遡る。



 ◇



「マスター、今やってるー?」


 その日、徹夜で討伐依頼を終えたアルカンシェルは食事と情報収集を兼ねて酒場ビフレストへ足を運んでいた。

 防衛戦争の前あたりから大陸全体で魔物の発生件数が上昇傾向にあり、連盟所属の例に漏れず、一行も馬車馬の如く働いていた。

 人並み以上に丈夫なイリスもさすがに今から料理する元気は残っていなかった。


「お前達か。少し待て。すぐ終わる」


 準備中の札は掛かっていなかったが、混雑する時間にはまだ早い。

 それ故か、マスターもカウンターを離れ、酒場の奥に設置されたピアノの調律していた。


「へー、マスターって調律も出来たんだ?」

「本職ほどの腕はないがな」


 作業する手を止めぬままマスターが答える。

 思い出の品に触れているからか、声音からはいつもより少しだけ機嫌がいいのがわかる。


「……その弦は少し音が高くありませんか?」

「ほう、よくわかったな。だが、コイツはこれでいいんだ」


 感応力を発揮したソフィアの問いにマスターは苦笑し、答えの代わりに鍵盤を押す。

 同じ音を司る三弦の内、一本だけ僅かに高くすることで発する音に深みが生まれる。

 亡き妻が発見した方法だ。マスターもこのピアノを何度も調律して覚えた。


「そういうことでしたか……たしか、マスターはピアノの演奏もできるのでしたね」

「多少弾けるだけだ。バードクラスも得ていない下手の横好きに過ぎん」

「……」

「それに、弾ける曲は伴奏だけ。歌い手がいなければ空しいだけだ……よし、待たせたな。食事は軽い物でいいか?」

「あ、はい。お願いします」




「ごちそうさまでした」

「ご馳走さま。あー、つかれたー」


 自家製ジャムを塗ったトーストにハムエッグとサラダという朝食を平らげると同時、イリスがテーブルに突っ伏した。


 この数週間、アルカンシェルに休みはなかった。

 平日は学園に通うか近場で依頼を受け、休日は帝都に赴き、彼らの担当連盟員であるペルラに予め同じ地域の討伐依頼を纏めておいて貰い、それらを一気に消化していた。


 おかげで最近は一週間に五、六個の依頼を受ける日々が続いていた。

 一般的なギルドの三倍以上だ。さすがにペルラにも一旦休むよう提案されてしまった。

 体力、能力的にみて可能だったからとはいえ精神的な疲労までは回復できない。

 どちらにしろ、ここらで一旦休息をとる必要はあっただろう。



「マスターと話してくる。疲れているなら先に帰っていいぞ」

「いいよ。この後補充品も買いに行くし、待っとく」

「わたしもまだだいじょうぶ、です」

「無理はするなよ」

「無理はしないけど、私らが手抜いたらその分アンタが頑張っちゃうじゃない」

「ぐ、む……」


 クルスは困っている民草の為に依頼を受けている。だから、依頼があればあるだけ無理をする。

 ソフィア達がいてこれなら、クルスが一人の時はどうしていたか、容易に想像がつく。


「自覚があるならちょっと休み入れましょう」

「……ああ、わかった。いつもすまない」

「いいのよ。好きでやってるんだもん」

「いってらっしゃいませ」


 ひらひらと手を振るイリスとたおやかに微笑むソフィアを置いてカイとクルスがマスターと話し始める。

 二人の意識がこちら外れたのを確認して、従者は視線をちらりと主に向けた。


「というわけで、依頼も落ち着いてきたし、ソフィアもそろそろ攻勢かけないと」

「攻勢? 何に対してですか?」

「カイに対してのアプローチよ。アイツのこと好きなんでしょ?」


 ソフィアを受け入れられる男などそうそう居ない。仕える主にその気があるなら従者は応援する気でいた。

 言い方は悪いが、実家でも持て余し気味なソフィアが政略結婚に使われることはまずない。

 言い寄って来るのは余程の阿呆かソフィアの能力を利用しようとする野心家だけなのだ。ヴェルジオンの利益にはならない。



「なぜ、カイにアプローチする必要があるのですか?」



 だというのに、本人にその自覚はない。


「…………アレ? ソフィアはアイツのこと好きじゃないの?」

「好きですよ。カイもわたしたちの事は好いてくれています」

「……あー」


 イリスが喉の奥で小さく唸る。これも読心の弊害なのだろう。


 ソフィアには相手に好かれていることが分かる。

 その為に焦燥感や危機感がない。自分を磨こうとか相手によく見せたいという気持ちが湧かないのだ。

 そういった感情は自分が好かれていることへの不安や、もっと好かれたいという欲望があるからこそ生まれるものなのだろう。

 良くも悪くも少女はキレイすぎるのだ。


 しかも、カイとソフィアはどうも現状で満足している節がある。特にソフィアには“これ以上”を望むという発想がまずない。恋愛に関しては十歳児並みだろう。


(通じ合ってるってのも意外と難儀なものね……)

