87.悪夢と欲望の期末テスト⑭
「う……ここは……?」
どれだけ気を失っていたのだろうか。
いつの間にかアスファルトの地面に横たわっていた俺は、朦朧とした意識の中で身体を起こした。
先ほどまで公園のベンチに腰かけていたはずだが、周囲の景色はまるで別物に様変わりしている。
その場所は……
「学校? どうしてここに……?」
見慣れた場所。毎日のように通っている学校の校門だった。
「転移してきたのか? それとも……?」
「せーんぱいっ!」
「おわっ!?」
現状について考察を巡らせようとするが、それよりも先に背中に衝撃を受けた。華やいだ声とともに何者かが抱き着いてきたのだ。
「お前……聖か!?」
振り返ると――そこには、おかっぱ頭の童顔の少女。教会の牧師の娘であり、吸血鬼とのハーフでもある朱薔薇聖の顔がすぐ目の前にあったのだ。
普段は表情が乏しい聖であったが、今日は大輪のヒマワリが花を開かせたような満面の笑顔を浮かべている。
「せんぱーい、こんなところで何してるんですか―?」
「いやいやいや! お前こそ何をしていやがる!」
「何をってー、先輩にハグしてるんですよー」
「はあっ!?」
おかしい。今日の聖は明らかにおかしい。
まずは、表情。
聖は顔立ちこそ愛らしいものだったが、いつも日本人形のように感情を表に出すことがない。
やむにやまれぬ事情により、服を切り裂いて下着姿に剥いた時でさえ、ほのかに肌を朱に染めただけで表情はほとんど変わっていなかった。
さらに、行動。
急に服を脱ぎだしたり、刃物を振り回したり、下駄箱に手紙とパンツを入れてきたり……いつも突拍子もない行動をとっている聖であったが、こんなふうに親しげに抱き着いてきたことなどない。
俺の胸に手を回し、ない胸を押しつけてくる聖はまるで人懐っこい子犬のようだ。
あの残念極まりない後輩が、これでは普通の美少女ではないか!
そして、極めつけは『服装』。
俺に密着している聖であったが、その恰好は奇怪極まりないものである。
「お前は、どうしてスクール水着なんか着てるんだよ!?」
そう――俺に抱き着いている聖が着ているのは、まさかのスクール水着だった。
しかも、一般的な紺のスクール水着ではなく、まさかの白スクである。
二次元の世界ならまだしも、現実で白のスクール水着とか初めて見たわ!
「えー、だって先輩、ここは学校ですよー? 学校でスクール水着を着るのは自然じゃないですかー? だって『スクール』水着なんですよー?」
「む……言われてみれば、そんな気がしないでも……………………あるかっ!」
そんな理屈で騙されるわけがない。
俺は叫んで、抱き着いてくる聖を振り払った。
「あんっ! もうっ、せんぱいってばひどーい」
「『あんっ』じゃねえよ! お前どうした!? とうとう頭にカビが生えたのか!?」
我ながらヒドイ言い草であったが、普段の行いが酷過ぎるだけに無理もない。
頭のおかしい後輩が、とうとう一線を越えて脳みそが腐ってしまったとしかおもえなかった。
俺は混乱して顔を引きつらせるが……異常事態は、まだ終わってはいなかった。
「校門で騒いだりして、どうかしたのかい。真砂君?」
「っ……!?」
再び、誰かが密着してくる感触。
今度は聖のような断崖絶壁とは明らかに異なる、ムニュリと柔らかすぎる感触だった。
「さ、沙耶香さん!?」
腕に抱き着いてきたのは、剣術少女にして結社に所属する退魔師――雪ノ下沙耶香であった。
沙耶香は豊満なバストで俺の腕をサンドイッチにしており、柔らかな拘束によって俺の身動きを封じてくる。
そして――沙耶香は何故か浴衣を身に着けていた。
薄水色の布地に金魚の絵をあしらった浴衣は肩まではだけており、おかげでノーブラの胸元が半分近くまで露わになっている。
春歌のエベレストにも匹敵するであろう巨大な双丘は今にもこぼれそうであり、あと少し布地がずれれば山の頂が見えてしまいそうなほど際どい状態になっていた。
「さ、ささささささっ……沙耶香さん!? そんな格好でどうしてここにっ……!?」
「どうしてと言われてもな。私達は同じ学校に通っている先輩後輩ではないか。可愛い後輩と戯れることができるのは、先輩の特権だろう?」
「先輩って……いやいやいや! 沙耶香さんが通っているのは、この学校じゃないでしょう!?」
「そうだったか? まあ、どっちでもいいじゃないか。私達は愛し合っているのだから」
「愛……!?」
沙耶香は頬を薔薇色にして、嫣然と微笑みを浮かべてきた。
あまりにも色気のある相貌は、まさに魔性。男を誑かして闇の底に引きずり込む美貌の怪物のようである。
「っ……!」
いかん。このままではヤバい。
何がヤバいのかは説明できないが……このまま欲望に溺れて流されたら、とんでもない結果になってしまうような気がする。
「は、放してくださ……!」
「せーんぱいっ! 私のことも忘れちゃダメですよっ!」
「ひっ、聖……! お前まで……!」
沙耶香とは反対側から、聖が抱き着いてきた。
身体の凹凸が乏しいおかっぱの少女は、残念ながら沙耶香のような溢れんばかりの色気はない。
しかし――そんな弱点を積極性によって補おうとしているのか、腕に抱き着いたまま俺の指先を両脚の間へと導き、太腿で挟んでしまう。
スクール水着を着た脚は当然のように剥き出しになっており、汗でしっとりと湿った太腿の感触が鋭敏な指先に絡みついてくる。
「ふふっ……真砂君」
「せーんぱーい……」
「ぐっ……あっ……!」
なんだ、この幸せすぎる地獄は。
抵抗する意思が、見るみるうちに削られていく。
まるで血管に蜂蜜でも注入されているかのように全身が甘ったるい痺れに包まれていき、自分の身体が自分のものではないようだ。
このまま欲望のままに流されてしまおう。
そんなことを考えて抵抗を放棄しようとしたとき、頭に聴き慣れた電子音が鳴り響く。
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緊急クエスト NEW!
『強欲の悪夢』
あらゆる欲望が叶う世界――異界『ワンダーランド』に取り込まれてしまった!
魂が完全に消化されるよりも先に『番人』を倒して異界から脱出せよ!
制限時間:24時間
報酬:スキル【神聖属性攻撃】がレベルアップ
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「き、緊急脱出!」
俺はストレージからアイテムを取り出した。
左右の美少女によって両腕がふさがれている。キャッチすることができず地面に落ちていくボール型のアイテムを、俺はつま先で蹴り上げた。
「きゃああああああっ!?」
「ふやああああああっ!?」
瞬間――ボールからまばゆい閃光が放たれ、視界を真っ白に染めたのだった。




