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魔女の呪い

作者: まきぶろ
掲載日:2026/02/15

(`・ω・´)つ

あいよ! 当店秘伝の出汁を使用した新作ラーメンだよ!

 これから、取り調べが始まる。取り調べといっても、普段自分が出入りしている牢獄の取調室ではない、この国でも名高い貴族の屋敷の一室を借りて。

 サロンとして使われている部屋のソファは、木っ端役人である自分が腰かけた時に、驚いて声が出そうになってしまう程柔らかかった。

 目の前には令嬢が座っている。彼女が取り調べの対象であるが、手首に枷はない。もちろん、手首以外のどこにも彼女の自由を阻むようなものは課せられていなかった。


 私は緊張している事を悟られないように、元々整えられている紙束をトントンと机に軽く打ち付けて揃えた。

 書記官は置かれていない。これは「聴取」であり、「訊問」ではない。上からは、そう言い含められていた。


「ミラ・オルテンシア嬢」


 名を呼ぶと、令嬢はティーカップの水面に落としていた瞳をゆっくりと私に向けた。

 声を出すと、緊張しているのがよりはっきりと分かる。自分で聞いていてもぎょっとするくらい固い声色だ。


「……若い官僚さんね。階級章もピカピカだわ」


 皮肉か褒め言葉か、判別がつかない言葉に私は一瞬戸惑った。


「本題に入ります」


 どう返していいか分からず、そのからかいを無視した私は無理矢理主題に戻す。


「どうして貴女は、婚約者であるスティーブ王子殿下に……呪いをかけたのですか」


 令嬢は、薄く笑った。笑い声は聞こえない、ただ記号としての「笑い」だ。音を出さないからこそ、室内の空気が一段静かになる。自分はこの状況が愉快に感じているのだと、この場を支配する強者からそう示されて胃がキリキリと痛む。


