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72.俺が知らない世界の裏側⑫


 30分ほど山の中を緩慢な足取りで移動して、俺は沙耶香に指定されたように山頂にたどり着いた。


 山頂にあったのは神社の一角のような風景である。

 正面に先ほどのお堂と同じような建物があり、その横には正方形の舞台のようなものが設置されていた。

 舞台は神社などにある『神楽殿』のように見える。神に奉納する舞や雅楽などを奉納するためのもので、どことなく厳かな空気が漂っていた。


「沙耶香さんは……あそこかな?」


 正面にあるお堂の扉が開いている。沙耶香はあそこにいるのだろうか?


「沙耶香さーん、連れてきましたよー」


「真砂君! よかった、無事だったのか!」


 俺が声を上げると沙耶香がお堂の中から顔をのぞかせ、嬉しそうに表情を明るくさせる。

 先ほどまではいつもの剣道着を纏っていた沙耶香だったが、現在は白い小袖に緋袴――いわゆる巫女装束と呼ばれる衣装に着替えていた。

 手には古めかしい鞘に収まった刀剣を持っている。沙耶香が持ち歩いていた刀とは別のものだ。


「ケガはなさそうね……でも、その顔は何かしら?」


『スロウス』の影響で緩んだ顔つきになっている俺に、沙耶香が怪訝に眉をひそめた。

 俺は説明する気力も湧かず、とりあえず後ろを指差した。


「そんなことよりも、どうするんですかー。あれはー」


 俺の後ろからは同じくやる気のない足取りで、両面宿儺が追いかけてきていた。


「……随分と弱っているようだね。いったい、何をしたのかな?」


「えーと……魔法でちょっと弱ってるのかなあ……?」


「貴方もどうしたの……それよりも、ここであいつを鎮めようか」


 沙耶香は手に持っている刀剣を俺に手渡してきた。ずっしりと重い感触を慌てて受け止める。


「えーと……これは?」


「これから、私が特別な舞を踊って両面宿儺の力を封じ込める。君はその剣で奴を斬って欲しい」


 沙耶香は真剣な眼差しで、そんなことを言ってくる。


「その剣は布都火雷フツホノイカズチ……神話に登場する本物ではないけれど、武神の加護が込められている。本来ならば私がやるべきことなのだけど……舞を踊らないといけないから、真砂君にお願いする」


