121、聖女リリアーヌ
「ごほんっ」
私の後ろでフェルナン様がわざとらしい咳払いをすると、ポカンと固まっていた騎士さんたちが一斉に正気を取り戻したように慌て始めた。
「あ、申し訳ございませんっ」
「お時間をいただきありがとうございます!」
「リリアーヌ様に感謝をお伝えしたくて……!」
騎士さんたちのその言葉に、次に慌てたのは私だ。
「いえ、私こそ変なテンションですみません……」
恥ずかしくて語尾が小さくなってしまったけど、騎士さんたちは首を痛めるんじゃないかというほど勢いよく、首を横に振った。
「リリアーヌ様が謝られる必要は一切ございません!」
「その通りです!」
その気迫に少し気圧されながら頷くと、騎士さんたちはやっと落ち着いて本題に入る。
「この度はリリアーヌ様のご助力により、命を助けられました。どうしても直接お礼をお伝えしたかったのです。本当に本当にありがとうございました」
一人の騎士の方がそう告げて頭を下げると、それに他の人たちも続いた。
「ありがとうございました」
「このご恩は一生忘れません」
「リリアーヌ様は命の恩人です」
さすがに大袈裟ではないかと思ったけれど、私は聖女としてここにいるのだからと、感謝の気持ちは素直に受け取ることにする。
「皆さんを助けられて良かったです」
その言葉に、顔を上げた騎士さんたちは頬を緩めた。
私の力が役に立って良かったと心から思っていると、他の騎士さんたちも私に注目し始める。
「聖女様、ありがとうございました!」
「聖女様バンザイ!」
「リリアーヌ様バンザイ!」
「今回の勝利はリリアーヌ様のおかげです」
「おぉぉぉぉ!」
「本当にありがとうございます!!」
騎士さんたちの声はだんだん大きくなり、すぐに私を称える空気が全体に広がった。聖女として相応しい態度をしようと思っていても、これだけ大勢の騎士の方に感謝や尊敬を向けられるのはさすがに恥ずかしくて、頬が赤く染まってしまう。
「皆さん、ありがとうございます……」
照れながらも笑顔で感謝を伝えると、近くの騎士さんが意を決した様子で手を伸ばした。
「あの、ご迷惑でなければ握手を……!」
特に断る理由もないので私も手を伸ばすと、騎士さんにガシッと掴まれた。意外と力強くて大きな手に少し驚くけれど、純粋な敬意しか感じないまっすぐな眼差しに、すぐ頬が緩む。
それからはなぜか私と握手をする列ができて、十人ほどの人と握手を交わしたところで、突然後ろから誰かに抱き込まれた。
振り返らなくても分かる、フェルナン様だ。
「そこまでだ。お前たち、なにどさくさに紛れてリリアーヌに触れているんだ」
不機嫌な声音だったけれど、勝利で高揚している騎士さんたちには通じない。
「握手ぐらい、別にいいじゃないですか」
「フェルナン騎士団長はリリアーヌ様を囲いすぎです!」
そんな意見に後ろにいるフェルナン様が言葉に詰まるのが伝わり、私は思わず笑ってしまった。こんな平和な時間を持てることが、本当に幸せだ。
「フェルナン様、私も皆さんと交流したいです」
竜と死闘を繰り広げた騎士さんたちが私との握手を望んでくれて、それが少しでも騎士さんたちの癒しや喜びになるのなら応えたいと思った。
私の言葉を聞いて、フェルナン様はかなり葛藤しながらも腕の力を緩めてくれる。
「――――分かった」
「ありがとうございます」
振り返って感謝を伝えてから、また騎士さんたちに向き直った。
それから騎士さんたち一人一人と交流していると、そろそろ一巡するのではないかというところで、突然私の隣に大きな存在感が現れる。
「っ」
皆さんが一瞬だけ身構えたけれど、すぐにそれがラウフレイ様だと気づき、警戒を解いた。
「ラウフレイ様」
『リリアーヌ、無事で良かった。竜の気配が消えたため、戦闘は終わったのだろうと思いこちらにやってきたのだ』
ラウフレイ様は戦闘に手出しができないから、戦場にはいけないということだった。つまり、戦闘が終われば元戦場には顔を出せるのだろう。
「こちらに来ていただく形になってしまい、申し訳ございません。そして――止めるお声も聞かず、勝手に転移して本当に申し訳ございませんでした」
私はまず謝った。戦場に転移したことを後悔はしていないけど、ラウフレイ様の静止の声を無視したことは、ずっと心に重たく残っていたのだ。
謝罪を聞いたラウフレイ様は、珍しく少し怒ったような雰囲気で口を開いた。




