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90.悪夢と欲望の期末テスト⑰


「山吹さん……田崎君……」


「あれ、どうしたんすか。月城さん? そんな鳥取砂丘で河童に出くわしたみたいな顔をして」


「どんな顔だよ。いや、それよりも……」


 俺は浩一郎の着ている服に目を向ける。

 浩一郎が身に着けているのは、先ほど公園であった時に来ていた男子校の学ランではない。俺が通っている学校の制服であるブレザーだった。


「……やあ、田崎君。今日はどうしてここに?」


「どうしてって……昼メシ食いに来たんすけど」


「そうじゃなくて……何でこの学校にいるのかな?」


「はあ?」


 浩一郎は首を傾げる。


「何でって言われても……オレ、ずっとこの学校に通ってるんすけど? 1年の時から一緒のクラスじゃないすか」


「…………」


 俺は苦い顔になって黙り込む。

 目の前にいる浩一郎は、明らかに本人ではない。ワンダーランドが生み出した欲望の産物に違いない。

 ならば、その欲望の主は誰か。

 考えるまでもない。山吹彩子――彼女しかいない。


「……ねえ、山吹さん。君には悩みとかあるかな?」


「はい? どうされたんですか、突然?」


 質問の矛先を彩子に変えると、黒髪ロングの美少女は戸惑ったように目を瞬かせる。


「いいから、答えてくれないかな?」


「ええっと……悩みなんてありませんけど……」


「ふうん? 成績のこととか、家族関係とか。たとえば……田崎君との交際を、両親に反対されているとかないのかな?」


「ええ、もちろんありません。私も浩一郎君も成績は優秀ですし、同じ高校に通うことができていますし……それに、父も母も私達の交際を賛成してくれています。昨日だって、浩一郎君を夕食に招いたんですから」


「そっか……それが君の欲望だったんだな」


 無性にやるせない気持ちになってしまい、俺はそっと溜息をつく。


 山吹彩子。

 彼女は野球少年の田崎浩一郎と交際をしているが、その交際を両親に反対されていた。

 インテリで成績を重んじる両親が、成績が悪い浩一郎との付き合いを許さず、さらに高校に入ってから彩子の成績が落ちているからである。

 彩子はそのことを悩んでおり、浩一郎からもらった『願いを叶えるアクセサリー』に現状の改善を祈ってしまったのだろう。


「……その結果がコレか。切ない話だぜ」


「月城君、どうかしたのかしら?」


「真砂君、だいじょぶかな?」


 ブツブツと独り言ちていると、春歌が心配そうに顔を覗き込んできた。早苗もキュッとシャツの袖を引っ張ってくる。


「いや……確かにこの世界は素晴らしい世界だと思ってね」


「え?」


「藤林さんと早苗と同時に付き合えて、一夫多妻まで許されていて。女の子たちはエッチな格好で迫ってきてくれるし、男子生徒は全然いないし。いやまったく、『夢の世界』とはよく言ったものじゃないか」


「ま、真砂君……?」


「でもさあ……やっぱり、ここは偽物なんだよなあ」


 心配そうな顔の春歌と早苗の頭をポンポンと叩いて、屋上の入口で立ち竦んでいるカップルへと歩み寄った。


「山吹さん。その田崎君は偽物だ。君の願いが生み出した幻だよ」


「なっ……何を言っているんですか、急に……?」


「君だって、本当はわかっているんじゃないかな?」


 動揺している彩子に、俺は痛ましげな気持ちで語りかける。


「本物の田崎君は成績は悪いし、男子校に通っているし、君の親からは嫌われている。君にとってそれは悩みの種なのかもしれないけど……だけど、それが真実なんだよ」


「それ、は……!」


「都合のいい夢に逃げたくなる気持ちは理解できるし、同情だってしている。だけど……もう、終わりにしようか」


 俺はアイテムストレージからミスリルの剣を取り出し、片手で一閃する。


「あ……」


 田崎浩一郎の形をした偽物が真っ二つに切り裂かれる。

 袈裟懸けに斬られた偽物は血の一滴すら流すことはなく、空気に溶けるようにして消えていく。


「悪いね、田崎君。友達だと思ってたけど……やっぱり女の子じゃないから斬りやすいわ」


「こ、浩一郎君が……」


「これは君の浩一郎君じゃないよ。本物は、あっちの世界で君の帰りを待っている」


「あっ……ああああっ……!」


 彩子は屋上の床に座り込んで、泣き出してしまった。

 俺は後味の悪い気持ちになりながら、後ろの2人を振り返る。


「藤林さん、早苗。君達もごめんね」


「え……」


「ま、真砂君?」


「俺が優柔不断な態度をとっているから、君達にこんなことを望ませてしまったんだろう。これは100パーセント俺のせいだ。君達は何も悪くはない」


 驚きの表情で固まっている2人へと、俺は精一杯の誠実さを絞り出して思いを告げる。


「君達だけじゃなくて他にも色々と抱え込んでしまったせいで、すぐに答えは出せないけど……それでも、いつか必ずちゃんと君達の好意には応えるから」


「…………」


「だから……できれば、それまで待っていて欲しい」


 2人の目を交互に見ながら言うと、春歌は困ったような曖昧な笑顔で、早苗は照れ臭そうにして、頷いてくれる。


「わかったわ。恋愛は惚れたほうの負けだもの。少しくらいなら待ってあげる」


「仕方がないニャー。だけど、どうしても選べなかったら、ハーレムエンドでもいいからね? 私はとっても寛容な女だから」


「……本当に俺は果報者だな。君達に好きになってもらえたことを、心から誇りに思うよ」


 2人に軽く頭を下げて――今度は頭上に顔を向ける。

 この場にはいない。けれど、確実に自分達を見ているであろう相手に向けて、大きく声を張り上げる。


「そういうわけだ! ここにはお前らの助けを求めている人間は誰もいない! 俺達を、さっさとここから出しやがれ!」


『NYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 頭上から大音量で返答があった。それはまるで、発情期のネコが放つような無秩序で奇怪な鳴き声だった。


