69.俺が知らない世界の裏側⑨
「ふう……やれやれだぜ」
鬼が消滅したのを確認して、俺は額の汗をぬぐって剣をストレージに戻した。
パワー頼みのゴリ押しが相手で助かった。おかげで特に怪我をすることなく倒すことができた。
「すごいじゃないか! まさか無傷で倒すなんて驚いた!」
「沙耶香さん」
沙耶香がパチパチと拍手をしながら称賛の言葉を送ってくる。
「文句なしで合格だよ。あのレベルの鬼を倒すことができるということは、君は結社における第2級以上の力を持っていることが証明された」
「第2級……? それって高いんですか?」
「組織が術者につける等級は5段階。その上から2番目ということになるね。結社に所属している術者は1千人ほど。その中で第1級に指定されている術者は10人ほどしかいないから、かなり自信を持ってもいいんじゃないかな?」
「そっすか」
俺は曖昧な返事を返した。
沙耶香が所属する結社で高い評価を受けたとしても、俺は別にその組織に入りたいわけではないのだ。与えられた等級に意味があるとは思えない。
「ちなみに、君がもしも結社に入社してくれた場合、危険手当も込みで年収1千万以上は確実に得られるだろうね」
「…………いっせんまん?」
「最低1千万だ。部署や赴任先によっては特別ボーナスも付くだろうし、第2級の上のほうならば3千万以上もらっている者もいるよ?」
「…………」
すっごく意味があった。
3千万……非常に心が震わされる数字である。
自分が守銭奴だと思ったことはないのだが、手が届く場所にそれだけの大金があるかと思うと、色々と揺らいでしまう。
「……参考までにお聞きしたいんですが、沙耶香さんの等級はいくつにあたるんですか?」
「私かい? 私も君と同じく第2級だよ。父は第1級の術者なのだけど、私はまだ未熟でね?」
「そうなんですか……」
「結社から支払われる報酬については、学生ということもあって大半は父に預けている。まあ、それでも月に50万ほどはお小遣いとしてもらっているけど」
「ごっ……!?」
飲んでもいない水を噴きそうになった。
高校生のお小遣いが50万って、それはとんでもない金額ではないだろうか。俺の小遣いの100倍ほどなんですけど?
「この間、刀を新調したせいで今月は金欠でね? 仕事で使う武器ならば結社が経費を出してくれるんだけど、趣味で購入したものだから自腹を切ることになってしまった。やはり業物とはいえ、500万はちょっと思い切ってしまったかな……」
「……もうスケールがデカすぎて庶民にはついて行けないんですけど」
とりあえず、その結社への就職の仕方を教えて欲しいところである。
いや、別に入社する予定はないんだけど。念のために。
「真砂君が望むのならば、いつだって私が推薦するよ? 君のことを上層部に報告したら、上も随分と興味を持っていたようだし。いつでも入社することができると思うが」
「……考えておきます」
「そうしてくれると嬉しいかな。私も君のような人材が仲間に加わってくれるのは頼もしいから…………ああ、そうだ。これは余談なのだけど、高位の術者は子供をたくさん作ることが奨励されていてね。第1級の術者であれば、それこそ重婚や一夫多妻も許されたりしているのだけど……」
「考えておきます!」
俺は力強く返事をして、ビシリと敬礼を決めた。
別に結社に入りたいとか思ってないよ? いや、本当に。
高すぎる給料とか、一夫多妻のハーレムとかにはまったく魅力を感じたりしていませんよ?
ただ、この不景気なご時世に確実に就職できるアテがあるというのは魅力的なことだし、学歴と関係なく高収入が保証されるのは普通に有り難いことだし。それに怪物を退治して人々を守るという結社の在り様についても、素直に尊敬を持てることだし。
「だから……ハーレムに魅力なんて感じてない。決して、ハーレムに魅力なんて感じてない。うん、大事なことだから2回言ったけど」
「真砂君も男の子だな。この一夫多妻についての話を結社に入ったばかりの若い男の術者にすると、必ずといってもいいほど、次の日から異常に修行を熱心にするようになるんだよ」
「……お恥ずかしい限りです」
だけど、許してください。男ってそういう生き物なんです。
英語の教材を海外の官能小説にすると成績が伸びるという話を聞いたことがあるし、男は頭だけじゃなくて下半身でも考える生き物なのだ。
「別に私は気にしていないよ? 私は男の子のそういう単純なところは可愛いと思うからね」
「……たぶん、誉められてないですよね。いや、誉める要素はないですけど」
「あははは、結社はいつでも真砂君のことを歓迎するよ。さて、それじゃあそろそろ引き上げようか。日が暮れると山道は危ないからね」
「ういっす……」
消沈した俺に沙耶香はおかしそうに笑いながら、床に置いてある壺の呪具を回収しようとする。ポニーテールをふわりと揺らしながら腰をかがめ、床の壺に手を伸ばす。
「っ……!」
――と、そこで背筋に悪寒が走る。
俺は慌てて沙耶香の手を取って、後ろに引き戻した。
「わっ! 真砂君っ!?」
「下がってください、沙耶香さん!」
驚いた表情をしている沙耶香を庇って前に立ち、再びストレージからミスリルの剣を取り出す。
【索敵】のスキルがビンビンと反応している。その反応の源泉は、目の前に置かれている金属製の壺だった。
次の瞬間、壺が開いてモクモクと煙が噴き出してくる。先ほどの煙は緑色だったが、今度は闇が凝ったような黒色だった。
同時に、俺の頭の中にピコンと電子音が鳴り響く。
――――――――――――――――――――
緊急クエスト NEW!
『霊山の神威』
雪ノ下沙耶香と共に訪れた修行場。
そこに召喚されたのは恐るべき力を持つ太古の神だった。
生き残るため、そして沙耶香を守るため、古の神を撃退せよ!
制限時間:なし
報酬:?????
――――――――――――――――――――
「太古の神って……」
「どうしてこんなことが!? 呪具が勝手に発動するなんて、これまで1度もなかったのに……!」
「よくわかりませんけど、もっと下がってください! 完全にヤバそうですよ!」
壺から噴出した煙が形をとっていく。形状は人型。先ほど現れた鬼よりも一回りは小さく、180センチほどに見える。
しかし、それは決して人間ではなかった。
現れた人型の首から上は枝分かれしており、頭にあたる部位が2つある。
さらにその両肩からは左右それぞれ4本ずつの腕が生えており、それぞれの手に青銅色の剣が握られている。
顔面に貼りついているのは悪鬼羅刹のようなおぞましい形相。先ほどの鬼よりも、よっぽど恐ろしい顔である。
「両面宿儺……」
沙耶香が呆然とした声音でつぶやいた。
それはマンガやライトノベルなどで名前に聞き覚えがある怪異の名前である。記憶が確かならば、日本書紀に登場する古代の神の名前だったはず。
『オオオオオオオオオオオオッ!』
8本の腕を持つ異形の人型が限界までアゴを開いて、地獄の底から響いてくるような蛮声を轟かせた。
「ぐうっ……!」
心臓を貫くような大音声の叫びを受けて、俺は思わず胸を抑える。
声を聞いただけでわかってしまう。
目の前にいるのは、これまで戦ったどの敵よりも強い力を持つ本物の神だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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