101、助けと怒り
私たちのすぐ近くに姿を現したラウフレイ様の表情は、とても珍しく怒りに染まっていた。私の名前を呼びかけてくださった声音も、いつもより少し低かったように思う。
しかし、なぜここにラウフレイ様が……。
アメリーに襲われたこと、胸を刺されたはずなのに怪我がなかったこと。そんなたくさんの混乱の中に、さらにラウフレイ様の登場という出来事が重なり、私は完全に思考が停止してしまう。
どうすれば良いのかも分からず、ひたすらラウフレイ様のことを見つめていると……また声をかけられた。
『大丈夫か? リリアーヌに渡した我の爪の防御が発動したため、心配になってやってきたのだ。リリアーヌの命に関わるような反応だった』
ラウフレイ様のそのお言葉で、私はやっと授かっていた爪のことを思い出した。ロケットペンダントに仕舞って肌身離さず持ち歩いていた爪を、ほぼ無意識のうちにぎゅっと握りしめる。
ラウフレイ様が、私の命を助けてくださったのね。
その事実を理解したところで、私はその場に立ち上がってしっかりと礼をした。
「ラウフレイ様、私の命を救ってくださり感謝申し上げます」
すると隣でフェルナン様も頭を下げてくださる。
「私からもお礼を述べさせてください。リリアーヌを助けていただき、心からの感謝を申し上げます。本当に、本当にありがとうございました」
深く頭を下げ続ける私たちのところに、ラウフレイ様が近づいてくるのが気配で分かった。しかしそのままにしていると、ラウフレイ様のとても手触りのいいお体が私の腕に触れる。
『別に二人からの感謝は必要ない。我が助けたくて渡した爪だ。そんなことよりも、リリアーヌを害そうとした者への怒りが収まらないのだが――その前に、本当に怪我はないか?』
ラウフレイ様から発された殺気のようなものはとても強く、私に向けられていなくても鳥肌が立ってしまうほどだった。
私を蔑むだけじゃなく命まで狙ってきたアメリーに同情の気持ちはないけれど、これから大変なことにならないかと、そこだけが心配だ。
「はい。私はラウフレイ様のおかげでかすり傷一つありません」
『そうか、本当に良かった』
ラウフレイ様が私の体に顔を近づけてくださったので、そっと手を伸ばしてふわふわの毛並みを撫でていると、さまざまな感情が解けていって何だか落ち着けた。
「ラウフレイ様、いつでももふもふですね」
『気持ち良いか?』
「はい」
『リリアーヌにそう言ってもらえると嬉しいな』
そうして私と戯れてくださったラウフレイ様は、体を離すとまた雰囲気を鋭いものに変えた。
『それで、フェルナン。リリアーヌを害したやつはどこにいる?』
ラウフレイ様の問いかけに、フェルナン様は一切の躊躇いなく騎士たちに取り押さえられているアメリーを指差した。
「あそこにいる取り押さえられた女です。リリアーヌの妹でアメリーと言います。リリアーヌの胸にナイフを突き立てようとしました」
『ほう、アメリーだな。その名前は知っているぞ。リリアーヌを不当に虐げていた家族で、確かペルティエ王国の一員だったはずだ』
ラウフレイ様は、前に私が話した過去のことを覚えていてくださったのね。
その事実が嬉しいと同時に、さすがにペルティエ王国のことが少し心配になってしまう。無実の民には影響が及ばないようにできたら良いけれど……。
そんなことを考えながら未だに呆然としているアドリアン殿下に視線を向けると、私の視線に気付いたのかラウフレイ様も視線を移した。
『もしや、その男がアドリアンか? 養父母のルイゾンとマリーズはここにいるのだろうか』
「いえ、お二人はペルティエ王国にいるかと」
見るからに特別な存在であるラウフレイ様に過去を知られていると分かったからか、アドリアン殿下の顔色が青を通り越して真っ白になった。
今にも倒れそうな殿下に、ラウフレイ様が一言告げる。
『ペルティエ王国のアドリアン、しっかりと顔も覚えたぞ』
その一言だけでアドリアン殿下は受け止めきれなかったようで、腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。
するとラウフレイ様は殿下から視線を外し、またアメリーに標的を移す。
『アメリーと言ったな。我は聖獣ラウフレイだ。我の友人であるリリアーヌの命を狙った罪、どう償う?』
ここで初めてラウフレイ様が自ら聖獣と名乗られ、今まで口を閉じていた皆さんが少しざわついた。理解不能な事態に呆然としていた様子のアメリーも、やっと口を開く。
「な、なによ! 聖獣なんて、聞いたこともないわ! 誰にも知られてないような存在と友達なんて、あの役立たずなリリアーヌにお似合いだわ!」
半ばヤケクソのように半狂乱で叫んだアメリーに、ラウフレイ様の怒りがさらに増したのが分かった。
転移を使って一瞬でアメリーの目の前に向かい――その鋭い爪を、アメリーの鼻先に突き立てた。




