75.悪夢と欲望の期末テスト②
かくして、春歌と早苗とのお家デート……もとい、放課後の勉強会への参加が決定した。
授業が終わると同時に、俺は春歌と連れ立って校舎から出る。校門の前で10分ほど待っていると、早苗が駆け寄ってきて合流してくる。
「やっほー、ごめんね。遅くなっちゃった」
「ああ、問題ないよ」
「いいわよ、さっき来たところだから」
俺と春歌が答えると、早苗は「二へへへ」と相貌を緩ませて腕に抱き着いてくる。
「真砂君も昼休みぶり。それじゃあ、行こっか!」
「おっと……」
早苗が俺の腕を引いて、帰り道を引っ張っていく。
あまりにも自然な動きで、二の腕に柔らかな感触が押しつけられた。
腕を挟んでいるなだらかな丘は春歌のモノと比べると遥かに小ぶりであったが、それでもやはり女子の胸だ。幸福を象徴しているような感触は、他の物には代え難いものである。
「っ……!」
何故か反対隣に並んでいる春歌が不機嫌そうな表情になる。
空いている左腕を見つめてきたかと思うと、手を伸ばし、引っ込め、また手を伸ばしてと繰り返す。
メガネの下の瞳が何かを葛藤するように鋭いものになっている。
いったい、何をそんな真剣な顔になっているのだろうか。春歌の表情は、まるで難問に取りかかる学者のようになっていた。
「…………」
やがて――春歌の指先が、意を決したように俺のシャツをつまんでくる。
「えーと……?」
「…………」
腹部に触れる指先の感触に、視線で問いかける。
しかし、春歌は俺と視線を合わせないように顔を伏せており、一向に答えは返ってくる様子はなかった。
「…………」
「…………」
何だろう、この状況は。
左腕に早苗が抱き着いてきて、反対側のシャツを春歌がつまんでいて……これでは、まるで俺がモテモテのハーレム主人公ではないか。
「ふーん、春歌もやるじゃない。抱き着くよりも、そっちの方が威力高いかも」
感心したような、それでいて警戒したような口ぶりで、早苗が茶々を入れてくる。
春歌は親友の言葉を受けて、プイっと視線を逸らす。
「…………知らない」
「……何の話かわからないんだけどな。いや、本当に」
2人の美少女に挟まれた俺は、途方に暮れてつぶやいた。
このシチュエーションが嬉しくないと言えば嘘になるが、これまで一度もモテた経験のない俺にとっては、とても処理しきれないものである。
「モテキ到来……じゃ、済まされないよな」
俺はこの娘達の好意に、どのようにすれば答えることができるのだろうか?
今は曖昧な関係が許されているかもしれないが、いずれ答えを出さなければいけない時がやって来るだろう。
その時、俺は……
「あ、ついたついた。ここが春歌の家だよー」
「む……?」
いつの間にか、目的地に到着していたらしい。
たどり着いたのは、俺の家から少し離れた場所にある二階建ての一戸建て住宅である。何度かその家の前を通りかかったことはあったが、ここが春歌の家だったとは知らなかった。
「早苗はしょっちゅう来ているけど、月城君は初めてだったわね。ようこそ、いらっしゃい」
春歌が俺のシャツから手を離して、ニッコリと笑いかけてくる。
「ういっす……」
何故だろうか。今さらになって緊張してきてしまった。
考えても見れば、年頃の女子の家に上がり込むのは初めてかもしれない。
先日、雪ノ下沙耶香の家にも行ったが、あそこは道場であって女子の家という感覚はなかったからノーカウントだ。
「えーと……俺、やっぱり帰ろうか? 家に妹もいるし。金魚もいるし」
今さらになって日和ってしまい、思わず意味不明の言い訳を口にしてしまう。
しかし――左腕に抱き着いている早苗が力を強めてきて、俺の退路を塞いでくる。
「逃がさないにゃー。今夜は寝かさないぞう」
「え……泊りなの、これ? 嘘だよね?」
「えへへへへー、どうだろうねー」
というか、勉強会はどうなったのだろうか。
「さあ、入って。勉強は私の部屋でやりましょう。案内するわ」
春歌がカギを使って玄関の扉を開け、俺達を招き入れる。
玄関に置いてある靴はない。どうやら、春歌の家族は留守にしているようだ。
「あ……今日は私の両親、仕事で帰ってこないから。気にせず寛いでいいわよ」
「おっふ……」
そんなつもりはなかったのだろうが、トドメのように放たれた春歌の言葉に、俺は思わず顔を引きつらせた。




