65.俺が知らない世界の裏側⑤
「クエストボードにスキル……まるでゲームみたいだね」
「…………」
俺の話を聞き終えて、沙耶香は神妙な顔つきで小首を傾げた。
そちらこそバトル漫画みたいですよと返したかったが、あえてからかうこともないかと、俺は無言で首肯する。
そんな俺に、沙耶香は考え込む様子を見せながらポツポツと言葉を発していく。
「神や精霊、天使、悪魔などの超常的存在と契約を交わして力を得るケースは少なくない。私だって剣や武術の神に請い願って術を使う時があるからね。だけど……クエストボード、それは聞いたことがないかな」
「そっすか」
どうやら、俺が得た力について情報を得ることはできなさそうである。
それほど期待はしていなかったので、俺はあっさりと短い返事を返しておく。
「それに、ダンジョンだったか? 異世界に行くことができる力なんて聞いたことがない。真砂君、君はいったい何に巻き込まれているんだい?」
「それは俺が知りたいことですけどね。我ながら、2ヵ月ぽっちで随分と人生が変わったと思いますよ」
「そうか……そうだね……うーん、異世界。ダンジョンかあ……」
沙耶香が目を閉じて、眉間を人差し指で押さえる。そのままうんうんと考え込んで自分の世界に入り込んでしまった。
俺は沙耶香の思考を邪魔しないように無言で茶をすすり、残っていた和菓子を口に放り込んだ。
そのまま5分ほど考え込んでいた沙耶香であったが、どうやら彼女なりに結論が出たらしく瞳を開いた。
「真砂君、君の話を疑うわけではないが……よければ、君が持っているスキルというものをいくつか見せてくれないか?」
「いいですよ」
俺はクエストボードを出現させた。
チラリと沙耶香を一瞥するが、中空に浮き出てきた謎のウィンドウに対する反応はない。どうやら、沙耶香にも見えないようである。
「じゃあ……とりあえず、これで」
「わっ!」
ストレージから剣を取り出すと、沙耶香が目を見開いて驚きの声を上げた。
「ど、どこから取り出したんだ!?」
「えーと……これもスキルですよっと」
「む……」
俺はブンブンと剣を振り回して、【剣術】スキルを披露する。剣術少女である沙耶香には、下手に魔法を使うよりもこっちのほうがわかりやすく伝わるだろう。
ゴールデンウィークにはLv2か3であったこのスキルも、クエストをこなしたりダンジョンに潜ったりするうちに、Lv8まで上昇していた。俺の剣技はすでに沙耶香の技量すら超えているかもしれない。
「なるほど……たしかに剣術をはじめて数ヵ月でそれだけの域にはたどり着けないね。クエストボードとやらの恩恵だと言われれば納得だよ」
真剣な顔つきで俺の剣に見入っていた沙耶香は、やがて「ほう」と感嘆するように溜息をついた。
「それにしても……短期間でそれほどの技を得られるなんて、少しだけ嫉妬してしまうよ。私のこれまでの努力を否定された気分だ」
「あー……すいません」
俺は自分が無神経なことをしてしまったことに気がついて、素直に頭を下げた。
考えても見れば、真面目に努力をしてきた人間に対して、ズルをして得た力を見せつけるなんて空気が読めない行為である。
「構わないよ。どんな方法であれ、手に入れた力は君のものだ。それを誇ることは間違ったことじゃない。私に気を遣う必要はないよ」
「…………」
沙耶香は微笑みながら、そんなフォローを入れてくれた。
やはり大人である。俺と1つしか年齢が違わないはずだが、随分と精神年齢が上のような気がする。
やはり結社とやらの一員として活動してきた実績が、沙耶香を精神的に成長させているのだろうか。
「……未熟だな。反省しよう」
「ん?」
「いや、こっちの話ですよ。それよりも、俺の話もこれでおしまいなんですけど、結社とやらは俺をどうするつもりなんですか?」
「…………」
尋ねると、沙耶香は短い沈黙を返してきた。
俺の目を真っ向から見つめながら、真剣な様子で口を開く。
「君の処遇なのだが……まずは先ほど聞いた情報を結社の上層部に報告させてもらう」
「…………」
「正式な決定はそれからになるが、おそらく聖と同じように私の預かりになるだろうと思う」
「沙耶香さんの、ですか?」
「ああ、この地区は雪ノ下の管轄地域だからね。君もまた私達の管理下に入ってもらうことになるだろう」
沙耶香は少しだけ申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「もちろん、悪さをしたわけではない君の自由を制限するつもりはない。しかし、定期的に君の行動を監督させてもらうし、旅行などで町を離れる時には事前に報告してもらわなければならない。色々と不自由をかけることになると思うのだけど……」
「いや、いいですよ。それくらいなら」
俺は軽く手を振って応えた。
最悪の場合は謎の結社とやらと抗争になるかもしれないと覚悟していたので、それくらいならお安いものである。
「要するに、ちょこちょこ会って話しをするってことでしょう? 美人の先輩と定期的にデートをすることができるなら、むしろ役得じゃないですか?」
「……君はわりと逞しいな。しかし、デートか」
沙耶香は苦笑しつつ、軽く頬を朱に染める。
「男の子とデートをするのは初めてだな。ちょっとドキドキする……」
「おふっ……!」
恥じらいに頬を染めたまま、沙耶香は照れているのかもじもじと肩を震わせる。
普段から大人びている年上女子の照れている姿はすごい破壊力で、俺のほうも胸を打たれてしまった。
何と口にしていいのかわからず、ついつい口を噤んでしまう。
「…………」
「…………」
お互い言葉を発することができず、気まずい空気が場を包み込む。
そんな時間が1~2分ほど経ってから、沙耶香が「そ、そうだ!」と声を上げて強引に話題を変える。
「結社から君がどの程度の力を持っているのか、テストするように言われているんだ! 急な提案で申し訳ないのだが、来週あたり、付き合ってもらえるだろうか!?」
「も、もちろん構いませんよ! テスト大事。大好き!」
俺も強引にテンションを合わせて応えて、ブンブンと頷いた。
テストといえば、もうじき期末テストじゃないか。結社とやらのテストに付き合う暇とかないんじゃね?
そんな考えが頭をよぎるが、次の瞬間には跡形もなく消失する。
「つ……つまり、それが私と真砂君の初デートになるかな? 女から誘うなんて、はしたないと思わないで欲しいのだけど……」
沙耶香はそう言って、真っ赤になった顔を両手で押さえて隠す。
年上女子のあまりにも可愛らしい仕草は先ほど以上の破壊力があり、弓矢で胸を射抜かれるような衝撃を受けた。
「ぐはっ……!」
そのあまりにもギャップ萌えな姿に、俺は思わず噴き出してその場に崩れ落ちるのであった。
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