100、愚かな行為
アメリーは優雅に料理人の下へ向かうと、ほぼ完成しているケーキを指さしながら問いかけた。
「私が切り分けても良いかしら。ぜひ参加させていただきたいわ」
突然の頼みに誰もが困惑したけど、特に断る理由もない。料理人の男性はリナーフ王国の国王陛下に視線を向けると、国王陛下が頷いたのを確認してから、アメリーに向き直った。
「かしこまりました。ではそちらのナイフをお使いください。大きくて少し重いので、怪我にはお気をつけください」
「もちろんよ」
何を考えているのか分からないアメリーは、ナイフを手にする。そしてすぐ、この話の間に完成していたケーキに向き直った。
「まずは真ん中で切れば良いのかしら」
「はい。そのようにお願いいたします」
アメリーの表情には緊張と楽しさが入り混じっていて、誰が見てもこの余興を目一杯楽しんでいるようにしか見えないはずだ。
最初は困惑していた皆さんも、アメリーがケーキを切ってみたかったのだと納得して、何事もなかったかのようにその行動を見つめている。
しかし、そんな中で私は、アメリーの突然の行動にひたすら困惑し警戒していた。
なぜならアメリーは、ケーキを切ってみたいだなんて思うはずがないから。料理人さんの仕事を自ら率先してやるだなんて、違和感しかない。
何か狙いがあるんじゃ……そんなことを考えていたけれど、アメリーは最後までケーキを切り終えてしまった。
「では皆様、どうぞこちらへ」
ケーキを皿に乗せるところまでやりたいようで、料理人さんを隣に伴って、さっきまでのナイフを使って上手くケーキを持ち上げている。
その様子を見ていたら、私が考えすぎなのかと思えてきた。本当に、余興に参加したかっただけなのかしら。
「リリアーヌ、私たちはどうする?」
皆さんがケーキを受け取る中で、フェルナン様はどうしたいかの選択を私に委ねてくださった。しかし他国の皆さんが次々とケーキを手に取る中、それを辞退するのも不自然だ。
「私たちもいただきましょう」
「分かった。無理はしないようにな」
フェルナン様の優しさを心強く想いながら、一緒にアメリーの下へ向かった。
何か嫌味を言われるのだろうか。皆の前で過去を面白おかしく吹聴されるのだろうか。それともケーキでも投げつけられる?
そんなマイナスなことを考えてしまいながらアメリーの下に着くと、アメリーは綺麗な笑みを浮かべていた。特に予想していたようなことは何もされず、笑顔のままナイフにケーキを乗せて、それをお皿に――。
移動させると誰もが疑わなかった、その瞬間。アメリーは手にしていたナイフを、別の場所に向ける。
――私の胸元だ。
さっきまでの綺麗な笑みは面影もなく、思わず後退ってしまうほどの怖い表情でナイフを思いっきり突き出した。私は恐怖というよりも驚きが勝り、全く動けない。
視界の端に映るフェルナン様が焦っている様子や、ナイフから落ちて地面に向かうケーキ、少しクリームのついた凶器など、なぜか全ての情報を拾うことができた。
実際には一瞬のはずなのに、なぜかとてもゆっくりに感じられ、ケーキがぐしゃっと地面に落ちて潰れるところまではっきりと見ることができた。
それと同時に、アメリーが突き出したナイフも私の胸を突き刺し――。
キンッッッ!!
痛みが来ると覚悟していたけれど、痛みは全くなかった。その代わりに、しばらく何の音も聞こえなくなるような大きな高音が辺りに響き渡る。
さっきまでは殺意を瞳に宿していたアメリーが驚きに目を見開き、そんなアメリーの腕をフェルナン様が思いっきり叩いてナイフを落とさせ、それから私はフェルナン様に抱えられ――。
「リリアーヌ、大丈夫か!?」
フェルナン様の泣きそうな、とても焦ったような声が聞こえた瞬間、私は現実感のない世界から現実に戻ってきたことを実感した。
咄嗟に胸に手を当てるけど、服が切れているだけで、肌には痛みも傷跡も全くない。
「死なないでくれ! お願いだっ、リリアーヌを失ったら私は……!」
「あの、フェルナン様」
妙に冷静な声が出て、フェルナン様もパチパチと瞬きながら、少しずつ事態を理解してくださったようだ。
「大丈夫、なのか?」
「はい。あの……何の傷もないみたいなんです。あれ、私ってアメリーに刺されたんですよね? あれは夢……じゃないですよね?」
周りに意識を向けてみると、ザワザワと騒がしく悲痛な叫び声も聞こえ、さらに中庭の警備をしていた騎士たちが一斉に動いてアメリーを取り押さえている。
両手両足を地面に押さえつけられたアメリーは喚いていて、少し離れたところには私の胸元に迫っていたナイフもあった。
何で私は怪我をしていないんだろう。今何が起こったんだろう。ひたすら混乱してしまう。
「確実に、アメリーによってナイフを突き刺されていた……はずだ。私は間に合わず、リリアーヌを助けられなかったと……」
「私も刺されるんだと思ったのですが、その寸前にキンッという高い音が聞こえて……」
「私にも聞こえた。あれは何だったのか……」
訳が分からずフェルナン様と顔を見合わせていると、突然別の場所から名前を呼ばれた。
『リリアーヌ』
その声はよく知っているもので……。
「ラウフレイ、様」
私とフェルナン様のすぐ隣に、ラウフレイ様がいらっしゃっていた。
本日発売の月刊プリンセス3月号に、コミカライズ11話が掲載されています!
コミカライズ本当に面白くて読み応えがありますので、原作小説と合わせてよろしくお願いいたします。
発売からすぐに重版となった単行本1巻も好評発売中ですので、まだコミカライズには触れていない方は単行本からぜひ!
よろしくお願いいたします!
蒼井美紗




