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83.悪夢と欲望の期末テスト⑩

「魂を抜かれてるって……」


 立花のあまりにも突拍子のない発言を受けて、俺は思わず茫然と言葉を反復させてしまう。

 これまでさんざん非日常的なトンデモ体験をしておいて今さらではあるが……それでも、俺にとって春歌と早苗はある種、日常の象徴のような部分があったのだ。

 2人が明らかな超常現象に巻き込まれていることに、俺は自分でも驚くほどにショックを受けていた。


「まあ……驚くでしょうね。ですが、事実です。我々が先ほど病院に赴いて実際に確認いたしましたから」


 対する立花はポケットティッシュを取り出して、落ち着いた様子でメガネのレンズを拭いている。


「そんなことがあるんですか? いったい、3人の身に何が起こって……」


「一般の方には馴染みのないことかもしれませんが、霊障としてはさほど珍しいことではありませんよ? 西洋の悪魔に始まり、吸魂鬼、山地乳やまちち飛縁魔ひのえんまなどなど。人間の魂や生命力を喰らう怪異は数知れず。吸血鬼だって、血液を吸うことによって相手の魂や生命を奪うという解釈もできますからね」


「…………」


「私が結社になってから、こういったケースに遭遇するのは5件目です。いったい、何がそんなに美味いのかは知りませんが……人外の魔物にとって、人間の魂はよほど魅力的に見えるのでしょうか。ああ、怪異と言えば貴方が戦ったという両面宿儺も……」


「…………そんなことはどうでもいいですよ」


 メガネを拭きながらペラペラと解説を続ける立花に、俺は静かな口調でつぶやいた。

 詳しく説明をしてくれるのは有り難いが、俺にとって怪異の詳細など興味はない。


「重要なのは、あの3人を助けられるかどうかです。どうなんですか、ちゃんと助けられるんですか?」


「…………」


 立花は軽く唇を歪める。説明を中断させられたのが不愉快だったのだろうか。

 俺が睨むような目線を向け続けると……立花は綺麗にしたメガネをかけ直して、口を開く。


「……私が担当になった過去の4件のうち、被害者を生きて救出することができたのは1件だけです。残りの3件は、原因となった怪異は退治できましたが、被害者を救うことはできませんでした」


「そんなっ……!」


「ああ、失礼を。不安をあおるつもりはなかったのですがね」


 表情を歪めた俺を見て、立花は申し訳なさそうに言ってくる。

 だが、そんな言葉は俺の耳を右から左に素通りしていき、受け止めることはできなかった。


 助けられない。

 春歌と早苗が死ぬというのか?

 そんなことがあっていいというのだろうか? いや、ダメに決まってる!

 あの2人が、ついでに彩子もだが、わけのわからない事件に巻き込まれて命を落とすなどあって言いわけが無い。


 彼女達は、俺とは違うのだ。

 怪異に立ち向かう力などないし、自分の意思でより深い場所まで足を踏み込んだわけではない。

 このまま彼女達を死なせるなど、そんなことは絶対にできない!


「スウッ……」


 俺は息を吸って、ゆっくりと吐く。

 怒りと動揺に乱れる心を、無理やり落ち着ける。

 これまでの経験から学んだことだが――冷静さを無くした状態で、出来ることなどない。


 それに……これはあくまでも直感なのだが、3人はまだ手遅れにはなっていない気がする。

 もしも、3人がもう助けられない状態になっているのであれば、それよりも先に俺のクエストボードに『緊急クエスト』として何らかの連絡があるのではないか。

 それがなかったということは、事態はまだ緊急という段階には達していない。

 3人を助ける方法が、必ずあるはずだ。


「……すいません。取り乱しました。話を続けてください」


「…………ほう」


 立花は冷静になった俺を見て、驚いたように少しだけ目を開く。


「……なるほど、修羅場はくぐっているようですね。貴方に対する評価を少しだけ改めさせていただきましょう」


「…………どうも」


「では……そうですね、無駄を省いて話を進めましょう。まずは昨日のことからお話を聞きたいのですが……」


 そこから、立花は話を脱線させることなく事情聴取をしてきた。

 勉強会が開かれるまでの流れ。春歌の家に集まってからの行動。浩一郎と早苗が合流してからの会話。男子2名が帰るまでの経緯。

 昨日起こった出来事を、1つ1つ思い出して説明していく。

 筋道を立てて思い出したおかげで、自分の中でも情報が整理することができた。


「……そうですか、お話はわかりました」


 一通り説明を終えると、立花はややガッカリしたように肩を落とす。

 有益な情報を得られなかったことを残念がっているのだろうか。人差し指でテーブルをトントンと叩いて、考え込むような顔になる。


「……わかりました。お話は以上です。もう帰っても構いません」


 しばらく黙っていた立花であったが、やがてそんなことを口にした。


「教員のほうには私から説明しておきますので、今日のところは早退するといいでしょう。学業をおろそかにするのは感心できませんが、こんな話をした後で授業に集中などできないでしょう?」


「……立花さん、1つお願いしてもいいですか?」


「はあ、言ってみなさい」


 俺の言葉に、立花は軽く首を傾げた。

 惚けた顔になっている糸目の男に、俺は決然とした口調で告げる。


「俺にも事件を調べさせてもらえませんか? 3人の力になりたいんです!」


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