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76.悪夢と欲望の期末テスト③


「……ヤベエ、女子の部屋だ」


 通されたのは、家の2階にある春歌の自室である。

 ベッドがあって、机があって、本棚があって……それらの家具は雑多とすることなく調和しており、持ち主の性格を表しているかのように綺麗に整頓されていた。

 だからといって決して無味乾燥というわけでもなく、机の片隅に猫のぬいぐるみが置かれているあたり年頃の女の子らしさが窺える。


 心なしか、良い匂いまでするような気もする。

 いや、おそらく気のせいだとは思うのだが、空気そのものがピンク色に染まっている錯覚がするのだ。

 妹の部屋には日常的に入っているし、そこまで差があるようには見えないのだが……


「うっわ……」


 後ろのタンスがめっちゃ気になる!

 あの中に下着とか入ってるんだよな! あのエベレストな山を包み込むブラジャーが押し込まれているんだよね!?


 そんでもって、ベッドも気になる!

 あのベッドの上で春歌がいつも寝ているんだよな!?

 はたして、春歌の寝間着はパジャマなのか、それともネグリジェとかなのか。Tシャツやジャージだとしても、それはそれでギャップ萌えがあるが……まさか下着や裸ではあるまいな!?


「……真砂君、ひょっとしてエッチなことを考えているのかにゃー?」


「っ……!」


 座布団の上に座ってムラムラしている俺に、早苗が訊ねてきた。

 からかうような口調であったが、半眼の目には冷ややかな色が浮かんでおり、春歌の部屋に萌えている俺を咎めているように見えた。

 ちなみに――部屋の中には俺と早苗の2人きりで、春歌はお茶を淹れるために1階のキッチンに降りている。


「え、ええっと……」


 俺は図星を刺されたことに戸惑いながらも、すぐに冷静さを装って口を開く。


「そ、そんなことないでごわす! おいどんは春歌タンの下着姿とか想像してないでごわす!」


「……なんでお相撲さん口調なのかな? めちゃくちゃテンパってるよね?」


「女の子も1人でエッチな妄想をするのかなとか考えてないでごわす! 真面目な委員長が夜な夜な自分を慰めているとか、マジ興奮するとか考えてないでござる!」


「聞いてないことまで言ってるからね!? ていうか、最後だけ何でサムライ口調なのかな!?」


 全然、冷静になれていなかった。

 女子の部屋に入った興奮やら、正体不明の後ろめたさやらのせいで、言わなくてもいいことまで口を滑らせてしまう。


「真砂君って、そういうところはすごい男子だよね……そのくせ、私達には手を出してこないし……エッチなのか真面目なのかわからないよね」


「ごわす?」


「フーンだ! こうなったら、今度は私の部屋に遊びに来てもらうおうかな! たっぷりもてなしてあげるから覚悟しておいてね!」


「…………ごわっす」


 何を覚悟しろと言うのだろうか。

 自分が何でこんなに錯乱しているのか。早苗がどうして不機嫌になっているのか。わからないことだらけで逆にテンションが上がってしまう。


 というか、俺は何のためにこの部屋に来たんだっけ?

 どうして俺はこの世界に生まれてきたのか。そもそも、どうしてこの地球は……人類は生まれたのだろう。

 人類はどこからやってきて、どこに行こうとしているのか。

 おっぱいはどうして2つあるのか。お尻はどうして割れているのか。

 巨乳のほうが陥没乳首の割合が多いというのは、果たして都市伝説なのだろうか?

 もしも事実であるとすれば、驚くほどの巨乳である春歌もそうなのか。そして、早苗には可能性はないのか?


「難しい顔しているけど……すっごいくだらないことを考えているの、わかってるよ? しょうもないオーラが伝わってきてるからね? 私、今すっごいムカついてるからね?」


「お待たせー、お茶を持ってきたよー」


 早苗が呆れたような、怒ったような言葉を放つと同時に、扉が開け放たれて部屋の主が戻ってきた。

 春歌はお盆の上に人数分の飲み物と菓子皿を置き、器用に片手で部屋の扉を開けて中に入ってくる。

 その表情は学校で見るものよりも緩んでおり、自分の家にいることの安心感のせいか、無防備なものになっていた。


「……って、どうしたのよ。早苗、怖い顔をして」


「……別に何でもないけどねー。真砂君は今日も可愛くて面白いなと思っただけ」


「ふうん?」


 春歌は首を傾げて、俺達の前のテーブルに飲み物とお菓子を並べていく。

 カップに入っていた茶色の液体からは白い湯気が昇っており、爽やかなリンゴの香りが漂ってくる。どうやらアップルティーのようだ。

 菓子皿の上に並んでいるのは市松模様のクッキー。微妙に形が歪なことから、それが市販品ではなく春歌の手作りであることがわかった。


「軽くお茶をしてから勉強を始めましょう。甘いものを食べたほうが脳は良く働くし、カフェインをとれば眠くならないから」


「……ここは天国なのか。女子力天使がいる」


「へ……?」


 思わず漏らしてしまった言葉に、春歌は目を白黒とさせる。

 春歌が作った料理は弁当で何度か味わったことがあるが、お菓子は初めてだ。

 女子の手作りお菓子――どうやら、俺はまた思春期男子の夢を叶えてしまったらしい。


「ううっ……美味い……甘い……」


「えーと……早苗、どうして月城君は泣きながらクッキーを貪っているのかしら?」


「さーねー。春歌の女子力が高いせいじゃない?」


「女子力って……それが何の関係があるのよ」


 困惑している春歌と、何故か拗ねた様子の早苗。2人の会話を聞きながら、俺は涙で塩気が増したクッキーを口に運ぶのであった。


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