73.俺が知らない世界の裏側⑬
こうして――両面宿儺という現代に現れた本物の『神』は討伐された。
「真砂君、本当にすまなかった! 君を危険な目に遭わせてしまい、何とお詫びしていいか……」
雪ノ下沙耶香がきっちり腰を90度に曲げて謝罪をしてくる。
沙耶香は巫女装束を纏っており、舞を踊ったせいか、雨に打たれたように身体は汗で濡れていた。
それほど激しい踊りには見えなかったのだが、やはり神の力を封じるための特別な舞。体力をかなり消耗しているようで、顔には色濃い疲労の色が見える。
ちなみに、汗で濡れぼそった沙耶香の身体は何とも扇情的な姿となっており、ひょうたん型の豊満なスタイルがはっきりとわかるようになっていた。
もちろん、俺はそんなことには気がつかないフリをして、神妙な顔つきで沙耶香の言葉に耳を傾ける。
「こんなことになるとは思わなかったんだ……まさか、あの呪具からあんなものが出てくるなんて……」
「いや、それはもういいですよ」
必死な様子で頭を下げてくる沙耶香に、俺は手を振って答えた。
確かに今回の一件は、沙耶香によって頼まれた結社の都合が発端となっている。
しかし――これが沙耶香に原因があるかと訊かれれば、そうでないような気がする。
――――――――――
緊急クエスト
『霊山の神威』CLEAR!
霊山に現れた古代の神を見事に撃退した!
おめでとう、今回の練習ステージは文句なしのクリアーだ!
本番を目指して、これからも精進を続けてくれ。健闘を祈る!
報酬:神聖属性攻撃Lv1
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これまでにも緊急クエストは何度か配信されたが、今回のはどうも毛色が違う。
明らかに、俺にクエストボードを与えた存在からのメッセージとおぼしきものが刻まれている。
練習ステージって何?
本番って何?
『神聖属性攻撃』って何?
俺はこれから、いったい何をさせられる予定なのだろうか?
「よくわからないですけど……とにかく、沙耶香さんのせいじゃないですよ。多分ですけど、俺がここにいなかったらアイツは出てこなかったと思います」
察するに、あの魔物を呼び出したのは俺にクエストボードを渡した『自称神』なのではないか。
将来的に俺に何かをさせるため、その練習相手として両面宿儺を呼び出したのではないだろうか。
そう考えて説明すると、沙耶香は難しい表情で口元を手で覆う。
「……つまり、君に力を与えた存在は結界の外から呪具に干渉して、おまけに古代の神まで呼び出せるということになるかな。そんな力を持った存在を結社がこれまで知らなかったなんて……」
「ひょっとしたら、この世界の神様じゃないかもしれませんよ? 異世界がどうとか言ってましたから」
クエストボードをもらった際、自称神はこれが実験だと言っていた。
報酬として、異世界に生まれ変わらせてもらえるとも。
どこからどこまでその言葉を信用していいのかわからない。
確かなのは……これから先、俺の人生に両面宿儺以上の敵が待ちかまえているということ。
今回の練習ステージを越えた、『本番』があるということだけだった。
「そうね。君がどんな運命を背負っているのかはわからないけれど……これからは私も助太刀させてもらおう」
「沙耶香さん、でも……」
「関係ないなんて薄情なことは言わないで欲しい。結社の使命は怪異から人々を守ること。真砂君だって、その中に含まれている」
「……ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げた。
これまで俺はずっと1人で戦っていたが、力を貸してくれる誰かがいることがこんなに頼もしいことだとは思わなかった。
実際に戦力になるかどうかという問題ではない。困った時に話を聞いてくれる相手がいることが心から嬉しかった。
「沙耶香さんも困ったことがあったら言ってください。貴女のためならどこにだって行くし、誰とだって戦いますよ」
「それは頼もしいわね。だけど、感謝をしてくれるのならもっと他のことをお願いしようか。例えば…………私のお婿さんになるとか」
「へ……?」
予想もしない沙耶香の発言に、俺は思わずフリーズしてしまう。
たっぷり1分ほどかけて脳を再起動させて、恐る恐る口を開いて確認する。
「それって……ええと、冗談ですよね……?」
「話してはいなかったけど、雪ノ下家は女系の家なのよ。子供は女ばかり生まれるから、外から優秀な男の血を取り入れて栄えてきたの。おかげで、『女郎の一族』などと陰口を叩く者もいるくらい」
「は、はあ……?」
「道場に来たときから目を付けていたけれど……やっぱり私の目に狂いはなかったようね。真砂君、貴方だったら文句はない」
「えーと……それってもしかして……」
戸惑って立ち尽くす俺に、沙耶香は悪戯っぽく微笑みながら顔をのぞき込んでくる。
「これからは本気で誘惑させてもらうから、覚悟しておきなさい……未来の旦那様?」
俺が知らない世界の裏側 完
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