66.俺が知らない世界の裏側⑥
昨日はデートなどという言葉を使ったものの、沙耶香が着ている服装はいつもの剣道着である。
とてもデートに行くような恰好ではなかったが……道着姿で道場の外に出ているのはおかしな感覚があり、日常的に目にする服装でないためか妙な色っぽさがあった。
決して露出が高い服装ではない。むしろ、肌は手足の先や首からを除き、全くといっていいほど見ることができない。それなのに、どうしてこんなにも視線を引き付けられるのか不思議である。
「……和服だからかな。浴衣が3倍美人に見えるのと同じ理屈か」
「どうかしたのかな?」
「いえ、何でもありません」
顔を覗き込んでくる沙耶香に、俺は首を振って応えた。
軽く前かがみになったことにより、豊かに膨らんだ沙耶香の胸がふわんと揺れる。
胸が大きいと和服は似合わないと聞いたことがあるが、沙耶香を見る限りそれはデマだったに違いない。
はたして1つ年上の沙耶香の胸は、我がクラスが誇るエベレスト委員長とどちらが大きいのだろうか?
現在、俺と沙耶香は車に並んで座っていた。車種はまさかのリムジンである。
生まれて初めて乗るその高級車は、後部座席が広々としており、座席の前に置かれたテーブルにはグラスに入った飲み物まで置かれている。
とんでもないビップ待遇だった。いったい、何でこんな扱いをされているのだろうか?
「ところで沙耶香さん、この車はいったい……」
「ああ、これは結社の車だよ。君がテストを受けてくれることになって、わざわざ迎えをよこしてくれたんだ」
「そっすか。秘密結社というのはお金あるんですね」
俺は前方の運転席へと目を向けた。
後部座席から離れた場所にある運転席はよく見えないが、そこには黒スーツを着た男が座って運転している。
結社の使いらしい男はサングラスまでかけており、まるでマフィアかSPだ。少し昔の映画に宇宙人と接触した人間の記憶を処理するエージェントが出てくるものがあったが、彼らの格好はまさにそれである。
「それで、この車はどちらに向かっているんですか? 結社の秘密基地とか?」
「いや、これから行くのは雪ノ下家が管理している霊山だよ。観光地などではなく、退魔師が修業場として使っているところだ」
「修行場……」
俺の脳裏に浮かんだのは、修験者が山を歩いて滝に打たれたりする姿である。
もう夏に片脚を踏み込んでいるためそれほど寒くはないだろうが、あまり愉快な光景ではなかった。
俺が嫌そうな顔をしているのを見て、沙耶香が気遣うように目元を緩めた。
「君にはいろいろと付き合わせてしまって済まないと思っている。しかし、少なくとも命の危険はないことは保障させてもらうよ」
「それは心配していませんが……沙耶香さんこそ大丈夫ですか。透けませんか?」
「はあ……透ける?」
沙耶香の白い道着を見ながら言うと、不思議そうに首を傾げてくる。
うむ。道場に通っていた頃には俺も着たが、剣道着というのはわりと分厚い。水を被ったくらいで透けそうもない。安心したような、残念なような心境である。
「1時間くらいで着くから、それまで寛いでいてくれ」
「それはもちろん。ところで、昨日は聞きそびれてしまったんですけど、聖と沙耶香さんはどんな関係なんですか?」
聖がダムピールという吸血鬼との混血であることは聞いている。しかし、沙耶香との関係は今ひとつわからなかった。
「聖は……そうだな、一応は私にとって監視対象にあたる」
沙耶香は少し考えながら答えた。
「朱薔薇――ローズレッド家は結社の監視下に入ることを条件に、呪術師に退治されることがないように保護されている。聖は純粋な吸血鬼ではないから人間を襲う心配はないが、あの子が一般人に迷惑をかけないように最低限の監視役が必要なんだ」
「…………」
「ローズレッドは吸血鬼にとっては裏切り者。それに西側の魔術師や聖職者にとっては、吸血鬼であるというだけで退治対象だ。私は聖にとって監視役であり、保護者のようなものだな」
「保護者ですか……確かにアイツには必要ですね」
俺は聖によって被ったいくつもの迷惑行為を思い出し、しみじみとつぶやいた。どうせなら首輪くらいつけて欲しいものである。
「君には色々と迷惑をかけていて、すまないと思っている。せめて同じ学校だったらもっと近くであの子を監督できたんだが……落ちたんだ。あの子は」
「ああ……なるほど」
沙耶香が通っている高校は県内の進学校であり、かなり偏差値が高い学校である。
あのアホの後輩の成績は知らないが、イメージ的にはかなり悪そうだ。
「真砂君は不本意かもしれないが、君が『こちら側』の人間であると知って、私はちょっとだけ安堵している。これからも聖のことを気遣ってくれると助かるんだが……」
「勘弁願いたいところですが……まあ、乗り掛かった舟ですからね。最低限のことはさせてもらいますよ」
聖のことはどうでもいいが、沙耶香には妹が世話になっている。俺としてもかなり好感を持っているし、断るのは忍びなかった。
「そう言ってくれると助かるよ。やはり君は真麻が言っている通り、いいお兄ちゃんだな」
「……あんな手間のかかる妹はいらないんですけどね」
俺は深々と溜息をついて、テーブルに置かれた飲み物を手に取った。
「ふふふっ……」
程よく冷えたジュースを一気に喉に流し込む俺を、沙耶香が微笑ましそうに見つめていたのであった。
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