64.俺が知らない世界の裏側④
「さて……それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
しばらく午後のティータイムを楽しんだ後、沙耶香がポツリとそんなことを口にする。
どうやら楽しい時間も終わりのようだ。俺は少しだけ残念に思いながら、手に持っていた湯飲みを置いた。
「ようやく話してくれるんですね。そちらの事情を」
「ああ……とはいえ、君の事情も話してもらわないと困るんだが……」
沙耶香がチラリと上目遣いでこちらを窺ってくる。
探るような眼差しを受けて、俺はどうしたものかと考えた。
俺を取り巻く事情を沙耶香に説明しなければいけないことは、あらかじめ覚悟している。
しかし――はたして、どこまで説明したものか。
沙耶香のことはある程度信頼しているのだが、彼女の背後にいる謎の結社とやらがどこまで信じていいのかわからない。
そんな俺の内心が伝わったのか、沙耶香は神妙な表情で頷いた。
「そうだな。聖のこと、あの怪物を倒してくれたこと……君にはいくつかの借りがある。先にこちらから胸襟を開かせてもらおうか」
自分の湯飲みから一口お茶を啜って、沙耶香は語りだした。
「まず……私は、私の一族はある秘密結社に所属している。その結社にはちゃんとした名称はないのだけど……遠い昔には『陰陽寮』などと呼ばれていた」
「陰陽寮……?」
「ああ、古くは平安時代。あるいはそれ以前から都と帝を守り続けていた呪術結社だ。少し前に小説や映画などの創作物にも登場したのだけど、聞いたことがないかな?」
「……ひょっとして、安倍晴明とかが所属してたっていうやつですか?」
俺は二次元の知識を思い起こし、まさかと思いながらも尋ねた。
そんな俺のいぶかしげな問いに、沙耶香は苦笑気味に表情を緩ませる。
「そうね……その名前を出すと途端に現実味がなくなるのだけど、私達の組織に所属していた一番の有名人はそのお方になるかな」
「はあ……それは何とまあ……」
「陰陽寮という組織自体はすでに解体されているけれど……陰陽寮に所属していた者達が、外部の呪術師を吸収して再編成されたのが現在の結社になる。信じがたい話だとは思うけどね」
「…………」
「私の家系は渡辺綱の流れを汲む『鬼切り』の一族で、結社の黎明期から関わっている。そして、私達の結社の目的は1つ。人の世を脅かす怪異から人間を守ることだ」
沙耶香は1度言葉を切って、再び湯飲みを手に取って唇を湿らせる。
「この世界には人ならざる怪物が存在する。先日、君が下水道で戦ったのもその1つだ。我々結社は、歴史の裏舞台に隠れ潜みながらそんな怪異と戦い、人々を守るために剣を振るってきたんだよ」
「……まるでバトルマンガのヒロインですね。俺が言えたことではないですが」
「事実は小説より奇なり、かな。常識から外れた存在というのは意外と身近に転がっているものさ。君だったら理解できるだろう?」
「まあ、そうですね……俺も似たようなものですから」
俺は曖昧な頷きを返して、沙耶香の言葉を頭の中で反芻する。
沙耶香は表向きは剣術をたしなむ女子高生だが、裏では怪物と戦って人々を守るヒロインをやっている。
先日、下水道で沙耶香と遭遇したのも、女性を誘拐していた吸血鬼を退治するためなのだろう。
「だったら……聖はどんなポジションにいるんですか。まさか、アイツも世の中を守る女ヒーローというわけじゃないですよね?」
あんなアホの後輩に守られているのだとしたら、そんな社会はとうに崩壊しているはずだ。頼むから違うといってくれ。
「聖は……私達の結社が保護している、人間に友好的な怪物だよ」
「怪物……」
「そう……あの娘は吸血鬼の血を引く混血で、ダンピールなどと呼ばれている。クリムゾンブラッド家というのも吸血鬼の血族の1つだよ」
ダンピール。これまたマンガによく登場する単語である。
それにクリムゾンブラッドというのは、俺が戦った吸血鬼が口にしていた言葉でもある。
「あの娘の父親、教会の牧師様が吸血鬼なんだよ。吸血鬼ではあるが、すでに危険はない。人間を襲わないこと、他の吸血鬼の情報を密告することを引き換えにして、20年前から結社に身を寄せているのだから」
「……なるほど、これで合点がいった」
聖が父親の名誉を取り戻すために下水道の怪物を倒そうとしていたのは、そんな事情があったのか。
おそらく、この町で吸血鬼による被害が出たことにより父親に疑いが向いてしまったのだ。それで聖は父親にかかった疑いを晴らすために自分で事件を解決しようとしたのだろう。
「さて……これで私の話はおしまいかな? それじゃあ、今度はそっちの話を聞かせてもらうよ」
「…………」
沙耶香のまっすぐな視線を受けて、俺は肩をすくめた。
あちらが誠意を見せてくれたのだ。こちらだってそれ相応の態度で返すべきだろう。
俺はゴールデンウィークからここに至るまでの経緯を、かいつまんで説明した。
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