「うーん……」


 沙耶香が丁寧に説明してくれるが、どうもやる気が起きない。

 そろそろ『スロウス』の魔法を解除したほうが良さそうだ。両面宿儺の状態異常も解除されてしまうが、どのみち攻撃をしたら解けてしまうので仕方がない。


「わかりました! よくわからないですけど、俺に任せてください!」


「……すまない。私が君をこんなところに連れてきたせいで」


 沙耶香が申し訳なさそうに目を伏せる。


「この埋め合わせは、必ずさせてもらう。どんな対価を支払うことになったとしても。雪ノ下の名前に誓って……!」


「期待してますよ……あ、もう来ます!」


『オオオオオオオオオオオオッ!』


 魔法が解除されたことで、両面宿儺のやる気も戻ってしまった。

 飛ぶような足取りで距離を詰めてきて、再び剣を取り出して振るってくる。


「いくわよ! 真砂君!」


 沙耶香がすぐに神楽殿の上に昇り、鈴のついた棒のようなものをシャンシャンと鳴らす。


「――天鳥船より降臨せし建御雷男神。葦原中つ国を平定せんと小浜に降り立つ。十束の剣を抜きて逆しに波の穂に刺し給う――」


 神楽殿に立った沙耶香が、朗々とした口調で言葉を紡ぐ。

 紅を塗った唇から発されるのは、祝詞のように荘厳であり、詩歌のように耳に心地良い美声である。

 同時に、タン、タン、タンと足でリズミカルなステップを踏み、板の床を打ち鳴らす。

 手に持った鈴が沙耶香の動きに合わせて高い音を奏で、木々に囲まれた空間に澄んだ音が響きわたる。


「おお……」


 俺は思わず、感嘆の声を漏らしてしまう。

 白い衣、赤い袴、黒い髪――三種の色彩が神楽殿でふわりと揺れて、こちらの目線を奪っていく。


 その浮き世離れした光景をあえて言葉で表現するのであれば…………『美しい』。


 我ながらボキャブラリーに乏しい表現だと思うのだが、巫女姿で舞を踊っている沙耶香の姿を前にすると、それ以上の感想が出てこないのだ。


 そのあまりに圧倒的な美しさの前には、もはや立ち尽くすしかなく……


『ガアアアアアアアッ!』


「おわあっ! 危ねえっ!?」


 不意打ちをされるのもやむを得ないことなのだ。


 襲いかかってきた両面宿儺の斬撃を、俺はすんでのところで飛び退いて避ける。


「完全に見惚れてた……コイツを弱らせるための舞なのに、俺の方がやられるとこだった……!」


 俺は沙耶香から渡された刀剣を構えて、こちらにきりかかってくる両面宿儺を迎え撃つ。


「フンッ!」


 とはいえ、まともに斬り結んでも先ほどと同じことになるのは目に見えている。

 ここは無理に攻めることなく守りに徹して、沙耶香の舞の効力が出るのを待ってみよう。


『オオオオオオオオオッ!?』


「ありゃ? 斬れた?」


 などと考えながら牽制のために振るった剣であったが、両面宿儺が持っていた銅剣を何の抵抗もなく破壊して肩を斬り裂いた。

 ミスリルの剣でさえ破壊できなかったというのに、大した剣である。沙耶香はこれが神剣であると口にしていたが、納得の切れ味だった。


「これなら……いけるか!?」


『アアアアアアアアアア!!』


【剣術】スキルをフル稼働して、神剣を振るっていく。

 先ほど下のお堂で戦ったときはまるで対応できなかったが、今は左右8本の腕から繰り出される剣にも対応できていた。


 俺が強くなっているわけではない。

 両面宿儺の動きが、明らかに遅くなっているのだ。


「――ここにその建御名方神の手を掴み、若葦をとるが如く投げ離ち給う――」


『オオオオオオオオッ!』


 沙耶香が舞い、シャラシャラと鈴の音色が響くたび、白い靄のようなものが両面宿儺の身体に絡みついていく。

 長い紐状の靄はすぐに消えてしまいそうなほど儚いにもかかわらず、両面宿儺がいくら暴れても千切れることはない。

 それどころか、十重二重にもなって両面宿儺を拘束していく。


「なるほどな……綺麗なだけの舞じゃないってことか。頼もしいなあ!」


『オオオオオオオオッ!』


「それじゃあ、いい加減に終わりにしようか!」


 俺は勢いをつけて突進して、同時に武技『三段突き』を繰り出した。

 連続して放った三本の刺突が銅剣を砕き、両面宿儺の胴体に風穴を穿つ。


『アアアアアアアアッ!!』


「っ……!」


 それでも、両面宿儺は倒れなかった。

 攻撃の後のわずかな隙を突かれて、反撃の一撃を喰らってしまう。両面宿儺の銅剣が俺の腹部を切り裂いた。

 花弁が舞うように血が地面に散って、自分の腹から赤黒い『ナニカ』がはみ出る感触がする。


「ああああああっ! 見るの怖いなあああああっ!」


 あえて視線を逸らしながら、それ以上『ナニカ』が出てこないように片手で腹部を押さえる。生ぬるい血の感触とともに、ブニュブニュと不快な感触に触れてしまう。


「ホント頼むから……そろそろ死んでくれええええええええっ!」


『ガアアアアアアアアッ!?』


 闇属性魔法――『ラース』を発動。両面宿儺が黒い炎に包まれる。


 俺は大きく剣を振りかぶり、駄目押しの一撃を放つ。黒い炎ごと、両面宿儺を袈裟懸けに斬り裂いた。


『オオオッ……』


 両面宿儺はうめきながら、8本の腕を天に伸ばす。

 すがりつくように伸ばされた手は何も掴むことなく、その身体は白い花弁のように無数の粒になって崩れていく。


「――追いかけて辿り着きしは科野の国が州羽の海。夷敵を鎮めて国譲りを成し遂げん――」


 シャラン、シャランと一際大きく鈴が鳴らされる。

 まるでその音色に導かれるようにして、両面宿儺であった白い粒は天に昇っていく。


 現代に甦った古代の神は、かくして還るべき場所へ戻っていったのであった。


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