「どうして、ねえ」


 令嬢は、自分の顎に指を添えた。まるで、猫がのんびりと毛づくろいをするかのように。


「でも、いくらわたくしが腕利きの魔女といっても、何の制約もなく呪いをかけることはできませんのよ」

「それは、そうですけど」


 私は言葉を肯定した。

 だから――魔女は恐れられるが、完全な無法者ではない。


「たとえば、わたくしが師事したこの国一番の魔女だって。何もしていない人を呪い殺すなんて、出来ませんわ」

「……だからと言って」


 言いながら、自分が「魔女の倫理」について同意しているのが、妙におかしい。


「けど、逆を言えば。魔女は自分に害なす行いをした者を呪えるという事。何があったかは私は知らされていないが、結果として貴女がスティーブ殿下を呪ったのは事実だ」


 言ってから、私は気付く。――ああ、誘導されている。場を支配されているのだ

 令嬢は、嬉しそうに目を細めた。


「ええ。つまり」


 バラ色の唇からこぼれる声は甘い。砂糖ではなく、蜜のほうの甘さだ。


「魔女であるわたくしに『何か』害をなしたから、呪いが発動したという事ですわね」


 調書を取っていた私の指が一度止まった。紙の上で力の込められたペン先に、インク溜まりが出来る。

 その動揺を見抜いたように、令嬢は笑みを深めた。


「だから魔女が恐れ敬われているのですもの」


 令嬢は、自分の髪の毛を一束指でくるくるといじりながら首を傾げた。


「スティーブ王子に呪いをかけたのがわたくしだと分かっていながら、あなたの上の……責任の所在を愛する方々は怖がって手を出せない」


 彼女は「上」と呼んだが、この国の最上位者である王を含むその言葉に敬意はない。


「そのせいで、あなたのような下級役人が聞き取りに寄越されたのでしょう?」


 笑い声がないのに、笑われていると分かるのは、皮肉が上手いからだろう。

 私は唾を飲んだ。緊張から力が履いていたらしく、喉の奥が少し痛い。


「……仕事ですから」

「押し付けられて大変ね」


 令嬢は楽しそうだった。


「あなたは、なぜ。わたくしが呪いをかけたのだと思う?」


 今度は逆に質問が返ってきた。

 そう問われて、私はこの事件の背後情報を思い浮かべていた。この婚約にまつわる政争と、「魔女」と呼ばれる彼女の家と、王子の近況について。


「……婚約者のある身でありながら、スティーブ殿下が最近、特定の令嬢と親密にされていた件についてでしょうか」


 令嬢の目が、すっと細くなった。風がないのに、背筋が冷えるような錯覚がする。


「そう。やっぱり城はきちんと把握していたのね」


 令嬢は、まっすぐこちらを見る。


「そして、わたくしの指摘に対して、何の対策もしていなかったわけね」


 私は、目を逸らした。今回矢面に立たされただけで、責任の所在は自分にはないはずなのに。


「と、ところで」


 私は話題を戻した。それ以上の圧力に耐えきれなかったのだ。


「一体、どんな呪いをかけたんですか?」


 言いながら、私は自分の声が少し上ずるのを感じた。


「私は上から『呪いの解除方法を聞き出せ』としか言われていないのですが」


 雑談ではない。一応、目的にも関わる。どんな呪いか分かれば、解除方法もある程度目途が付くからだ。魔女の呪いとは、それほど秩序だった存在であるらしいのだ。

 そう聞かれて、彼女は笑みを深めた。


「まぁ、そうでしょうねぇ」


 語尾は、不自然なほどに柔らかかった。面白くてたまらない、そう隠しきれないのが私の目から見ても分かる。


「あの呪いが発動したなら、そういうことでしょうから。王族の醜聞になりますもの。何が起きたかなんて、言えませんわよね」


 私は沈黙した。沈黙している間に、窓から差し込む影の位置が少し変わった。

 彼女の笑みが、いっそう昏く見えた。


「魔女が呪いをかけるのは、直接害なす行いをした者だけではありませんのよ」


 令嬢は、唐突に話を変えた。が、私にそれを言及する権限はない。私が既に、彼女の掌の上にいるからだ。


「ルールを破った者に罰を与える呪いがあるのは、ご存じかしら?」

「……聞いたことは」


 それは、人が結ぶ様な契約に似ているだろうか。それか、私達の日常を定める法律とも近いかもしれない。

 知識としては知っているのものの、それを脅威と感じた事はない。この呪いは、魔女相手でなかったとしても普通に法に触れるような行為に相当するからだ。それを破るような振る舞いをしなければ害はない。


「たとえば。魔女の畑の作物を盗んで食べた者は、お腹を壊すとか。おばあさまは、金庫を勝手に開けて中身を持ち出した者の手が腐り落ちる呪いをかけていますわ。わたくしは、個人的に出す手紙に、勝手に盗み見ようとした者の目が一週間見えなくなる呪いをかけていますの」


 私は意識して息を吸った。深く吸うと、余計に体が強張っていたことが鮮明になる。


「ええ。ですから。あなたの部屋を捜査するのは危険が大きすぎますから、私が派遣されたわけです」

「そうですね」


 クスクスと笑う令嬢は面白がるだけで、魔女の呪いについての講義を続けるだけで、自分がかけた呪いについてはのらりくらりと避けているように感じた。


「変わったところでは」


 彼女の声が明るくなった。意図的に明るくした、演出のようなものを感じる。


「下品な話ですけど。鼻をほじるのをやめない子供に対して『次に人前で鼻をほじったら、丸一日指が鼻から抜けなくなる』なんて呪いもありますのよ」

「はぁ……」


 私の返事が間抜けなのは、仕方がない。手が腐り落ちるだとか目が見えなくなる呪いの話の後に、鼻ほじりが来るとは思わない。確かに、子供をそう叱る母親の姿は見た事があるが……。そんな躾のための呪いもあるのか、と私は思うだけだった。


