111、緊張の騎士
「リ、リリアーヌ様……!?」
顔色の悪い騎士さんは私の声掛けにポカンと口を開けて固まり、突然立ちあがろうとしたので、私は慌てて騎士さんを止めた。
「そのままで大丈夫よ。とても体調が悪そうだけれど、私が役に立てないかと思って来てみたの。光魔法を使う必要はあるかしら」
その問いかけに、騎士さんは首を何度も横に振る。
「い、いえっ、大丈夫です! お心遣い感謝いたしますっ」
「本当? 遠慮はいらないわ」
こんなに顔色が悪いのにと思って少し粘ってみると、近くの簡易テーブルでお茶を飲んでいた数人の騎士さんが立ち上がり、私に声をかけてくれた。
「リリアーヌ様、そいつは体調が悪いんじゃなくて緊張してるんです」
「優秀なんですが、メンタルが弱いのが改善点というところで……やはり今回もこの有様でして」
「リリアーヌ様にご心配をおかけしてしまい、大変申し訳ございません。戦闘が始まれば役に立つやつですから」
そういうことだったのね。私はなんだか親近感を覚えてしまった。私も結構緊張してしまう性格なのだ。何度フェルナン様に和らげてもらったか……。
少しでも騎士さんの緊張も解ければ良い。そう思ってさらに提案をした。
「光魔法はパニックなどを和らげるような効果もあるのよ。それはどうかしら」
「いえっ、貴重な魔力をこんなことに使っていただくわけにはいきません!」
ここまで固辞されてしまえば、さすがに引くしかなかった。心配だけれど、緊張してしまう性格が皆さんに知られているのなら、いつも最終的には大丈夫なのだろう。
私はそう納得して、笑みを向ける。
「分かったわ。でもこれからさらに辛くなったりしたら、いつでも言ってくださいね。皆さんも」
立ち上がってから他の騎士さんたちにも伝えると、全員が頷いてくれた。
それで安心して最後にもう一度、顔色の悪かった騎士さんに声をかけようと視線を向けると……私の背後に視線を向けている様子の騎士さんの顔色は、なぜかさらに悪くなっていた。
騎士さんは弾かれたようにガバッと立ち上がる。
「あ、そんなに突然動いたら」
倒れたら大変だと、つい反射的に手を伸ばそうとしてしまった瞬間。私の真後ろから声が聞こえてくる。
「なんの話をしているのだ? 随分と親密そうに見えたのは気のせいだろうか」
その声は、フェルナン様のものだ。
「そ、そ、そんなことはございません! お優しいリリアーヌ様が、私の顔色が悪いことを心配してくださったのですっ」
騎士さんは敬礼をしながら、必死に弁明するように説明をしている。
「フェルナン様?」
振り返りながら見上げるようにすると、フェルナン様の眉間には深い皺が刻まれていた。
もしかして、嫉妬してくださっているのかしら……嬉しいけれど、それはあまりにも騎士さんが不憫だわ。
「私から声をかけたのですよ」
「それは、その、分かっているのだが……」
「騎士さんは緊張から体調が芳しくないようなので、そんなに怖い顔をなさらないでください」
そう伝えると、フェルナン様や少し気まずそうにしながら、騎士さんへと声をかけてくださる。
「……緊張しているのであれば、少し体を動かすと良い。それから体の休息も兼ねて横になれば回復するだろう。一人の時間が欲しければ、私の天幕を貸すが……」
「い、いえ! お気遣い感謝いたします! もう竜討伐への緊張は吹き飛びましたので大丈夫です!」
騎士さんは必死な様子でそう告げると、腕をぐるぐる回すようにして元気さをアピールした。顔色の悪さは改善していないようだけれど、確かに立ち上がってもフラついたりはしていない。
これは……本当に大丈夫になったのかしら。
私が首を捻っていると、騎士さんが何かを呟いたような気がした。
「緊張を消すには、それを上回る緊張状態になればいいのか……」
聞こえなかったその言葉に聞き返そうとすると、騎士さんの方が早く口を開く。
「では、さっそく走って参ります!」
「ああ、無理はしないように」
「かしこまりましたっ」
そうして騎士さんが声をかける間もなく天幕を出ていったところで、フェルナン様が眉を下げて私の顔を覗き込んだ。
「……邪魔をしてしまい、すまなかった。騎士たちを鼓舞して治癒を施すのがリリアーヌの仕事だと分かっているのだが、どうしても心配になってしまうのだ」
後悔している様子のフェルナン様に、私は笑顔で首を横に振った。
「いえ、心配していただけるのは嬉しいです。そして、その……嫉妬していただけるのも、とても嬉しいです」
少し恥ずかしくなりながらそう伝えると、フェルナン様がぐっと唇を引き結び、何かを耐えるように私の手を取る。
「……良いのか?」
「はい。でも私はもうそんなに弱くありませんから、フェルナン様は安心してご自身の職務を全うされてください。そして騎士さんたちには優しくしてくださいね?」
そう伝えると、フェルナン様は眉を下げたまま笑みを浮かべた。
「リリアーヌには敵わないな……。騎士たちと協力して、私がするべきことに全力を尽くそう。そして、リリアーヌのことを信じている。後方から騎士たちの援護を頼む」
「はい。お任せください」
それから他の騎士さんたちとも少し話をして、走りに行っていた騎士さんの顔色が改善していたのを確認してから、私とフェルナン様はそれぞれに与えられた天幕へと戻った。
いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
本日、コミックス2巻が発売となりました!
コミカライズ最高に面白く、素敵に描いていただいています。皆様にもぜひお読みいただきたいです。よろしくお願いいたします!
表紙が最高に美しくて可愛いので、まずは表紙だけでも見てみてください……!
蒼井美紗




