107、ペルティエ王国の今後といつもの二人
「竜討伐が終わって帝国に帰ってからになりそうですが、ラウフレイ様には正式なお礼の品を渡したいです」
私がそう話を変えると、フェルナン様はすぐに頷いてくださった。
「それはもちろんだ。帝国に戻ってから早急に準備をしよう」
「ありがとうございます」
ラウフレイ様からはたくさんのものをもらっているのに、私は特に何も返せていないのだ。ラウフレイ様の好意に甘えず、ちゃんと感謝の気持ちや親愛を伝えたい。
「それから、アメリーやペルティエ王国についても考えなければいけないな」
怒りを湛えながら静かにそう告げたフェルナン様に、私は少し緊張しながら頷く。
「はい。これから、どのような形になるのでしょうか」
「まずアメリーは、リナーフ王国で罪に問われるだろう。しかしペルティエ王国の貴族であり、王子の婚約者という立場だ。リナーフ王国で実刑が科されることはなく、賠償金などと引き換えにペルティエ王国に引き渡しとなる。そしてその後は被害者であるリリアーヌ、つまり帝国とペルティエ王国との間で話し合いとなるだろう」
つまりアメリーの今後は、帝国側が強い決定権を持っているということなのね。
「とはいえペルティエ王国側は少しでも悪影響を抑えるために、特にアメリーに関しては重い罪を提示してくるはずだ。良くて貴族籍を剥奪した上で辺境への追放だろうな。さらにアドリアンも責任を問われ、王位継承権は放棄せざるを得ないだろう。さらにその上で帝国への賠償金などを提示してくると思われる」
アメリーが辺境に追放。そしてアドリアン殿下は王位継承権の剥奪。その言葉を聞いても、私の心は大きく動かなかった。
それよりも気になるのは、ペルティエ王国自体の行末だ。アメリーたちは自業自得だけれど、それに巻き込まれる国民がとても可哀想だと思ってしまう。
「ペルティエ王国が大きく荒れる、もしくは傾くということがあるでしょうか」
「そうだな……その可能性は否定できないだろう。アメリーの所業を多くの国が見ていたからな。さらにラウフレイ様に目をつけられたということも、周知の事実となった。これからは苦難の連続だろう」
やはりそうなのね……。
私はこんなことを頼んで良いのかと葛藤しながら、フェルナン様に告げた。
「フェルナン様、もしペルティエ王国の民たちが飢えて生きていけないような状態になってしまったら、手を差し伸べられないでしょうか」
私の言葉を聞いたフェルナン様は、柔らかい笑みを向けてくださる。
「リリアーヌは優しいな。私も民に罪はないと思っている。その場合は動けるように、父上とも話をしておこう。……ただ、必ずと約束はできない。また、帝国に少しでも利がある形を模索することになる」
「もちろん分かっています。それでも民たちを救うことを検討してくださり、ありがとうございます」
帝国の民たちが必死に働いて納めてくれた税を使うのだ。無条件に助けられないことは分かっている。
それでも検討してくださるというだけで私はホッとして、体に入っていた力が抜けた。
「アメリーたちの処遇について、何かリリアーヌの希望はあるか? 被害者であるリリアーヌの言葉は、重く受け止められるだろう」
そう問いかけられたけど、私は首を横に振った。
「特にありません。ペルティエ王国で法に則って裁いていただければ十分です。強いて言うならば、もう関わりたくありません……」
「そこは私も同じ気持ちだ。ペルティエ王国との話し合いをする中で、私たちへの接触禁止も罰の中に明記させよう」
「ありがとうございます」
そこで話が一区切りとなり、私はいつの間にか置かれていた美味しそうなお茶に手を伸ばした。少しだけ冷めているけれど、逆にそれが飲みやすい。
「美味しいわ」
「ジョス、腕を上げたな」
フェルナン様も一口飲んでから、ジョスに向けてそう告げた。
「ありがとうございます」
無言で、しかしとても居心地の良い雰囲気でお茶を楽しんでいると、カップを置いたフェルナン様が私の腰に手を回された。
「フェルナン様?」
「リリアーヌが竜討伐に参加することは納得しているのだが……やはり心配だ」
応援と心配の狭間で葛藤しているようなフェルナン様が、なんだか可愛く見えてしまう。
「ふふっ、大丈夫ですよ。ラウフレイ様の守護もありますし、フェルナン様と一緒に向かうのですから」
フェルナン様が近くにいてくれれば大丈夫だと、素直に思えるのだ。
なんだか温かい気持ちに頬を緩めていると、フェルナン様から言葉が返ってこないことに気づいた。横にいるフェルナン様に視線を向けると、私に顔を背けるようにしているフェルナン様の耳が赤いのが見える。
「えっと……」
なんと声をかければ良いのか分からずそれだけを告げると、やはり顔が赤い、そして照れたようなフェルナン様がこちらに視線を戻してくれた。
「――リリアーヌ、それは殺し文句だと分かっているか?」
「どの、言葉でしょうか」
私は全く分からなかった。必死にさっきまでの会話を脳内で反芻させていると、フェルナン様が私の肩に額を乗せるという珍しい体勢になり、大きく息を吐き出される。
フェルナン様の吐く息が肩にあたり、なんだかドギマギしてしまった。
「大丈夫、ですか?」
「リリアーヌ」
「はいっ」
緊張から少し声が裏返る。
「私は色んな意味で心配だ。可愛いことを言うのは、私に対してだけにしてくれ」
「も、もちろんです」
反射的に頷きながら、これだとフェルナン様に可愛いことを言いますと宣言していることになってるのでは? そうすぐに気づいた。
「あ、その、私は可愛い言動というのがあまり得意ではないと思うのですが……」
慌てて付け加えると、今度はフェルナン様に強く抱きしめられる。
「全くそんなことはない。無自覚に私の心を射止めてくるリリアーヌが可愛いと思っていたが、少しは自覚をしてほしい。そうでないと、これからリリアーヌが向かうのは男ばかりの場所なのだからな」
なんだか色々と突っ込みたいところがあるけれど、フェルナン様の声音がとても真剣で切実に聞こえて、私は素直に頷いた。
「分かりました。気をつけます」
その返答を聞いて、やっとフェルナン様は体を離す。しかし近い距離のまま、今度は手を握られた。
「リリアーヌ、共に頑張ろう」
「――はい。頑張りましょう」
フェルナン様の言葉に私も手に力を入れて、力強く頷いた。
竜討伐を絶対に成功させて、平穏な日常を取り戻すのだ。私は胸中で決意を新たにした。




