120、すぐ二人の世界へ
竜玉の扱いに関する真面目な話が終わったところで、レアンドル様が私に雑談を振った。
「それにしても、リリアーヌ様が戦場に現れた時には驚いたぞ」
場を和ませようとしての話題だったのかもしれないけれど、それによって隣にいたフェルナン様の纏う空気が少しだけ冷たくなったのが分かる。
思わず体を硬くしていると、フェルナン様がいい笑顔で私の顔を覗き込んだ。
「私も聞きたいと思っていたのだ。なぜリリアーヌが戦場に? もちろんリリアーヌにはとても助けられた。感謝しかない。しかしそれとこれとは話が別であり、危険を犯したことは手放しで褒められるようなものではなく……」
少しずつ笑顔から真剣な表情に変わり、私のことをじっと見つめながらお説教モードのように問い詰めてくるフェルナン様は珍しく、それだけ心配をかけたのだと悟る。
しかし、ここは私も引けない。そもそも悪いのはフェルナン様なのだ。
「フェルナン様」
私はいつもより強気を意識して名前を呼んだ。するとフェルナン様が少し目を見張って口を閉じる。
そこで私は、戦場に転移した理由を口にした。
「フェルナン様の持つラウフレイの守護が発動したと聞いたからです。つまりフェルナン様が命を落としかけたということ。それを聞いたら、大人しく待っていることなどできません」
私の説明を受けて、フェルナン様はその事実に思い至ったらしい。「うっ……」と言葉に詰まり、私の肩に手を置いたまま落ち込むように頭を下げ、大きく息を吐き出した。
「はぁぁ……すまない。確かにそれは私が悪いな。リリアーヌと同じ立場であったら、私もどんなに危険な場所へだって飛んでいく」
分かってもらえたことに安心して、私の頬は緩んだ。しかし、もう少し言っておかなければいけない。
「フェルナン様、危険な場所へ赴かなければいけないことは分かっています。でも、命を大切にされてください。生きて帰ってきてください。お願いします……」
怒るというよりも懇願のようになってしまった。本当はこんなことを口にしてはいけないのかもしれないけど、私はそこまで強くないのだ。フェルナン様の危機を明確に感じて、今回実感した。
そんな私の言葉を聞いたフェルナン様に、強く抱きしめられる。
「本当にすまない。もっともっと強くなる。リリアーヌが心配する必要がないぐらいに」
「……はい。でも無理はダメですよ?」
「む、それは難しいな」
「では、体を壊さない程度にしてください」
「そこは気をつけよう」
そこまで話したところで、私は一つ伝えておかなければいけないことを思い出した。
「ラウフレイ様には戦場への転移を止められたんです。ただどうしても私が我慢できず、ラウフレイ様の静止を振り切ってこちらに来ました。なのでラウフレイ様を責めたりしないでくださいね」
フェルナン様がラウフレイ様に私のことを頼んでいたので一応伝えておく。ラウフレイ様は戦場に行けないから、私が転移をすると守りきれないと忠告されたのだ。
止めるラウフレイ様の言葉を聞かなかった……そのことを早く謝らないと。
「そんなことをするわけがない。それよりも、ラウフレイ様には感謝を伝えなければ。命を救っていただいたのだ」
「確かにそうですね。ではラウフレイ様に声掛けを――」
「ごほんっ」
話がまとまりかけたところで、わざとらしい咳払いが聞こえた。横に目を向けると、そこにいたのは呆れたような苦笑を浮かべたレアンドル様だ。
「俺の存在を忘れてないか?」
「あっ、申し訳ございません……!」
完全に忘れていた。
「申し訳ない」
フェルナン様も謝ったけれど、全く心がこもっていなかった。それにはレアンドル様も気づいたらしい。
「俺を邪魔だと思っただろ?」
「全くそんなことはない」
「――本当か?」
白々しいフェルナン様と疑いの眼差しを向けるレアンドル様。しかしそんな気安いやり取りが、二人の仲が深まったことの証のように感じられて、私はなんだか嬉しかった。
「ふふっ」
笑ってしまった私に二人の視線が向く。
「リリアーヌ様?」
「何か楽しかったか?」
「いえ、お二人が仲良しで良かったなと」
「「仲良し……?」」
首を傾げた二人の言葉が完全に被った。それにまた私が楽しくなっていると、私たちの下に数人の騎士の方たちが駆け寄ってくる。
「あのっ、リリアーヌ様とお話ししても良いでしょうか!」
私はその声に応じて、騎士の方たちに目を向けた。
「はい。なんでしょうか」
とても楽しい気分の中で振り向いたからか、満面の笑みで声も高くなってしまった。そのことに自分で恥ずかしくなり頬が赤くなるのを感じていると、騎士さんたちはポカンと固まっている。
そんなにマヌケな表情になっていたのだろうかと、私が慌てて謝罪を口にしようとしたところで、後ろからフェルナン様の咳払いが聞こえた。