「けど、ここで止まっちゃ女の名折れ。いい機会だから色々学びましょう」

「そうするとカイは喜んでくれますか?」

「……当然!!」


 これだけ想い合っているのに何故くっつかないのか、イリスには分からなかった。




「何にする?」


 調理と仕込みを終えて厨房から出てきたマスターはグラスを片手に飲み物の準備をしていた。


「ミルクを」

「酒場のマスターの仕事をさせろ」


 カイの注文に即座に突っ込みが入る。

 初めの頃は水を頼んでいたことを思えば、進歩はしているのだろう。


「俺の方でエールを頼むので勘弁してください」

「ならばいい。酒が苦手なら今度から酒精のないものを頼め」


 何だかんだ言いつつもちゃんとミルクは出てきた。カイは黙って口をつける。

 クルスも出されたエールをぐっと呷る。爽やかな喉越しが臓腑まで一気に抜け、疲労した体に酒が沁みわたる感覚にほっと息を吐いた。


「それで、何を聞きたい? 派手に依頼をこなして随分稼いだようだが」

「依頼の方は暫く休もうと思っています。聞きたいのは白国の情勢と、あと何か変わったことがあればそちらも」

「いいだろう。では、白国の方から。

 ――今、あの国は生誕祭に向けて大忙しと言った所だな。特に皇都は物資と人員の流入が激しい。各街区に近衛騎士団を配置しているそうだが、治安の低下は免れないだろう。三級なら当日含めて警備の依頼を受けることもできるな」

「検討しておきます」


 メモも見ずにすらすらと情報が出てくるのはさすがは連盟提携店の店主といったところか。

 その後も続く情報を聞きつつ、クルスは生誕祭については実家から連絡があるだろうと予感した。


 クルスは今年で丁度二十歳になる。領地によっては当主を継いでもおかしくない年齢だ。生誕祭を奇貨に中央への顔通しをするにもいい頃合いだろう。

 父はこういった機微に疎いが、その家令であり従者筆頭であるナハト翁がこのような機会を見逃すはずがない。準備はしておくべきだ。


「あとは……そうだな、変わった事といえば“ミシダルの遺跡”の話は知っているか?」

「ミシダル? 不勉強で申し訳ありませんが、遺跡(ダンジョン)の名前も聞いたことがありません。新しく見つかった所ですか?」

「逆だ。ずっと昔に見つかって冒険者に荒らし尽くされ、その後は放置されていた遺跡だ。ただ、この前腕試しに潜ったギルドから『それまで居なかった魔物』が出現したという報告がされた」

「遺跡の魔物が変わった? 有り得るのか、クルス?」

「ない、とは言い切れないな」


 カイの疑問をクルスは条件付きで肯定する。

 遺跡(ダンジョン)は遥か古代に作られた施設が長い年月を得て変質したものだ。何の為に作られたのかは分かっていない。

 遺跡には自己修復機能があり、一定時間で内部の修復や罠の再設置も自動で行われるのだが、その際に魔物も復活し、再配置されてしまう。遺跡探索が冒険者の特権となっている所以である。


「つまり、遺跡の性質が変わらない限りは修復内容も変化しないから、再配置される魔物も同じ種類にならなければおかしいのだ。例外は遺跡が洞窟などと繋がってそこも遺跡の一部だと誤認識されたときのように、遺跡の性質自体が変わってしまった場合だな」

「あるいは、それまで見つかっていなかった区画から魔物が迷い出てきたという可能性もある。興味があるなら行ってみたらどうだ? ミシダルの踏破済区画の危険度は高くない。一応、連盟から調査依頼も出ている」