「っ……!」


 バリバリと耳障りな音が鳴り、青空にクモの巣状の亀裂が走る。

 ガラスが割れるようにして空だったもの(・・・・・・)が剥がれ落ち、その裏側に潜んでいた『ナニカ』が顔を出す。


『NYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 それを一言で言い表すのならば……巨大な『クラゲ』だった。

 半透明の青いボディは校舎を丸ごと包み込んでしまいそうなほど巨大であり、そこから無数の触手が伸びて空を砕いている。

 それでいて、クラゲの身体には満月のような2つの目玉がついており、こちらをギョロギョロと覗いている。

 その異形を見つめているだけで、精神が削り落とされてしまいそうだ。自分が狂気に呑まれ、正気を失っていくのがはっきりとわかった。


「ぐうううううっ…………『気絶スタン』!」


 幸い、巨大クラゲの出現に気づいているのは俺だけだ。咄嗟に精神魔法を発動させて、他の3人を気絶させる。

【精神強化】のスキルをカンストしている俺でも危ないのだ。これをか弱い女子3人に見せるわけにはいかなかった。


「あっ……」


 無事に魔法がかかったらしい。春歌と早苗、彩子が屋上の床にパタリと倒れた。

 俺はとりあえず安堵の溜息をつき、再び頭上を睨みつける。


「驚いたな……コイツ、ひょっとして『神』なのか?」


 巨大クラゲからはかつて戦った難敵――『両面宿儺』と似かよった気配がする。

 恐ろしくもあり、同時に神々しくもある、そんな『畏怖』としか言いようのない雰囲気を纏っているのだ。


 かつて両面宿儺と戦ったときには、沙耶香という頼もしい助っ人がいて、おまけに専用の武器まで貸してもらっていた。

 今はどちらも持っていない。状況は限りなく悪かった。


 無数の触手が、割れた空から地表に向けて伸ばされる。

 触手に触れた校舎の一部が砂のように消滅した。どうやら、アレに触れるわけにはいかないようだ。


「大ピーンチ…………とはいえ、手がないわけでもないんだよな」


『NYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 俺は巨大クラゲの咆哮に顔をしかめながら、右手の剣に力を込める。

 すると――剣身を白い湯気のようなものが包み込んでいく。

 剣を包むモヤは吹けば消えてしまいそうなほど弱々しいが、両面宿儺や巨大クラゲと同じく神々しいオーラが感じられる。


 両面宿儺を倒した報酬として修得したスキル――【神聖属性攻撃】


 実際に発動させてみて、改めてわかる。

 このスキルこそが、超常の神に立ち向かうことができる必殺の武器であることを。


「出てきて早々で申し訳ないんだが……退場してもらおうか!」


 身体強化系統のスキルをフル稼働。さらに【剣術】スキルを使用して、思い切り剣を振り抜いた。


「ふんっ!」


 神聖属性が込められた斬撃が天を衝き、巨大クラゲの眼球を撃ち抜いた。


『NYAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』


 巨大クラゲの眼球から紫の血液が滴り落ち、校庭に落ちるや強酸性の薬剤のように地面を溶かす。ジュージューと灼けついた音を上げて強酸性の薬品のような刺激臭が発生する。


『NYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 巨大クラゲは紫の血液を流しながら、ひび割れた空の向こうへと退散していく。

 どうやら、怒って襲いかかってくることはなさそうである。どこかに逃げ出そうとしていた。


 同時に――この世界にきた時と同じく、七色の色彩が周囲を包み込んだ。


「うおっ……ちょ、待て待て待て!?」


 視界が反転して、グルグルと上下左右に激しく回転する。

 俺は慌てて手を伸ばして、倒れている春歌と早苗、彩子の身体を引き寄せた。


「おわああああああああああっ!?」


 洗濯機のような回転の中で、3人の女子と絡まり合ってしまう。

 柔らかかったり、スベスベしてたり、良い匂いだったり……それが誰のどこの部位の感触なのかもわからないほど、回転が増してもみくちゃにされる。

 やがて意識が遠のいていき、虹色の渦の中へと飲み込まれていった。



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コミカライズ版 連載開始いたしました!
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レイドール聖剣戦記 コミカライズ連載中!
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― 新着の感想 ―
[一言] 基本スペックが違いすぎる人間と付き合うと、お互いに無理ばかりする事に成るから付き合い続けるのは大変なんだよなぁ……
[一言] 今後ヒュプノスまで出てくる展開なんて…そんなはフラグ如何でしょうかw おそらく多分建築してないと思うけどな。
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