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真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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10/11

第10話 擦り傷のショートケーキ②

 まず、ホイップクリーム……とだけ、フォークで口に運んだはずなのに。ふわっと軽い感触のあとに、蕩けるようになめらかな舌触りが広がると思ったら消えた。


 食レポはまだタレント業が浅いので、表現が乏しくて当然でも。小桃の少ない語彙で、そんな感じがしたのだ。



「クリーム美味しい!!」

「それはよかった。まだまだ改良の余地はあるけど、クリームには少し自信があるんだよ」

「お兄さん、凄い!」

「どうも」



 カメラマンでも店長くらいの年代の男性と仕事をすることもあるので、三十代くらいを『おじさん』とは思わない。というか、最近の三十代はまだまだ二十代を抜けたくらいで若いとスタッフがぼやくくらいだ。


 次にスポンジといっしょに食べてみたが、今度は雲のようなわたがしかと思いかけた。



「え、え? 本当に、これショートケーキ?」

「ショートケーキは特に、日本人にとって『日常のケーキ』だからね? おじさん、作り甲斐があるんだよ」

「あ! 間にいちごぎっしり!?」

「そのときの旬にあわせたいちごだからね。たっぷり使うよ」

「……お、お高くないですか?」

「料金は今ももらっているから大丈夫だよ」

「え???」



 ついつい、美味しくてフォークを動かすのを止めていなかったが。さっきも言っていた『痛み』を代金にとはどういうことだろうか。漫画とか小説とかは普通に読んだりする小桃でもわかる範囲だと、ここは異世界かなにかなのか。


 しかし、手当抜きに痛んでいたはずの腕はなんともなく。フォークも気づいたら最後のいちごを刺していた。もっ、と口に入れた途端、次の質問をしようにも出来ず……美味しさといっしょに流されたのかあのドアベルの音が聞こえたのだった。


 音が聞こえなくなったと同時に居た場所は、自分の部屋。服はあの破れたと思ったサマーニットが元通りになっていたので、口に残ったケーキは白昼夢の何かかと勘違いしたほどだ。



「小桃~? 仕事の本届いているわよー?」

「あ、はーい」



 母親に呼ばれたので、雑誌の献本が届いたのかもしれない。受け取りに行けば、表紙に自分以外に三人のモデルと表紙を飾っているものだった。ちょうど、彼女らは本名で活動しているのを改めて確認したが、文字を見ると『あれ?』と注目してしまう。


 普段は事務所が違うので、呼び名だけしか気にしていなかったが。苗字と名前が可愛いとかかっこいいが混ざっているものばかり。コンプレックスにしていて、苗字を使っていないのは小桃だけだった。



「うっわ~。自意識過剰?ってやつ? それか、私が気にし過ぎ??」



 名前こそキラキラネームと呼ばれるものを親につけられても、堂々と活動名にもしているのか。逆に、活動名で英字にしたり、別の漢字にあてるにしてはリアリティが凄い名前なので絶対本名だと……小桃にはわかるのだ。



「……本条、ちゃん? うーん、別にいいな」



 むしろ、いじってもらえる側のタレントになるのなら、ちょうどいい小道具になるだろう。単純な名前だけだと『普通』に見られてカメラワークの注文も味気なくなってしまう。だったら、と小桃はまず事務所で所長とのアポを確認してから言い出すことにした。



「あら? 嫌がっていた節があったのに、気が変わった?」

「……子ども、だったと思っています」

「ふふ。いいじゃない? あたしは素敵な苗字だと思っていたし?」

「ありがとうございます」

「じゃ、時期はこっちで調整しとくから。名乗りくらいは自分で頑張りなさい?」

「はい!」



 最後にとっておきたいくらいのいちごが、ケーキを引き立てる華であるのなら。



 名前の『小桃』を引き立てる、かっこいいスタイルも着こなせるモデルになっていこう。うじうじしていた性格を一転させるいい機会になったのか、それ以降に仕事入りするときには『本条さん』『本条ちゃん』と可愛がってもらえるスタンスが出来上がったのだった。


 それと、あのサマーニットは何度見ても破れもなにもなかったので『勝負時』の仕事の時以外は着ないことにした。





 *・*・*





「特別サービスし過ぎ」



 若葉に直球クラスの注意を受け、真宙は乾いた笑いを出すしかなかった。



「いや~? お気に入りの服を直すくらいの返金額くらいはあったし?」

「にしても。妬み恨み辛みの『痛み』がデカいわね。あれくらいの可愛い子には」

「僕のお気に入りケーキ雑誌の特集によくいるから……つい」

「それ本音じゃない」

「ごめんなさい」



 芸能界とやらは『痛み』の坩堝と言っていいくらい、他者から背負わせられるそれらが多く存在する。長く続けていくためにも、一度はつまずいて転げてしまったら……小桃のように、素直になれるきっかけが出来たりする。


 それらしく背中を押したいと思ったのは、真宙が若葉の昔を知っているからだ。



「私のように、苗字とかでコンプレックス抱いていたはいっしょでも。私は『女』が本気で嫌だったのよ。弱っちぃのが嫌だった」

「……今は?」

「……お父さんと、店長のお陰。お母さんとも会えるし、今はいいの」

「うん、うん。あ、キャンディ乗せたタイプの試食お願いしていい?」

「無論よ!」



 コンプレックスは生きているなら誰にだってあったりする。弱い自分を表に出したくなくて、卑屈になってしまうそれを隠すのがいいのかと悩むのが人間だ。


 真宙も、先代から聞かされたが。若葉のそれはこの土地の条件でかまってもらえないことに、辟易した自分たちの罪悪感から生まれたものだったと。真宙自身の『痛み』となる妬み恨みたちが渦巻く体質は……コンプレックスを腰痛で抱えていたことからあったと伝えられた。



 出来がいいものこそ、抱える負債はどうしたって多い。それを土地に吸わせて『居場所』を与え……客には、次の『居場所』へ向かわせるサイクルを作らねばならない。


 同じ客は決していない。


 同じ薬菓子は、見た目だけ同じにしても味は変わってしまう。


 作り手が同じでも成功と失敗くらいして当然だ。だから、先代は娘の願いのひとつを叶えてやりたいことで、真宙の菓子への試食係を任せたのだ。


 ふたりで、なんとか『痛み』を半減し合うためにもと。


 おかげで、それぞれ休みを設けて出かけたりすることもできたが。


 その先の、パートナーだけじゃない関係になれるかはまだまだわからないのだ。

次回はまた明日〜

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