102、アメリーの終わり
怒りを滲ませてアメリーの鼻先に鋭い爪を突き立てたラウフレイ様は、低い声音で告げた。
『我は世界を見守る存在だ。お主などすぐに殺せる。それで……リリアーヌが役立たずと言ったか?』
「なっ……な、何でなのよ! 何なのよ!? あの女は役立たずで不細工で、我が家の恥なのよ! うちの家の恥を消したって私の勝手でしょ!? あんなやついなくなったって誰も困んないわよ! ねぇ! そうでしょ!?」
もう根拠も何もなく私のことを蔑みたいだけのアメリーに、不思議と怒りは浮かんでこない。それよりも私の心にあったのは、諦めと憐憫だ。
しかしラウフレイ様は違ったようで、私への憎悪を叫び続けているアメリーに強い怒りをぶつけ――
そこで私は、慌ててラウフレイ様の下に駆け寄った。
「ラウフレイ様、もういいです。私のために怒ってくださって本当にありがとうございます。でも私はフェルナン様と幸せに暮らしていますし、今回もラウフレイ様のおかげで怪我一つありませんから、大丈夫です」
慌ててそう伝えると、ラウフレイ様の怒りが少し収まる。そして私に視線を向けてくださった。
『本当に良いのか? この女は長い間、リリアーヌを不幸に陥れていたのだろう?』
「そうなのですが……もう怒りもあまり湧かなくて。それよりも、ラウフレイ様に手を汚して欲しくありません」
そう伝えてラウフレイ様の手触りの良い体に触れると、ラウフレイ様はさらに体を寄せてきた。
『もっと撫でてくれ』
「ふふっ、気持ち良いのですか?」
『うむ、とてもな』
不敬かもしれないけれど、なんだか可愛らしいラウフレイ様に癒されながら、何気なくアメリーに視線を向けると……アメリーは私を射殺そうとしているかのようにこちらを睨んでいた。
「なによ! 私のことを憐れんでるの!? 殺す価値もないってこと!? 私のことを見下すんじゃないわよ!?」
私はもう、何を言ってもアメリーの怒りに触れてしまうようだ。絶対に和解できることはないのだろうと、そう思えたことで逆にスッキリした気がする。
「そんなことはしていないわ。ただもう関わりたくないの。それだけよ。アメリーも望み通りアドリアン殿下の婚約者になったのだから、私のことなんて忘れていれば良かったのに」
「あんたが! あんたが帝国なんかに嫁ぐからじゃない! 辺境で一生惨めに暮らしてれば良かったものを……! その場所を私に譲りなさいよ! あんたには全く似合わないのよ!! 不細工で貧相なあんたにはね!」
どうしようもない八つ当たりを喚き散らすアメリーに、今度はフェルナン様が来てくれた。
フェルナン様はそっと私の肩に手を置くと、アメリーにはっきりと告げてくださる。
「私がリリアーヌに惹かれたのだ。他の誰でも代わりにはならない。たとえリリアーヌがいなくとも、私がお前を選ぶことは絶対にない」
私の言葉は届かなくても、フェルナン様の言葉は少し届いたのか、アメリーが一瞬静かになった。しかしまた叫ぼうと口を開きかけたところで――今度はラウフレイ様が威圧のようなものを発する。
それによってアメリーはガクガクと震えながら口を閉じ、そんなアメリーにラウフレイ様が氷のように冷たい声音で告げた。
『次に口を開いたら、本当に命はないと思え。リリアーヌの希望だから助けてやるが、我の怒りが収まることはない。――おい、そこの騎士、その女を黙らせろ』
「は、はいぃっ!」
騎士はラウフレイ様に指示されたことで裏返ったような声で了承すると、すぐにアメリーの首に手刀を落とした。
それによってアメリーは、一瞬で意識を失う。
アメリーが静かになったことを確認してから、ラウフレイ様はまたアドリアン殿下に視線を向けた。
『おい、分かっているな? 次にリリアーヌ手を出したら、どうなるのか……』
「も、もちろん分かっております! もう絶対に、金輪際リリアーヌ様には近づきません!!」
『ふんっ、分かっているならいい』
そう言ってラウフレイ様が視線を逸らしたところで、アドリアン殿下は魂が抜けたようにその場に項垂れる。そんなアドリアン殿下を見て、他の国の人たちがひそひそと話をするのが分かった。
多分、これからのペルティエ王国は苦難の連続だろう。しかしさすがに、ここで国に罪はないと告げるほど私もお人よしにはなれない。
これから先で、平民たちが飢えて命の危機に陥るようなことがあれば、助ける方法を模索しよう。
そんなことを考えていたら、言いたいことは言い終えたラウフレイ様が、やっといつも通りの雰囲気に戻られて私の下に来てくださった。