「ふむ……」


 悪くないとクルスは考えた。

 ギルドを結成してから討伐依頼ばかりでまともにダンジョンアタックをしていない。今後の為にも一度くらいは経験しても損にはならないだろう。


 加えて、特殊な条件下にパーティを置くことは二つ目の契約を取得したばかりのクルスとイリスにはいい鍛錬になる。変化部分にさえ注意すれば危険度は高くない遺跡だというのも手頃で良い。

 あと数日の内にはクルスの不朽銀(ミスリル)の鎧も修復が終わる。

 疲れが抜けて、装備が整った休み明けに一度挑戦してみてもいいだろう。


「マスター、調査依頼をください。仲間と相談の上ですが、来週にでも受ける方向で行こうと思います」

「了解した。――では、良き旅を」



 ◇



 ミシダルの遺跡は赤国帝都から馬車で南に三日ほど行った所にあった。

 辺りには村も無く、至る所が削られた鉱山跡の端で真っ暗な入口をぽっかりと開けて冒険者を誘っている。


「感じる範囲では普通の遺跡だな」

「……遺跡全般に当てはまることですが、残存魔力が多すぎて広域探知はかなり難しいです。精度を保とうと思うと効果範囲は半径三十メートル程度まで狭まります」

「遺跡内部でその範囲は破格だけどね、普通。んー、ここ二、三日の間に三組くらい来てるね……出てきたのは一組だけみたいだけど」

「地図は入手したとはいえ警戒は必要だな。ソフィア、頼む」

「はい――我らに清浄なる息吹を、続けて、――暗闇を見通す瞳を」


 遺跡に入る前にソフィアが全員にクレリックの保有する『浄化』と『暗視』の術式を掛ける。

 浄化は呼吸する際に流入する空気を清浄化するもので、遺跡探索や有毒ガスの危険がある時に使用する術式。暗視はその名の通り暗い中でもある程度の視界を確保できる術式だ。

 どちらも遺跡探索には欠かせない術式だ。


「四人にかけ続けて魔力と精神力が持つのか?」

「戦闘中はさすがに解除しないといけませんが、消費魔力は加護込みなら回復量以下ですし、精神力も一日くらいはだいじょうぶです」

「……」


 たしかに、ギルドを組んでから既に半年以上経っているが、カイは心技を使った時を除けば、ソフィアが魔力が尽きた場面をみたことがなかった。


 魔力量は後衛にとって攻防に直結する要素だ。

 魔力の尽きた魔術士はただのお荷物になるか、死ぬしか道が残されていない。


 だが、加護で強化されているとはいえ、四人に恒常的に二重の術式を掛けても余裕があるというのは、稀有な例だろう。

 高すぎる感応力といい、聖性や才能という言葉だけで片付けるには明らかに異常だ。

 今までソフィアに接してきた者達は、理解の範疇を超えるこの少女を天才とか異常の一言で片付けてきたのだろう。

 だが、登る頂こそ違うが、鍛錬によって同程度の高さに至っているカイにはその不自然さがわかる。


(作為的すぎる……考え過ぎか?)

