80.悪夢と欲望の期末テスト⑦
翌日――学校の教室に入るや、俺はすぐに異変に気がついた。
「ん……藤林さん、まだ来てないのか?」
いつもであれば誰よりも先に教室に来ているであろう、委員長の春歌の姿が教室になかったのだ。
これは非常に珍しいことである。
ひょっとしたら、女子3人でのお泊り会に夜更かしをしてしまい、珍しく寝坊をしてしまったのかもしれない。
「……お礼を言っておこうと思ったんだけどな。仕方がない」
もう少し、待ってみようか――などと考えながら机につくこと10分。始業のベルが鳴り、担任教師が教室に入ってきた。
ジャージ姿の男性教師が黒板の前に立ち、出席簿を開く。
「お前ら、席につけ―。出席取るぞー」
「せんせー、藤林さんがまだ来てませーん」
どうやら、俺と同じことを気にしていた者がいたらしい。クラスの女子生徒の1人が手を挙げて宣言する。
「んー? 藤林が遅刻か、珍しいな」
男性教師は不思議そうに眉根を寄せて、頭をガリガリと掻く。
「とりあえず、出席取るぞ。藤林はすぐに来るだろう」
男性教師が出席を取り始める。
出席を取り終えても、1限目が終わっても……春歌が教室に現れることはなかった。
「藤林の家には、俺の方から連絡しておく。お前らはちゃんと2限目の準備をしておけよー」
男性教師はそう言い置いて、教室から出て行った。
俺は休み時間になるや、教室から出て別のクラスに向かう。早苗と彩子から話を聞こうと思ったのだ。
しかし――たどり着いた教室には、昨日顔を合わせた2人の姿はなかった。
俺は廊下に出てきた男子生徒を呼び止め、2人のことを尋ねた。
「桜井と山吹? あいつらだったら、今日は来てないぞ?」
「2人とも? 何で?」
「いや、知らないけど? 風邪か何かじゃないか」
男子生徒はそう言って、廊下を歩いて行ってしまった。
春歌1人ならばまだしも、3人そろって体調不良で欠席というのは異常事態ではないだろうか。
はたして、勉強会で俺と浩一郎が帰った後に何が起こったというのだろう。
「……なんだ、スゲエざわざわするな」
無性に嫌な予感がする。
自分の知らないところで、とんでもないことが起こっているのではないだろうか?
「……落ち着け、とりあえず状況を整理だ」
「よー。月城、どこ行ってたんだよ。っていうか、テメエこの野郎! 昨日はよくもやってくれやがったな!? お前、委員長の家でラッキースケベはあったのかよ!?」
「うーむ……いったい何が……」
「おーい! シカトすんなー!」
教室に戻った俺は、椅子に座って改めて現状を考察する。
隣では同じクラスの男子生徒――笹田? が何やら話しかけてきているが、ガン無視して思考を進める。
例えば……3人がそろって、同じ病気にかかってしまったとか。
伝染病じゃああるまいし、普通に考えればそんなことは起こらないだろうが……食中毒などが原因であれば、可能性は無くはない。
ただ、昨日は俺も夕食を一緒にしているし、食中毒になったとしたら俺の身体にも異常があるはずだ。
もちろん、俺が帰った後で3人が夜食などを食べ、腹を下したということも考えられるが。
仮説はいくつか頭に浮かぶが、どれが正解かはわからない。
情報収集に長けたスキルでもあればいいのだが、残念ながら千里眼のような能力は持っていなかった。
「……情報が少なすぎるか。結論は出せないな」
「おーい、月城―! 起きろー!」
「うーむ……どうにかして、情報を得なければ。しかし、どうやって……」
いっそのこと、学校を早退して春歌の家に行ってみようか。
そう思って立ち上がろうとして……そこで、目の前に猿顔の男がいることに気がついた。
「わあっ!? なんだあっ!?」
「何だじゃねえよ! さっきから話しかけてるのに、無視してんじゃねえよ!」
「何だ、パウエルか……驚かせるなよ」
「誰だそれ!? とうとう日本人ですらなくなったのか!? 俺は笹塚だ!」
「そうそう、ちょっと体調が悪いから早退するわ。先生に言っといてくれ」
「お、おいおい!」
叫ぶ男子生徒に一方的に言づけて、俺はカバンを持って教室から出て行こうとする。
教員に断りもなしに早退すれば内申点に響くかもしれないが、それ以上に春歌と早苗のことが心配だ。
彩子とは会って間もないし、挨拶程度にしか会話をしたことはないが……浩一郎のことを考えると、無事でいて欲しいものである。
教室から出る俺であったが、廊下で担任教師と出くわしてしまった。
「げっ……」
「おお、月城。どこに行くんだ?」
「えーと、それは……」
「ちょうどお前を呼びにきたんだ。すぐに職員室まで来い」
「は……あ、それはちょっと……」
今から春歌の家に行こうとしていたのに、なんてタイミングだ。
慌てて言い訳を探そうとする俺であったが……担任教師が周囲を見回しながら、声を潜めて言ってくる。
「下に警察の人が来ている。お前に話を聞きたいそうだ」
「は……警察?」
予想もしていない単語の登場に、思わず声を上げてしまう。
担任教師が慌てて「静かに!」と俺を黙らせる。
「お前……いったい、何を仕出かしたんだよ。藤林達のことで、事情を聞きたいことがあるらしいぞ」
「っ……!」
どうやら、求めていた情報源が向こうからやってきてくれたようである。
俺は瓢箪から駒が出てきたような展開に目を見開き、言葉を失うのであった。