 令嬢は、そんな反応をする私を見てくすり、と笑った。

 その笑い声が、妙に愉快そうで、背筋が冷える。


「国一番の魔女の孫であるわたくしの、力を望んで結ばれた政略の婚約ですけれど」


 政略。

 平民出身の自分には縁遠い話だが。物心ついた時から結婚相手が決まっているというのは、どういう気持ちなのだろうか。

 目の前の令嬢と、その相手である、呪われた王子様の姿が頭に浮かんだ。


「わたくし」


 令嬢は、冷たく笑ったまま髪を耳にかけた。


「自分のものだと思っていた犬が、毛並みの悪いよその雌犬に種付けするのを許すようなお人好しではありませんのよ」


 室内が、静まり返った。私は、ペンを握りしめたまま固まった。頭の中で、いくつかの単語が滑っていく。

 政略の婚約。雌犬。種付け。魔女のもの。鼻ほじりの呪い。


 私は顔を上げた。上げてしまった。うっかり直視してしまった令嬢は、優雅に微笑んでいた。

 その笑みが、口の端だけで作られているのが分かる。目は笑っていない。


「……えげつない呪いを」


 そう、思わず口から出てしまっていた。自分でも驚くほど、素直な言葉だった。令嬢は、よく気付きましたと、それを褒めるように頷く。


「わたくし、忠告はしていましたのよ」


 彼女は、指を一本立てた。


「決定的な不貞をしなければ発動しない。何も起こらないはずの呪いでしたの」


 忠告。呪いの忠告。王子はそれを軽んじてしまったのだろう


「流石に……酷くないですか?」

「だったら不貞を働かなければよかったじゃない」


 まぁ、確かにそう……なのか……?


「うふふ」


 言い負かされてしまった私を見て、令嬢は楽しそうに息を漏らす。


「とても困っておいででしょうね。殿下と雌犬の姿が合わせて見えなくなってから、もう三日も経ちますもの」


 私は、瞬きが遅れた。その言葉だけで、現在城の上層部が揃って大騒ぎ(しかし理由を頑なに言おうとしない)している理由が一瞬にして分かってしまった。


「お二人共、ご不浄とかどうなさってるのかしら」


 あまりにもな心配に、私は思わず笑いそうになった。

 だから咳をした。


「……あの。どうか、この呪いの解除方法を教えていただけませんか」


 私はようやく、目的を思い出した。思い出したというより、これ以上呪われた王子についての話をしていられなかったのだ。

 令嬢は、待っていましたと言わんばかりに身を乗り出させた。


「『上』に伝えて差し上げて」


 声が、すっと冷える。愉悦が滲み出していた。


「呪いを解くには、『わたくしの目を見て、直接不貞を謝罪すればいい』のだと」


 私は、想像した。先ほど聞いたような内容の呪いが発動している状態の王子と、その浮気相手が……彼女の目を見て直接謝罪する、その光景を。


「もちろん」


 令嬢は、笑みを深めた。そうだ、彼女はこの状況が「面白くてたまらない」のだ。


「公の場以外には出向きませんから。きちんとした場を整えてくださいね。その後で、王族に呪いをかけた罰もきちんと受けますわ」


 公の場。つまり、衆人環視のいる場でないと謝罪を受けないと。そういう事か。

 私は、背中に汗が流れるのを感じた。冷たい汗だ。


「……伝えます」


 声が震えてしまったのはしょうがないだろう。彼女はそれを聞いて、満足そうに立ち上がった。

 人前で、彼女の目を見て、謝る。たったそれだけのことで、呪いは解ける。

 たったそれだけのことが、現在のスティーブ殿下にはいちばん難しいだろう。

 ――ああ、城に戻ってこれを報告するなんて、果てしなく気が重い。

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― 新着の感想 ―
とても興味深く読ませていただきました。 因果応報。面白かったです。 後ろからなら何とかなったかもしれないよね。
えげつないw もげるより取れない方がマシかなw 呪いじゃなくても実際ありますからね。 そのまま救急車で運ばれたりしますし。 注射を打てば取れるらしいですけど、これは呪い出しな〜(^_^;)
アッハッハ〜〜!! こりゃ息もできなくなるほど笑う〜〜!!! よく笑いをこらえておりますね!?胆力…!! まぁ呪いをかけられたほうがひたすら愚かだっただけなので、万に一つもフォローが出来ないよね…。 …
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