81.悪夢と欲望の期末テスト⑧
担任教師に連れて行かれたのは職員室ではなく、その隣にある応接室だった。
初めて入る学校の応接室には1組の男女がソファに座っており、白い湯気を上げた湯飲みに口をつけている。
「ああ、来てくれましたか。貴方が月城真砂君ですね?」
丁寧な口調で声をかけてきたのは、紺のスーツを着た30代ほどの男である。
茶色がかった髪を丁寧に整えており、顔には銀縁のメガネをかけていた。メガネの奥の瞳は糸のように細く、ちゃんと前が見えているのか怪しくなるほどである。
「初めまして。県警の立花です。隣にいるのは部下で小野といいます。突然、呼び出してしまって申し訳ないですね」
立花と名乗った警官に続いて、隣に座っている黒のスーツ姿の女性が会釈をしてくる。
20代ほどの女性は肩に届く長さの髪を頭の後ろでまとめており、顔つきはいかにも生真面目そうで、化粧も最低限しかしていない。
2人の警官の視線を受けて、俺はやや緊張しながら無言で頭を下げる。
「それでは、そちらに座っていただけますか? あ、先生は外に出てもらえますか?」
「あ、はい」
「え……いや、しかし」
俺は言われた通りに対面のソファに座るが、教員はわずかに動揺しながらも毅然として言い返す。
「い、いえ! 生徒が何かしたのであれば、事情を把握するのは教師の務めです! 同席させていただきます!」
「うーん……それは困るんですが」
立花はわずかに悩んだような顔になり、メガネの中縁を人差し指で押し上げる。
「勘違いをされているようですが、別に月城さんが悪さをしたから来たというわけではありませんよ。私はただ、とある事情をうかがいたくて参っただけですので」
「いえ! そうであったとしても、教師として事情を把握し、上に報告する義務があります! どうか同席を許可していただきたい!」
「うーん、そうですか……」
真面目腐った教員の言葉に立花は軽く溜息をつき、チラリと横に視線を流す。
視線に頷きを返したのは、それまで黙っていた女性の警官である。
「失礼します」
「へ……?」
女性が座った姿勢のまま、右手の人差し指と中指を立てて前にかざす。
次の瞬間――言いようのない不快感が俺を襲ってきて、背筋にブワリと鳥肌が立つ。まるで服の中にウミウシが潜り込んできたような感覚である。
「うわあっ……!?」
「は、あ……」
俺はすぐさま、転がるようにしてソファの後ろに隠れた。
対して、男性教員はそのまま棒立ちになり、だらりと脱力したように両手を下ろす。
小野はソファの後ろに跳び込んだ俺にわずかに目を細めながら、男性教師に言葉を投げかける。
「命令します。部屋から出て行ってください」
「……わかりました」
男性教師は眠そうに瞼を半開きにして、言われた通りに部屋から出て行こうとする。
そんなジャージ姿の背中に、小野はさらに命令をぶつける。
「しばらく、部屋に誰も入れないように見張っていてください。いいですね?」
「……わかりました」
男性教師は壊れた玩具のように同じ言葉を繰り返して、廊下へと消えていく。パタンと扉が閉まる音がして、応接室には俺と2人の警官だけが残された。
――と、同時にもはや聴き慣れた電子音が頭の中で鳴り響く。
『ワールドクエストを達成。【精神耐性Lv1】を修得した!』
「せ、精神耐性……?」
耐性系のスキル――ということは、すでに修得している【毒耐性】や【睡眠耐性】と同じものだろうか?
それが意味することは1つ。耐性が発生するような『ナニカ』をされたということになる。
「まさか……精神に干渉されたのか?」
「おや、よく気がつきましたね。もっとも、雪ノ下のお嬢さんが目をかけるぐらいですから、それくらいはしてもらわなくては困りますが」
「アンタは……ひょっとして……」
『雪ノ下』という名前が出たことで、俺は相手の正体を悟った。
立花はわずかに唇をつり上げて、俺の予想を肯定するような言葉を口にする。
「ええ、改めまして……『結社』のエージェントをしております、立花です」
立花は糸のような目をほんのわずかに開いて、その奥から鋭い眼光を向けてくる。
「どうぞよろしく。月城真砂君」