「どうかしましたか、カイ?」


 ソフィアが小首を傾げる。内省している間に随分と凝視していたらしい。視界の端で何故かイリスが口笛を吹いている。


「いや、何でもない」

「そうですか。何か気になることがあれば遠慮なく仰ってくださいね」

「ちっがーう!!」


 そこは攻める所なの、とイリスがソフィアに詰め寄る。

 侍は無視して騎士と共に遺跡へと向かう。少女二人が慌ててその背を追いかける。


 吸い込む空気は清浄で、薄暗い遺跡内部も問題なく見通せる。

 周囲に警戒線代わりの気配を放ちつつ、一行は遺跡の中へと踏み入った。



 ◇



 遺跡の中は想像以上に整然としていた。

 加工され、磨かれた石を敷き詰めた通路に、冒険者の野営の跡が残る以外は綺麗に片づけられた部屋の数々。

 魔物が出ることと、薄暗いことを除けば、何日か過ごすこともできそうなほどに整っている。


 構造を考えれば、この遺跡は古代人の避難先として建造されたのかもしれない。

 クルスの脳裏にふとそんな思考が浮かんでは消えた。


「止まって。四メートル先に感知式の落とし穴」


 その時、先頭に居たイリスが声を上げる。

 従者は仲間を止めたまま一人先行し、床に仕掛けられた落とし穴を手早く解除していく。


「罠の数が多いな」

「ええ、普通の遺跡の倍くらいあるわね。幸い、今のとこ解けない形式はなかったけど」


 遺跡に入ってから既に一刻が経過していた。

 今のところ出てきたのはスケルトンなど元からこの遺跡に出る魔物ばかりだ。いくらか群れていようと苦戦することすらない。

 むしろ遺跡内部に仕掛けられた様々な罠の解除の方が手間取っていた。


 遺跡のトラップは大別して落とし穴や吊り天井などの物理的なものと、魔物を転移させたり幻惑させたりする魔法罠(マジックトラップ)に分けられる。

 ただし、遺跡自体が魔力の恩恵を受けて自動修復しているので、この分け方はあくまで解除にどのような技術が必要かという目安に過ぎない。


 前者はレンジャーの学ぶ罠外しで回避する。これは知識と技術と観察力によるもので、レンジャーはあらかじめ様々な罠に関する知識とその対処法を習得している。


 後者の魔法罠は主にウィザードやクレリックの感応力に頼ることになる。魔法罠は五感ではその存在を感知できない場合も多いが、その性質上魔力を完全に隠すことはできない。


 パーティにおいて物理トラップには当然ながらレンジャーのイリスが感知する。

 また、イリスには劣るものの騎士団時代から単独行動の多かったカイもある程度の看破技術を習得している。イリスが失敗した時の保険になる程度の腕だがないよりはマシだ。


 魔法罠に関しては当然ながらウィザード兼クレリックのソフィアが抜群の反応を示した。

 生まれついて魔力や精霊に対して感応力の高かった少女は位階を上げたことで半ば人外の領域に踏み込んでいる。

 最低限の感応力はあるクルスや、ムラッ気はあるものの感応力自体はそれなりにあるイリスも多少は魔力を感知できるが、精度、範囲共に比較にもならない。


 また、魔力生成を失っているカイは当然ながら感応力もないのだが、驚くべきことに近距離の魔法罠については感知できた。

 何故と問うても本人が「勘」と言い切るので、クルスは思わずため息を吐いてしまった。


「感応力とは一体何だったのか……」

「今更ですよ、兄さん」

「そうそう。魔法ぶった切る人に常識を期待しても無駄よ」

「む、言われてみればそうだな」


 よくよく考えてみれば、この侍は魔力を感じられないまま、直感と経験で魔法を斬っているのだ。自分の尺度でどうこう言っても仕方ないのだろう、と騎士は納得してしまった。



 さらに一刻ほどかけて踏破済区画の半分を踏破した。今の所、特に怪しい所は見当たらなかった。


 一行は視界の開けた広場を見つけて昼食を摂ることにした。

 昼食は砂糖とバターを混ぜて焼いたクッキー状の携帯食と塩を少量混ぜた水だ。クッキーは甘いだけの味だがマズイよりはましだろう。

 クッキーを齧りつつ、順位をつけるなら、とイリスが前置きして告げる。


「物理トラップの発見率は私、カイ、クルス、とんでソフィアだね。何度も言ってるけどソフィアは気を付けてね。魔法に関して以外は鈍くさいんだから」

「わかっています」


 表情こそ変わらないが少し拗ねたようなソフィアの声にイリスが口の端を微かに曲げる。

 ギルドを結成する前には見られなかった新鮮な反応だ。


「まあ、でも逆に魔法罠は断トツでソフィア。で、私とクルスがどっこい、カイはちょっと不安定だけど……」

「現状だと最下位だな。手の届く範囲まで近づかなければ感知できない」


 そう告げるカイに焦りはない。間合いにさえ入れば物理魔法問わず叩き斬ることで大抵の罠を破壊できるという強みがあるからだ。

 そうでなくても、一行で最速の敏捷を以てすれば回避できない罠を探す方が難しいだろう。


