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77.悪夢と欲望の期末テスト④


 そして――クッキーを食べ終えた俺達は、ようやくテスト勉強に手を付けることになった。


「そうそう、そこはXに2を代入して……」


「…………」


「早苗。3問目が間違っているわよ。そこは左の式を先に解かないと」


「あうー……」


 勉強会は、もっぱら春歌が俺と早苗に教える形で進んで行った。

 やはりというか予想通りなことに、早苗も俺と同じく勉強は苦手らしい。春歌に丁寧な解説を受けながら、苦手な数学の問題を必死に解いていた。


 春歌は学年1位というだけあって、すでにテスト範囲の学習は完璧に終えているようだ。

 その教え方は非常にわかりやすく、学校ではいくら頭をひねっても解けなかった問題も、春歌のおかげで解けるようになった。


 すでに夕飯をごちそうになることを真麻には連絡しているし、今日は時間が許す限り、勉強を教えてもらおう。


「そういえば……今日は他にも友達が来るんじゃなかったのか?」


 時計の針が5時を回ったところで、俺はふと気がついたことを口に出す。

 事前に学校で聞いていた話では、勉強会には春歌と早苗の友人、それとその彼氏が参加するのではなかったか。


「ああ? そう言えば、彩子ったら遅いわね?」


 俺の言葉に、春歌が時計を見ながら首を傾げる。

 どうやら、もう1人の友人は彩子という名前のようだ。


「彩子、彼氏さんと合流してからくるんでしょ? それで遅くなってるんじゃない」


 参考書と睨めっこをしながら、早苗が言う。

 聞けば、どうやら彩子の彼氏というのは俺達が通っている学校の生徒ではなく、隣町にある男子校に通っているらしい。

 2人は中学の頃から付き合っているそうだが、うちの学校に2人で受験して、彼氏のほうだけ落ちてしまったようだ。


「私も人のことを言える成績じゃないけど……彩子の彼氏さんも成績悪いみたいだからねー。テスト期間になると彩子が勉強を見てあげてるんだって」


「大変だな。他の学校の生徒に教えなくちゃいけないなんて」


 テスト範囲も違うだろうに、彩子さんとやらは随分と恋人に尽くしているようである。


「おかげで、彩子も2年生に上がってから成績が落ちているみたい。彩子の親は結構厳しい人だから、これ以上成績が落ちたら、彼氏さんと別れさせられちゃうんだって。それで今回は春歌に助けを求めてきたっぽい」


「ふーん……」


 俺は神妙な気持ちになって頷いた。

 つまり、今回のテストには彩子さんと彼氏との交際がかかっているわけか。

 他人事ではあるが、俺も2人の足を引っ張らないように気をつけなければなるまい。


「それにしても……人間って、色んな悩み事があるんだな。恋愛で悩んでいる人がいて。成績で悩んでいる人がいて」


 退魔師という特殊な職業に就いている、雪ノ下沙耶香。

 吸血鬼とのハーフであるという、朱薔薇聖。


 ここ最近、そんな非日常を生きている2人と親しくなったかと思えば――成績のことやら彼氏との交際のことやら、日常的な悩みを持っている人間の話を聞かされてしまった。

 同じ世界で生きているというのに、人生というのは色々である。

 1人1人違った個性を持っていて、違った人生を歩み、違ったことで悩んだり苦しんだりしている。


 下水道で吸血鬼と戦ったり、山で鬼やら神やらと戦ったり……そんな途方もない経験をしてきたせいで感覚が麻痺しているが、学校のテスト1つ取っても、様々な人間ドラマがあるものだ。


「……あ、来たみたいね」


 ――と、そんなことをしみじみと思っていると、部屋の外からインターフォンが鳴る音がした。

 春歌が立ち上がって部屋から出て行き、パタパタと階段を下る足音が響いてくる。


 しばらく待っていると部屋の外から人の話し声がしてきて、再びドアが開かれた。


「ごめんなさい、早苗。遅くなってしまいました」


「やっほー、彩子さっきぶりー」


 ドアをくぐって入ってきたのは、春歌とも早苗ともタイプが違う少女だった。

 学校の制服であるブレザーを着ており、黒髪のロングの髪を背中に流している。

 きっちりと揃えた前髪はまるで日本人形のようであり、和風のお嬢様っぽい雰囲気のある女性だ。

 沙耶香と同じく和服が似合いそうな顔立ちだが、沙耶香が女サムライっぽいタイプなのに対して、こちらは純和風のお姫様と言ったところだろうか。


「うっす、失礼します……」


 彩子の後ろには、坊主頭の男子が続いている。

 背の高い男子はいかにもスポーツマンというがっしりとした身体つきをしており、春歌の部屋に入ることに緊張しているのか、硬い表情をしていた。


「あら、そちらの方が月城真砂さんですね? 同じ学校なのに、こうして会話をするのは初めてですね」


「そうですねー、えーと君……」


 どうやら、彩子は俺のことを聞いているようだ。

 そういえば、名字を聞いていなかった。流石に初対面の女子を下の名前で呼ぶわけにはいかないだろう。

 言葉を濁した俺に気がつき、彩子は軽い会釈をしながら口を開いた。


「山吹彩子と申します。どうぞよろしくお願いします」


「……田崎浩一郎っす! 今日はお願いしまっす!」


 続いて、坊主頭の男子――浩一郎も体育会系っぽく名乗りを上げた。


 俺と春歌と早苗。彩子と浩一郎。

 部屋の中に5人がそろい、勉強会が再開されたのであった。



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