110、帝国の天幕へ
ミウリス王国に割り当てられた場所は、私たちが話し合いをしているうちに皆さんが整えてくれていたようで、天幕が張られて過ごしやすいようになっていた。
「フェルナン様」
「リリアーヌ様」
私たちを呼んだのは、それぞれの護衛であるレオとアガットだ。今回護衛は同行しているけど、メイドや従者など戦闘能力が低い人は同行していないので、エメやクラリス、ジョスは留守番となっている。
一緒に行けないと聞いた時のエメとクラリスの嘆きは凄かった。かなり落ち込んだ後に戦えない自分が不甲斐ないと悔しがり、最終的には「リリアーヌ様がいらっしゃらない間に鍛錬をしておきます!」と闘志を燃やしていた。
帰った時に二人がどう変わっているのかは、少しだけ楽しみだ。良い鍛錬方法があれば、私も教えてもらおうと思う。
「お二人の天幕は、小さいですが個人用のものを確保してあります。こちらでお休みください」
「ありがとう。助かるわ」
「レオ、ノエルはいるか?」
フェルナン様の問いかけに、レオは近くにある大きな天幕を指差した。
「あそこにいるはずです。騎士たちも大部分は、あそこで武器の手入れなどをしています」
「分かった。リリアーヌ、私はノエルに話をしてくる。リリアーヌは天幕で休んでいるか?」
その問いかけに、私はほとんど悩まなかった。
「いえ、私もご一緒させてください」
私は実際に戦うことはできないので、こういう戦い前に休んでいるわけにはいかないのだ。ここで皆さんを鼓舞するのが、私の仕事なのだから。
「分かった。では共に行こう」
私の返答にフェルナン様は頬を緩めて、すぐに受け入れてくださった。邪魔だけはしないようにしないと。
そうしてユルティス帝国用の大きな天幕に向かうと、そこはちょっとした休憩スペースのようになっていた。各々で好きなことをする時間らしく、武器の手入れをしている人もいれば、精神統一をしている人、飲み物を片手にいつも通りの雑談をしている人たちもいた。
戦い前の過ごし方は、人それぞれなのだろう。
今ここにいる人たちが、誰一人欠けることなく帝国に戻れますように。私は心からそう願った。
「ノエル」
ノエルさんは、天幕の奥で地図と睨めっこをしていた。
「あ、団長。リリアーヌ様も。作戦会議に参加してきたんですよね?」
「そうだ。そしてそこで、ノエルの名前が上がった」
「僕ですか?」
不思議そうに首を傾げるノエルさんに対して、フェルナン様が作戦会議で決まった話を伝える。
空を飛べるという特技を持つノエルさんに、竜を誘導する囮役を任せたい。その頼みに、ノエルさんは楽しそうな笑みを浮かべた。
「そんな大役を僕に任せてもらえるんですね! もちろんやりますやります!」
全く躊躇うことがない、むしろ前のめりなノエルさんに私は驚いてしまう。しかしよく考えたら、ノエルさんは怒られても魔物討伐に同行してしまうぐらい、現場が好きな人だった。
「いつもは周りに迷惑をかけているが、こういう時には頼もしいな」
フェルナン様のそんな呟きが聞こえる。
「へへっ、そうでしょう? いつでも僕を魔物討伐に投入してくれていいんですよ?」
フェルナン様にすり寄るようにしてそう言ったノエルさんの頭を、フェルナン様がガシッと掴んだ。
「それとこれとは話が別だ。書類仕事もお前の大切な仕事の一つだからな」
「ちぇ〜」
拗ねたように口を尖らせながらも姿勢を正すと、ノエルさんは真剣な表情を浮かべて改めて口を開いた。
「それで、具体的な作戦の内容を教えてください」
「もちろんだ」
それからはお二人の真剣な会話が続き、私はあまり役に立てないと思って周囲に視線を向けた。すると天幕の隅に顔色がかなり悪い騎士さんを見つける。
もし体調が悪いのなら役に立てるかもしれない。そう思って、私はその騎士さんの下へ向かった。
「大丈夫かしら?」
騎士さんは真っ青な顔で天幕に背中を付けながらしゃがみ込んでいたので、わたしは少し離れた騎士さんの前で同じ目線になり、そう問いかけた。
今はドレスじゃないので、こういう時に何も気にせず動けるのが便利だ。ドレスだとどうしても、動きが制限されてしまうから。
「え……」
私の声掛けに騎士さんは顔を上げ、ポカンと口を開けたまま固まった。




