114、作戦開始(フェルナン視点)
翌日の早朝。予定通り作戦が開始された。私はノエルが竜を誘導する囮役を務めることになった関係で、部下たちと共に誘導を手助けする。
「ノエル、無理はするな」
「はい。命は惜しいですから無茶はしませんよ」
そう言って笑うノエルも、やはりいつもより緊張している様子だ。私は魔力温存のために近くを歩いているノエルの背中を、少し強めに叩いた。
「大丈夫だ。必ず成功させよう」
するとノエルはいつも通りの表情になり、不満げに告げる。
「もう団長、痛いですよ〜」
その様子に安心していると、少しずつ竜が暴れている音が近づいてくるのが分かった。事前に調査してある竜の居場所まではもう少しかかるが、竜が移動していて、思っていたよりも早くに接敵するかもしれない。
「皆、早めに戦闘の心構えを」
ユルティス帝国の騎士団所属である直属の部下たちにだけでなく、今回の作戦で共に戦う皆に向けてそう伝えた。
すると全員が真剣な表情で頷き、竜がいるだろう方向を睨む。
とにかく私たちは竜を沼地に誘導するのが最優先だ。そして誘導に成功したら、そこで待ち伏せをしている皆と共に一気に竜を叩く。
沼地の方はレアンドル殿に任せているが、そちらも問題ないと信じるしかないだろう。
それからしばらく、最大限の警戒をしながら竜に近づいていると――突然視界が開けた。森の木々が吹き飛ばされて薙ぎ倒され、遠くまで見渡せるようになっているのだ。
そして、遠くに見えるのは。
「あれが竜か」
まさかあんなにも大きいとは。私は驚きを隠せなかった。
まだかなり距離があるというのに、この場所からでも圧倒的な大きさと威圧感を覚える。三階建ての建物……いや、それ以上に大きいな。そして何よりも、その頑丈そうな鱗や鋭い爪、牙に目がいく。
あの鱗があるのに攻撃が通るのだろうか。一回でも爪で引っ掻かれたら命が危ない。牙が刺さったら多分即死だ。
そんな予感に、無意識に拳を握りしめていた。しかし怖気付いてはいけない。私たちはあの竜を倒さなければいけないのだ。
平和な世界を取り戻すために。そして竜王に安らかな眠りを届けるために。
「ここからは一気に竜に近づくぞ。攻撃が届くギリギリの距離を保って竜を上手く誘導する。ノエル、危険な役目だが頼んだ」
「はい。行ってきます」
珍しく真剣な表情のノエルは、一度深呼吸をしてから空に浮かんだ。そして、一気に竜の目の前に躍り出る。
「グウォォォォ‼︎」
竜はノエルを認識した瞬間に、地響きを起こすような雄叫びを上げて、ノエルに向かって突進を始めた。ドシンッドシンッという巨体が動く音と共に、砂埃が巻き上がる。
目の前にあるものを無差別で攻撃しているというのは本当らしい。そしてラウフレイ様が仰っていたように、竜は錯乱していて、自身も苦しんでいるように見える。
早く、終わらせよう。
私はもう一度気合いを入れ直して、皆に告げた。
「ノエルを援護するぞ!」
「は!」
ノエルを一心不乱に追いかける竜は、目の前を飛ぶノエルに向かって咆哮を放つ。それと共に強風が吹き荒れ、周囲の木々が大きくしなった。中には根本から折れて吹き飛ぶ木々もある。
「背を低く保てっ!」
必死に叫ぶが、竜の咆哮と爆風、さらにバリバリッと木々が吹き飛ぶ音によって、ほぼ聴覚が機能しない。目を開けてるのでさえやっとだった。
「ノエル!」
少し風が収まったところですぐにノエルを探すと、ノエルはかなり遠くに吹き飛ばされながらも、まだ上空に浮かんでいた。
「大丈夫です!」
その声に安堵する。
「また竜の目の前に行きます!」
「分かった!」
ノエルの合図に、私たちはまた戦闘態勢をとった。次の竜の攻撃は、私たちで相殺しなければならない。先ほどのような強風には、やはり風魔法で相殺するのが適切か……。
竜とどう戦うべきか思考を巡らせていると、竜の視界に入らないほど上空にいたノエルが、一気に急降下して竜に近づいた。
さらに竜の目を狙って、風を圧縮した風弾を放つ。命中すれば片目は確実に潰せるだろう攻撃は……。
「グオォォォォ!」
竜の雄叫びと共に強風にかき消された。それと共に竜がまたノエルを察知する。
その巨体からは信じられない速度でノエルを追いかける竜は、鋭い爪を振り下ろし、でかい口と牙で噛みつこうとし、ノエルの命を刈り取るのに必死だ。
「いけっ!」
そんな中で私たちは、竜の隙を狙って同時に魔法を放った。火魔法と風魔法を使って威力を増幅させた火炎は、竜の頭部に直撃する。
「グルガァッッ!!」
しかし竜は鬱陶しがるように頭を振ると、火炎から逃れた。そして尻尾を振り回し、私たち全員を薙ぎ払おうとする。
「土魔法!」
私の声掛けに、土魔法を使える者たちが防御の壁を作った。その隙に竜の攻撃範囲からなんとか逃れる。
「ほらっ、お前の相手はこっちだよっ!」
竜の意識が私たちに向いてしまったのを、ノエルがまた目立つ攻撃をして自分に戻してくれた。
竜がノエルを追いかけ始めたところで、ノエルは全力で沼地に向かって飛ぶ。そんなノエルを竜も追いかけながら、カパッと口を開けて火炎を放つが……。
「水魔法!」
今度の攻撃は、私たちが相殺することができた。しかし攻撃を相殺すると、こちらに竜の意識が向くのが厄介だ。
またノエルが竜の意識を引きつけて、私たちも必死に食らいつき、ひたすらそれの繰り返しをする。
それによってなんとか竜を沼地の方向に誘導はできているが……沼地に着くまでには相当な時間と、体力や魔力が必要であることが予想された。