「ただ、魔法罠を回避できなかったら直撃して死んじゃうけどね」

「……否定できないな」

「という訳で、カイはできればソフィアを気にかけてあげて。パーティ的にそれが一番安定するから」

「了解」


 いざという時に備えて、遺跡内では一番手にイリス、その後にクルスとソフィアが続き、最後尾にカイという陣形になった。

 図らずも最初の依頼で組んだ陣形が最適解だった。



「では、あと半分だ。油断せずいこう」


 クルスが立ち上がるのに合わせて一行は探索を開始した。



 ◇



「普通に考えるなら、後ろ半分のどこかに分岐か何かがある筈よね」


 遺跡後半部の薄暗くつるりとした無機質な通路が続く中、執拗なまでに設置された罠を丁寧に解除していきながら従者がぼやいた。


「前半部分になかったのだから後半部分に何かしらの変化がある筈だ。見過ごしていた場合は諦めるしかないが……」

「私とソフィアがいて見落としがあるとも思えないけど……はい、解除成功」


 イリスは天井落としの罠を解除した。

 従者はここまで罠をすべて解除していた。物理的な罠はソフィアがどう考えても避けられないし、魔法罠はカイの泣き所に直撃するからだ。

 時間はかかるがほぼ一本道の遺跡の構造上、帰りも同じ道を通るのでロスはそこまで大きくないという判断だ。



「地図通りならそろそろ終点だな」


 クルスが指さす先、通路がY字路になっている。


「あの左右の道が奥で繋がっている。ぐるりと一周すれば踏破済区画は全て回ったことになるな」

「つまり、ここからが怪しいわけね」

「……たしかに、少し嫌な予感がします」


 ひとまず右から周ることにした。


 そして、特に何も見つけられず一周してしまった。


「あれ? 何か見落とした?」

「そのようだな。先行した二組とも遭遇していない。帰りながら何か――」

「クルス」


 侍が警戒も露わに騎士の言を遮る。

 視線の先、二メートルほどの大きさの骨を幾重にも組み合わせて作った不格好な人形が帰路を塞ぐようにして立っている。


「ボーンゴーレム? こいつが新しく出現した魔物か?」

「攻めてこないわね。何でかな?」


 沈黙したまま立っている魔物を疑問に思いつつもイリスは弓を構える。

 半生体ゴーレム種には体の一部を飛ばす遠距離攻撃もある。距離があるからと気は抜けない。


「とりあえず一発入れるよ。ソフィアも構えて」

「了解――あ、動きます」


 ゴーレムがこちらを認識して突然動き出した。しかし、何故か通路の端に向けて。


 皆が疑問を浮かべる中、その意図にいち早く気付いたイリスが慌てて弓を撃つ。

 だが、放たれた矢に貫かれるより一瞬早く、ゴーレムは自らの重量で先ほどイリスが解除した罠を踏み抜いた(・ ・ ・ ・ ・)


 天井落としの罠が発動する。遺跡全体が轟音と共に震動し、分割された天井部分が次々と崩れ落ちてきた。


「あー!! 折角解除したのに!! 人の努力を何だと思ってんのよ!!」

「危ない、イリス!!」


 クルスが従者の首根っこを掴んで下がる。

 連続して落下する天井が丁度クルスとソフィアの間に落ちた。


「――シッ!!」


 カイが咄嗟に壁となった残骸に斬りつけた。

 しかし、刀は残骸に触れる直前に半透明の障壁によって弾かれてしまった。


「障壁だと!? 遺跡の構造体に!?」

「数が多すぎる!! 退くんだ、カイ、ソフィアを頼む!!」

「了解!!」


 一行が分断される。結果的にクルスとイリス、カイとソフィアに分かれることとなった。


 暫くして震動が止み、落下も収まった。

 しかし、残骸は床から天井まで隙間なく積もり、新たな壁となっている。

 カイが残骸を軽く叩く。音の篭り方からして厚さ十メートルはある。物理障壁も考慮すると壁を抜くのは時間がかかりそうだ。


「ソフィア、風声は届くか?」

「この距離ならだいじょうです――我が声を届かせよ」


『繋がったか。大丈夫か、ソフィア、カイ?』

『ああ。そちらは?』

『こちらも特に負傷は無い。……この壁を刳り抜くのは難しいな。よしんば抜いたとしても遺跡の主柱部分だったりしたら目も当てられない』

『そうなのか?』


『あー、聞こえる、カイ、ソフィア?』


 首を傾げるカイとソフィアにイリスが声をかける。

 従者も先日、努力の末に風声を使えるようになったのだ。


『どうやらさっきの罠の発動で遺跡の構造が大きく変わったみたいなの。だから、下手に大きく壊すと崩れちゃう可能性もあるわ。気を付けてね。斬り過ぎちゃ駄目よ?』

『善処する』

『程々にね。ソフィアもよ?』

『はい。そちらもお気をつけて』


『では、合流すること目指して行動を開始しよう。死ぬなよ』


 クルスの号令を最後に四人は遺跡探索を再開した。



 そして場面は冒頭に戻る。


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